第6章 「人間=記憶領域」の含意と問題点
6-1. 人間の尊厳はどうなるのか
もし本当に「人間は記憶を蓄え、活用する生物」と単純化して捉えるとき、「人間の自由意志」や「精神性」といった要素が十分説明できるのかという疑問が浮上する。人はたしかに記憶から学び行動するが、瞬時のひらめきや感情の揺れなど、単なるデータ処理を越えた何かがあるようにも感じられる。これは昔から二元論 vs 一元論の形で議論されてきたテーマである。
6-2. 記憶喪失や記憶改ざん
人間を単なる記憶領域とみなすと、記憶喪失(健忘症)は“システムの破損”、あるいは強い洗脳や記憶の改変などは“データの書き換え”と言うことになる。これらが実行されたとき、本人は人格が変わってしまうかもしれない。すると、本人の主体性はどこにあるのか? 本当に記憶さえコントロールすれば、人間は思い通りに操作できるのか?という危険性や倫理的問題が浮上する。
6-3. 身体と情動との不可分性
近年の認知科学では「エンボディード・コグニション(身体化された認知)」が強調され、脳だけが記憶処理を行うのでなく、身体全体が環境に相互作用しながら学習・思考しているとされる。もしこの見方が正しければ、人間を“記憶領域”に特化して捉えるのは不十分だと言える。身体性から切り離された記憶論は、実際の人間理解には片手落ちかもしれない。




