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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第二章 諸国のうごめき
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アンドロイドのミヤコⅠ号

 目の前で作りかけのアンドロイドが小刻みに震えていた。

舜助に訊いた。



「これは何でここに持ってきたのだ?」


「君に見せるためだ。宇宙で君のパートナーになる。だから君の好みの情報を吸収し、それに合わせて顔などをこれから作るので持ってきたのだ。完成までにまだまだ手間と時間がかかる。この任務に誰かを想定しておかなければならなかった理由だよ」


「それならば不気味なむき出しの目や歯の状態でおれに見せないほうがよかろう」


「おれはこの姿を見るとやる気が出るのだ」


なるほど変態ぶりは高校のときからさらに磨きがかかっている。

さらに


「実はこのロボットはさっきから君を観察していたのだ。なんでロボットが必要なのかと言えば、機械類の操縦など難しいことは君がやりたいことを普段の言葉によって口頭で指示を出せば〝彼女〟が理解してすべてやってくれる。だから君は最小限の訓練以外勉強もなにも要らない。さっき頭が悪くてもいい、と失礼なことを言ったのは〝彼女〟がいるからだ。ただし君の普段のものの言い方や表現の癖はロボットに理解させておかねばならない。すでにそれは始めていた。ただし誤解の無いように言うが、このロボットが全てをするのじゃあない。このロボットは君の意を翻訳して衛星本体の高性能コンピュータに伝えるだけの役なのだ。当然色気は無い」


そのあとおれの好みも含めて色々細部を打ち合わせた。

おれがロボットの顔を作ってみようとしたがどうやってもうまくいかない。

よく見ると人間より顔が相当デカい。


「頭デッカチの助手はいやだ。バランスも少しは考慮してくれ」


「はあ、そういうこともあるな」


「そういえば、なんで人間型にするのだ?」


「足を車輪型にしたら体が宙に浮く無重量環境では使い物にならない。万が一倒れた君の世話をするためには人間型の方がいい。いろいろな設備は動かすにも故障を直すにも人間を想定して作られている。また人間の指というものはどんなものにもすぐ対応できる万能の道具だ。といってもタコ型、クモ型は嫌だろう?」


この衛星上では高度な技術の結晶であるアンドロイドがおっさんみたいにボタンを押したりネジをまわしたりするらしい。

まわりまわってなんかアホみたい。



「じゃあ、普通の人間でいいのじゃないの?」


「機械でなければできない作業もある」


「ふーん」


「呼び名はなんとしたいか」


「〝ミヤコ〟がいい」


「ところで、ロボットに歯は要るのか、スピーカーがあればいいじゃないか」


「そのうち人間と同じ方法で言葉をしゃべらせるからだ。だから息も吐く。舌も作るからキスもできる」


「おれがキスするのか? なぜだ? それよりも、そもそもロボットになんで性別が必要なんだ?」


「女と一緒の方がいいだろう?」


「まあ……ところで、人間そっくりに応答するコンピュータソフトは見たことがあるが、ミヤコの頭脳は何で作られているんだ?」


「神経細胞のようなものだ」



夕食のあと老管理人に訊いた。


「入口の扁額にあった、デルマって何ですか? 昔皮膚科の療養所だったのですか?」


老管理人はおれの聞き方に合わせたように


「デルマドロームのことかなあ。ここは数ある会社の保養所の中でも一種できものみたいに思われているんだよ」


やけっぱちに聞こえた。

出世街道から外れたとか、何かあったのかもしれない。


「うそですよ」


管理人夫人の声だった。

しかし老管理人は洒落た人だった。

若い頃は世界中を渡り歩いていた。

やっと日本に帰ってきたら鳴かず飛ばずの状態が退職後まで続いたという。

おれはソファにのけ反り暗い天井を見上げながら動き出した自分の運命の変わり様を味わっていた。



 物静かな者が多かったが集まれば懐かしく楽しかった。

それなりの食事に満足した3日間の思い出を持っての帰り道、途中から樹海の中に入った。

秋の枯色と鮮やかな夕焼けが見えたので車を止めた。

滅びの秋の夕方の樹海は不思議で意味ありげで素晴らしい色彩の乱舞だった。

ああリンホフが欲しい! エクタクローム4x5に撮りたいと思った。

帰り道は深夜の高速道路を疾駆した。

道路照明が猛スピードで流れて行き、真っ黒な彼方の地平線まで広がる街の灯がゆっくり回転する銀河のように見えた。

ロケットに乗って宇宙を飛ぶ時もこんな気分だろうなと思った。

期待と恐怖が入り混じった。

この数日間刺激的な話が続き妙な充実感に浸り、せっかく買った交換レンズは思い出すことも無かった。




 半年後の高靂二年の春、おれと舜助だけが前回と同じデルマの保養所に来た。

春の富士山といえば桜だ。

運よく満開の桜の花が見えた。

しかし近距離で見る富士山はなんとも様にならない。

写真撮影も前回買った交換レンズも忘れ果てていた。

今度はミヤコに皮膚を貼って持ってくると聞いていた。

玄関を入ったところで一人の女中だか仲居だかに見える、しかし明らかに人間でないものが和服を着て座って挨拶した。

和服はつんつるてんになっていて、大女だった。

ジージーという小さくない機械音も聞こえ、不気味の極みだった。

恐怖に襲われながらおれも一応その変なものに挨拶した。

これは前回作りかけを見せられたロボットのミヤコだろう。

頭でっかちは嫌だ、とおれが言ったので、なんと体の方を大きくしてバランスをとっていた。

改めて見たが知らない顔だ。


舜助は、これから君の好みや色々な癖などの心の中の非言語的情報を取り入れていくので一週間ばかり一緒に生活してくれ、といった。

会社で今までと同じ仕事をしているよりは面白そうだったので退職してミヤコと一緒にいることにした。

突然の退職なのに平然と了承された。

会社は何の痛痒も感じず、誰も送別会さえ企画しなかった。

おれは会社にとってそんな存在だったらしい。

あるいは誰かが裏で会社に手を廻していたりして……



 電極のようなものを頭に取り付けてパソコン画面を見たりしたこともあったが、他は普通に家族のような生活をして一週間が過ぎた。

自分で歩けず動かないのでミヤコの不気味さにも慣れ、ちょっかいも出せるようになった。

その間舜助はパソコンを見ながらメモを取り続け、ミヤコはずっとおれを観察していた。

天気がよくて気持ちのいい風が吹くので裏の、花の無い日本庭園で運動したらミヤコは春の田舎のおばあさんのように和室の縁側にちょこなんと座っておれを見ていた。

最新のテクノロジーか知らないがボケ老人か幼児に見えた。

おれも頭が悪いが、こいつはおれより頭が悪そうだ。

頭どころかロボットとして完成が間に合うのか。

少し心配になってきた。

舜助はミヤコを持ち帰った。

ミヤコを車に乗せるとき車体が沈んだのでミヤコの重さと舜助の腕力に驚いた。

さらに半年後に逢える、と言った。


舜助はめったに見ないほど生き生きして楽しそうだ。

これから我が国有数の超高速コンピュータをブンまわすと言った。

ネットから知識を取り入れるのでロボットに何をインプットしたか、ロボットはどう解釈したか、いまどき作成者にも詳細はわからないという。

流入する知識の制御は作成者舜助の腕の見せ所なんだろう。

ロボットの直立二足歩行、人間との会話など基本的なロボットの能力は舜助の時代以前に確立されていた。

それらはこれから組み込まれる。

あの頭の悪そうなミヤコが知識を増やして頭が良くなって戻ってくるといいが。


 遠からず閉館されるデルマの保養所に来ることも、その管理人と会うことももはや無いだろう。

おれたちの今後の役割を察知したように、富士山を背景に別れ際の管理人はしっかり握手して肩を叩いて激励してくれた。

このあたりは春になっても花々が咲き乱れるということはない。

老管理人の人生の終わりと重なって少し気の毒だった。

自分の人生は終わった、そう思っていると感じた。

小首をかしげて微笑みながら最後の客となったおれたちを見送る小さな姿を見るおれたちも寂しかった。




 舜助の言った通り半年後の秋、堯助と舜助連名でおれを呼び出した。

呼び出しの手紙は武将のような古文書風にしていた。

ところが字の崩し方が我流だったので読み取れず電話で確認するはめになった。

大都会の東京でも風に吹かれる街路樹をみれば季節が移ったことを感じられる。

東京都千代田区の指定の場所に行くと風格のある建物で、見たことも無い厳重な警備をしている。

指定された入口に行くと初めてなのにおれはすんなり通れた。


以前にも似たようなことがあってテレビで問題になった。

そんなものかと気にしなかった。


後で判ったがその建物は我が国の中枢の中枢だった。



二人の旧友に会うと彼らは


「君に宇宙に行ってもらう準備は終えた」


彼らは大真面目だった。

いろいろ細かいことを打ち合わせた後気づいた。



「宇宙に行くならNASAで専門的訓練を受けている我が国の宇宙飛行士が昔から何人もいるのになぜ彼らを使わないのか。おれみたいなバカでもいいのか」


いや、理由は三つあると彼らは言った。

ひとつは目立つ彼らは敏腕記者に嗅ぎ付けられやすい、ひとつは先輩風を吹かされてやりにくい、最後のひとつは深刻な理由で、今は言えないという。



仕切の向こうに二人の人物が待機しているのが気になっていた。

聞かれてもいい人物とは誰だろう、と思っていたら一人はテレビで見たことのある、あだ名をナマコ爺というc.c.sだ。

こんな人がわざわざおれの為に出て来たのだ。

c.c.sは短い時間でおれに重要任務を依頼した。

人柄に誠実さを感じたので即座に受けてしまった。

彼はすぐどこかへいった。

あっという間のことだった。

わざわざ彼のような大物が出てくるとは、おれの重要性は閣僚か将軍並みか。

莫大な費用をかけてわざわざ有人衛星にしたりc.c.sのような要人が説得したり……逃げるなら今だ。

しかしおれの生活費が出るらしいからこのままかつがれていよう。



 もう一人はアンドロイドだった。

特徴のない顔で、美女でもブスでもなかったが不快な感じはなかった。

無愛想で、舜助によればこれでも可愛く作ることに苦労したという。

前回おれと会ったあと、おれの癖など情報すべてを取り込んでコンピュータでAI教育をしたそうだ。

前回と違ってときどき人間のような感じもした。


「ミヤコは時刻が来ると人間と同じように寝る。そういうアンドロイドなのだ」


と舜助は言ったが理由は言わない。

大女であることは仕方がない。

ジージーという音は消えていた。



 着ている服はひどい仕立てだった。

秘密保持のため舜助が手ずから仕立てたという。

半年前に和服を着ていたのはどうした、と聞くと母親の瑤子のものを無断で持ってきていたので返したという。

見ているとミヤコ・アンドロイドはおれに向かってゆっくり無機的な感じの微笑みをした。

おれも調子を合わせてミヤコに向かって微笑んだ。

それを見たミヤコははっきり笑い、口の中に歯が見えた。

この何とも奇怪な挨拶を見てすかさず舜助は言った。


「君とミヤコは今互いに見合った。ミヤコはあらかじめ学習して心の中に生まれた君の概念と同一と認識して挨拶したのだ。これで二人は絶対の関係が成立し、ミヤコは君に絶対服従し裏切らない」


「? 心があるのか」


「このロボットは特定の人間を主人に決めたら絶対好き嫌いしない。美男でなくても、どんなにヘマをしても主人を軽蔑することはない。これが最も重要で最も難しかった。ネットの常識に反することを教えなければならないからだ」


「儒教の徒か? それはなかなか結構だが、こちらの方には選択の自由が無いけど」


人間の女を学習したのなら自分の夫に向かって罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐かないなんてことがあるだろうか。

夫をなぐらないなんてことがあるだろうか。

しかし舜助の技術のおかげでネットやマスコミに溢れている、そのような有害な学習はしなかった。

これなら宇宙に持って行っても反抗進化される心配は無いな、と考えていたら


「宇宙環境で人工頭脳が壊れ始めたとき君への忠誠心で精神を持ちこたえるのだ」


ミヤコはずっとおれを見続けていたがやっぱり無機的で不気味だった。

昔教室の中で七緒先生が近寄ってきたとき感じたような温かさは全くなかった。


舜助に訊いた。


「下半身の女性特有の部位も作っているのか」


「女性特有の構造は作っていない」


やっぱりそうなのか。



「では、抱くだけならできるのか」


「大女の彼女を抱いてもかまわない。そのあとどうなるか知らない。君をものすごい力で抱き返して潰してしまうかも」


それが聞こえてミヤコは自分が大女であることを恥ずかしく感じたように目を落とし肩を丸めて体を縮めた。

この反応はなんか可愛かった。

おれ同様女友達もいなければ結婚もしていない舜助という変態野郎に作られた上、おれみたいなモテない男に使われることになったミヤコが哀れだ。

ミヤコを試してみたくなったおれは呼びかけた。


「ミヤコ!」


「アイ!」


「そんな返事の仕方は許さぬ! 御用でございますか旦那様、と言え。ミヤコ!」


「アイ、御用でございますか旦那様」


「アイではない。はいと言え」


「はい」


舜助は言った。



「いい、これはいい。君たちはよく気が合う」


おれは図に乗った。


「服を全て脱げ!」


ミヤコは何の躊躇もなく素直に全裸になった。

あれれ! 外から見えない体幹はまるでドラム缶を接ぎ合わせたような雑な仕上りだ。

尻から肩まで機械感丸出しだった。

作成者の舜助は手で覆い恥ずかしそうにした。

おれはミヤコが哀れになってしまった。


「もういい。服を着よ!」


おれはミヤコを抱き寄せて口づけしてみた。

乾電池と同じ味だった。

それでもおれの言うとおりにしてくれるので好感を持った。

素直な力持ちの大女を従えていると思えば気分がいい。

おれは自分の役割について考えていた。

ひょっとして宇宙に行ったおれはミヤコに〝全てまかせた! うまくやれ!〟といったらどうだろうか。

おれは本当に必要なのか?

 別の場所でこの後しばらくの期間、宇宙飛行士としての訓練を受けた。

有人宇宙船の地上模型で訓練した。

しかし普通の宇宙飛行士と違ってすぐ終了した。

拍子抜けした。

宇宙飛行士としての能力は殆どアンドロイドの方が担っているらしかった。


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