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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第六章 第二次戦役
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北回帰海戦

 最初のころ一度だけA,C両国の大規模な艦隊決戦が大阪の真南、沖ノ鳥島付近で起こった。

沖ノ鳥島の西側からC国艦隊は上陸部隊と途中で合流して東京付近にゆく予定だった。

そのとき偶然航路確保の偵察のためA国艦隊も沖ノ鳥島東方にいて東京方向を目指していた。

敵の艦隊に遭遇したら当初任務よりも撃滅を優先せよ、という指令は両国とも明確に出ていた。

双方とも十万トンの大型空母一隻を中心に二十隻以上の大型軍艦の他、攻撃型潜水艦、多数の補助艦で構成されていた。

戦時ということで増強されたミサイルは両艦隊とも各種合わせて数千発配備されていた。

海戦が行われたのは沖ノ鳥島北方、北回帰線付近だったので通称北回帰海戦と呼ばれる。



 一月十五日午前六時四十三分の日の出から遡ること一時間、穏やかな海を東側にA国空母艦隊、時差二十分の西方にC国空母艦隊が偶然同時に北進していた。

暗号は解読されておらず、この時点でどちらも相手に気付いていなかった。

A国艦隊の空がブルーからゴールドに変わる直前、薄雲の拡がりによって海空全体が鮮やかな赤紫色に染まっていた。

艦隊は見たことのない赤紫の巨大ドームの中でタービン音を響かせていた。

鼻歌を歌いながら空母の甲板に上がったベテラン上等水兵は唖然として見上げた。



「なんやこれ?」


ついてきた新米二等水兵も驚き


「これは何ですか?」


上等水兵は血の色に染まったような空を見ながら


「こりゃ、血の雨が降りよるで」


同じころC国艦隊はまだ眠るように夜の闇に沈んでいた。

やがて双方ともほぼ同時に早期警戒機が敵を発見し、ただちに艦隊司令部に打電された。


〝敵艦見ユ〟、そのあとすぐに〝敵ハ空母ラシキモノヲ伴フ〟


距離がまだ五百キロあった。

A国の司令官は迷わなかった。

互いに相手が空母部隊であると認識した両艦隊は磁石に引き寄せられるように短距離対艦ミサイルの射程約百キロ内を目指して高速接近しはじめた。

敵を取り逃がすまいと鈍足な僚船を置き去りにしてまで急いだ。


やがて眩いオレンジ色の朝焼けを背景にA国の巨大空母が黒いシルエットとなった。

飛行甲板作業員(レインボーギャング)達が動きまわっている様子がカラフルに見えていた。

カタパルト・オフィサーがひざを曲げ右腕を伸ばして〝発艦よし〟の合図を送るたびに蒸気を残して艦上機が発艦していった。

飛行中パイロットたちはリラックスするため方言を使って下品な冗談を飛ばしていた。

二十分後、飛来したA国艦上機は朝日に照らされて黄金色に輝くC国艦隊を発見した。

そこにはC国最新の巨大空母がいた。

攻撃隊長の中佐は


「やっこさん、おったでー」


と報告し、対艦ミサイルで攻撃しようとした。

それまで対艦ミサイルは航空攻撃でやる方が艦から発射するより効果的だと思われていたからだ。

しかしA国艦上機はC国の早期警戒機によって、まだ水平線の陰にいるときからじっと見られていた。

C国艦隊は先手を取って早めに多数の対空ミサイルを撃ってきた。

敵の対空ミサイルは予想外に進化して纏わりついてきた。


「なんや、これ」


攻撃隊は回避運動を余儀なくされた。

対艦ミサイルは対空ミサイルの数十倍の重さがあり、それをかかえたA国機は回避で精一杯になった。

普通は散開している空母艦隊だが今回の敵空母隊は何重にも囲まれた多重輪形陣を作っていて遠くから撃てばミサイルが空母に届く前に撃ち落とされた。

手前の船から沈めて重囲を剥そうとすると空母に至る前に対艦ミサイルが無くなってしまう。

そのときパイロットたちはA国軍得意のネットワークAI戦法を司るコンピュータが味方のパイロットたちを


  〝下手くその腰抜けのおぼっちゃま〟


ばかりだと思っているらしいことに気づいた。

腹を立てたパイロットたちは高度な技術を駆使して超低空で舷側(げんそく)の間を高速ですり抜け始めた。

旋回中に横向きにミサイルを発射したりした。

それにもいろいろ制約があって敵空母に対する攻撃は成功しなかった。

戦いに時間が経つのを忘れていた時指揮所から命令が届いた。


「攻撃隊は直ちに帰投せよ」


「なんやてー? あほんだら……え? アイアイサー!」


燃料はまだ十分あったが結局大きな戦果もなく引き上げた。

同じころA国艦隊を襲っていたC国艦載機も帰投し始めた。

この後ミサイル戦が予想され、両軍とも艦載機を帰投させた。


直接的戦果は無かったが、航空攻撃から空母を守るために両艦隊ともいつのまにか狭い範囲に船舶を集中させていた。


攻撃隊長は司令官に呼ばれた。


アホ呼ばわりしたことは咎められなかった。

話が終って出てきた隊長は


「おっさん、話が分かる」


ころっと態度が変わっていた。



 少しの間おだやかな時間があった。

A国艦隊の司令官は近くにいた若い士官がガチガチに固まっているようなので雑談でほぐしてやろうと思った。


「S少将のことを知っているか?」


若い士官は学校でその将軍の彫像を見ていたが緊張しすぎて思い出せなかった。

司令官自身も生まれたのはS大将の死後はるか後だった。

まさか、あの海戦も習っていないのか。

時代の違いを感じた。


「敵の空母機動部隊を発見したとき司令官のS少将は急遽呼ばれた代理で、しかも航空は専門ではなかった。会って間もない幕僚の意見を取り入れ艦載機を全機発進させた。しかも帰路の燃料を考慮していないような遠方からだった。自ら丸裸になるギャンブルのような作戦だった。同じころ同じような作戦が敵のY少将の頭脳にも降臨した。我々にとって幸運にも敵のN司令官はその進言を却下した」


さらに司令官は言った。


「実戦はあらゆる目論見を裏切りながら進行した。敵にもY少将の進言を採択すれば勝機があった。対空ミサイルの無かった時代、情報格差によって戦域が敵艦上空になったことは有利だったがS少将の判断がなければ勝てる可能性は低かった」


「S少将にその判断ができたのはなぜですか?」


「彼はプロとは何かと自問していたと言われる」


「プロとは何ですか?」


司令官はにっこり笑い


「それは自分で考えよ」


 敵発見から四時間後の日も高くなった午前中半ば、海鳥が舞う予定戦域はのどかで静かで青く鮮やか。

遠くまで見通しが良かった。

そのとき戦闘指揮所に声が響いた。


「十分後に敵SSMの射程圏内に入ります」


双方とも相手の短距離艦対艦ミサイルの射程内に入ろうとしていた。

A国艦隊の夥しいミサイル発射筒に装填されているのは普段ほとんどが対空ミサイルで、残りは対潜ミサイルと対地ミサイルが多かった。

C国軍との艦隊決戦が想定されるようになって大半が対艦ミサイルに変わった。

少し前に、C国軍は近づいてくるA国艦の漸減(ぜんげん)を狙って長距離対艦ミサイル約二十発を発射していた。

飛来したそれらのミサイルはA国軍によって全て撃墜された。

奇跡的な戦果だったが迎撃ミサイルは敵の長距離ミサイルに勝った。


参謀達は


「敵のミサイル性能は見てのとおり。短距離ミサイルもすべて撃墜できる」


迎撃を優先すべきと主張し始めた。


以前の机上演習でもその方が失われる艦が少なかった。

しかし机上演習の最後はサイコロをふり直すなどして無意識に自軍有利にもってゆく癖があることを司令官は知っていた。


今から迎撃ミサイルの比率を上げることはできない。

揺れる洋上でVLSのミサイルをクレーンで吊り下げて換装することは危険で誘爆の可能性もある。

だから一部の例外を除いて出港時のままである。

また彼は数年前の第一次戦役のときジパング西南部の島嶼(とうしょ)基地からC国艦隊に襲いかかった航空隊の話を聞いていた。

それは伝説的な大戦果だったがさっき帰って来たパイロットの話を聞き、今現在は彼我の技術差が無くなっている可能性があると洞察した。


司令官は考えていた。

敵のミサイルを迎撃しながら反撃してある程度戦果が得られたら撃滅に(こだわ)らず速やかに戦場を離脱するのが最も経済的だろう。

しかし敵艦隊の司令官は今までに自軍の撃った長距離対艦ミサイルが全て撃墜されたことが判ったはずだ。

すると彼はどう考えるか……そのとき早期警戒機から


〝敵艦隊ハ誘導弾ヲ多数発射セリ〟


と入電した。

『敵』ではなく『敵艦隊』と言ったのは何だろう、と思っていたら早期警戒機が


〝連射シアリ、連射シアリ、連射シアリ……〟


と連送し始めた。

規模も何も言わないとは……


salvo(一斉発射)だ! 全弾同時に違いない」


司令官はそう断定し一瞬で考えた


……敵ミサイルの数は我が方の全レーダーの追尾能力を超えていて迎撃できない。

短距離対艦ミサイルは亜音速で飛ぶから着弾が始まるまでに八分はある。

我が軍の二十隻の巡洋艦・駆逐艦はVLS(垂直発射システム)から最速1分で全弾連射できる……


聞いたことのない指示が出た。


「SSMを全弾連射せよ。今から八分以内に総員離艦せよ」


皆一瞬息をのんだ。

すぐに〝刺し違えるつもりだ〟と緊張が一気に高まった。

八分では救命艇に半分しか移乗できない。

残りは海に飛び込むしかない。


A国艦隊から一斉に発射された千発以上の対艦ミサイルは海面すれすれに飛んで行き、蒼い水平線の半分がロケットモーターの白煙で覆われた。

艦の警報と海神の怒りのような噴射音の響く甲板上、僅かな時間であったが上等水兵は新米二等水兵に言った。


「軍神が来た。これや。ワルキューレの(ひづめ)が掻き立てる水煙や。これが見られたお前は幸運やで」


「はっ!」


二等水兵は長大な壁となって水平線を覆う白煙に向かって思わず敬礼した。

遠ざかる噴射音が巨大怪獣の咆哮(ほうこう)のような低音となって水平線に(こだま)する、稀に見る光景だった。



 敵艦群の概略位置を受け取った各ミサイルは攻撃目標を自動的に配分した。

近づくと電波妨害を受けにくいミサイル自身の画像センサーで艦影を認識し各ミサイルが異なる重要部位を狙って打撃した。

両軍ほぼ同時に千発以上のミサイルが一気に飛来したのに対し対空ミサイルは全く足りなかった。

しかもレーダーの追尾能力をはるかに超えていて自動での迎撃は不可能だった。


これはA国海軍の机上演習で一度だけあった、と噂を聞いた戦法だった。

負けた側は〝ずるい、きたねえな〟とボヤいたという。


敵ミサイルの着弾が始まる寸前、救命艇に乗った司令官は味方の艦からCIWSの機銃弾や対空ミサイルが連射されるのを見て驚愕した。

当然フルオートではなく手動だった。


それは一隻や二隻ではなかった。

何もせず自艦がやられるのを見るのは我慢できない、と抗命して艦とともに沈む覚悟で残った兵がいた。


敵ミサイルはすぐ連続着弾し始めた。

ミサイルの威力が鉄板で防げない時代になって軍艦の重い装甲は廃止されていた。

空母や巡洋艦などの主力艦が次々大破・炎上、やがて沈没していった。

穏やかな紺碧の海が鏡のように白雲を映しているのが空母直掩機(ちょくえんき)から見えた。

その中に戦死者とともに燃える艦隊の紅蓮(ぐれん)の炎が揺らめき輝いた。

それは胸の痛む光景だった。


一部の艦艇は損害軽微で沈没を免れたが多くは退去時間が足りず戦死者が多数出た。

相手の姿を水平線上に一度も目視することなく戦いは終わり、やがて残存艦は双方とも戦場を離れた。

途中空中給油など受けながらC国艦載機は占領した小島国の飛行場に、A国艦載機は最寄りの島の巨大な戦略空軍基地に二時間かけてかろうじてたどり着いた。


 二人の水兵は穏やかな波間に浮かんで救助を待っていた。


「このあたりでは鮫に喰われるというのは本当ですか」


「安心せい。生きとる間に喰われるのは一回だけや」


二人の水兵は運よく補助艦艇に救助された。


潜水艦は戦場に急ぐ主力艦のフルスピードに追いつけず決定的戦闘に関われなかった。


魚雷は射程距離がはるか及ばなかった。

両艦隊壊滅で戦いは相打ち、勝敗無しだった。

〝敵ハ空母ヲ伴フ〟の通報から半日、実質戦闘八分という一瞬に近い時間で失われた人命・資産は大震災並みだった。



 勝って当たり前と思われていたのに大きな犠牲を払って引き分けに終わったA国司令官は腰抜けと言われ即座に後方に左遷されたがC国の提督は勲章をもらった。

名にし負うA国の空母を沈めたのは先の大戦以来であるというのでC国民は大いに盛り上がった。

C国では人も資産も皇帝のものだから損失を気にする国民はいなかった。


ある噂がA国内に広まった。

ジパング政府がこの海戦で犠牲になったA国の遺族にお悔やみ年金を出すという。

すると毎年悲しみを思い起こさせるのは残酷だという声があがった。

するとジパング政府が一時金でも可能と訂正したという噂が出た。

多数の弁護士や自称仲介者たちが乗り出して要求金額が上り始めた。

両国の政府が乗り出して間違った噂は鎮静化したが何か不快な感情が残った。

この海戦ののちジパングは膨大な人的犠牲を払ったA国にさらなる軍事支援は求めにくくなった。


 過去の有名な海戦を共に意識していた両軍の行動はほとんど同じと言えるほど似ていた。


水上艦同士の闘いに核弾頭は登場しなかった。

欠点が大きすぎるからだ。

それまで経験の無かった艦隊同士の百発百中兵器による飽和攻撃戦は遠方からは核爆発かと思われた。


艦隊決戦は良くて相打ち、と思ったC国はこれ以降外洋での大規模交戦を避けるようになった。

A国もあまり敵艦隊を追跡しなくなった。


後にC国のSSM(短距離艦対艦ミサイル)が鹵獲(ろかく)され、その技術がA国最新のものに勝るとも劣らない水準に達していたことが判った。

それまでC国の技術を見下していた軍事関係者に衝撃が走った。

第一次戦役で戦ったときとは別の国のように技術力が高くなっていた。

あの海戦を相撃ちで終わらせたことが再評価されてこの司令官の名誉は回復された。


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