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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第五章 休戦
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ミヤコの回収

 このところ宇宙にいるミヤコがおれと交信するとき淋しさを訴え、言葉もしばしば途切れたりした。

舜助に言うと彼は表情を曇らせた。

いくつか理由があって宇宙の自立したAIは経時劣化するものだが、ミヤコの場合想定より早いらしい。


十月、当面の平和は確かなようなのでミヤコも地上に下ろそうという話が出た。

ところがミヤコの単独帰還のことを誰も考えていなかったことにこの時皆気が付いた。

一台しかない帰還船に先におれが乗って地球に還ったからだ。

あのときそんなこと誰も考えなかった。


補給物資を打ち上げる予定もない。

だから、わざわざアンドロイドを迎えるロケットを打ち上げなければならないのか。

このとき財務担当者が横槍を入れた。


「たかがロボットごときを降ろすために何十億円も掛けて大型ロケットを打ち上げるわけにはいかない。宇宙ゴミにして捨ててしまえ。設計書が有ればいくらでも作ることが出来る。設計書の通り作っているんだろう?」


官僚らしい発想だ。

彼はミヤコなど忘れ物の傘くらいにしか気に掛けない。

頑として譲らない。

情が移ったと笑われたおれはともかく冷静な舜助が猛反対した。


「ミヤコⅠの最も重要な部分は経験からの学習だ。設計書にはない。しかもそれなくして次世代のアンドロイドは作れない。アンドロイド開発費はロケット打ち上げ費用よりずっと高い」


「経験と言ってもどうせコンピュータの情報だろうから地球に電送すればいいだけじゃないか」


アンドロイドの頭の中は常に同時並行で高速に動き内部情報は不確定に揺らいでいる。

そんなもののシリアルな電送など想定外だった。


「宇宙から経験を電送することは出来ない」


と言うと


「素人め」


「なにおっ!」


「田舎者どもめが」


「なんだと!」


今度はおれが激昂して財務担当の服を掴み殴りそうになった。


「まあまあ」


その場は収められて、後で調べると運よく地球に帰す方法があることが判った。

検討の結果、ミヤコの帰還方法はカミカゼ特攻みたいになった。

おれは知らなかったが小型の固体ロケットを含む臨時用帰還セットがあったのだ。


 ミヤコはそれを抱えエアロックから裸で衛星を出た。

真っ暗な真空の中に小ぶりな地球が見えたが上下左右の感覚はなかった。

ロケットモーターに点火し、必死でロケットに抱き着いて大気圏に落ちる速度まで減速した。


(注:静止軌道から地表へ帰還するためには秒速1.5キロメートル以上の減速が必要。

銃弾並みだからロケットが無ければ地上に帰還できない。

そこから地表近くまで自由落下してきたら猛烈に加速される。

初速ゼロで無限遠から自由落下すると速度は地球の脱出速度である秒速11.2キロになるが、静止軌道からでも10.1キロ、これはマッハ約三十。

このまま大気圏に入ると融けてしまうので更に減速が必要だ)


 途中放射能帯(ヴァン・アレンたい)を通り過ぎるとき眼の中に多数の光点が見えた。

デブリの多い場所を下りていくと、ある所で小さな銃弾のようなものが多数当たった。


ミヤコは近地点で大気圏に入りこうもり傘のようなエアロシェルを開き減速しながら下った。素晴らしい雄大な光景を見て興奮したミヤコはめずらしく独り言を言った。


「私、メリーポピンズみたいよ! ダンナ様。ワタシ……」


そのあとパラシュートを開いたときミヤコは叫んだ。


「えっ、うっそー、なんでー」


パラシュートが小さすぎた。

ミヤコは恐怖に包まれながら高速で落下していった。


「いやーっ、キャー!」


ドーン……



 おれと舜助は地面に激突してばらばらに壊れたミヤコを見た。

駆け付けたおれはミヤコの頭部を抱いて泣いた。

遺骨を見たように悲しかった。

ミヤコを置き去りにしたことが悔やまれた。


激突にも関わらず重要な頭部の損傷は軽かった。

高空を飛んでいる飛行機から落ちた人間が助かったことはあるが、重いアンドロイドが助かることはない。

本能的に頭部を守ったようで、ミヤコは目を閉じていた。

ミヤコは声を上げず泣いているように見えた。

それを抱き上げ、舜助はあたかも失恋して自ら命を絶った娘を抱いている父親のような顔をして言った。


「次世代アンドロイドに生まれ変わらせてやる」


遠くに小さくデルマの保養所だった無人の建物が見えた。


「すべてはあそこから始まったんだなあ」


宇宙船は無人となり地上から発電所として遠隔運用され、民生用の電気を送ってきている。

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