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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第四章 第一次戦役
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停戦

 核ミサイルが全弾不発という、ハーンたちの作戦の中核が壊れてしまう事態だった。

ただちに作戦は中止され三か国侵寇軍は慌てて撤退した。

始めのうち彼等にとって相手がこんな平和ボケした国なら安全で楽な戦争になるかもしれないと思っていた。

核攻撃を受けて死んだ状態になっている地域の占領・略奪は無人の野を往くがごとくになるはずだった。

地域制圧力のある戦車はあまり持ってきていなかった。

陸軍国ばかりの彼らの国に数字の上では戦車がたくさんあったが元々渡海作戦を想定しておらず戦車揚陸艦が全然足りなかった。

まさかジパング陸軍が襲い掛かって来るとは思わず、前の大戦での獰猛ぶりを思い出して恐怖に怯えた。

逃げ帰る船も十分なく重武装が無かった彼らは恐怖で混乱し、多数の捕虜を残した。

S国はあろうことかA国の同盟国であるジパングを無断で攻撃してしまった。

S国の最新鋭武器はA国から買っている。

その中身はブラックボックスになっているのでキルスイッチが仕込まれている、とのうわさに怯えて疑心暗鬼になり逃げ帰った。

N国の空軍は燃料が無くて最初から来ていなかった。

負けることを許されないN国兵の一部は見捨てられ都市近郊の山の中に潜伏し野盗となったが熱帯地域と違って食べられる野生の実はこの時期何もなかった。

小銃の弾が尽きた頃住民から略奪しようにも竹槍部隊に阻まれた。

結局飢えのためあまり動けなくなり、そのうち全て捕まった。



 あるN国の捕虜が以下のような事を供述した。


「半年前威力偵察のため、あっしたち一個小隊が能登半島に密上陸しました。過疎地の或る幼稚園が目標でした。その近くに住んでいた長期滞在スパイの推薦で選んだ標的でした。その標的は我が国では見たことの無い、この国でもおそらくは稀に見る美貌の若い女性でした。本人は自分がそれほどの美人であることを知らないようでした。彼女はそこの幼稚園の女園長でした。さっきのスパイは彼女に勝手に惚れて付きまとい、言い寄ったが拒絶されたので逆恨みしたのです。それで彼女をあっしたちの標的に推薦しました。彼女には何の落ち度もありません。女園長が一人だけになる時間を狙いました。冬なのに積雪は無く、振り返ると美しく晴れた空と紺碧の日本海に落ちる赤い夕陽が見えました。夕陽は窓辺の白百合をピンクに染めていました。何か特別なことがあったのでしょうか、わざわざ選んだ季節外れの白百合でした。それを女園長自ら活けて微笑んだときまでは素晴らしい時間が流れていたはずです。極貧国で性に(かつ)えまくっていたあっしたちは窓に鈴なりでした。暖房された部屋の中、白の開襟シャツとグレーの膝丈のフレアスカート。後ろ姿は腰の張り出し、ウェストのくびれ、胸の膨らみは清楚でありながら動くほどに強く性欲をそそり立てました。知的で清潔感の漂う極上の美貌は愚鈍で不潔で不細工な兵達の凌辱欲を我慢の限界にもっていきました。あのう、ここからは悲惨過ぎて言えません」


「これは取り調べだ。文学的な言い方は無用だ。続けろ」


いつの間にか他の係官たちも集まっていた。



「へい。指揮官の合図で飛び出したあっしたちに女園長は無言で取り囲まれました。それまであっしたちに全く気付いていなかった女園長はたちまち服を剥ぎ取られ……兵士たちは激しく我慢しながら命令が下りるのを待っていました」


「つづけろ」


「へい。拷問のための性的暴行の医学研究が進んでいた国でしたので行為の手順、使用する薬剤や専用の道具が決められていました。このテクノロジーによく反応しはじめた彼女の体は……旦那、なんで笑っているんですか? 悲惨な事件なのに」


「それで小説家になろうというのは無理だ。まあ、聞いてやるからつづけろ」


「へい。彼女は叫びましたが外国人の我々には通じずあきらめたようでした。それから兵士たちは全裸になって整列し指揮官の説明を聞きました。


『兵士諸君、この女は欠配している軍人給与の代りである。楽しめる時間は諸君の給与額に比例する』


ストップウォッチが出てきました。兵士たちはこれで後ろめたさも完全になくなったようです。あっしは最近エリート部隊から異動してきたので給与はそれまで全額もらっていました。あっしだけは横でただ見ているしかありませんでした。全員の視線が突き刺さる可哀そうで卑猥で美しい白い丸いものは」


「取り調べは終わりだ」


「え? 続きがありますぜ。これからが聞きどころなのに」



威力偵察に参加していた捕虜の供述だった。

能登で威力偵察があったことは事実だった。

しかし供述に合致する被害女性はどこにもいなかった。



 R国だけは領土欲むき出しで、しばらくは占領地ですごんでいた。

彼らはしばしばメルカトル図法の地図で誤解し実際以上の大国意識を持っていた。

昔、招集命令を出してから兵が揃うのは一か月後といわれた国だ。

外国はそれを弱いと勘違いした。

R国の昔からの指導者層の高すぎる自尊心は膨張主義となり、その裏返しは宿痾(しゅくあ)のような被害妄想だった。

昔簒奪した、極東の遠く孤立した島々に無理に多数の住民を住まわせて維持する負担を軽くすること、オホーツク海を完全に自分の海にするため最低でも北海道の北半分を奪取したかった。

北海道北部と大陸は意外に近い。



 R国兵士たちが占領地に惨憺たる暴行状況を現出しているとき突然我が国陸軍部隊が目の前に出現し、同時に長年恐れたA国海軍のオホーツク海侵入という事態になった。

そこはR国に二つある〝聖域〟の一つであり、核報復する戦略原潜を隠す海だった。核戦争で味方の都市が滅んでも原潜は生き延びられるようにしていた。



 一方A国は開戦前から聖域破壊を目的に軍艦を進入させる作戦計画があった。

R国艦隊が北海道西北部へ侵略部隊を輸送することに集中していたときスキができた。

主戦場は本州中心部なのにA国海軍が辺境の北方二島に襲い掛かったのはこの作戦だった。

北方二島のR国軍事基地は雪が降るような大量の爆弾であっという間に廃墟になった。

数千人の地上軍と対空ミサイルは消えた。

海峡は自国艦通過のため機雷も防潜網も敷設していなかった。

オホーツク海に出現したA国の空母大艦隊を見てR国艦隊は逃げた。



 退路を断たれ袋のネズミになる恐怖に襲われて上陸部隊は慌てて北海道から撤退した。

A国はお仕置きのようにR国の極東秘密基地のいくつかを爆撃・破壊した。

R国は今まで占領していた二島を奪われて、参戦はかえって損になった。

同じころ別のA国艦隊に津軽海峡で分断され孤立した本州侵略中のR国軍は帰ることも出来ず降伏した。



 C国は今回の戦役の黒幕だったのに、最初にちょっかいを出しただけですぐに引いて他国を裏切った形になったので軍はほとんど無傷、比較的損害が少なかった。ジパングの一部を一時占領したこの作戦はささやかに見えたが大部隊の海外投入、西沖綱海戦の大損によって十億両も使ってしまった。

戦費に影響するのは動員兵力、継戦期間、輸送距離、軍事技術水準だから。



 六月始め、地上の戦闘はすべて終了していた。

C国は一方的に休戦宣言した。

南の小国は占領されたままだ。

休戦交渉もなかった。



 我が国を狙った百発の核ミサイルが揃いもそろって不発弾だったなどとは信じられない。

何かあったはず、しかし誰からも納得できる説明は無かった。

そのうちC国は、当日天空の微かな光を多数見たという航空機パイロットの目撃情報に着目した。

謎の解明のため大気圏境界の光の輪の位置と、同時刻に弾頭から通信が途絶する位置を異なる複数の観測点から観測することにした。

観測機器を載せた爆撃機が飛行中にダミーミサイルを飛ばした。

我が国に向けて観測用ミサイルを夜間に多数撃った。

光輪の位置と通信途絶時の弾頭位置を通る直線上に照射源があるだろう。

休戦中のはずなのにミサイルを撃ったのでまたおれたちが照射した。

C国は観測データを解析した。

その結果宇宙のどこか複数個所からX線ビームが照射されている、とまでは判ったが移動する発射源の軌道の特定まではできなかった。

さらに正確なデータを得るためC国は数発ずつ繰り返しダミーミサイルを日本海や太平洋に向けて撃ったが、わざと目標を外した変な飛翔パターンを見て我が国もダミーを撃つC国の意図を察知した。

謎の宇宙兵器は応答しなくなった。



 今回ジパングは第三次ポエニ戦争におけるカルタゴの運命になった可能性もあった。

C国と手を結ぶ、という選択肢もあった中でA国は長期的な敵味方の判断を間違わなかった。

A国は局地的に軍を動かしたが大規模なぶつかり合いは無くほとんど損害も無く、核を使う判断までには至らなかった。

陸上は我が陸軍が活躍し、A国には南北両端で起きた局地的海戦以外に侵略軍に対する軍事行動が乏しかった。

出陣の意気込みを肩透かしされたような兵士の間で


「我々の最高司令官は戦意に乏しい」


「大統領は戦争を知らない」


これを問題視して議会は大統領を追及した。

大統領のとぼけた答えで紛糾し、代わりに高級軍人が謝った。

何をしに来たのか判らない、と前線で不満の溜まっていた兵士達は喜んだ。


 征服されたままの南の小さな島国は外国との交流も発信も無い。

C国に生存を依存する一つの臓器、あるいは神経のない植物のようだった。

ハーンは島全体を戦略基地にした。

住民の大半は姿を消した。

あの情緒溢れる夕方の赤いランタン街はどうなったかな、たぶん破壊されただろうな、多くの人が心を痛めた。


それまで中東から原油を運ぶルートだった場所はC国艦船がいて通れなくなった。

原油天然ガスはA国から輸入することもできたが世界的に価格が暴騰した。

C国の原油輸入先は別だった。

その後停戦中とはいえC国側の国の船とA国側の国の船が遭遇すると何らかのトラブルが起こると予想された。

それで貿易は大幅減少して世界経済は大きな打撃を受けた。

世界中の紛争地域はさらに緊張が増した。

二大国の影響は大きすぎて全ての影響は誰にも予測困難だった。

実際には両国とも慎重な行動がめだちトラブルは発生しなかった。

この休戦が数年続くとは誰も予想しなかった。

世界経済の後退も同じくらい続いたが、戦争当事国は逆にいびつな好景気だった。

我が国企業でC国進出を果たしていた企業は現地の財産を全て没収された。

ジパングに残された膨大な捕虜を送還する交渉は貧しくてケチなN,R国相手の場合はなかなか進まなかった。


 C国はまたやってくると見て政府が膨大な物資を備蓄し始めた、というニュースを聞いて都市住民は頼もしく思った。

政府は逃げない、大都市の地下神殿に備蓄するのだろうと噂された。

それで臨時増税にも賛成した。

備蓄の管理者は当然国家官僚だと思われた。

彼等は過去、各種備蓄品の取り崩しが望まれても〝価格を混乱させる〟、〝将来もっとすごい困難がくる〟などと言って放出を拒んできたものだ。

だから念のため調べられた。

すると備蓄場所も扉の鍵もどこにあるのか、本当に存在するのか誰も知らないことが判った。

予算だけは実際に使われていたので巨額の金が闇に消えたことがわかった。

その行方は杳として分からなかった。

嘆息とあきらめが交錯した。マスコミは変に冷静だった。


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