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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第四章 第一次戦役
15/21

侵略と抵抗……西沖綱海戦

 ここはC国首都。

二か月遡って高靂三年の正月。

開戦の決心を表すように昔の皇帝に倣ってハーンは膨大な供え物をして天帝を祭り勝利を祈った。

見上げる祈念殿は深く青い空を突いて山のように巨大で高く、朝日に輝く極彩色の威容は見ているだけで列席者の胸に迫り感動させた。

たまたま前夜火星の赤い光を見たココジン姫は胸騒ぎがした。

祈念殿の輝きがどうしても強烈な皮肉に見え、それを否定しようと心の中で葛藤した。

とんでもない間違いなのではないか、ハーンのために心配していた。


 このすぐ後、ハーンはジパング政府に警告書を送った。

そこに対等な国に対する礼儀は無く、勝手にジパングを属国以下、地方領主くらいに見なした文書だった。

しかし先祖の国書同様無視されるとハーンは益々やる気になった。

皆がいよいよ機は熟した、いざジパングへ、と思ったら三月に南側の小さい島国に攻撃を向けた。

外国の旅行者を足止めしたのは航空運航に危険があるからだった。

予定通りヤドリバチ作戦を発動したら見事図に当たり、計画通り征服できた。

それから軍港を作り始めた。

将来を見据えた大規模なものにするつもりだった。

その間にジパングが宇宙発電と称してやたらロケットを打ち上げていたが大したものではなさそうだ、と気にしなかった。


 四月一日、ジパングに宣戦布告した。

そのあたりでは〝良い知らせ〟という花言葉をもつ優美な花の盛りの時期だった。

布告と同時に先島(さきしま)諸島に地上軍の一部を上陸、征服させた。

青い空、白い砂浜を背景に制服を着た人々が群れだって逃げていた。

僅かな警察組織の無血追放だった。

大陸で天下を取った時と同じような、あっという間の居抜きだった。

目にした侵略軍を勘違いし〝自衛隊出ていけ〟と書かれたいつものプラカードを持ってデモをする白髪老人がいた。

それが視察にやって来たC国軍の師団長の目に留まった。


「あれは何であるか?」


副官の少佐は真面目に答えた。


「我々を自衛隊であると思っているでありますっ! 彼等は自国の軍が大嫌いでありますっ!」


老師団長は


「よろしいっ!」


と返答したが、再び老人を見た時思わずプッと吹き出しそうになった。

あわてて横を向いて手で口を押えて笑いをこらえようとしたが、とうとう立っていられずしゃがみこんで甲高い声で笑ってしまった。


 ここは我が国。

四月一日、既に地上で攻撃が始まった。

C国の宣戦布告より僅かに早かった。

宣戦布告文は高尚で意味不明な詩文のようなものを並べているだけで、具体的にどうしろとも書いていない。

どうしていいか判らなかった我が国はC国に返事を出さなかった。

テレビに出たある評論家は


「全てエイプリルフールじゃないですか。R国が仲介するなんて言っていますよ」


と言った。

何の根拠もなかった。

TV局に好まれる彼自身がフールに見えた。

サイバー攻撃も無いミサイルも飛ばないまさかの古典的な戦争形態に見えた。

普段のC国の戦略は病原体のようにずるいものが多かったが正面から力でぶつかり合う場合は違うようであった。


 政府からの戦時統制らしきお触れはなかった。

法律上できなかったからだ。

あの憲法を守っている以上侵略兵を撃てば殺人罪になり、道路をふさぐ故障車は私有財産ならば勝手に処分できず、正当防衛以外で武器を使えないため待ち伏せや先制攻撃も許されない。

実行可能な行動はすべて法律化しなければならず、無限の時間が掛かる。

最精強部隊であってもこんな現状では防衛できない。


 現実に眼の前に攻撃的な敵の影が見えるようになって憲法改正の議論が国会で始まった。

平和な時代に政争の具となった昔ながらの机上の空論が蒸し返されはじめた。

やがて昔もあったように反対勢力が狂暴化し国会をデモ隊が取り囲み、反対運動は全国を覆い尽くさんばかりになった。

当初政府は過半数の国民は論理的に説得できると思っていた。

しかし先の大戦後の不安に満ちた塗炭の苦しみを直接間接に聞いていた人々は多かった。

戦争の実体験をした親たちは聞かれるとほぼ皆が不戦決意を絶対的戒めとして語った。

疑うこともなく子は遺言のように重く受け心に沁みた。

判断する責任は聞いた子たちにあるが感情が作られてしまった後では言論では説得できなかった。

行き詰まった政府は数々の時限立法を次々強行採決した。

これは最高裁で違憲が確定するまでの僅かな時間だけでも軍として行動できるようにするためだった。

最高裁は何も反応しなかった。

付随的違憲審査制だからだ。

そのため、政府の〝暴挙〟を許すまじというマスコミの声に学者評論家が告訴のために署名を集め始めた。

デモは一層激しくなり、ついに総理大臣が軍隊で排除せよ、と言ったところ防衛大臣が身を呈して拒否した、という噂が拡がった。

最高指揮権は首相にある。

だからこれは誤報だが諸外国にも知られ、ジパングはもはや理解不能として同情は嘲笑に変わっていった。

同盟により参戦したA国を除き、ジパングを支援しようという他の国はなくなり支援も止まった。

ジパング首相が発展途上国に外遊するときプレゼントしていた多額の援助の効果もなかった。

ところが日にちが経つとこれほど荒れたデモも嘘のようにおさまった。


 人々は情報を探したが、マスコミ情報では具体的なことがわからずネット情報では諸説入り乱れて情報源として機能していなかった。



自縮(じしゅく)しろってえ? ワチキのこのデカい顔をどうやって縮めろっていうのよう」


旅芸人の女形が白塗りの顔でしゃべった。

自粛要請が出ていても歌舞音曲の興行団体はあまり従わなかった。

政府の事態認定が遅れたため国民保護活動の始動も遅れた。

住民の避難方法の議論に入る前に占領が終わっていた。

場所は大方の予想通り先島諸島方面だ。



 そのころ初めて地上から宇宙にいるおれに作戦らしい指示が来た。

それは北西方面の広域を警戒し、発見次第始末せよ、だった。

真の敵はまだ動いていない。



 少し前C国に占領された南の小国が彼らの海軍拠点になっていた。

そしてついにC国は大艦隊を編成して北上し、A国軍の大規模な基地飛行場のある島を大胆にも無視してその西側を通り抜けようとした。

双方の詳細な戦闘序列はまだ明らかではない。

短時間で終わったこの戦闘でも思い込み、増長、迷い、錯誤、未熟さ、無駄、不可解な選択、幻の情報、人間関係の齟齬、問題のある人事、その他の幸運や悲運が重なり状況は複雑だったが一言で言えば悲喜こもごも、という所だった。


 その日、よく晴れた美しい海と空だった。

C国艦隊の北上を感知したA国基地航空隊はこれを阻止するため多数の戦闘機などが飛び立っていった。

それを知ったC国艦隊からも劣らぬ数の戦闘機が飛び立ちやがてトリムをとった頃、遥か遠くの明るい水平線すれすれに敵機影を目視確認した。

それらはまばたきすると見失うほど小さな点々だった。

目視した瞬間双方とも迷わず多数の空対空ミサイルを発射し、あとはミサイル自身の探知能力に任せて急旋回して逃げ帰ろうとした。

C国のミサイルは個々の戦闘機が勝手に目標を決めたため重複や撃ち漏らしが多かった。

A国ミサイルはまるで仲間同士話し合って分担したように無駄なく目標を選んだ。

C国戦闘機群はロックオンの恐怖の中で全滅した。

やがて近づいてきたA国の攻撃機群の機影が水平線上に捉えられるとC国軍艦は多量の対空ミサイルを放った。

ところがすべて回避されたばかりでなく外れたミサイルが反転して発射した艦の方向に戻ってきた。

A国軍機は雷撃に移った。

C国艦隊は損傷艦を見捨ててなりふり構わず逃げ帰った。


これが最初の大規模な軍事衝突だった。

まさかのミサイル反転は事実だったのでGPS衛星位置情報の撹乱をやったといわれた。



 A国軍機の動きは集団戦の最適解を計算しているように無駄が無かった。

不可解な点はいっぱいあったが、話を聞いたハーンはしばらく黙ってしまった。

自信が崩れ去ったのだ。

まだ研究中だと思っていた技術まで登場した。

彼我の技術差は予想以上だった。

それだけではない。

一部の重要軍事機密がA国にスパイされている疑いが強まった。

このあとC国軍は北上出来なくなった。

のちに西沖綱海戦と名付けられたこの鮮やかすぎる海戦をおれは衛星の主コンピュータに教えられるまで気づかなかった。



 A国軍基地のある島より南の島々はあっというまに無血占領された。

しかしボーッと見ていた住民は捕まるわけでもなし、生活は今まで通りで放っておかれた。

もし住民を逃がそうとしたら大混乱が起こったはずだ。

事実上不可能なこと、すなわち百五十万県民の移送はメディアで問題になったが結局行われなかった。

物流や通信も正常だった。

本土との通行も途絶えることはなく島民の多くがテレビで放送されていることが信じられなかった。

戦争は冗談だったのかと見えたが警察、海保などの実力組織はいつのまにかいなくなっていた。


 いつもと何も変わらないじゃないか。

多くの島民の頭から? マークが出た。

政府は何をしていたのか、すこし遅れてやっと我が陸海軍の主力が向い、さらに遅れてA国が同盟国としてあらためて参戦を宣言した。

通常兵力だけ、しかも陸軍は来なかった。

だが実際に強大な武力を持つA国の軍が来るのだ。

するとサッと敵は島々から引いていって結局交戦しなかった。

何しに来たの? 皆あっけにとられた。

疑問だけが残った。

C国軍のおかしな行動は我が軍とA国軍を我が国の南西の端っこに引き付けた。

ともかくメディアを中心に安堵の空気が流れ、いっしょに先島を奪還してくれるA国に対する信頼感が出始めた。


 C国が攻めてきたとき高齢のA国大統領はいきなり我が国民への弔辞を読み上げた。

原稿を間違えた単純な手違いだと、すぐ訂正された。

我が国で怒りが沸騰した。

それで実はC国はA国と結託していたのではないか、という陰謀論が出てきた。

すぐ否定されたがC国の皇帝が宮殿で笑っていた。


 国家の危機の最中なのにすべての国家機関、民間企業はいつも通り平常業務をしていた。

こういう時どうすべきか、誰も分らなかった。

一時街から食料品などが消えた。

大暴落して閉鎖された株の市場は開けなかったが、勇気あるトラック運転手のおかげで品物が店に戻り何だか落ち着いてきた。

物価は高止まりした。



 ポツポツ店が閉じるなど街中の様子が少しづつ変わっていた。

ジパング国内で数百万人に上るといわれる在日C国帰化人、滞在者などがいつの間にか街から消えていた。

本国から秘密の連絡網を使って指示が出たらしい。

と思ったら、C国の軍が南に引いた途端、N国、S国、R国の軍が北陸、北九州、北海道にそれぞれ同時上陸してきた。

いずれも軍用車両に乗って移動は速かった。

C国が遠慮がちに攻めているうちに他の三国は略奪を急いだ。

R国軍は北海道と青森に上陸した。

北海道内の占領統治部隊と津軽から東京を目指す略奪部隊であった。

R国軍の上陸はモタモタしていた。

N国軍は能登半島の付け根に上陸し、N国独裁者の指示どおり東京に向かう部隊と北国街道を通り名古屋に向かう部隊に分かれた。

S国軍は壱岐対馬に執着した。

上陸してから我が国の統治を示す街頭の標識・表札等をすべて自国の統治を示すものに差し替え、車を右側通行に強制するなど余計なことをして道草を食っていた。

そのあと北九州から山陽道を通り関西を目指した。

A国軍に北上を阻まれているC国軍もそのうち琉珠列島を遠く迂回するように東方沖を北上し南九州に入る、或いは関西に入るだろうと見られていた。


 各侵略軍の最終目的地はジパングを代表する主要大都市の近郊だった。

途中の経路上にある中規模都市の略奪は控えめで、急いで通過していった。

目的近くに到着した部隊は大都市の中心から五十キロ離れた周辺で略奪暴行を繰り返しながら何かを待つように自ら停滞していた。



 R国が参戦してきたことはA国首脳部にとって驚きだった。

原潜やSLBMを保有する国はいくつもあるが自国製で十隻以上保有し恒常的戦略的にSLBMを使える国は世界でA,C,Rの三か国だけだった。

二カ国を同時に相手にすることを避けるために欧州方面で餌を与えR国を手なづけてきたつもりだった。

今頃になって交渉担当官の言うにはウラル以東は別の国、いや巨大なゴミ箱だ。

だから責任を持たないと言われました。

騙されましたと言った。


「アホか!」


大統領は珍しく怒った。

世界戦略の重要部分がいきなりコケた。

すぐには考える気がしなかった。

専門家の意見を信じたアホは自分か、という想いに苛まれた。



 意外なことにやって来た兵を全部足しても我が軍より少なかった。

装備品もほぼ互角だった。

全攻撃国の統計上の軍事力は我が軍の二十倍あるはずなのに、これだけしか送らない。

これは渡海能力で制限されることの他に、自国がスッカラカンになると横や後ろの非友好国から侵略や自国内で反乱が起るからだという。

民族大移動や軍隊アリの行進やバッタの大移動とは違うのだ。


 三か国の攻撃は宣戦布告の無い無言の開戦だった。

プロパガンダや偽ニュースなどの手間もかけなかった。

そのときちょうど我が軍は大規模な装備の入れ替え時期に当たっていた。

新たに投入した五隻のイージス艦に艦旗が授与されたとのニュースがあったので全体で十隻になったと報道された。

観艦式のような写真も付いていた。

しかし写っていたイージス艦の半分は退役したモスボールだった。

わが陸海軍主力は南海の領土の涯てる所に張り付いていたため部隊の移動が間に合わず、残っていた部隊も逃げ惑い縋りつく自国民に行く手を塞がれ、前進を阻害された。

その間に侵略軍は少ない兵力で快進撃を続けた。

しかしその数では大都会の攻略には全く足りないが、以前行われた威力偵察の結果もあって侵略軍は自信をもっていた。

我が国とA国の空軍はすぐ来るだろうと思い、彼等は対空ミサイルだけは潤沢に持って来ていた。

真っ先に情報を得た報道機関の社員達は会社の指示で報道もせず真っ先に逃げた。

ある敏腕記者はそのことに怒り退職してフリージャーナリストになって占領地に単独潜入した。

そこで行われていた悪鬼の所業を、マスコミを使わず伝えたので国民が知ることが出来た。

政府の広報はいつも同じことを言うように聞こえた。


 N国、S国の占領軍は占領地域を単なる通過点と考えていたので一カ所に留まらず統治するための軍政も行われなかった。

ところが人民裁判などと称して何者かによって連日残虐行為が行われていたことが発覚した。

一部の我が国民の仕業だった。

やり始めたら止まらず過激になっていった。

博物館、美術館、宝石・貴金属商が襲われ、社寺の文化財が奪われた。

侵略軍が金目の物の略奪に手を付け、そのあと一部国民が続いて略奪した。

土器や古文書ばかりしか展示していなかった地味な地方博物館は腹いせに破壊された。


 慢性的に飢えていたN国軍は食料を持ち込んでおらず銃で食料を巻き上げた。

すると食中り(しょくあたり)が連発した。

S国、R国の軍は給与も出て、近代的な軍用配給食を持参していた。

普通の暴力行為は少なかったが性暴行は極めて多く、白昼堂々手あたり次第に行われるのを進寇(しんこう)軍上層部は黙認していた。


 住民を守るのも当然我が軍の仕事だと多くの人が思っていた。

ところが国民の保護を定めた法律では真っ先にトンズラしていた県知事の仕事になっていた。

逃げていない知事はC国に気脈を通じていて、降伏を呼び掛けていた。

その知事の口調はC国報道官の口調がうつったように大変横柄になってきた。

ここにきて国も自治体も住民を守らない、そうと判った住民は法律など無視して立ち上がるようになった。

威力偵察の結果によれば誰も抵抗しないと思われていたが、気骨ある住民達が組織を作り落ち武者狩りのように竹槍で襲った。

もともと侵寇軍は住民の何十分の一しかいない。

竹槍は恐ろしい武器だった。

逃げる人々は概ね大都市を目指した。

先に地方に逃げた人々はUターンしてきた。

首都はホームレスで膨らんできた。


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