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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第三章 戦争への動き
13/25

衛星模型

 おれは自宅にいた。

春に退職して秋にミヤコと対面し、それから正月まで中途半端に暇だった。

その間次第に宇宙に行ける楽しみよりもなんとなく不安が広がってきた。

宇宙線の強さは地磁気に守られた低軌道でも地表の3桁倍、何も守られていない静止軌道では低軌道の数倍、というような記事を見つけるたびに心が揺れた。


 あるとき七緒先生の夢をみた。

思い出すことさえなかったのに、唐突に見た。


   ▼ ▼ ▼ 


 夢の場面は初夏の母校だった。

一年のうちでも屈指の快適さで、明るい光に溢れさわやかな風が入って来る教室にいた。

そこに七緒先生とおれだけがいた。

先生は古文の授業を始めた。

あれ? 物理の先生だったはずだが。

万葉集の歌の解説だった。


〝君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも〟


先生の解説によれば、これはワープ航法と衛星レーザー兵器を読み込んだ歌なのだそうだ。

千三百年前の歌人の想像力に舌を巻いた。

ところで、昔から古文の授業は無上の睡眠薬だった。

夢の中で、さらに寝落ちしてしまった。


…………春の園遊会に招待されていた。

C国の攻撃から国を守った功績で呼ばれていた。

並んでいると順番が来て聖上が二言三言言葉をかけてくださった。

次に聖上は隣にいるおれの妻と話し始めた。

おれの妻? 誰だろうと見てみたら七緒先生だった。

桜色の和服を着てC国の伝説の珍兵器を盗んだ話から始まって、世界中でやった泥棒仕事を話していた。

聞きながら聖上は笑いこけ…………


はて、こんなところに招待されるのはおかしいと思ったとき夢の中で目が覚めた。

七緒先生がおれを覗き込み上品に微笑んでいる。

ああ、この人が夢の中ではおれの妻……じーんと胸が熱くなった。

「眠ってしまって申し訳ありませんでした」

「高校二年生の君が担任女教師の私を女として見ていた。分かっていたのよ。あのとき出来なかった授業、今からやりましょう、これは授業ですっ!」

「何の授業ですか?」

「保健体育。性教育の実習よっ!」

どうしていいかわからず、おれはボーッとしていた。

するとそのまま金縛り状態になって身体が動かなくなった。

 ここで急に薄暗くなり、辺りは不穏な雰囲気になった。

準備をしている先生は気づいていない。

おれは見ているだけしかできない。

そこに突然十人以上の男たちが乱入して来た。

彼等は外国の兵隊だった。

七緒先生は一瞬で素っ裸にされた。

それからたった数秒間、早送りのように眼にも止まらぬ速さで全員に輪姦された。

先生は、始めは苦痛の表情だったが次第に恍惚を通り越して清浄な聖女の顔になっていった。

と思ったら最後はバラバラになって床の上に散らばった。

男たちは隊列を整え、七緒先生の残骸の方向に顔を向け〝頭右(かしらあ~みぎっ)!〟の隊礼をしたのち外国の軍歌を高吟しつつ行進しながら出て行った。

おれはやっと金縛りから解放され、とっちらかった七緒先生をかき集めて復元し、拝礼して


「不肖この私が先生の御恨みを晴らします」


怒りとともに誓いながら目が覚めた。その怒りはずっと続き、わが民族の女性達を思うたびおれの国防意識は高まっていった。


   ▲ ▲ ▲ 



 高靂三年2月、おれと舜助は宇宙に行く前に堯助の家に行った。

今日は他に誰もいないとのことで堯助と舜助が壮行会、といっても三人だけで催した。

二人はむりやり冗談を捻り出してなんとか笑いを提供しようとしたのだが、この二人ではどうしてもお通夜のようになる。

そこで昔のようにSF談議に変えた。

終る頃堯助が言った。


「戦争はいつまで続くかわからない。君の出番になるミサイル攻撃はいつ起こるか判らない。君が宇宙にいる期間の大部分は戦いの任務が殆どない。それは苦痛だろうから申し出れば暇つぶしになる物を持ち込むことが許されている。平時は運動を含む規則的な日課をこなさなければならない。それは君の健康のためだ。宇宙に滞在すると人体は弱る」


そんなに暇な任務だとは予想していなかった。

ところが実際に日課を聞くと、どこかの会社の委託業務のようなアルバイト作業が色々あって全然暇になりそうもなかった。


「こんなにスポンサーが付いていても極秘任務なのか」


「全部このシステムの制作に関わった企業だ。彼等は秘密を守る」


のちにいざ戦争が始まると地上の様子を監視しているだけでも全く退屈しなかった。


「戦争は狂気を呼び起こす。技術者として責任の有るおれたちはいつまでも合理的な理性を保っていたいものだ」


とおれが言えば二人も静かに同意した。

トイレに行くためにドアを開けようとした時、ドア裏から誰かがすっと去っていった。

誰なのか確認できなかったがまぼろしではなかった。



 知る限り3月になっても情勢に大きな動きはなかった。

正月の脅しのあと何か裏で交渉をしていたのかどうかは伝えられていない。

実は我が国は前年の秋から盛んに大型ロケットを打ち上げていた。

頻繁になるとニュースにもならなくなった。

和歌山と千葉に臨時の打ち上げ基地二か所が作られた。

もう一つ完全非公開の打ち上げ基地があった。

表向きは宇宙発電システムの構築である。

総予算は二千億円以下と言われた。

いずれ民間企業のものになるのに莫大な予算を使いやがって、しかもこんな時に何をのんきな、採算も取れない、と新聞から攻撃された。

しかしある映画に比べればしょぼい。

セリフの中で、妖星ゴラスがやってきた千九百六十二年の我が国の有人宇宙船(はやぶさ)の開発費は十三兆円だと言っていた。

国家予算比で現在に換算すれば隼予算は六百五十兆円だ。



 打ち上げた衛星の一つに大型の有人衛星があった。

それは五回にわたって打ち上げられたモジュールが結合されたものだ。


 おれとミヤコは往還機でそこへ行くことになった。

久しぶりに会ったのにミヤコは相変わらず無表情で、その服はよくSF宇宙ドラマなどで見るかっこいいものになっていた。

おれがほめてやるとミヤコは意味が解らなかった。

それを気にして質問をくり返した。

舜助が何とか収めた。

不必要なことを言わない方がよかった。



 おれにもミヤコとお揃いの宇宙用ユニフォームを渡された。

遮蔽の役も果たすので常に着ていなければならない。

胸にAというマークこそ無いが懐かしい宇宙もののTVドラマに似ている。

しかし部下のミヤコの方がずっとデカいという凸凹コンビだ。

しかもミヤコはくびれのない寸胴女だ。

この違和感は消えなかった。



 堯助からあらためて説明された。


「宇宙発電システムとして動くとき、小型の発電衛星を準静止軌道に載せる。七十個の衛星で発電した電力を宇宙空間で十個のメインガン衛星に無線送電し、それぞれからまとめられたエネルギーになってマイクロ波空間伝送方式で地上に送る。だから地上受電器も十基ある。動いている衛星からの距離は常に変化しているので各衛星からバラバラに同じ受電器に送電すると位相ずれで打ち消し合ってロスが起こる。他に、地上には自分の位置確認や照準確認用の設備も複数個所ある」


メインガン衛星の模型を見ると大きさと言い形と言い、背びれのような宇宙冷却装置が夥しく付いていて、出来損ないのステゴザウルス模型に見えた。

堯助は言った。



「だからステゴちゃん何号とか呼ぶ。口から光線を吐くのだ」


「ここからか?」


「そこはお尻」


「頭と尻尾が同じじゃないか。ステゴちゃんなんて、何か可哀そうな響きだ。ところでおれが乗る衛星の名前はなんだ?」


「名前は無い」


マスターガン衛星は有人衛星で、名前もないほど極秘だ。

堯助はマスターガンについて


「人の乗るこの衛星は安全のためと探知されにくくするため通常の戦闘ではマスターガンを使うことはない。発電衛星の合計出力は三メガワットだから百四十八秒分を溜め込んで四百四十四メガジュールのエネルギーを、もし一気に発射出来ればその衝撃は戦艦大和の主砲弾の初速エネルギーと同等だ。弾頭に炸薬は無いが宇宙なら減衰しないで当り、どんな敵の武装衛星でも破壊できる。だが核爆発に比べれば何桁も小さいエネルギーだから環境への影響は心配いらない」


「それは、誰が使う?」


堯助は君だといって笑った。

マスターガン衛星には受電パネルが十個ある。

ステゴちゃん達からエネルギーを同時に受電するためだ。



 ここであることに気づいた。



「おい、窓は無いのか」


「地球大気と地球磁場に守られていない高軌道は銀河宇宙線と太陽風が直撃する。被曝量は地上の数万倍以上になるかもしれない。エネルギーが高いので普通の放射線遮蔽方法など簡単に貫通し、人体や電子機器を破壊する」


おれの声は小さくなった。


「それじゃだめじゃ……ないか」


「メインガン衛星のうち常に最低一基は有人衛星の近くにいて、強烈な太陽風が突発した場合に有人往還船とともにシールドとなる。一方高軌道に降り注ぐ銀河宇宙線は天体現象による加速などで超高速になった荷電粒子が多い。水での遮蔽がいいそうだが必要量を計算すると百トン以上にもなる」


「やっぱりだめじゃ……」


「頭を抱えていた時、救世主が見つかった。昔君の神社に保管されていて後でおれが預かった石だ。それを分析してみた。すると元素の周期律表のページを遥かはみ出た所にある安定の島と呼ばれる領域の未発見の超重元素だった。しかも安定核だった。十分な量があったので詳細に性質が調べられた。それで元素合成方法が分かった。その原子と炭素繊維とプラスチックを複合材料にすることによって従来の材料に比べて大幅に遮蔽できるようになった。そもそもあの石はどこからどうやって君が手に入れたのだ?」


「神社に持ってきたのは有嶺と名乗る紺作務衣の仙人みたいな老人だ。未来にいる前世の自分から渡された、などと言うので明らかに頭のおかしいジジイだった。


〝今人生の始末をしている。自分が持っていてもしょうがないから神様に奉納したいが、何かの役に立つなら君が使ってもいい〟


と言って置いていった。大きさの割に重いので文鎮にしようと思ったが結局使わず邪魔になって君に譲ったのだ。そんな不思議な石なら、あのジジイは益々変なやつだ」


「大量に生産することはできない。それで遮蔽は完全ではない。窓をつけるなど、好きな設計は出来ないのだ。しかも、もし窓から肉眼で地球を見たらあまりに遠くて寂しさ、怖さを感じてしまう。モニターがあれば自在に拡大して見ることができる」


「潜水艦みたいなものか」


「ただし潜望鏡ではないが一カ所だけ小さな出窓を付けている。たまにはそこから肉眼で直接地球を見るのもいい」


「遠心力で疑似重力を発生するなんてことはしないのか」


「普通の大きさの宇宙船でそれをやると経験したことのないような船酔いを起す」


「宇宙遊泳はできるのか」


「往還船乗り換え用のエアロックはあるが船外活動用の出口はない。宇宙服も無い。船外活動が無いから君の地上での訓練はすぐ終わったのだ」


打ち上げられると宇宙物体として国際登録されるがデータの一部は嘘だった。

そして打ち上がってからもしばしば軌道を変更する。

静止軌道のような国際ルールも準天頂軌道にはない。



 おれが直接操作していいのは古めかしい四つの電光ボタンと地上との交信装置だけだった。

漫画っぽいが


〇ノーマル発電モード

〇ミサイル防衛モード

〇艦隊決戦モード

〇お助け


おれだけがモードを切り替えできる。

使い込んだようにメッキにわざとらしい剥げまである。

堯助は


「本当に困ったときはお助けボタンを押すのだ。衛星の主コンピュータがアバターとなってモニターに登場し、話し合うことが出来る」


レーザー砲の波長は赤外領域からX線領域まで可変だ。

破壊兵器として使う場合、主にX線である。

波長が短いほど高エネルギーになり衝撃力・破壊力が強いので表面を破壊できる。

波長が長いほど透過力が強いので内部を破壊できる。


「それは、どうやって切り替えればいい?」


「ミヤコに『X線の波長に切り替えろ』というだけだ。矛盾した命令を出せばちゃんと聞き返してくる。たぶん」


X線は大気圏上層で速やかに消滅するので間違っても地上の人を傷つけないが、宇宙空間を弾道飛行する再突入体には減衰なしで当たり、機能を削ぐことができる。

実際の照射位置は大抵海の上になるのでさらに安全だ。



衛星の主コンピュータは高性能だがミヤコとの役割分担が判らない。

どちらの方が賢いかとミヤコに聞いたら


「アタイは頭が悪くて……勉強が全然できなくて。だから早くいい人のお嫁さんになりたくて一生懸命おめかし習って……」


舜助に聞くと一つのAIに全てを統合してしまうより役割分担している方が色々な意味でいいのだそうだ。

映画のように中央に全てを支配する恐ろしいAIがいる、なんてことは現実的にはないとも言った。



 ターゲットの変更、波長の変更などミヤコに日常言語で言えば適切に解釈され、臨機応変に細かい変更が出来るようになっていた。

各種情報は命令すればディスプレイパネルに判りやすく表示される。

後に情報表示方法に自分なりの工夫を凝らした。

日課の中には地理の勉強もあった。

宇宙から見える光景と比べるのが楽しみだった。


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