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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第三章 戦争への動き
12/23

小国からの警告

 高靂三年の年明けの目出度さは、あるニュースが吹き飛ばした。

西にある巨大なC国は突然我が国に、A国との同盟を破棄し駐留A国軍を即時退去させよと要求してきた。

しなければ東京に核ミサイルを落とす、という。

これが戦争の始まりなのか、茫然と当惑が株式市場に拡がった。

株の売り抜けに成功した人は少なかった。

A国は怒りを表明し、他のアジア諸国は固唾をのんで見ていた。



 或る姉妹がいた。

東京にいる姉に故郷にいる妹が電話をかけた。


「ねえちゃん、核爆弾だよ。鯛みたいに水中にいても吹き飛ばされるよ」


「鮃みたいに底にもぐっているあなたは大丈夫よ」


「ミサイルって、本当に防げるの?」


「撃ち落としてやるわよ。だって、〝迎撃システム〟っていうものがあるそうだからっ!」


「東京に核を落とされたらA国が核でC国に報復するのかしないのか、どうなの?」


「落ちたら私蒸発しているから、後のことはどうでもいいよ。しかも核は一発でも飛べば全面核戦争よ。一時間以内にどの国も皆殺しだからお仲間いっぱいよ」


「核を撃たれそうになったら先手を取って降伏するってのはどう?」


「彼らの先祖がやったように、降伏したらC国の手先にされて他の国に対して残虐なことをやらされるわ。あとでA国が盛り返してC国を追っ払ってくれたとき、指導者は同盟の裏切者としてA国に処刑されるのよ。これが弱小国の運命よ」


「でも、小学校では憲法の規定によって、抵抗してはならないと教えられたでしょう?」


「痴漢事件では、始めから抵抗しない女性は被害者と認められない。ヤラレ損になるって知ってる?」


「ねえちゃんはいい旦那を捕まえたわね。ヤラセ得だったね」


連日聞こえてくる話には結論が無い。

あれからC国は無言だった。

C国での正月旅行を終えた帰国予定者の出国が滞り始めた。

彼らは人質かもしれない。

核攻撃と聞いて東京から北海道に逃げる人々も出てきた。

自治体の首長たちも住民に対して冷静に、と言っただけだった。



 何も起こらないまま日が過ぎていった。

そのうち皆何となく落ち着いてきて日常が今まで通り続くような雰囲気がし始めた。

C国と我が国の様子を見ていた周辺諸国の緊張も一息ついた。

と思っていたとき南方の島の小国で突然水鳥が飛び立った。

C国による大規模な侵攻だった。

それまでの一般の想定では島国だから周囲を封鎖されて兵糧攻めに遭うと思われ、それに対応した防衛戦略が採られていた。

しかしハーンは包囲軍そのものが外側からA国海軍に包囲攻撃されると考えてその作戦は採用しなかった。

強力な武力攻撃のあと数個師団の陸上兵力を巨大な兵員輸送艦で送ってきた。

足りなくて空母も輸送艦代わりにした。

それまで平和的に調略するふりをしていたC国だったが何もかも振り捨てていきなり武力攻撃した。

超大国のA国の主力軍はこのとき遠く離れていた。

なにがあったのかよく分からなかったが南米の挑発的で無礼な国の沿岸に空母を集中していたのだ。

南の小国の近くにあるA国基地は、戦争を抑止するには小規模すぎた。

A国と小国の軍事同盟は無く、経済的結びつきのみだった。


開戦劈頭(へきとう)C国はヤドリバチの最初の一刺しに似て小国の中枢神経を電光のごとく一瞬で破壊した。

空爆以外にも建物内部で爆発が続いた。

神経系を伝うように島全体の国家機関を奪われていった。

小国は高度な中央集権化が裏目に出た。

険しい山中にトンネル基地を多数作っていたが激しい爆撃により相互の連絡が取れなくなりバラバラに突撃しはじめる結果となった。

指揮系統も情報網も失われた小国の防衛力はそれから各個撃破であっという間に粉砕された。

他国が気づいた時は既に占領され手が付けられなくなっていた。

ここまで僅か数日だった。

実戦経験の乏しかったC国軍だが有能さを発揮した。

その力の入れ様は獅子搏兎(ししはくと)のごとくであった。

情報遮断は徹底していた。

最初に海底ケーブルの陸揚げ拠点が破壊され、衛星通信の無線基地の破壊、送電線破壊などがあり一般人の発信も絶えた。

支配層はことごとく拉致されC国奥地の砂漠の中の塀の無い監獄に収監された。

5億両を使った〝ヤドリバチ作戦〟は終了し〝寄生された芋虫作戦〟という占領政策になった。

作戦名だけ見ればC国が世界中に放っている留学生の秘密活動みたいだ。

小国の内情は外国に見えないまま、だんまり劇で(ほふ)られる、という不気味な展開だった。

海は完全に封鎖され、出入国が止められていた。

A国は小国に小規模な海軍を差し向けた。

間近になるとC国海軍が大量の艦船と対艦ミサイルで物凄い防衛線を張って待ち構えていた。

C国の海上軍事力すべて集めたような物量を見せつける威容は、派遣されたA国海軍の威嚇にびくともしなかった。


 A国内ではなぜあの時だけ小国周辺から軍を引いたのか、という議論があった。

しかしいつのまにかウヤムヤになった。

大統領を囲んで国防会議が行われ、小国を救出するためのさまざまな意見が出た。

占領され大規模に武装されてしまった小国でも兵力を投入し続ければ突破できないことはない。

しかしそれで太平洋方面の軍事力が半減したころにC国とジパングの間に戦争が誘発されるだろうと予想された。

C国は少し前既にジパング政府に脅しをかけていた。

以前まだ平和だったころ、その小島国の民間船が国籍不明艦に沈没させられる事件がゲリラ的に頻発した。

A国の要請を受けてジパング政府は異例なことに戦後初の特務艦隊を編成し、護衛や救助にあたらせた。

民間船を襲った国籍不明艦は古代ローマ以来の超時代遅れの武装である衝角(しょうかく)をつけて吃水(きっすい)下に穴をあける攻撃をした。

おそらくC国が意図的に作った船だと思われたが、なんとC国艦隊も護衛と称して現場海域に進出してきた。

そこでC国艦隊と我が艦隊に行き違いがあってC国の小型艦が一隻沈没した。

火花が散った。

C国はその復讐を常に言い続けていた。

A国とジパングは同盟している。

同盟国への攻撃にはA国が報復すると条文にもある。

もし核に対し核で報復すれば全面核戦争を招く。

A国は踏ん切りが付くのだろうか。

そのとき軍人の誰かが


「同盟とは信義により成り立つものである。かつては、信義は国益に優先していた。第二次ポエニ戦争のローマは自国の命をかけて同盟を守ろうとした」


と言った。

いつの間にか話題はジパングのことに変わっていたが大統領はさっきから寝ていた。

寝顔には憎たらしくなるほど愛嬌があった。

そのとき目を醒ました大統領は


「同盟料でも徴収しようかな。毎年GDPの0.1%くらい」


とつぶやいた。

今それを言う? 皆唖然とした。


「ジパングからはその倍くらいを以前からもらっています。名目はいろいろですが」


「あれ、そう? 一ドルでも貰っていたら助ける義務はあるよな。じゃあ、そうしようか」


だったら早く言ってくれ、と言いたげな参加者達だったがこの一言で決まった。

いつの間にか小国の話は忘れられていた。

小国はもう手遅れで占領は既定事実になった。

結局A国は控えめにC国の軍事行動を非難し限定的参戦を決めただけのように発表されたが、最終的に大戦争になることを見越して通常戦力部隊の移動と全面核戦争の準備に入った。

大型空母はパナマ運河を通れないので多くの駆逐艦クラスを太平洋に回航した。

がら空きになる大西洋には欧州の同盟国海軍が進出した。

軍事力のシフトは全世界で起こった。

世界の紛争地が激化・移動するなどの影響を受けた。

C国はA国と対立し軍の移動を非難した。


C国政府は気付かなかったがそのときC国奥地の複数個所とA国の間で秘密の衛星通信が急に増えていた。



 ジパング国内では情勢が安定したと思われた。

だからC国の狙いは我が国ではなくあの島国だったのだ、年初に言ったことは目晦(めくら)ましで、我が国は攻撃されないだろう、という楽観論と安心感がジパング国内に広まった。

C国はこのところ沈黙していた。

石油タンカーはじめ民間船の往来もそれまでどおり自由が保障されていた。

C国が前から欲しがっていたあの小国を獲ったからには東京への核攻撃宣言はただ眼をそらすだけだったのじゃあないか、世の中の疑問は時間とともに薄れていった。


このとき政府内のごく一部の人々は三か月前、すなわち前年の年末の報道されなかった三つの事件を知っていた。

いずれも市の上層部からの圧力で隠蔽されていた。

一つ目は、日本海に面した過疎地の幼稚園に突然数十人の男達がやってきた。

そのとき一人だけ女性園長が在園していて餌食になったらしい事件。

二つ目と三つ目は九州と北海道で起り、性的暴行事件こそ無かったが理由なく建物などを破壊して去っていった。

彼等はいずれも不審船に乗ってやって来ていた。

一つ目の事件では犯人が多くの遺留品を残していたので外交関係の微妙なあの国から来たことがわかった。

というので明るみに出て騒ぎになると逆にある種の団体や政治運動体からの脅迫を受けそうだと、地方の役所は恐れた。

マスコミはもみ消してくれても自分の判断で全て腹に納めるのも怖い。

そこで、既に終わった珍しい事件の顛末書(てんまつしょ)の書き方の質問です、と政府に聞いた。

そのとき偶然それを耳にした若い政治家にたまたま閃いて、詳細な情報を求めた。

犯行の計画性と組織性を示す情報は中間の役人を飛ばして直ちに政府最上部に届いた。

既に警戒していた政府は全国の事件を調べ直し、類似の事件が三件同時に起こっていたことを把握、これらが外国軍隊の威力偵察であると断定した。


威力偵察は交戦が近いことを示す。

目の前の静けさに騙されず政府は敵の戦意、敵国の数、事態の切迫を認めた。

あの南の島の小国の占領はこれから起こることの踏み台にすぎない、本当の狙いは我が国だ。

一方、威力偵察隊を出した国は我が国政府も人々も信じられないほど有事に鈍感であると判断し、成り行きを楽観した。


 一般世間にある漠然とした不安は以前とははっきり異なっていた。

ある一般人が新聞に意見を投稿した。

C国が攻めてくるなら緒戦で大量の核を用いて我が国を一気に抹消しようとするのではないか、と。

通常弾頭を普通のビルに一発打ち込んでも効果は僅か。

作戦に手間取り時間を掛けると他国の干渉が入り膠着(こうちゃく)戦になる。

通常兵器だけで戦う場合他国の介入により比較的小さな相手でもなかなか勝てない。

そのうち自国の内政で政治的リスクが高くなる。

だから短期間で終わらせるために核を使う。

全国一斉に使われる、という意見だった。

それは狙われるのは東京だけ、という思い込みに冷水を浴びせた。

反論があった。

投書の主は最近起こった内陸国の戦闘が念頭にあるようだが我が国相手なら海上封鎖だけで十分である。

しかも核攻撃はA国の核報復攻撃を引き出す恐れがあるので脅しだけだろうという反論だった。



C国は我が国の反応を見ていた。

強烈に居抜きされた小島国の惨状を見て怯えて自ら膝を屈して併合を求めるかと思いきや益々のんびりしているようにしか見えない。

ハーンにとっては、こうなったら焼畑作戦を発動せざるを得ない。


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