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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第三章 戦争への動き
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狙われた国の動き

 高靂元年の猛烈な残暑の中で既にジパングの地上軍に変化が起こり始めた。

数年計画の始まりだった。

太平洋岸にまるで同盟国に向けたような意味の分からない東向きのミサイル防衛網が設置され始めた。

ところがそれは炸薬量の少ない対空ミサイルばかりだった。

誰の指示によるのか、計画にはあったはずの威力のある長射程の地対艦ミサイルが削られていた。

長距離巡航ミサイルは西の端にC国に届くものが配備され始めた。

しかしどこで誰に削られたか、その数は極めて少なかった。


「上の方は、ほんとうにこれだけでいいと思っているのか?」


「これだけしか予算がつかない、ということはそうなんじゃないですか?」


何発あればいいのか正確には誰も計算できない。



 実弾演習は従来年一回だったが全国どこかでほぼ毎日行われるようになった。

長いことがらんどうだった各地の弾薬庫は溢れかえった。

輸血用血液、救急衛生用品も充実した。

次第に武器が増産され始め、炸薬とロケット燃料の原材料輸入が急増した。

外国の情報機関は二、三年以内に極東で戦乱が起きると予想したが世間には公表しなかった。

我が国が使った予算の名目は極めて多方面に分散された。

或る一人の新聞記者はひょっとしたら、と思い上司に相談した。


「これは戦争が始まる兆候ではないですか?」


「おまえ、そんなことより国民の関心は政治家の大汚職問題だ」


世間は国家の防衛体制の変化に気付かなかった。

しかし次期戦闘機の選定或いは開発が政治的事情で何度ももたついているうちに旧機が退役してしまい、この時期空を守る物が無かった。

戦車が増えたと一部で騒がれたが自走砲の見間違いだった。

正面装備とそれを動かす人員は簡単には増えなかった。



 攻められる場合でも経済的な研究が必要だと思われた。

先の大戦の時、開戦十年前から戦時経済が研究されていた。

研究の結果天佑神助(てんゆうしんじょ)がなければ経済的にも負けると判った。

しかし戦争は止められず経済運営は最初から合理性を失っていた。

担当者はいつも耳障りの良い答えだけを期待される。


「もう、わかんねえや」


今回は専門家によって言うことがまちまちで対策は進まなかった。

既に軍事支出だけでも市中の資金需給を狂わせ始めている。

戦略レベルは間に合わないので特別なインフレ対策の研究と重要物資の確認だけが行われた。


 政府は理由をはっきり言わず国民に食料・日用品の備蓄を呼び掛けた。

世間は誰も動かなかった。

するとどこからか


「大地震を予知したのに、それを政府が隠している」


という噂が流れた。

途端に買いだめパニックが起こったが、すぐに元の木阿弥に戻った。

これを見た政府はしぶしぶ備蓄予算を取った。



 ジパングは同盟国のA国と極秘に協議を開始した。

同盟条約の内容は昔から変だった。

それを直すためにはジパング国憲法をまず改正しなければならない。

だが改正できる見込みはほとんどなかった。

このままでは両国の軍事行動は制限される。

やむをえず条約が破られる可能性も出てきた。



 A国は先の大戦後から冷戦期に入ってもあまり軍備を縮小しなかった。

常に戦争準備が出来ているようなものでA国には余裕があった。

エリート官僚と専門家を集め密かに検討が始まった。

その中には予想される大事変に便乗して漁夫の利を得ようとする、ずるい企みも沢山あった。

しかし主に検討していたのはぼーっとした風貌の超高齢大統領からは想像しにくい東アジア戦略の大転換だった。

A国と長年対立してきた軍事大国のひとつにR国があった。

このところ欧州方面の紛争にからんでA国とR国とは手を結ぶ兆しが出てきた。

不穏な態度を見せ始めたC国を牽制する方法をA国首脳は考えた。


「R国と友好関係になるべき」


味方と思っていたら敵と手を組むとは、とギョッとして慌て始めたジパング政府に比べてA国の中枢は冷静に雄大な計画を練っていた。

先の大戦後からのいくつかの軍事同盟は存続していたが、長く平和が続くとどこも自国中心の考えに変わり、同盟関係による安全保障の枠組みは世界中でもろくなる一方だった。

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