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ハーンのミサイル  作者: 有嶺 哲史
第三章 戦争への動き
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ハーンの演説

 少し前からハーンが非公開で重要演説をするらしいという噂が宮廷人の間に広まっていた。

ついに機は熟した、その時がきたとハーンは思った。

ジパングでは高靂二年の年末であわただしかった。

ここは大帝国の大宮殿。

青空を突いて(そび)える象牙色の壮大な外観もさりながら、内部はこの国史上最豪華と言われている。

荘厳な大広間はゴシック大聖堂並みの三十メートルもありそうな天井の下、美しい彫刻や絵画宝飾、豪奢なカーテン、シャンデリアに囲まれて目がつぶれるかと思うほどキンキラキンだった。

それらに負けぬきらびやかな服に身を包んだ枢要の宮廷人たちが集まって整列していた。

ハーンは儀式用の伝統的で豪華な衣装を着て祭壇のように高い所にあるまばゆい玉座に座っていた。

しばらく眼を(つむ)っていたハーンはやおら立ち上がると、おもむろに演説を始めた。



 ハーンは元々演説がへたなことで知られる。

論旨の伝わりにくい抽象的な説明がくどくど続いた。

しかしハーンは区切りのいい所で自分の演説内容を要約してくれる。

聴衆はそこだけ聞けばよかった。

最初にまず、ジパングの最近の頑なな態度によって開戦せざるを得ず、と言ったがこれは単なる前置き。

本題は、A国と平和共存しているうちに文明の衝突によって自国が崩れる可能性があることを、例を挙げて説明すると言った。


「……A国から浸透してきた考え方によって我が国は古来の美風を損ない、知らぬ間に国民がみんな国家を軽んじるようになりはじめた。彼らの国では普通すぎて目に見えない仕組み、例えば組織の末梢に至るまで統治原理が我が国とは異なる。すると商習慣の違いでも我が国では小さな軋みを生じ、相手に合わせるようになり次第に周りに波及していずれ国の成り立ちを揺るがす。このところ帝国は空前の素晴らしい繁栄を迎えている。その中で潜在する不整合は拡大し、いろいろな組織で内紛が増えてきた。異国の文明に晒されると人々の考えは変わってゆく。異文明のあらゆる局面の流入がこのまま天朝に長く平和で豊かな世を続かせることはない」


たしかに建国後の門戸開放の初め頃、恐ろしい勢いで外国の企業が入ってきて我々国民はなす術もなく、されるがままになったと親たちから聞いたことがあった。


「我が国民は本格的経済恐慌をまだ経験していない。経済はいつ急変するかわからない。それが起これば多くの国民は救済されず激しく動揺し、動乱も有り得る……文明とはそもそも五感に感じるものではなく、論理的に感じるものである。そのためには知識が必要だ。例えば文明を持つ国家が滅びると人々の安全が保障されなくなり遠くと交易出来ず、交流も無くなり近親婚が増え体も衰え、気力も衰え知識も技術も失われる。そして技術も資源も途絶えると文明は衰亡する。文明は国家の総合力によって支えられている。天朝ではそれらは究極的に朕の存在、権力に集約する。ところがA国から入って来た文明は朕の代わりにすべてA国に集約している。この結果どうなるか、積り積もって天朝の統治を壊すのだ」


ふーん、五感に感じない? そんなものに怯えるの? 途中はいいや、もうちょっと聞こう。


「異文明の本家のA国はジパングを拠点のひとつとしてその考えを浸透し、庶民が国家の意識を軽んじるようにし向けている。それは半ば意図的である。やがて国家の解体、そしてA国の実質的支配下にしようとするのは間違いない。片やジパングはさらに挑戦的である。あちこちの大国と手を結び我々の包囲を企んでいる。かつて我々の前の王朝を倒した活動家をジパングは支援し、我が国を侵略したジパングは強大な同盟国とともに再び侵略を企てている。今は重大な危機である。それらの不逞な動きの最前線であり要であるジパングを地上から消し去らなければならない」


と述べた。

我慢して聞いていた聴衆は最後の一文だけ聴けばよかった。

結局ジパングと戦争することだと分った。

へえー、あそこはそんなに悪い国だったのか? なぜ今開戦なのか。

敵の仕打ちといっても目に見えるものはどこにもなく、我慢しきれない緊張もない。

だが理由などどうでもよかった。

独裁者の論理はどうせ恣意的だから。

前王朝の最盛期の皇帝が十回も大遠征をやった。

その理由は印章に、十全老人という文字を彫るためだった。

我がハーンの狙いは要するに、異文明の入り口であるジパングを潰そうということなんだろう。

ジパング相手なら成功する可能性が高いと思われた。



 中書省(詔勅(しょうちょく)起草機関)で最年長の高官が質問した。


「文化の無条件流入を止める仕組みがあれば良いのではござりませぬか。国内で対処できる問題ではないかと愚考いたしますが」


ハーンは答えた。


「彼等には技術的オリジナリティーがある。それを利用して彼等は我々を合法的に制裁できるが、我が国はそういうものに乏しく、制裁合戦をやると我々は不利である。また、既に流入したA国文明のファンが増えているので流入を止めること自体が難しい。さらにA国企業は例えばゲーム中毒、ハンバーガー中毒など〝ナントカ〟中毒に仕向け、人間心理の弱点に付け込んで我が国に何かと混ぜられて判りにくいように侵略するのだ。そして繰り返し怒涛の流入を引き起こす。流入を許したおおもとは初代皇帝が決められた門戸開放政策だ。そのころ我が国は国際政治も異国の経済もよく知らなかった」


そして厳かに


「祖法はうごかすべからず、であるから開放政策をやめることが出来ない」


と言った。

 同じく年配の別の高官が質問した。


「ジパングを攻めると同盟関係にあるA国を中心とした国際的な経済制裁を受けるのではないかと愚考いたしまする」


「よき質問じゃ。これについては相当以前から準備をしてきた。長い間我が国の経済は安い価格を武器に輸出をA国に強く依存していた。その依存関係をほどき我が方から切断できるようにしてきた。世界で多数を占める貧しい小国の独裁的指導者を手なずけるのは僅かな富でよい。そして多数決制の国際組織を支配したり理事選挙を買収したりして、国際通貨も金融システムもサプライチェーンいずれも時間を掛けて潜在的ブロックを作ってきた。ゆえに我々の経済圏に大きな影響は無く長期にわたって戦争を継続できるだろう。まだ気付かないメディアや外国もあるようだが」


 話は戦い方に進んだ。

まず戦略についてハーンは言った。


「いにしえの御先祖様の戦役で失敗したのは、渡海侵攻作戦の特殊性を十分研究していなかったからじゃと思われる。陸軍がデカいだけじゃあだめなのだ。ゆえに今回は長年に渡って渡海作戦の研究を致し高度な技術を集結した軍事力を整備してきた。そして決定的な兵器を意味のあるところで必ず躊躇なく使う」


門下省(詔勅審議機関)の若い諌議(かんぎ)大夫から質問が出た。


「決定的な兵器とは核のことだと思料致しますが、先制核攻撃をするとジパングと同盟しているA国が我々に核報復してくるのではないか、という懸念がございます」


その質問にハーンは味方となる参戦国の名前を複数挙げた。


「いずれも核ミサイルを保有しており通常弾頭と混ぜ合わされ同時に使用されるとA国は実際に核を爆発させた国を正確に特定できない。ミサイルを他国製に偽装する方法もある。弾頭が核だったか否かは全てのミサイルが同時に爆発したら容易に判別できないだろう。また核保有三国が結託して三方向から攻撃するとA国でも同時に相手にすることは難しい。それでA国は金縛りのようになって核報復の決断が出来ないだろう。同盟国だからといって他国のために核報復することに国内から反対の声も上がり始めるだろう。我々が立ち上がれば結局核の傘は無いことが明らかとなり、A国の同盟の信頼は全世界で揺らぐ。例えジパングに核を持ち込み発射ボタンを押す権限を委譲していても持ち込ませたA国には自身が撃ったのと同じ責任を負わせる」


とハーンは言った。


聴衆はとにかく理屈はさておきハーンが核を使うことはわかった。


このあとの話は気楽に聴けた。

各国の軍事力の比較、アジアおよび世界の全体戦略と戦いの展望が述べられた。

演説は焼畑作戦を含む戦術の説明に入った。

ハーンは二つの作戦の名前を挙げ、そのうち〝焼畑作戦〟についてはポイントを隠しながらも概略説明をした。

聴衆にはあまり解らなかった。

焼畑農耕に似ているからそう命名したらしい。

もう一つの作戦は実行が迫っているので明らかにできないので〝ヤドリバチ作戦〟という作戦名だけが発表された。


正面以外で気になるのは欧州の有力国だが、R国と西欧の間にもめ事の種をまいて牽制できるようにしている。

常に全世界を見ていなければならないと言った。

このときある人が質問した。

我々が見せられている戦争映画ではジパングの兵隊は猛々しく残虐だが、今の彼らは変な憲法を信奉し、クラスター爆弾禁止条約に参加するなどしてやさしそうなふりをしている。

一体どっちが彼らの本性なのか、と。

それには別の人が答えた。

彼等は変態なのだ、そうに違いない、と。


最後にハーンが早口で言ったのは、ジパングには莫大な埋蔵金がある、美女も多い、と。

その場で男たちは小さく笑ったが宮廷の女性達は男達を睨みつけた。



 演説を聞いた人々は誰もが思った。

我々と一緒に戦う核保有国もある。

正しいかどうかは別として軍事行動の狙いは達成できるだろう。

もし海軍、空軍が消耗しても陸軍の大部分は国内に留まるので他からの侵略や反乱にも心配はいらない、と。

会議は終了し多くの宮廷人達は久しぶりに国の版図が増える可能性に高揚し


「小生はジパングのある種の風呂を独占したい」


「ならば小生は遊郭を買い取って世界中から美しい異人の女を集めて美を競わせたい」


などと夢想を語っていた。

やがてC国民の中にも戦争が近いという噂が広まっていった。



 そのころC国はひっそりとジパングの中に中身が判らない小さな企業を多数設立し、流暢なジパング語を使ったネット世論工作や政財界との接点を強化し始めた。

C国ではこういうことを官がやると見え透いた工作がバレてしまうが民がやると巧妙にやってくれた。

特定の商品が異常に安い通販サイトなど。

表面上に派手な動きは無かった。


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