『幽先タクシー』
「ん? いや、ちょっと待って!」
有無をも言わさずタクシーが進み出し、カメラに向けて声を上げるが反応は無い。
自動運転ですらないリモート運転のタクシーが崖へと向け速度を増して行く。
「払うよ払う! いや、払えるもんなら払うさ! てか、今何処で払うのよ?」
応えの声は無いが停止した。
何だろう、少し前まで脅されてるのに人の声が聴けて安堵していた自分が居る。
人の心を持っているような相手ではないのに、何故か人の声を聴いて心があるように感じて安心してしまう。
多分、人真似の音声を求め作っているのは、人が機械に油断する感覚を理解している人間だ。
この犯人はそこまで理解をしていない。あくまでも利用者であって作る側に居ないと判る。そう考えるとクラッキングも人真似程度に思えて来るが、俺も対抗できる程の術はない。
いや、それにしても反応が無いのは何だ?
こうなると、自動運転だと思っていた時の、機械を相手にしているような、どうする事も出来ない不安に駆られるのは何故なのか。
人を相手にしている方が、感情任せの突発的な暴行とか怖ろしい部分は多くあるのに、機械は無感情に平然と人を傷付けて尚、反省もなければ責任も取らず、例え人を殺しても殺した相手に対し感情が無いから後悔する事も無い。
そうか、人の命に対する尊厳も無いからだ。
尊厳無き外道以下の畜生だからこそ、道徳を持たぬものに対し、人が恐れを持つのは当たり前、つまり機械は鬼と変わらない。
……鬼畜だ。
普段オカルト誌で扱っている心霊だUMAだの方が、余程に人真似の機械よりはマシに思える。
にしても、長いな……
『誰だよコイツ! いつから乗ってた? 知らねえよ! 何で運転手が居んだよ! オレに言われたって分かんねえもんは分かんねえよ!』
唐突に二人の男の声がスピーカーから聞こえてきたが、何だか様子が可笑しい。
『あっ! 映像切れてんじゃんよ! いや、オレ何にも弄ってねえし! ならとっとと映像戻せ! あれ、制御解かれてる。はあ? 向こうの音も聞こえねえ。おい、ちゃんとしろよこの野郎! 』
それが本当なら……
とりあえず、バッグからパソコンを取り出しフロントのUSBに配線を繋いでみたが、向こうの口喧嘩は続いているまま、こちらに対する反応はない。
以前、もしもの折にとフォルダに入れていたソフトを探して実行。
今に思うと、もしもの折って何だろう、偶々もしもの折が来ちゃったけど……
ソフトを入れてたフォルダに使い方を書いたTEXTファイルと別のフォルダに暗号キーもある。
使い方を読みつつ暗号キーを入力、ENTERキーを押した。
『ダメだ繋がってんのに制御出来ねえ! なら湯田に何て言うんだよ? 知らねえよ、とりあえずあの運転手を調べてみろよ! 帽子で顔なんか見えなかったじゃん! いいよもう、湯田の同期なんだから殺す機会はまだあんだろ! なら今回は失敗したって言う気かよ?』
いや、ちょっと待て。聞き捨てならない名前が出てたぞ。
俺が『月刊ファインダー』の主戦カメラマンだった当時はアナログ全般、同期の湯田は普及してまだ間もないデジカメの担当になりデスクワークが主だった。
それがデジタル一眼レフやミラーレスがカメラの主流となれば立場も逆転、アナログ人間の俺は部外へと追いやられ、今はオカルト四季刊行誌『Argo』のカメラ担当。
『月刊ファインダー』を離れて十五年以上経つが、デジタルが主流になり編集長の椅子が見えた湯田は、スマホのカメラが一眼並みの光学レンズを装備し始めている昨今、俺を見ては己の先を見るような怯えた顔を見せていて、実にけしからん話でもある。
まあ、アナログ人間として部外に出された俺だけど、今肩に掛けているのはミラーレスカメラで、フィルムカメラを心霊写真のネタ撮り用に使っているのだから始末に追えない。
で、今日はその湯田の頼みで『月刊ファインダー』の仕事を預かり、何を撮るのかと思えば廃墟写真。
「オカルト誌で撮り慣れてるだろ?」
などと建て前に聞かされるも、皆心霊写真と同種のモノとして忌み嫌っての事なのは明らかだった。
いや、『Argo』に所属する前までは俺だって好き好んで撮ろうとは思わなかった。
それがどうだ、旅費にプラスアルファを付けてもらえば二つ返事で喜んで撮り行く今……
これ、俺、湯田にハメられたのか?
クソッ! あの湯田なのかは判らんが、裏切り者の湯田、何か響きがそんな感じにも思えて来る。
ソフトの画面は英語で書かれたボタンが幾つかある中に、制御システムと通信システムの接続と解除の項目とは別に、通信項目の一覧に追跡のボタンを見つけ押してみる。
のっぺらとした地図画面が開き、青い日本の真ん中よりやや右下の方に赤い丸が点いた。
追跡ボタンがポップアップされたのでもう一回押してみる。
日本から赤い線が伸びて南東の方へと……
グアム
もう一回押す
バヌアツ
もう一回押す
サモア
もう一回押す
バヌアツ
もう一回押す
バヌアツ
うん、回線はバヌアツからのようだ。
とりあえず、通信システムの解除を押した。
犯人がバヌアツに居るなら出遭う可能性も低いだろうけど、湯田が主犯の殺人の依頼主なら……
判らんがとりあえず通信は解除したけど、ドアロック解除は何処だ……
アレ?
動き出した!
通信は解除してるし、制御システムは俺弄ってないぞ!
「え、待って、待て待て待て……」
画面を見ると制御システムも解除されていて……
完全に手動状態。
サイド引き忘れ状態か?
と、運転席に乗り込もうとして身体を乗り出すと車が停止、その瞬間に何が起きたかを見てしまった気がして、妙な違和感を覚え記憶を辿る。
犯人の会話に出て来た運転手とは……
バヌアツに居る向こうの話ではなく、カメラで見ていた車内映像の話だとすれば、納得の行く事に俺は今、サイドブレーキが踏まれるのを見てしまった。
自動運転でもサイドブレーキのペダルを踏む動きは無い筈だ。
仮に、仮に今運転手が居るとして、身を乗り出した俺を制するものなら……
確認だ。
「あの、温泉街の駅に、向かってもらえませんか?」
――TIKKATIKKATIKKATIKKA――
何故かハザードランプが点灯した。
けど、これは居ると言う事で間違いないのだろう。
前のめりになった身体をそっと戻した俺は、困り下を向いてふと気付く。
「あ、在った」
足下に落ちてる財布を見付け、拾い上げると財布から記念切符がはみ出ていた。
その記念切符が財布から抜け宙を舞い、運転席へと消えて行く。
まさかと思うが、言ってみる。
「温泉街へ」
タクシーはバックで転回して元の駅へと走り出した。
そっと肩の一眼レフカメラの電源を入れて蓋を外してムービーモードでRecボタンを押し、運転席へとレンズを向ける。
ファインダーモードのままと気付くも、ファインダーを覗く勇気が今は無い。
崖道を先のリモート運転よりも速く走る運転手に、人と思うべきか否かに迷いつつも、とりあえず行き先は温泉街だろう事に何となく油断している自分に気付く。
人真似の自動運転よりも、人から成した仏の幽霊の方が“人”に近いのかも知れない。
駅に着いて安堵した俺はカメラを隠し、開いたドアからそっと、そっと、ダッシュで降りた。
タクシーは駅前で停まったままで、怖いけど駅のホームで列車を待つ。
ポケットに手を入れるとみくじ札を見つけ、何となくに見返してみて納得してしまった。
総合:前向きな姿勢で上向く
恋愛:冷静さが必要
金運:衝動的な出費は控え計画的に
健康:浮き沈みあり、気を配せ
方位:南南東微南・暗剣殺
失物:足下
■おわり








