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転生大魔導将軍 ~災厄を統べ、ヴァルガーディアを築く~  作者: 逢坂
第1章 災厄将軍、辺境に顕現す
8/11

第8話「外部勢力の動き」

 夜明けと共に、俺たちの拠点は新たな種類の喧騒に包まれた。

 書記所には、近隣の三つの市から矢継ぎ早に照会状が届く。どれも不安を帯びていた。


「門外に巡礼の列! 歌も旗もありませんが……荷に、壺が多いようです!」


 見張り兵の報告に、カイルが低い声で付け加える。

「……火持ちが混じっている」


「受け入れは、わたくしが仕切りますわ」

 リシアは扇を畳むと、即座に指示を飛ばした。

「まずは、列を三つに分けさせなさい。登録、診療、そして持ち物検め、と」


「燃え物は預けさせろ。拒めば敵だ」

 俺は短く命じた。


 ◇


 門前の広場は、再び選別の場と化していた。

 持ち物検めの列で、聖油の入った小瓶と、赤い封蝋で閉じられた“赦免状”が次々と見つかる。


「こ、これは清めのための聖油でして……!」

 一人の男が、慌てて言い訳をする。


「あら」

 その男の前に、セラフィーナがにこやかに立った。だが、その瞳は笑っていない。

「ここでは、そういうものは燃えない決まりになっているんです」


 彼女が小瓶を指先で軽く弾くと、中の油は液体としての形を失い、ぱらぱらと黒い灰になって地面に落ちた。

 男は、声もなく立ち尽くす。


「油と赦免状を同時に所持、三名。別室へ」

 カイルが淡々と指示を出す。だが、俺はそれを制した。


「証拠は揃った。放火意図とみなす。処刑する」


 広場に集まっていた群衆が、息を呑む。

 鐘が、一度だけ鳴り響いた。縄の軋む音が、短く響く。


「皆様、祈りを捧げるのは自由ですわ」

 リシアは、動揺する列に向かって、穏やかに、だが揺るぎない声で告げた。

「ですが、この地では、火と刃は固く禁じられておりますので」


 その一言で、この地の絶対的な線引きが、人々の骨身にまで刻み込まれた。


 ◇


 その日の午前、二つの異なる使節が、ほぼ同時に俺たちの元を訪れた。

 一つは、複数の都市による交易都市連合の使者。穏やかな顔つきの文官だ。

 もう一つは、山間に領地を持つ小侯国の使者。こちらは、半ば武装し、青ざめた顔をしていた。


「……対応を分ける必要がありますな」

 アルフレッドの進言に、俺は頷いた。


「連合とは契約で繋ぐ。利を共有し、道を確保する」

 俺は方針を示すと、リシアに視線を移した。

「承知いたしましたわ」


 リシアは、即座にそれぞれの交渉方針を固める。

「連合には、“護証の相互承認・城内泊の無料化・禁制品の遵守”の三点を。侯国には、“庇護を受けるための費用”として、通行税の配分、有事の際の徴兵枠、あるいは城壁建設への労役提供、という三択を提示いたします」


 頼まれて広がる。だが、決して安売りはしない。それが、俺たちのやり方だった。


 ◇


 市の片隅で、香辛料を売っていた老人が、わざとらしく足を滑らせて転んだ。

 懐から、三つの小さな油瓶が転がり落ち、地面に叩きつけられて割れる。

 老人が隠し持っていた火打石から、火花が散った。


 だが、炎は上がらない。

 油が燃え広がる寸前、その上に蒼い魔力の薄膜が広がり、発火を防いでいた。


「ここでは燃えないよ」


 少し離れた場所で粥を配っていたセラフィーナが、視線だけでその膜を厚くする。油は、瞬時にして黒い灰へと変わった。

 カイルが、老人の手指を返し、その爪の黒ずみを見て短く頷く。

「火を触り慣れている。懐から赦免状。……共犯が二人、逃げるぞ」


 共犯の男たちが、人混みをかき分けて逃走を図る。

 だが、その進路の先にあった影から、音もなくカイルの刃が伸び、二人の喉を一度に断ち切った。


「放火は処刑だ。見せしめは要らない。この地の運用を、ただ示せ」

 俺の言葉に、リシアが書記へ落ち着いた声で指示を出す。

「被害ゼロの通達文を。『蒼膜運用・密偵摘発・市場継続』の三点だけ、簡潔に」


 ◇


 昼前、新たな一団が城壁の外に姿を現した。

 赤い縁取りのある白い布を掲げた宣告官が、低い詠唱と共にこちらへ歩みを進めてくる。


「“災厄の庇護に与する者、浄火の適用対象と見なす”」


 城壁の上から、リシアが穏やかに応じた。

「ここは庇護の地。祈りは歓迎いたしますが、火は禁じておりますの」


 宣告官は、布告の“予告状”を地面に立てた杭に乱暴に打ち付け、無言で去っていった。その紙片には、赤い副印が二重に押されている。

 カイルが、それを回収し、報告する。

「審問局“遠征監”の副印。本隊が動く前の、布石です」


「受け取った」

 俺は、去っていく宣告官の背中に向かって言った。

「燃やせば敵として殺す。――そう伝えろ」


 ◇


 夕刻、軍議が開かれた。

 地図卓の上には、黒い糸で二重の防衛ラインが張られている。


「黒鷹線は二重に。第一は外郭の哨戒網、第二が野戦陣地。城壁は、最後の第三防衛線とします」

 アルフレッドが、冷静に戦術を説明する。

「動員可能な兵力は、十人隊が十二。予備兵力は四隊」


「“静謡幕”を常時薄く張っておく。聖歌の効果を鈍らせる薄い結界だ」

 セラフィーナが、珍しく不機嫌そうに言う。


「影路は二本、偽路は一つ。餌は用意した。斥候は、鈴の音で連動させる」

 カイルの言葉に、俺は頷いた。


「そして、たとえ勝ったとしても、言葉が要りますわ」

 リシアが、全員の顔を見渡す。

「“防衛の成功・放火未遂の阻止・取引の継続”。この三つの事実を、昼までには布告できるよう準備しておきます」


 ◇


 交易都市連合の使者との条約は、その日のうちに締結された。

「護送の範囲は、どこまでですかな?」

「“護証(庇護証)”を提示した商隊に限り、この城内での宿泊は無料といたします。禁制遵守と引き換えに、税は軽く」

「道は約束で守る。掠め取る者が出れば、その道は閉ざす」

 俺の言葉に、使者は深く頭を下げた。

「災厄ではない……秩序、ですな」


 続いて、小侯国の使者が再び訪れる。

「庇護を……! ですが、財が……」


「払えるもので、払いなさい」

 リシアは、三つの選択肢を提示した。

「通行税の一部か、兵を出すか、あるいは、この城壁を築くための労役か」


「労役が、最も双方のためになるでしょう。あなた方の民が、自らの手で自国を守るための壁を築く技術を覚えることになる」

「庇護は取引だ。払わぬ庇護は、長くは続かん」


 使者は、何度も頷き、慌ただしく帰っていった。


 ◇


 その直後だった。

 監視用の鈴が、立て続けにけたたましく鳴り響いた。

 倉庫群の裏手で、赤い火花が散っている。


「火壺だ!」

 見張りの声に、俺は即座に命じた。

「倉の火を切れ。延焼線を断て。包囲で潰す」


 セラフィーナの放った蒼炎が、倉庫と倉庫の間に“燃えない壁”を連続で作り出し、延焼線を完全に遮断する。

 カイルは、火を放とうとしていた小隊の背後に回り、“赦免状”を掲げていた僧兵から先に、その喉を掻き切った。


「逃がすな! 正面から潰せ!」

 アルフレッドの号令一下、十人隊が楔のように突撃し、抵抗する者はその場で斬り伏せられていく。

 ほんの数呼吸で、辺りは静寂に包まれた。


 ◇


 カイルが、奪い取った赦免状と審問印の写しを机に置く。

 リシアは、それを見て即座に指示を出した。

「昼の布告は、“放火隊殲滅・商市継続・庇護運用”と変更しますわ」


 書記が、慌ただしく走り出す。

 広場では、何事もなかったかのように露店が再開し、物の値段も上がってはいない。


「恐怖で止めるな。商いを動かせ」

 俺の言葉に、アルフレッドが頷いた。


 ◇


 その日の夕刻。

 北の村から、一人の男が髪を煤で汚し、半狂乱の状態で駆け込んできた。


「聖歌と、鐘の音が聞こえたと思ったら、火のついた矢が……家も、畑も……!」


 その言葉に、セラフィーナの顔から、全ての表情が消えた。

 彼女の声は、凍てつくように低い。


「……灰に、還す」


「掃討線を、前倒しにする」

 アルフレッドの言葉に、俺は首を振った。

「いや、違う。――明朝、救援線を出す。遅れは許さん」


 ◇


 その夜。

 城外に打ち付けられていた宣告状の杭に、新たな布告が重ねて打ち付けられているのを、カイルが発見した。

 赤い蝋で、厳重に封がされている。遠征監査官の署名入り。

 本物の、聖戦布告だ。


「……本隊が、来る」


 執務室に戻ったカイルの報告に、リシアが布告を読み上げる。

「“災厄の庇護下に入る全ての者は、異端者と見なす。よって、浄化の火を以て、その魂を救済することを、ここに布告する”」


「規定どおり夜は閉門だ。全隊、防衛配置」

 俺は、低く、短く命じた。

「正面で迎え撃つ。――焼けば殺す」


 蒼灯が帯になって城壁を走る。

 配置完了。迎撃に移る。

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