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転生大魔導将軍 ~災厄を統べ、ヴァルガーディアを築く~  作者: 逢坂
第1章 災厄将軍、辺境に顕現す
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第7話「拠点の伸長」

 暁の光が、まだ生々しい戦いの痕跡を照らし出していた。

 広場には簡易的な祭壇が設けられ、敵味方の区別なく、戦死者の名が刻まれた板札が並べられている。


「名は刻みます。この地で死んだ者を、無名にはいたしませんわ」

 リシアの静かな声が、集まった民の心に染み渡る。


「戦果を、短く読め」

 アルフレッドが書記に命じる。

「これは脅しではない。事実だ」


 書記の若者が、震える声で布告を読み上げた。

「――聖旗来襲、これを撃退。指揮官は首級を挙げ、僧兵は壊滅。放火隊は、全員を殲滅。非戦闘民の被害、一切なし」


 民衆の間に、安堵と、そして新たな覚悟が広がっていく。

 俺は、彼らに向かって低く告げた。

「日中は門を開けたまま通商を通せ。敵旗が見えたら即応だ。日没で閉じる」


 ◇


 城門の脇に、二枚の新しい布告板が打ち付けられた。

 そこに書かれた言葉は、短く、そして絶対だった。


 一枚目。

「赦免状は無効。放火・人買い・掠奪は処刑」


 二枚目。

「投降者の扱い:武器を捨てた者のみ生かす。再武装・逃亡は即時処断」


「言葉は短く、線は太く」

 リシアの穏やかな声とは裏腹に、その内容は血で書かれたも同然だった。

「必要な線だけでいい」

 俺は、短く応えた。


 ◇


 集会所の板壁には、炭で描かれた巨大な拡張図が張り出されていた。

 外郭の円には「一重環壁」、その内側には「市区」「工区」「農区」と記されている。


「環壁は半径五百歩。門は北・東・西の三つ。堀は浅く広く掘り、一度落ちれば容易には出られぬように」

 アルフレッドが、図面を指し示しながら説明する。


「“契約の広場”を中心に据えますわ」

 リシアが、扇で人の流れを描くように地図をなぞる。

「庁舎、医療所、書記所を隣接させ、人の流れを意図的に作り出します」


「窯は三基。焼き煉瓦は私が温度を見る。雨でも乾くよう屋根を」

 セラフィーナの言葉に、俺は頷いた。


「“影路”を二本。非常時の連絡線だ。この道を通れるのは、影刃だけとする」

 カイルの提案は、都市の神経網となるだろう。


「外形を今日中に上げる。俺が地を起こす。転圧で締めろ」

 俺の言葉に、全員の視線が集中した。


 ◇


 その日の昼前、村人たちは信じられない光景を目の当たりにしていた。

 俺が、新たに引かれた土塁線に沿って、地面に掌を伏せる。

 低い唸りと共に、大地が生き物のように蠢き、滑らかな帯状の土堤が、まるで意思を持っているかのようにゆっくりと立ち上がっていく。


「う、動いた……地面が……!」

「な、なんだありゃあ……!」


「走るな。列を崩すな。三歩で踏んで一歩下がれ」

 俺の号令が、土塁の上から響き渡る。

 アルフレッドが、その言葉を復唱し、兵たちを動かした。


 俺の合図で、セラフィーナがその土堤の表層を蒼炎で撫でる。

「赤から白、そして蒼へ……はい、雨にも強い壁のできあがり!」


 土は瞬時に焼き締められ、陶器のような硬度を持った。

 カイルは、完成した壁の上から周囲を観察し、侵入感知の音連絡となる新たな鈴線を張っていく。

 昼過ぎには、外郭の半分が立ち上がっていた。

 それを見上げる人々の瞳から、恐怖の色は消え、誇りのような光が宿り始めていた。


 ◇


 難民の流入で最も警戒すべきは、病の蔓延だ。

 医療所の前には、リシアの指示で“清水標”の印がつけられた桶が並べられている。


「負傷された方は右の列へ。体の不調を訴える方は左の列へ。飲料水は、この印がつけられた桶からのみ飲むようにしてくださいまし」

「便所は、外周の南側にまとめて掘れ。溝を掘り、石灰を厚く撒いておけ」

 アルフレッドの現実的な指示が、秩序を維持する。


 セラフィーナは、村の井戸を覗き込むと、その水面に掌から魔力を数滴垂らした。

「不純物さん、出ておいでー」

 すると、水中の砂や泥がひとりでに分離し、底へと沈んでいく。それを見ていた子供たちが、わっと拍手をした。


 俺は、指揮を執る将たちに短く命じた。

「水と火を管理しろ。病は、火よりも速い」


 ◇


 市の広場は、数日前とは比べ物にならないほど活気に満ちていた。

 水、布、塩、釘、そして干し肉を売る露店が並び、人々の声が飛び交っている。


「おい、お嬢さん。水が足りねえ。遠くから運んできたんだ、少し値を上げさせてもらうぜ」

 一人の商人が、リシアに詰め寄った。


 リシアは、微笑みを崩さない。

「でしたら、こちらで“上限価格”を設定させていただきますわ。その代わり、あなた方の護送と、城内での宿泊は無料といたしましょう。十分に利益は出るはずです」


 その横で、カイルが水の配給札を偽造していた若者の腕を掴んだ。

「水札の偽造だ」


 若者は、俺の前に引き据えられた。

「軽い違反は労で贖え。放火は処刑だ」

 俺は、広場に響くように宣言した。

「この者は、土塁での労役一日とする」


 若者は、安堵したように息を吐き、連行されていった。

 その時だった。

 別の露店の店主が、棚の下に隠していた火壺に手をかけようとするのを、カイルが見抜いた。

 音もなく背後に回り、その腕を掴み上げる。懐からは、教国の赦免状が転がり落ちた。


「放火意図。証拠もある」

 俺は、短く宣告した。

「――処刑」


 鐘が、一度だけ鳴り響く。広場の隅で、首縄がきしむ音だけが、静かに響いた。

 群衆は、沈黙していた。

 その直後、市場は静かに再開された。物の値段が上がることはなかった。

 この地の規則が、彼らの骨身にまで刻み込まれていく。


 ◇


 夕刻、アルフレッドが新たに任命した十人長たちを集めていた。

「お前たちの徽章は、布製だ。色は、所属する区ごとに分ける。北は青、東は緑、西は赤。いいか、列は壁だ。そして、壁は決して動かない」


 広場では、セラフィーナが子供たちに蒼灯の使い方を教えていた。

「警戒と誘導の灯り、“蒼灯”の講習だよ。ここが強く光ったら、敵が近いってこと。音が鳴ったら、“中”に入ったってことだからね。大丈夫、泣かなくていいよ」


 俺は、完成した土塁の上から、その光景を見下ろしていた。

 群衆のざわめきが、いつしかアルフレッドの号令に合わせた、揃いの掛け声へと変わっていく。

 その中から、誰かが言った。


「ここが……俺たちの都、ヴァルグラードだ」

 その言葉が、風に乗って広がっていった。


 ◇


 外との繋がりも、日増に太くなっていた。

 交易都市連合から、小規模な使節が訪れる。

「護送と、城内泊の条件について、正式な契約を」


「ええ、喜んで。護証の相互承認、城内泊の無料化、禁制品の遵守。そして、街道整備への共同出資。これでいかがでしょう?」

「道は約束で守る。掠め取る者が出れば、その道は閉ざす」

 俺の言葉に、使者は深く頭を下下げた。


 入れ替わるように、山間の小侯国からの密使が、怯えた顔で到着する。

「庇護を……! ですが、財が……」


「三択ですわ」

 リシアが、静かに告げる。

「通行税の配分を譲るか、有事の際に兵を出すか、あるいは、この城壁を築くための労働力を貸していただくか。払えるもので、払いなさい」


「労役が、最も双方のためになるでしょうな。あなた方の民が、自らの手で自国を守るための壁を築く技術を覚えることになる」

「庇護は、取引だ」


 密使は、何度も頷き、慌ただしく帰っていった。


 ◇


 その夜、軍議が開かれた。

 地図卓の上には、黒い糸で幾重にも防衛ラインが張られている。


「黒鷹線――見張りと防衛の三層線だ。第一は外郭の哨戒網、第二は野戦陣地、第三がこの城壁。これより、掃討線を週に一度、起動する。十人隊を四つ出し、森と間道を払い続ける」

「放火隊は、見つけ次第、皆殺しにしろ。見張りは鈴で連動させ、報告の遅延は許さん」


「影路は二本通した。偽の抜け道は、一箇所だけ残してある。餌だ」

「聖歌を鈍らせる薄い膜、“静謡幕”は常に張っておく。夜でも、怖くないようにね」


 受け身の守りではない。継続的な、能動的な治安維持が、ここに始まった。


 ◇


 夕刻、完成したばかりの環状壁の一段目の上で、俺たち五人は眼下に広がる新たな“都”の姿を眺めていた。

 家々には灯りが灯り、要所には蒼灯が点々と輝いている。


「本日付で、この広場を“契約の広場”と定めます」

 リシアが、布告するように言った。

「庁舎、医療所、書記所は、この広場に隣接。庇護契約の更新も、全てここで行いますわ」


「夜間の通行は、鐘二つまで。三つは非常時だ。門は、日没と共に閉じる」

 アルフレッドが、規律を宣言する。


「ねえ、今夜は小さい“蒼灯祭り”してもいい? ……静かに、やるから」

 セラフィーナの提案に、俺は短く応えた。

「……短く、静かになら、いいだろう」


 掲示板に、新たな布告書が張り出される。

 それを見上げた群衆の中から、誰かが呟いた。

「俺たちの国を、護ってくださる……」

「護国……」


 その言葉が、人々の間で繰り返される。

 まだ、国ではない。だが、その手触りが、確かに生まれ始めていた。


 ◇


 その夜。

 カイルが、薄暗い執務室に音もなく現れた。


「教国の“赦免状”が、周辺の村々で、さらに広範囲に配られ始めている」

「……内容は」

「“災厄の庇護に与する異端者は、その罪ごと焼き払うことを赦す”と」


 リシアの目だけが、冷たく光った。

「文章が、ずいぶんと粗雑ですわね。彼らにも、焦りが見えます。……ふふ、逆手に取れますわ」


「来る、ということだ」

 アルフレッドの言葉に、見張りの兵士が駆け込んでくる。

「報告! 北の街道に、赤封蝋を掲げた一団が、こちらへ接近中!」


「門を閉じるな」

 俺は、静かに立ち上がった。

「道を開けたまま、正面で受ける」


 セラフィーナが、窓の外へ向かって、小さな蒼い灯りを一つ、ふわりと浮かべた。

「迷子が出ないと、いいんだけどね」


 その灯りが、完成したばかりの城壁の曲線を照らし出す。

 もはや、村の輪郭はどこにもない。

 そこには、“城塞都市”の始まりの姿があった。

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