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転生大魔導将軍 ~災厄を統べ、ヴァルガーディアを築く~  作者: 逢坂
第1章 災厄将軍、辺境に顕現す
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第5話「経済と軍の再編」

 暁の光が差し込む集会所は、既に戦場の司令部と化していた。

 板壁には在庫表、労務表、そして交代制の見張り表がびっしりと張り出され、俺たち五人はその前で現状の報告を突き合わせていた。


「穀物の備蓄は、残り九日分。獣肉を加えても、十二日が限界ですな」

 アルフレッドが、厳しい表情で切り出した。

「矢羽の材料となる鳥の羽が不足しています。武具の補修に使う麻も、もはや底が見えている」


「配給は“朝夕二回”を維持しますわ」

 リシアが、扇で口元を隠しながら冷静に告げる。

「代わりに、備蓄に余裕のある水と塩の配給を増やしましょう。労務は午前と午後の二交代制とし、民の疲弊を防ぎます。“庇護契約”の更新は、毎日“鍵の刻”に、わたくしが直接行いますわ」


 そこへ、影の中からカイルが音もなく現れた。

「昨夜、礼拝堂跡から返礼があった。先日見た審問官の封蝋と同紋。……教国が放った“嗅ぎ犬”が、この地に入り込んでいる」


「へぇ、嫌な匂い。……焼けば消えるけど?」

 セラフィーナが、無邪気に首を傾げる。その瞳の奥には、冷たい光が宿っていた。


「焼くのは、最後だ」

 俺は低く、全員に聞こえるように言った。

「その前に、道を作る。商いの道と、兵の道だ。どちらも整える」


 俺は板壁に、今後の基本方針を短く書き出した。

「護証拡張/商隊誘致/鍛造所設置/徴募と訓練/密偵の反転運用」

 やるべきことは、山積みだった。


 ◇


 その日の正午、村の門前広場に、仮設の市が開かれた。

 といっても、粗末な露店が数件並び、物々交換のための台が置かれただけだ。だが、そこには確かな活気があった。

 掲示板には、リシアが整備した“保護通行証”の一覧と、通行に関する規程が張り出されている。


「これより、この地での商いは我らが保護いたしますわ」

 リシアは、集まった商人たちに柔らかく微笑みかける。

「どうぞ、この“護証”をお掲げくださいませ。禁制品は、人身売買と、無許可での武器の売買。それだけですわ」


 一人の商人が、恐る恐る尋ねた。

「税は……いかほどに?」


「軽税にいたしましょう。その代わり、皆様には“城内での宿泊”を条件とさせていただきます。夜の安全をお守りするのも、我らの義務ですので」


 その言葉に、商人たちの顔が少しだけ緩む。

 俺は列の端から、一言だけ付け加えた。


「道を荒らすな。荒らせば、二度とこの道は通れぬ」


 俺の金眼が光ると、商人たちはこくこくと頷いた。

 最初の通行税が、リシアの前に置かれた小さな箱にチャリンと落ちる。

 市が、動き出した瞬間だった。


 ◇


 午後、近隣で鉄鉱を産出するという小領主の執事が、数名の護衛を連れて訪れた。

 彼らは俺たちの力を恐れつつも、無視できない存在だと判断したのだろう。


「……我らの領地では、武具の素材となる鉄は余っております。ですが、この混乱で……穀物が足りませぬ」


「でしたら、交換いたしましょう」

 リシアが、待っていましたとばかりに応じる。

「そちらからは鉄と木炭を。こちらからは穀物と塩を。そして何より、“道の安全”を保証いたしますわ」


「安全、と申されても、それが形ばかりのものでは意味がありませぬ」


 執事の疑念に、アルフレッドが静かに答えた。

「街道には見張りの標を立て、要所には蒼灯を設置する。あれは、我らが張った警戒結界の灯りだ。盗賊の類いは、現れる前にこちらで摘む」


「万が一、護送中に襲う者が出れば」

 俺は、執事の目を見て断言した。

「見せしめは、一度で足りる」


 執事は、額に浮かんだ冷や汗を拭った。

「……本気と、見受けた。契約、いたしましょう」


 その場で、“相互庇護”と“通行証の相互承認”を盛り込んだ簡易的な条約が結ばれた。

 リシアが短文で清書した羊皮紙に、俺は自らの魔力を込めた印――災厄の紋章を押し付けた。


 ◇


 川沿いの古い納屋が、即席の鍛造所へと生まれ変わった。

 運び込まれたフイゴと金敷。セラフィーナが、その魔力で炉に火を入れる。


「ふふっ、温度は任せて! 赤から白、そして蒼まで、好きなところで止めていいよ!」


 彼女の指先から放たれた蒼い炎が、炉の中で安定した光を放つ。

 村の鍛冶だった老人が、呆然と呟いた。

「蒼い火なんて……生まれて初めて見たわい……」


「鉄は、短槍と斧の製造を優先しろ」

 アルフレッドが、図面を広げて指示を出す。

「弓の金具は後回しだ。矢尻なら、石でも代用が利く」


「ねえ、これ使おうよ!」

 セラフィーナは、戦利品である魔物の骨や角を仕分けながら提案する。

「この骨は軽くて硬いから、槍の柄に使えるよ。こっちの角は、砕いて鉄に混ぜれば矢尻の刺さりが良くなるの」


「よし」

 俺は、壁に掛けた板に書き込みながら命じた。

「十人長ごとに、“定数装備”を揃えさせる。足りない分は、“借用札”で管理しろ」


 “借用札(装備の貸与票)”、“修繕札(破損申請)”。

 棚に並べられた木札によって、兵站は単なる物資の配給ではなく、一つのシステムとして機能し始めた。


 ◇


 夕刻、アルフレッドが村人と難民の中から選抜した男たちを広場に整列させていた。


「今日から、貴様らは十人で一つの組を成す。十人長を置き、持ち場を守ることが仕事だ」


 彼の指示は、常に短く、そして的確だった。


「足を揃えろ。槍先を揃えろ。列は壁だ。そして、壁は決して動かない」


 その横では、セラフィーナが警戒結界である“蒼灯”の仕組みを説明している。

「この灯りが強く光ったら、敵が“近い”ってこと。音が鳴ったら、結界に“入った”って合図。そしたら、鐘を一つ鳴らしてね」


 外周では、カイルが監視用の鈴と糸を増設していた。

 彼は偽の抜け道を一箇所だけ残し、そこに巧妙な捕獲罠を仕掛けている。


 俺は、土塁の上から訓練を眺めていた者たちに、一言だけ告げた。

「怖ければ、列を守れ。そうすれば、列が貴様らを守ってくれる」


 訓練を終え、疲れ切って座り込んだ農夫が、汗を拭いながら息を吐いた。

「……なんだか、できる気がしてきた……」

 民の心に、士気という名の小さな芽が吹き始めていた。


 ◇


 その夜、納屋の臨時詰所に、先日捕らえた二人の密偵が連れてこられた。


「選べ」

 カイルが、静かに問いかける。

「このまま労役を続けるか、それとも“反転”するか」


「は、反転……だと……?」


 そこへ、俺が静かに入った。


「教国に、人を売るな。もし売るのであれば、“嘘”を売れ」

「!」

「お前たちの口から、“災厄の将は、民に庇護を与えた”と流せ。それをやり遂げれば、お前たちの罪は半分にしてやる」


 リシアが、微笑みながら小さな印のついた紙片を差し出す。

「合図は、この印ですわ。この紙片を、市の“塩壺”の中へ。そうすれば、わたくしが拾います」


 男は、しばらく逡巡していたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。

「……わかった。やる。俺は、生きたい」


「監視は解かない」

 カイルの低い声が、その覚悟に釘を刺した。

 こうして、俺たちが“噂”を自ら書くための、最初の情報線が繋がった。


 ◇


 夕刻、広場には長机が置かれ、その上には庇護契約の更新を待つ書類の束が積まれていた。

 周囲には、セラフィーナが設置した蒼灯が、点々と優しい光を放っている。


「本日の契約更新をされる方は、こちらへお並びくださいまし。お子さんとお年寄りの方は、前の方へどうぞ」


 リシアの声に導かれ、人々が列を成す。

 一人の母親が、震える手で契約書に署名した。

「は、働きます。どうか、この子を……」


 俺は、その母親の目を見て、短く頷いた。

「お前は、守る側に入った。ならば、守られる。それだけだ」


 アルフレッドが、新たに任命された十人長たちに、布で作った簡易的な徽章を配っている。

「いいか、列を守れ。それがお前たちの務めだ」


 セラフィーナは、小さな子供たちの手に、蒼く光る小さな魔石を握らせていた。

「これがあれば、夜道でも迷子にならないよ」


 群衆のざわめきが、徐々に秩序だった音へと変わっていく。

 ここはもう、ただの村ではない。“国”としての形を、成し始めようとしていた。


 ◇


 三日後、約束通り商人ギルドの商隊が到着した。

 荷車には、穀物の樽、布、そして貴重な塩が満載されている。


「門を開けろ。護送は、我らの親衛が前後に付く」

 アルフレッドの指示で、村の兵たちが隊商を護衛する。


 俺は、商隊の代表に一言だけ通告した。

「護送中のいかなる攻撃も、我らへの戦争行為と見なす」


 市は活気に満ち、子供たちが走り回り、鍛冶場からは規則正しい槌の音が響いてくる。

 この地に、生の気配が満ち溢れていた。


 ◇


 その夜だった。

 門の上で見張りをしていた兵士が、声を張り上げた。

「……火だ! 遠くに、火の列が……!」


 カイルが、闇の中から即座に報告する。

「隊形を組んでいる。軍だ。盗賊の類いではない」


「鼓の刻みが、やけに整っている……正規兵ですな」

 アルフレッドが、目を細める。


 リシアの瞳から、穏やかな光が消えた。

「教国の旗、あるいはその庇護を受けた、いずれかの国の軍でしょう」


 セラフィーナの声が、普段の無邪気さから、戦闘時の低い声へと変わる。


「来た」


 俺は、静かに立ち上がった。


「明朝、応ずる。無用の血は流さない。だが――必要な分は、きっちりといただく」


 遠くで、鐘の音が一つだけ、静かに鳴り響いた。

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