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転生大魔導将軍 ~災厄を統べ、ヴァルガーディアを築く~  作者: 逢坂
第1章 災厄将軍、辺境に顕現す
4/11

第4話「噂と難民」

 砦の一件から、半月が過ぎた頃。


 夜明けの霧が晴れやらぬ頃、村の門に設置された見張り台から、甲高い鐘の音が一度だけ鳴り響いた。

 敵襲ではない。来訪者を知らせる合図だ。


 すぐに、見張りの若者が血相を変えて駆け下りてくる。


「報告! 北街道より流民の列、数はおよそ五十を超えます! 後続もいる模様!」


 その報告を聞き、傍らにいたアルフレッドが静かに頷いた。

「来たか……。“噂”の効果ですな」


 砦を救ったという報せは、俺たちが思うよりも早く、そして広く伝わっているらしい。

 リシアは穏やかな微笑みを保ったまま、その眼だけを鋭く細めた。


「効果、と同時に“試練”でもありますわ。この者たちの受け入れ方を一つ誤れば、我らが築き始めた秩序は内側から崩壊しかねません」


「受ける」

 俺は短く断言した。

「だが、秩序の外では受けぬ」


 その言葉の意味を、俺の将たちは即座に理解した。


「じゃあ、わたし、お湯とお粥の準備をしてくるね!」

 セラフィーナは、遠くに見える子供たちの姿に手を振りながら、炊き出し場へと駆けていく。


「……列の中に、視線の合わぬ者が数名混じっている。後で改める」

 カイルが、誰に言うでもなく低く呟き、その姿をすっと影に溶かした。

 新たな一日が、混乱と共に始まろうとしていた。


 ◇


 門前の広場は、リシアの指揮によって即席の受け入れ窓口へと姿を変えていた。

 掲げられた三枚の大きな札には、それぞれ〈登録〉〈診療〉〈配給〉と記されている。


「こちらへどうぞ。まずは登録の列にお並びくださいまし」


 リシアの穏やかな声が、不安と疲労に満ちた難民たちの心を少しずつ解きほぐしていく。

 書記の若者たちが、一人一人の身元と出身地、そして何か特技があるかを丁寧に聞き取っていた。怪我人や病人は診療列へ、それ以外の者は配給列へと、木札の番号で管理され、混乱なく誘導されていく。


「武器をお持ちの方は、一旦こちらでお預かりします」

 アルフレッドが、男たちの前に立ちはだかる。

「農具は許すが、刃の部分は布で固く巻いておくように」


 その威圧感に、誰も逆らうことはできない。


 一人の男が、おずおずと尋ねた。

「あ、あの……ただで、我々を庇ってくださるのでしょうか……?」


 その問いに、俺は静かに答えた。


「ただではない。働け」

「!」

「我らが君らを守る以上、君らもまた、この地の守りの一部となれ」


 ざわめきが広がる。だが、すかさずリシアが補足した。


「皆様とは、“庇護契約”を結ばせていただきますわ。労働を提供する方には、配給と住居を保障いたします。もちろん、働けないお子さんやお年寄りは、我らが責任をもってお守りしますのでご安心を」


 その言葉に、幼子を抱いた母親が泣き笑いのような表情で膝をついた。

「守って……くださるのですね……!」


「はい、あったかいですよ。ほら、手を出して」

 セラフィーナが、湯気の立つ粥を椀によそい、小さな子供に手渡している。

 その光景は、この殺伐とした世界には不釣り合いなほど、穏やかだった。


 俺たちのやり方に、ある者は安堵し、ある者は戸惑い、そしてある者は……。

 カイルは、列の端で静かに全てを観察していた。彼は指で二人ほどの男を示すと、控えていた村の若者に無言で合図を送る。

「後で、別室へ」と。


 ◇


 納屋を改造した臨時詰所で、カイルが確保させた二人の男が縄で縛られ、静かに座らされていた。

 彼らの粗末な荷物の中から、聖印の刻まれた小さな木片が出てくる。


 カイルは木片をつまみ上げ、眉をひそめた。

「……この印、村の司祭が身につけていたものと同じだな。砦の近くで見つけた祈祷の跡とも一致する。……教国が使う“聖標”か」

「この村で火事を起こし、将軍の統治がいかに苛烈なものであるかを喧伝する手筈だった。違うか?」


「し、知らねえ! そんなもの、道で拾っただけだ!」

 男の一人が、脂汗を浮かべて叫ぶ。

 カイルは表情一つ変えず、男を縛る縄の結び目を、少しだけきつく締めた。


「拾っただけのものを、荷物の底に丁寧に隠しはしない」


 俺が姿を現すと、納屋の空気が張り詰めた。

 カイルに視線を送る。


「カイル、この者たちを泳がせる。監視を続けろ」

「承知。ですが、リスクも」

「その時はお前が処理しろ。死体は何も語らんが、生きていれば何かを漏らすかもしれん。利用価値があるうちは、生かしておく」


 俺はそう言うと、今度は男たちに向き直った。


「貴様らの主は、貴様らを捨て駒として送った。俺は生かす機会を与える」

「!」

「働け、さすれば食わせる。だが裏切れば、次はない。貴様らの首を聖標と共に教国へ送り返すだけだ。俺が奴らの正体を知ったという報せ付きでな」


 男たちは恐怖に顔を引きつらせ、ただ黙って頷くことしかできなかった。

 そこへ、入れ替わるようにリシアが入ってくる。彼女は俺たちの会話を聞いていたのだろう、優雅に微笑んだ。


「素晴らしいご判断ですわ、将軍。その『事実』を使い、“災厄の将は、敵対者ですら労働で罪を償う機会を与える”という物語を広めましょう。処刑という恐怖よりも、その方がより強固な統治の礎となりましょう」


「……好きにしろ。結果が全てだ」


 俺はそれだけ言うと、納屋を後にした。


 ◇


 正午、集会所には村と砦の現状を示す情報が全て集約されていた。

 穀倉の在庫、狩猟班の成果、井戸の水位、修繕が必要な家屋のリスト。


「麦の備蓄は十日分。狩りの成果を加えても、十五日が限界ですな。薪も不足している」

 アルフレッドが、厳しい表情で報告する。


「では、配給を“朝粥・夕粥”の二回に制限しますわ。一人当たりの量を均一化し、代わりに水の配給を増やしましょう。渇きは、飢えよりも早く判断を鈍らせます」

 リシアが即座に対応策を提示した。


「労働力の割付も変更する。男衆は土塁の増強と木柵の設置。女衆は包帯作りと炊き出し。年寄りには見張り番と子守りを頼む」


「土塁のてっぺん、また焼いて固くしておくね! 雨が降っても崩れにくくなるよ」

 セラフィーナが、指先に小さな火を灯しながら言う。


「外周の鈴を増やす。偽の抜け道を一箇所だけ残し、そこへ誘導する」

 カイルの言葉に、無駄なものは一つもない。


「……商隊を呼ぶ必要があるな。食料と道具を買う。だが、今の俺たちに信用がなければ、商人は来んぞ」


 俺の懸念に、リシアが待っていましたとばかりに微笑んだ。


「そのための“保護通行証”ですわ。こちらから使者を出し、交易路の安全を保障する代わりに、税率を引き下げる。ただし、扱う品目はこちらで指定させていただきます」


 五人の専門家が、それぞれの分野で即座に判断を下し、一つの結論を導き出していく。

 これが、俺の軍の強さだった。


 ◇


 午後、近隣の町から商人ギルドの使節が、護衛を連れて恐る恐る村の様子を見にやってきた。

 使節の男は、護衛の兵士にだけ聞こえるように、低い声で呟いた。


「……おい、見ろ。噂に聞く“災厄の将”の拠点だ。思ったより、統制が取れている。これが真実なら商売の好機だが、虚偽であれば、我らの命がここで散るだけだぞ」


 その探るような視線を受け止め、リシアが穏やかに前に進み出た。


「ようこそおいでくださいました、商人ギルドの皆様。虚実のほどは、この“保護通行証”と、我らが保証いたします交易路の安全でお示しいたしますわ」

 彼女は、柔らかな笑みを浮かべて一枚の羊皮紙を差し出す。

「この道は我らが整え、盗賊は一匹残らず摘み取る。税は軽く。……ですが、一つだけ。人身売買だけは固く禁じます」


「ほう。しかし、この混乱では人手が不足しておりましてな……」

「人は売り物ではございません」


 俺は、使節の言葉を低く遮った。


「腕は買え。必要なら、契約を結んだ上で労働力を貸し出す。だが、人の所有権は誰にも渡さん」


 俺の言葉に、アルフレッドが続く。 「隊商の休泊地は、城壁の内側に設ける。夜間の門は閉鎖。鐘二つの合図で、入門は停止だ」


 使節は、俺たちの徹底した管理体制に舌を巻いたようだった。


「……よろしい。交渉は、成立ということで。三日後、穀物を積んだ荷車をこちらへ寄越しましょう」

「感謝いたしますわ」


 リシアは優雅に扇を畳んだ。

「良い噂は、“安全な道”を通ってこそ広まるものですから」


 ◇


 夕刻、事件は起きた。

 村の外れで農作業をしていた難民たちに、馬に乗った十数人の男たちが襲いかかったのだ。

 掠奪者だ。


 監視用の鈴がけたたましく鳴り響き、見張り台から鐘が一打される。


「北面、応戦! 矢は二射目から放て!」


 アルフレッドの号令が飛ぶ。

 だが、それよりも早く、俺は門から静かに歩み出ていた。

 背後には、表情を消したセラフィーナが付き従う。


「逃げたい者は、今すぐ背を向けろ。逃げる背に矢を降らせる趣味はない」


 俺は、掠奪者たちに静かに告げた。


 頭目らしき男が、下卑た笑いを浮かべる。


「ハッ、“災厄の将”が聞いて呆れるぜ! 随分と慈悲深いんだな!」


 その言葉が、引き金だった。 セラフィーナの表情が、無機質に凍りつく。


「灰に還れ」


 一瞬。

 蒼い炎が走り、男たちが乗っていた馬だけが悲鳴も上げずに焼き尽くされた。

 同時に、俺は金眼を閃かせ、頭目の男の眉間だけを正確に撃ち抜く。


 残された男たちは、何が起きたのかも理解できずに立ち尽くしていた。

 俺は、村から出てきた兵たちに命じる。


「連れてこい。武装を解き、縄で縛れ。働かせる。罪は、労働で支払わせろ」


 恐怖に震えていた難民の子供が、おずおずと俺に頭を下げた。その母親も、何度も、何度も。

 門の上からは、村人たちの小さな歓声が聞こえる。

 恐怖は、徐々に尊敬へと変わり始めていた。


 ◇


 その夜、リシアは清書した通達文を前に、書記の若者に指示を出していた。


「表題は“庇護の布告”と。“流民を殺さず受け入れ、教国の火計を防ぎ、掠奪者を討ち、罪は労働で贖わせた”――ただ事実を並べるだけで、結構ですわ。物語は、それを受け取った者が勝手に作り上げてくれますから」


 そこへ、カイルとアルフレッドが報告に来た。


「密偵は三名、全て監視下に。聖標は回収済み。残りは、巡礼者を装った囮が一人」

「見張り表を改定した。鐘の符号も、村人全員に周知徹底させる」


「よし」

 俺は、彼らの報告に短く応えた。

「噂は、もう走り始めている。ならば、こちらがその前を走るだけだ」


「ねえ、レオン」

 セラフィーナが、ローブの裾を揺らしながら尋ねてくる。

「明日は、もっと強いのが来るかな?」


 その問いに、リシアが穏やかに答えた。

「来ない方が、よろしいのですけれど。……ええ、きっと来るでしょうね」


 ◇


 深夜、カイルは単身、森の奥にある廃れた礼拝堂に潜入していた。

 扉の内側に、新しい聖刻が刻まれているのを発見する。

 そして、祭壇の上には、蝋で封をされた一枚の布告文が置かれていた。


 カイルは、その封蝋の印を一瞥し、低く呟いた。

「……審問官の印か」


 彼は布告文の写しを懐にしまうと、音もなく闇に消えた。


 その頃、俺は城壁の上で、薄雲に滲む夜空を見上げていた。

 遠くで、複数の鐘が重なり合うような音が、風に乗って聞こえた気がした。


(来るか)


 俺は、静かに目を閉じた。


「来るなら、正面から受けるまでだ」

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