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転生大魔導将軍 ~災厄を統べ、ヴァルガーディアを築く~  作者: 逢坂
第1章 災厄将軍、辺境に顕現す
3/11

第3話「救援の連鎖」

 夜明けの靄がまだ晴れやらぬ村の広場を、必死の形相で駆けてくる人影があった。

 昨夜の戦闘で負った傷も癒えぬまま修繕作業にあたっていた村人たちが、何事かとその姿に目を向ける。


「西の砦が……! 西の砦が、魔物に包囲されたとの報せです!」


 見張り台から降りてきた若者の報告に、広場の空気が一瞬で凍りついた。


「なんだと!?」

「そんな……砦まで……」


 村人たちの間に、動揺と怯えがさざ波のように広がっていく。

 その中心で、村長は顔を蒼白にさせていた。


「将軍様……!」


 懇願するような視線が、俺に集中する。

 俺は冷静に、事実確認を優先した。


「砦の兵力は? 備蓄はどれくらい残っている」


「そ、それが……先の襲撃で兵は半減し、矢も尽きかけていると……。もはや、今夜まで持ちこたえるのも難しいやもしれませぬ……!」


 その絶望的な報告に、村人たちの間から小さな悲鳴が漏れた。

 誰もが、同じ言葉を口にしかけていた。「どうか、砦を救ってください」と。


「見捨てはせぬ」


 俺は低く、だが広場にいる全員に聞こえるように言った。


「守るために動く。それだけだ」


 ◇


 急遽、村の集会所に間に合わせの作戦卓が設けられた。

 広げられた粗末な地図を囲み、俺と四人の将は即座に状況を判断する。


「砦は街道の要。ここが落ちれば、この村は完全に孤立しますな。放置は論外でしょう」

 アルフレッドが、冷徹に事実を述べる。


「兵隊さんが少なくても、わたしとレオンがいれば一瞬で焼き払えるよ。ふふっ」

 セラフィーナが無邪気に笑うが、その瞳の奥には確かな戦闘への渇望が揺らめいていた。


「先行して布陣を読む。指揮系統を持つ個体さえいれば、それを叩ける」

 カイルが、既に自身の役割を想定して短く告げる。


 そこで、リシアが静かに扇を閉じた。


「皆様、一点だけ。砦を救えば、この地の領主は我らに大きな恩義を感じることになりましょう。ですが、その知らせ方一つで、我らは『庇護者』にも、『新たな脅威』にもなり得ますわ」


 彼女の言葉に、全員が意識を集中させる。


「我らの力が圧倒的であればあるほど、周辺諸国は我らを恐れます。恐怖は、無用な敵意を生むだけのもの」

「……どうする」

「救援の後、すぐさま通達文を出します。我らの行動が、民を救うための『救済』であったのだと、明確に知らしめるのです」


 リシアは、優雅に微笑んだ。


「“災厄の将は、救済の主である”と。噂は、事実で押さえつけるのが最も早いのですわ」

「……任せる」


 俺の短い肯定に、リシアは深く頷いた。

 これで、方針は決まった。


 ◇


「二手に分かれる」


 俺は地図上の村と砦を指でなぞり、役割を確定させる。


「アルフレッド、村の守備はお前に任せる。リシア、お前は民政と情報管理を」

「心得ました。見張りは二刻交代、矢の節約を徹底させます」

「恐れは秩序で薄まりますわ。配給の列を乱さぬよう、わたくしが管理いたします」


「同行はセラフィーナ、カイル。俺と共に砦へ向かう」


「やった! やっと本格的に暴れられるね!」


「承知」


 カイルはそれだけ言うと、既に半身を影に溶かしていた。

 村長が、祈るように俺たちを見送る。


「どうか……ご武運を」


 俺は短く頷き、踵を返した。


「行くぞ」


 その背中に、村人たちの安堵と期待のこもった視線が突き刺さるのを感じていた。


 ◇


 村を出て森を抜けると、空気は一変した。

 焦げた匂い、血の臭い、そして遠くから微かに聞こえる鬨の声。

 戦場が近い。


「……出るぞ」


 カイルが、先行していた影の中から音もなく現れた。


「砦前に群れ。外側は散開し、内側は密。核となる個体は、後背の影に潜んでいる」

「へぇ。じゃあ、まずはあそこから焼いちゃう?」


 セラフィーナが掌に小さな蒼炎を灯し、楽しそうに笑う。


「焦るな。砦の兵を巻き込むぞ」


 俺は彼女を制し、カイルに視線を向けた。


「高台を取る。そこからなら、砦を巻き込まずに終わらせられる」

「了解」


 カイルの先導で、俺たちは砦の背後にそびえる高台へと音もなく駆け上がった。

 眼下には、絶望的な光景が広がっている。

 数百の魔物の群れが、蟻のように砦の城壁に取り付き、消耗しきった兵士たちが必死の防戦を繰り広げていた。

 既に矢は尽きたのか、兵士たちは石を投げ、折れた槍で抵抗している。陥落は、もはや時間の問題だった。


 砦の中から、悲鳴が上がる。

「終わりだ……誰か、助けて……!」


 兵士の絶望的な叫びが、風に乗ってここまで届いた。

 俺の金眼が、獲物を見据えて静かに細められる。


「――開幕で道を穿つ。次で心臓を抉る。セラ、初撃を任せる」

「いつでもいいよ、レオン」


 セラフィーナの瞳から、無邪気な光が消えた。

 冷徹な魔術師の顔が、そこにはあった。


 ◇


「燃えろ」


 セラフィーナが、杖の先で軽く地面を叩く。

 その呟きは、誰に聞こえるでもないほど小さかった。


 無音。


 一瞬の静寂の後、砦の前衛に取り付いていた魔物の帯が、蒼い炎に呑まれた。

 悲鳴さえ上げる暇もなく、数十体の魔物が一瞬で炭化し、黒い灰となって崩れ落ちていく。


「な……なんだ、今のは……!?」


 砦の兵士たちが、呆然と呟く。

 その混乱を意にも介さず、セラフィーナは淡々と告げた。


「通り道、できたよ」


 彼女が焼き払った跡は、まるで獣道のように、砦の門から魔物の群れの中心部までを一直線に繋いでいた。


「押し出せ」


 俺は地面に手を触れ、禁呪の一部を解放する。

 大地が呻き、無数の黒い槍が地面から噴き出して、魔物の列を内側から食い破った。

 敵陣は、真っ二つに引き裂かれる。


 砦の門が、半ば開いた。

 消耗しきった兵士たちが、その光景に活路を見出し、本能的に前に出ようとする。

 だが、俺が一瞥しただけで、彼らは凍りついたようにその場に立ち止まった。


「落ちた」


 カイルの短い報告。

 いつの間にか、彼は敵陣の奥深くに潜入し、群れを統率していた大柄な個体の首を刎ねていた。

 指揮官を失った魔物の群れは、統率を失い、烏合の衆と化す。


「灰に還れ」


 セラフィーナが、逃げ惑う魔物の退路を断つように、小規模な火線を地面に走らせた。 俺は、最後尾に残っていた硬質の外殻を持つ異形の個体だけを見抜き、金眼を閃かせる。 魔力光が、その巨体を内側から貫いた。


 黒い灰が、風に舞う。

 あれほど砦を覆い尽くしていた魔物の群れは、完全に沈黙していた。


 砦の兵士たちは、目の前の光景が信じられないといった様子で立ち尽くしていたが、やがて一人が叫んだ。


「助かった……助かったぞぉぉぉ!」


 その声を皮切りに、砦中に歓声が響き渡った。


 ◇


 門が完全に開かれ、疲弊しきった兵士たちが出迎える。

 その先頭にいた古参の指揮官らしき男は、俺たちの姿を認めると、その場に膝から崩れ落ちた。


「このご恩、いずれ必ずお返しする。だが、脅威が完全に去ったわけではない。領主様は病床にあり、我々の兵力では次の襲撃に耐えられぬ。……不躾な願いとは承知の上だが、どうか、しばらくの間だけでも貴殿らの力をお貸し願えないだろうか」


「どうする?、レオン」


 セラフィーナが、子供のような顔に戻って俺を見上げる。

 俺は指揮官を見下ろし、静かに告げた。


「放置すれば街道が荒れる。本刻より当砦は俺の臨時軍政下に置く。現地運用は――ハルド、軍政“代行”として任ずる。最終判断は俺が下す」


「はっ」


「宰相府の出張所を置く。徴税・配給・記録はそこで管轄。影刃の連絡官を常駐させる。日次で報告、非常は蒼灯三連と伝令騎」


 その時、カイルが俺の耳元で囁いた。

「周辺に、散兵の痕跡。奇妙な祈祷の跡も。……教国の手の者かもしれません」

「印となるものは、全て持ち帰れ」

「了解」


 ◇


 同じ頃、村ではアルフレッドとリシアが、それぞれの戦いを始めていた。


「鐘は、俺の合図があるまで鳴らすな。いいな」


 アルフレッドは、村の壁に手書きの交代表を釘で打ち付けながら、見張りの若者に厳しく命じる。


「は、はい! でも、怖いです……」

「怖れは列を乱す。列を乱す者が、戦を壊す。持ち場に戻れ」


 その古風で苛烈な物言いに、若者は震えながらも持ち場へと戻っていった。


 一方、リシアは炊き出しの列を整理しながら、不安がる村人たちに穏やかに微笑みかけていた。


「炊き出しは三列で配りますわ。お子さんと、お怪我をされた方が最優先です」

「王さまは……将軍様は、必ず戻ってこられるのでしょうか」

「ええ、もちろんですわ。あの方は、“約束を破るという非合理”を、何よりも嫌いますもの」


 村人を安心させた後、リシアは控えていた書記の若者に向き直り、小声で命じた。

 その瞳には、先ほどまでの穏やかさはない。


「通達文を起こします。“災厄の将、西の砦を救済す”。語尾は断定形で。よろしいですわね?」


 そこへ、カイルから送られた小型の通信符牒が、微かな光を放ってリシアの手に舞い降りた。

 符牒に描かれた印を一瞥したリシアの目だけが、冷たく光る。


「……聖刻。教国の匂いですわね。……ふふ、どの世界でも、信仰というのは最も扱いづらい兵器ですこと。理屈を超えた狂気を生みますから。この情報は、全てわたくしに回してください」


 ◇


 夕刻、俺たちが村に戻ると、村人たちは安堵と歓声で俺たちを迎えた。

 一人の子供が、おずおずと俺のローブの裾をつまみかけたが、すぐに母親に手を引かれて引っ込んでいく。


 俺は振り返ることなく門をくぐり、待っていたアルフレッドと視線だけを交わした。


「報せは回した。砦の状況も安定している」

「ええ。ですが将軍、“砦の救い主”などという噂が広まり始めていましたので、こちらで情報統制をかけましたわ。我々の素性が知れぬ今、過度な噂は無用な敵を呼び寄せかねませんから」


 リシアが静かに報告する。その手には、カイルが持ち帰った教国の聖刻が握られていた。


「じゃあ、せっかく助けてあげたのに、手柄はなしってこと?」

 セラフィーナが、少し不満そうに口を尖らせる。


「教国の印……奴らがこの地で何を企んでいたのか。まずは、その目的を探る必要がある」

 カイルが、淡々と事実を述べた。


 俺は、カイルが言った「祈祷の跡」があったという西の空を見据えた。

 遠くで聞こえた鐘の音は、気のせいではなかったのかもしれない。


「警戒を怠るな。敵の正体が判明するまで、軽率な行動は禁ずる」

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