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転生大魔導将軍 ~災厄を統べ、ヴァルガーディアを築く~  作者: 逢坂
第1章 災厄将軍、辺境に顕現す
1/11

第1話「転生と五将の再会」

 ――世界が、終わる。


 大地は裂け、黒い砂となって崩れ落ち、王城の石壁は灰のように風に舞って消えていく。


 月さえも砕け、欠片となって燃え落ちる様を、俺の金の眼はただ無感情に映していた。


 敵の断末魔はとうに途絶え、味方の鬨の声も聞こえない。


 ただ、足元の世界そのものが崩れ落ちていく音だけが、耳鳴りのように響いていた。


 俺が放った禁呪は、敵も味方も、この大地に生きる全てのものを等しく無に還すだけの破壊だった。


 空は赤く燃え、月は砕け散り、俺が築き上げたはずの王国は、熱で溶けた砂の大地へと変わっていく。

 これが、俺が求めた勝利の代償。


「終わりか。……なら、せめて静かに沈め」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。

 この戦いの勝ち負けに、未練はない。ただ一つ、守りきれなかった民の姿だけが、心の奥に棘のように突き刺さっていた。


 視界が白光に塗りつぶされる。

 熱も、音も、全てが遠ざかっていく。


(次に目覚めることがあれば、今度こそ――)


 そんな詮無いことを考えたのを最後に、俺の意識は完全に途切れた。


 ◇


 光が黒に反転する。

 最初に感じたのは、肌を刺すような冷たい空気。

 そして、鼓膜を揺らす獣の咆哮と、人々の悲鳴だった。


 落下している。

 俺を含め、五つの影が夜空から地上へと引きずり込まれていた。

 眼下には、燃え盛る村。木造の家々が松明のように炎を上げ、獣の臭いと血の臭いが混じり合って鼻をつく。


(状況は……最悪、か)


 俺は魔力で落下速度を殺し、音もなく地面に着地した。

 周囲を一瞥するだけで、戦況は把握できる。

 豚に似た大柄な魔物――オーク。俊敏な狼型の魔獣。空には無数の蝙蝠に似た飛翔型の魔物。

 その数、およそ数百。

 村を囲む粗末な木の柵は半ば打ち砕かれ、もはや防壁の役目を果たしてはいなかった。


「誰か……誰か助けてくれ!」


 幼子を抱えた母親が、足をもつれさせながら逃げ惑う。

 先の折れた槍を握りしめ、震える足で魔物に立ち向かおうとする老兵。

 祭壇の前で、ただひたすらに祈りを捧げる司祭の姿もあった。


 絶望的な戦力差。蹂虙されるだけの、一方的な虐殺。

 俺は静かに口元を歪めた。


「敵数は……十分だ」


 絶望するには、あまりに数が足りない。


 ◇


「――将軍!」


 転がるように着地した男が、即座に俺の位置を確認し、声を張り上げた。

 黒い短髪に、灰色の鋭い瞳。俺の第一忠臣、”黒鷹将軍”アルフレッド・クロウレイン。


「ご無事でしたか」

「ああ。お前もな」


 アルフレッドは鋭い視線で周囲を素早く見渡し、眉をひそめた。


「将軍。……ここは、我々の知るどの戦場でもありませんな。この魔力、この空気……そして、空に浮かぶ月も」


 俺も同じことを感じていた。空には、見慣れぬ二つの月が浮かんでいる。


「……ああ。どうやら俺たちは、とんでもない場所に迷い込んだらしい。だが、民の悲鳴はどこでも同じだ。――やるぞ」


 短い言葉を交わす間にも、アルフレッドは周囲の村人へ向けて的確な指示を飛ばしていた。


「隊列を組め、火点を減らせ! 水を、樽ごと運べ!」


 その声には、混乱した人心を強制的に落ち着かせる力がある。

 彼の指示で、僅かに残っていた村の男たちが動きを取り戻した。


 その時、燃え盛る家屋の中から、ゆらりと一つの人影が現れる。

 腰下まで届く、夜の闇に溶けるような蒼い超ロングの髪。身長の1.5倍はあろうかという長大な杖を携えた、紅のローブを纏う少女。


「あはっ、見つけた。レオン、アルフレッド。二人とも無事なんだね」


 無邪気に笑う彼女――”蒼炎の魔女”セラフィーナ・ルミエールは、掌の一点に蒼い火を集束させる。


「まずは、お掃除からかな。……消えろ、ちっぽけな灯火」


 放たれた蒼炎が、オークの一隊を跡形もなく蒸発させた。


「敵後群、首を落とす」


 いつの間にか、民家の屋根の上に黒装束の男が立っていた。

 感情の読めない瞳で戦場を見下ろす彼は、”影刃”カイル・シュヴァルツ。

 言葉と同時にその姿が掻き消え、次の瞬間には敵陣の奥で三体の魔物の首が宙を舞っていた。


「まあ、皆様お揃いで。わたくしも、遅れてはなりませんわね」


 泣き叫ぶ子供を庇いながら、亜麻色の髪の女性が淡い金色の結界を展開する。

 ”微笑みの宰相”リシア・フェルディナント。彼女の周囲だけが、戦場の喧騒から切り離されたかのように穏やかだった。


「ここはわたくしが抑えますわ。将軍、正面を」


 懐かしい顔ぶれ。俺が最も信頼する、四人の将。

 ……世界の終わりを見たはずの顔ぶれが、ここには揃っている。どういう理屈かは知らんが、俺たちの戦いはまだ終わっていないらしい。


 俺は全体を一瞥し、短く命令を下した。


「正面は俺が持つ。アルフレッド、火線を左へ寄せよ。セラ、過剰破壊は避けろ。民家を残せ」

「承知」

「はーい」


 セラフィーナの破壊力は絶大だが、加減というものを知らない。無用な破壊は避けるべきだ。

 合理的な判断。だが、その根底に、前世界で守れなかった民の姿が僅かにちらついたのを、俺自身は自覚していた。


(感傷は不要。今は、目の前の脅威を排除する)


 俺は一歩、前へ踏み出した。


 ◇


 詠唱はしない。

 ただ、地面に意識を落とす。

 俺の足元を中心に、黒い魔力の環が音もなく広がり、アスファルトに描かれた模様のように大地を侵食していく。

 夜の空へ向かって、黒い光の線が何十、何百と伸びていく様は、まるで逆さまの雨のようだ。


 村人たちが、何事かと空を見上げる。

 魔物たちもまた、その異様な光景に動きを止めた。


 次の瞬間。

 音は、なかった。


 虚空から、無数の黒い槍が降り注いだ。

 それは雨と呼ぶにはあまりに鋭く、死そのものが形を成したかのような静けさを伴っていた。


 突進の体勢にあった魔物の前衛から中衛が、ぴたりと動きを止める。

 一拍。

 まるで時間が止まったかのような静寂の後、魔物たちの巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちていった。

 肉体は消え、地面にはただ、影だけが焼き付いている。


 禁呪【黒天の葬列】。

 俺が最も多用する、広域殲滅魔法の一つだ。


 だが、村人たちの目には、さらに異常な光景が映っていた。

 降り注ぐ黒槍は、民家や村人を避けるように、その軌道を僅かに“曲げて”いたのだ。

 まるで、一本一本に意思があるかのように。


「……あ」


 誰かが、か細い声を漏らす。

 声にならない悲鳴。言葉を失った恐怖。

 祈りを捧げていた司祭が、震える指で俺を指さした。


「災厄……。古の書に記されし、災厄の魔将……」


 その呟きを拾ったアルフレッドが、冷静に分析する。

「命中率、百パーセント。誤差なし。……やはり、規格外ですな」


「ねぇ、ねぇ、レオン!」

 セラフィーナが子供のように駆け寄ってくる。

「今の、すごい! どうなってるの? あとで見せて、真似できるかな?」


「やめておけ。お前の火は広すぎる。村ごと消し炭にするのが関の山だ」

「むぅ、そんなことないもん」


 頬を膨らませるセラフィーナを尻目に、俺は残敵の掃討を指示した。

 まだ、終わりではない。


 ◇


 残った魔物は、既に戦意を喪失していた。

 俺の禁呪が、恐怖という名の楔をその魂にまで打ち込んだのだ。


「仕上げだ」


 セラフィーナが村の中心にある井戸に手をかざす。

 井戸水が一瞬で凍りつき、次の瞬間には沸騰して大量の蒸気を噴き上げた。

 その蒸気が冷たい夜気に触れ、清らかな雨となって燃え盛る家々の炎を鎮めていく。

 属性変換。彼女の得意技の一つだ。


 カイルは影から影へと渡り、パニックに陥って逃げ惑う魔物の残党を、音もなく処理していく。

 その手際たるや、雑草を刈る農夫のように淡々としていた。


「怪我をされた方はこちらへ! 動ける方は、水を運ぶのを手伝ってくださいまし!」


 リシアは即席の救護所を設置し、的確な指示で村人たちを動かしていた。

 その穏やかな声と微笑みは、極限状況にある人々の心を不思議と落ち着かせる。


 混乱が少しずつ収束していく中、ふと、ローブの裾を引かれた。

 見下ろすと、顔を煤で汚した小さな子供が、俺の服を固く握りしめていた。

 その瞳には、恐怖と、そして僅かな安堵の色が浮かんでいる。


 俺は一瞬だけその瞳を見返したが、すぐに視線を前線へと戻した。

 助けるという判断は、あくまで効率の問題だ。

 だが、流れ落ちる血の色は、未だに俺の神経をわずかに逆撫でする。


 やがて、全ての魔物の気配が消え失せた頃、俺の元にアルフレッドたちが集まってきた。


「将軍、敵の掃討は完了しました。それで……」


 アルフレッドが言葉を切り、夜空を見上げる。誰もが同じ疑問を抱いていた。


 セラフィーナが杖にもたれかかりながら、不思議そうに首を傾げる。

「ねぇ、ここ、なんか変だよ。魔力の流れが全然違うの。それに、見たことない魔物ばっかり」


「報告。外周を偵察。既知の地理情報と一致せず。完全に未知の領域です」

 カイルが音もなく現れ、淡々と告げた。


 リシアが落ち着いた声でまとめる。

「どうやらわたくしたち、あの最後の戦いの後、世界そのものを渡ってしまったようですわね」


(……やはり、そうか)


 世界を渡る――転生、あるいは転移。どちらにせよ、俺たちが元の世界に戻れる可能性は低いだろう。


 俺が思考を巡らせていると、一人の老人が、おずおずとこちらへ近づいてきた。

 灰と血で顔を固わらせた、この村の長らしい。


 彼は、その場に膝をつくと、泥濘に額をこすりつけた。


「おぉ……! ありがとうございます……! どうか、どうかこの村を……お守りください。あの子らに、明日を……!」


 その言葉に、他の村人たちも次々と膝をつき、頭を垂れる。

 それは祈りであり、懇願であり、そして唯一の希望にすがる悲痛な叫びだった。


 アルフレッドが俺の横に立ち、静かに進言する。

「将軍。この村を防衛拠点とすること、戦術的には可能ですな。小規模ながら水源もあり、周囲の森は敵の進軍を阻害する」


「うんうん、拠点があった方が便利だよ! 魔法の実験もできるし!」

 セラフィーナが楽しそうに言う。


「民心の安定は、国の礎となりますわ。彼らを受け入れることに、異論はございません」

 リシアもまた、柔らかく同意した。


 俺は村の地形、水源の位置、森に続く獣道を一瞥し、頭の中で瞬時に計算を終える。

 防衛線を構築することは、確かに容易い。


(……また、同じことの繰り返し、か)


 守るべき民を得て、国を築き、そして戦う。

 前世と何も変わらない。

 だが。


 母の背で、先ほどの子供がしゃくり上げる声が聞こえた。

 その嗚咽が、妙に耳に残った。


 俺は村長に向き直り、静かに告げた。


「……落ち着くまでの間だけだ」

「!」

「無駄に血を流させるのは、効率が悪い。それだけのことだ」


 表向きの、合理的な判断。

 それで十分だ。


 村人たちの間から、嗚咽交じりの歓声が上がった。

 しかし、その目に宿る畏怖の色は、決して消えることはなかった。


 ◇


 夜の闇の中、村は急ごし-らえの要塞へと姿を変えていった。


 アルフレッドは村の若者たちを選抜し、見張りと合図の訓練を施しながら、破損した柵の再建と土塁の構築を指揮している。

 その無駄のない動きは、一夜にして防衛網を完成させるだろう。


 セラフィーナは村の四隅に簡易的な結界の柱を設置し、魔力供給の調整を行っていた。

 夜が明ける頃には、低級の魔物では突破不可能な結界が村を覆うはずだ。


 カイルは村の外周、獣道に罠と微かな音を立てる鈴を仕掛けていた。

 彼の領域に踏み入った者は、誰であれ、その存在を即座に感知される。

 そのついでに、あの司祭の動向に目をつけていることも、俺には分かっていた。


 リシアは備蓄物資の配分表を作成し、負傷者や子供を優先して食料と水を配っていた。

 彼女が炊き出しの鍋を笑顔でかき混ぜる姿は、村人たちの心を確実に掴んでいくだろう。


 俺は村の集会所の床に、石ころで簡易的な地図を描き、四人の将に今後の防衛方針を短く伝えた。


「明日、森の巣を潰す。準備せよ」

「承知。三列で進軍、火点は左へ」

「ふふっ、じゃあわたしは空を焼いておくね」

「報告。外周、清掃済み」

「物資は配り終えましたわ。皆様、安心して眠ってください」


 淡々とした報告。

 揺ぎない信頼。

 これこそが、俺の軍の日常だ。


 その夜、小型の魔獣が数匹、偵察に現れた。

 しかし、戦闘には至らない。

 カイルが仕掛けた鈴の音。若者の上げた合図。それに応えたアルフレッドの短剣が闇に閃き、全てが終わった。

 セラフィーナに至っては、焚き火の火種を指先で弾き、極小の火矢を正確に魔獣の急所に撃ち込んでいた。


 俺は集会所の椅子に座ったまま、動かなかった。

 視線だけで全てを把握し、ただ静かに夜が更けるのを見守る。

 その沈黙が、村人たちに奇妙な安心感を与えているようだった。


 感謝し、俺たちの近くで眠る者たち。

 恐怖からか、距離を置いてこちらを窺いながらも、安堵の表情で眠る者たち。

 畏怖と信頼。

 新たな支配は、いつもこの二つの感情の上に成り立つ。


「将軍」 アルフレッドが静かに報告に来た。


「明日は森の巣を叩く。三刻で終わるでしょう」


「受け入れと労働の契約書、明朝には取りまとめますわ」

 リシアが微笑む。


「朝焼けまでに結界、もう一段階強くしておくね!」

 セラフィーナが杖を抱きしめながら言った。


 カイルは、無言で頷いた。


 俺は夜空を見上げ、低く、静かに宣言した。


「この村を、一時的な防衛拠点とする」


 その言葉に、四将が静かに頭を下げる。


「逃げる背を、追わせはしない」


 それは、誰に言うでもない誓いだった。

 合理的な判断。効率を求めた結果。

 だが、胸の奥では、あの子供の嗚咽がまだ微かに響いていた。

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