正義の執行者①
バルハムートとの激闘から一週間が経った。
損害を受けたウィンドブルムの街も驚く程の速さで復興が進み、今では何も無かったかのように日常が進んでいる。
オレが奴に受けた傷も自己修復機能で自然と治っているし、減ってた数値も一日足らずで満タンにまで回復した。
最初こそ充電切れでも起こしたらどうするんだと悩んでいたものだがその心配は不要だったようだ。
時間経過で傷も体力も回復するなんて本当に便利な体だ。
夜になれば眠くもなるしで、一応機械の筈なのにまるで人間のようだ。
「おはようウェル」
自室でのんびりと過ごすオレの元になんの前触れも無しにセレンティーヌが入ってくる。
アニメのキャラと毎日のように顔を合わせるのももう慣れた。
「人の部屋に入るならノックくらいしたらどうなんだ?」
「私の家なんだから必要ないでしょ」
「でも、ここはオレの部屋だろ」
「アナタの物は私の物よ」
「自分の物も私の物ってか?」
「分かってるじゃない」
どこぞのガキ大将かよ。全然意外じゃないけど。
「…で、用件は?」
「アナタにプレゼントよ」
「プレゼント?」
セレンティーヌからのプレゼントだなんて嫌な予感しかない…。
受け取ったのはプレゼントとは名ばかりの一枚の書類。この世界の文字が隙間なくビッシリと埋め尽くされている。
「何だこれ……」
「もしかして読めないの?」
「いや読める…」
この世界に来た時から言葉は通じるし文字も理解できる。
でもこの手紙の意味がさっぱり分からない。
「なぁ、これを渡す相手間違ってないか?何かの請求書みたいだけどめちゃくちゃな額だな」
「間違ってなんか無いわ。これはアナタに対して私からの請求書よ」
「は?」
この世界に来てから買い物は愚かまだ給料すら貰って無いのに何を払えっていうんだ。
「私がアナタに貸したお金を返して欲しいの」
「……は!?」
自分の耳がおかしくなったのか?
金を返せ?
借りても無いのに返せって?
この世界のセレンティーヌはオレの知ってるセレンティーヌとはどこか違う。
少なくてもこんなつまらない冗談を言う奴じゃなかった。
「悪い。全く意味が分からないんだけどさ…冗談か何かだよな?」
「いいえ。冗談なんかじゃないわ」
オレを見つめるこの真っ直ぐな瞳。これが演技なら女優になれるな。
「ど、どういうことなんだ。そもそもオレはお前から何も借りてなんか無いぞ」
「いいえ借りたわよ。私がアナタに勝手に貸したんだもの」
「なに!?」
そんないい加減な……。
「文書よく読んでみて」
「なになに?……ウィンドブルムで倒壊した建造物の修繕に道の舗装。これによって営業停止となった店への補償費やその他雑費や必要経費など、色々含めて、合計が十億ゴールド。へぇ〜十億ね〜思ったよりしたんだな……て、十億!?」
「気を利かせて先に私が立て替えておいたから。だからちゃんと返してね十億」
「ちょっと待て!そんな話オレは一言も聞いてないぞ!」
「当たり前よ。今初めて言ったもの」
「お前な!…」
「言う必要なんてある?どうせアナタに払えるお金なんか無いんだから、私に借りるしかないじゃない。その手間を省いてあげたのよ。感謝なさい」
そんなの当たり前だ!まだ給料も貰ってないのに払えるかって話だ!
貰っててもその額を払える気はしないけど……。
「てか、そもそもなんでオレが払わなきゃいけないんだよ!街を壊したのはバルハムート、あの黒いドラゴンだろ!」
「そのバルハムートを倒したのはアナタでしょ?もうこの世にいない奴からどうやって請求しろって言うのよ」
「それはそうだけどさ…でもオレは街を救ったんだぞ。褒められるならまだしもこんなのあんまりだ!」
「じゃあなんで街を救った奴の方が街を壊してんのよ!」
「それはさ……」
それを言われたらぐうの音も出ないじゃないか……。
「…でも不可抗力みたいもんだろ。せめて、もう少しなんとかならないのか!?」
「無理ね。もう払っちゃったし。それにそれだけの額だからこんなに早く復興が進んだのよ。ケチケチしてたらいつまで経っても終わらないもの」
また正論だ。正論過ぎて何も言い返せないじゃないか!
「だけど安心して。貸した金を直ぐに返せなんてつまらないことは言わないから」
「一生賭けたって払える気がしないのに、取り立てられてたまるかよ!」
「忠実に私に仕えてくれてる内は悪いようにはしないわ。まぁ、裏切った時は容赦なく取り立てさせて貰いますけど」
悍ましい笑みに、思わず機械の体も身の毛がよだつ気がした。
こうなれば当然返せる当てもないからオレはイヤでも従い続けるしかない。
つまりオレは文字通りセレンティーヌの所有物になったって事だ。
本当清々しい位の悪役っぷりだよ。これぞ悪役令嬢。その看板に偽り無しだ!!ブラボー!!
嫌味も一周回れば褒め言葉だ。
「……分かったよ、分かった!働けばいいんだろ働けば!」
「そういうこと。あ、因みに利息はトイチだから」
どこでそんなの覚えたんだ。どこぞの帝王じゃないんだから…
「アンタは鬼だ!この悪魔!」
「なんとでも言いなさい。これでアナタは一生私の物よ!ハハハ!!」
異世界に来たら姿が変わって、自ずと人生も変わると思ってた。
だけど結局はこの有り様。
世界が変わって姿すら変わろうとも、磁石のようにブラックな上司に引きつけられる。
これが運命というものなら、いつか変えられると信じたいものだ。
◇◇◇◇◇◇
そしてある日の昼下がり。
セレンティーヌはレイフォードが用意した紅茶を相棒に商会の雑務を黙々とこなしていた。
「お嬢様」
「入って」
手を止める事なくレイフォードを招き入れる。
「お仕事中申し訳ありません」
「いいえ気にしないで。丁度終わったから」
「あの量をこの短時間で片付けてしまうとは流石はお嬢様です」
飲みかけだった紅茶を飲み干し一息吐く。
「それで例の件どうだった?」
「たった今招待状が届いたところでございます」
ウィンドブルムの紋章が刻まれた赤い封筒。
それを受けとってからセレンティーヌが一中身を確認することは一度も無かった。
「そう。なら相応の準備をしておかないといけないわね。ウェル!」
外で日向ぼっこしていたオレは慌てて窓の外から顔を出す。
「お呼びかな?」
「…随分とリラックスしてたみたいね」
「まぁ、暇だったからな」
日本にいた頃はこんな平日真っ昼間に外に出て気分転換なんて考えられなかった。
陽の光なんて朝の出勤事に浴びれるかどうか。帰る時にはとっくに陽なんか沈んでる。
こんなに太陽の下が暖かったなんて忘れるところだった。
「それでオレを呼んだってことは…」
「そう。そんな暇なアナタに相応しい私の役に立てる仕事よ」
一々トゲのある言い方だな。
「…で、何をすればいい?オレのパワーが役に立つ力仕事か、それともこの前みたいにドラゴン退治か?」
「残念。全部外れよ」
「なに!?」
なーんだ違うのか。やる気になっただけあってちょっと拍子抜けだ。
「実は明日、王家が主催する建国100周年の社交パーティーがあるんだけどウェルにも参加して欲しいのよ」
「そ、それだけ?…」
「そうよ。レイフォードと一緒に私の側にいてくれるだけでいいの。暇なアナタには向いてる楽な仕事だと思わない?」
楽すぎてかえって怪しい。
たかが付き添いならオレまで呼ぶ必要なんて無いだろうに、何か他に意図でもありそうだ。
それにしても王家主催の社交パーティーか。
「なぁ、そのパーティーに聖女は来るのか?」
「なんでそんな事が気になるの?別に誰が来たっていいでしょう」
「いや、それはさ……」
推しに会いたいからって言っていいなら、楽なんだけどな……。
「ほ、ほら、お前にとってセレンティーヌはライバルみたいなもんだろ?それに、話題の聖女様にはオレも一度は会ってみたかったしさ」
「あんな女が私のライバル?なわけないでしょ」
「お嬢様の言う通り。今の聖女がお嬢様と肩を並べるなどあり得ない」
レイフォードまで同じ意見か。
原作じゃ、良くも悪くも一応は互いにライバルとして意識してる様な描写はあったんだけどな。
少なくても現状はそれ以前の問題か。
「そうか。じゃあ聖女は来ないんだな……」
「いや、来るわよ。」
来るのかよ!!
「寧ろ来てもらわなきゃ困るのよ。彼女に会う為にわざわざ無理言って私の席を用意して貰ったんだから」
最初は呼ばれて無かったのか……。
「どうしてそこまで会いたがる?」
「そんなの決まってるわ」
うわー、嫌な顔してるよ。
めちゃくちゃ不安な予感しかしない。
「聖女は私がパーティーに来るだなんて夢にも思ってないわ。そんな彼女の前に私が顔を見せたら……さーてどんな顔するんでしょうね〜!楽しみだと思わない?」
「何かと思ったらただの嫌がらせかい!!」
「何よ。私のすることに文句でもあるわけ?」
「文句は無いけどさ……」
やるならやるで悪役らしくもっと壮大な悪巧みを考えなさいよ!
確かにセレンティーヌは原作でも聖女に何度も嫌がらせを仕掛けてきたけど、ここまでシンプルなのも珍しい。
「そうと決まれば明日の為にドレスを慎重しなくちゃ!ウェル、レイフォード付き合いなさい!」
「畏まりました」
「オレも!?」
たかがドレス一着。されど一着。
全てを終えて屋敷に帰ってきた時には既に日付は変わっていた。
そしていよいよオレが推しに会う瞬間が訪れる。
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