出撃ウェルブレイザー!②
突然だが、俺には推しがいる。
いきなりなんなのかって?気持ちは分かる。
だけどまずは聞いて欲しい。
俺の推し。それは人気アニメ〈ファンタジクス〉の主人公、聖女ユナだ。
ユナの可愛らしさや素晴らしさを語る前にまずは〈ファンタジクス〉の説明をざっとしておこう。
ある日突然聖女に選ばれた主人公ユナが仲間の王子、騎士、魔女達と共に国で起こるトラブルや問題を解決していく。
まぁ、言ってしまえばよくある王道ファンタジーだと思って貰えばいいと思う。
ただ何か違う点があるとすれば、バトルアニメ顔負けのアクションシーンがあったと思えば、少女漫画の様な突如的な恋愛要素もあったりと、簡単に説明しきれないほど要素が多いてんこ盛りアニメなのだ。
そのせいかネットで色々とネタにされる事も多く、そういう意味でも伝説的な人気を誇るアニメでもある。
なんだかんだ言っても作品はシーズン3まで続いたし、映画化もしたんだから何だかんだで人気だったのだろう。
その中でも聖女ユナは作品の中でも断トツの人気キャラで彼女を推しにするファンは星の数程。
言わずもなが俺もその中の1人だ。
ユナの正に聖女な優しい性格と全てを包み込むような可愛らしい笑顔。
それさえあればアラフォーのおっさんだってどんな辛い事があっても乗り越えられる。
嫌味な上司に無茶振りを押し付けられた日も、残業が終わらず家に帰れなかった日も、いつだって待ち受け画面の彼女の笑顔が俺を励ましてくれた。
長年付き合っていた彼女にそれが原因で振られた時も……。
客観的に見ればたかがアニメの一キャラクターに過ぎないのだが、俺にとってはかけがえのない大切な存在だったのだ。
そんな〈ファンタジクス〉を語るためには欠かせないキャラがいる。
聖女ユナに並ぶもう一人の人気者。
それが悪役令嬢セレンティーヌ。
聖女ユナの前に何度も立ち塞がるライバルだ。
正に悪役令嬢を絵に描いたような性格で、冷静沈着、そして頭がキレる。
何より嫌みなほどの美貌を武器に男を手玉に取るのが得意な奴だった。
それらを巧みに利用して毎回聖女ユナを罠に嵌めたり陥れたりと物語には欠かせない憎い敵役。
セレンティーヌは元々王子ジェイクの婚約者で、婚約が破談になってからもそれを納得出来ず、彼女の王子に対しての愛が決して冷めることは無かった。
部下や執事をこき使い、時には自らの体も差し出す覚悟であらゆる手を使い振り向かせようと必死だった。
端的に言えば愛が重い地雷女。
見方を変えれば一途な恋を必死に追いかける純真無垢な少女。
そんな彼女を推しだと語るファンも珍しくはない。
そして現在、俺は戸惑っている。
何故か悪役令嬢セレンティーヌが俺の目の前にいるからだ。
不思議なことに周りの景色も日本のどこかとは思えないし、心なしかいつもより視線も高い気がする。
それに俺を見ているセレンティーヌもずっと上を向いてなんか苦しそうだ。
「待てよ…なんだこれ……」
視線が高くなっただけじゃない。
俺の腕や体まで妙にゴツくなってる。
何故か全身は純白に輝き、まるで何かの機械みたいだ。
「俺、どうなってんだ!?……」
まさか最近流行りの異世界転生ってやつが本当に起きちまったのか!?
もしそうなら、ここは〈ファンタジクス〉の世界ってことになる。
それならセレンティーヌがいるのも納得だ。
だからって異世界転生を易々と納得出来るのもおかしい気がするけど、今はどうでもいい。
そんなことより重要なのは俺の体だ。一体何がどうなってる。
「…ねぇ、聞いてる?」
「え!?」
おいおい、セレンティーヌが俺に話しかけてきたぞ!推しでは無いとは言え、知ってるアニメのキャラクターに話しかけられるってのは不思議なもんだ。
「ん?……」
セレンティーヌの目の反射に映る巨大なロボット。
見た目は俺が子供の頃に見てたロボットアニメのキャラみたいだけど…。
俺が左手を上げれば向こうも左手を挙げる。もちろん右手も同じ。
どうしてあのロボットは俺と同じマネばっかするんだ。まるで俺がロボットになったみたいじゃないか……え!?
「ウソだろ。そのまさかか!」
いくらなんでも異世界転生したからって人間まで辞める必要はないだろう。
「な、なに?どうしたのいきなり…」
それに、よりにもよってだ。
どうして科学すら無縁の〈ファンタジクス〉の世界でロボットなんだ!
変だろ。世界観が台無しじゃないか!
「ちょっと聞いてる!?」
「え、あ、はい!」
鼓膜が破れるほど大きなセレンティーヌの叫びに圧倒され俺は思わず返事してしまった。
それに周りを見たら……どうやら異世界転生に愚痴ってる場合じゃなさそうだ。
間近で見るオークやゴブリンは流石に気味が悪い。
「ギャギャッ!!」
うわっこっちに来た!
「く、来るな!あっち行け!」
俺は無意識のうちに纏わりつく虫を払うように手をバタバタと振っただけでゴブリン達が簡単吹き飛ばされていく。
「ギャギャーー!!!……」
「え、」
今の俺がやったのか?
「ブモォォッ!!」
「次は俺だ!ゴブリンのように行くとは思うなよ!」と言わんばかりに鼻息の荒いオークが突っ込んでくる。
「コイツ、オークのくせに結構速い!」
オークから発せられる殺気と凄みのある表情に俺の体は動けなくなってしまう。
「ダメだやられる!……」
その時俺は反射的に死を覚悟して目を逸らした。
だがいつまで経っても死ぬ気がしないどころか痛みすら感じないのだ。
「……あれ?」
何かが当たっているような感覚がしてふと視線下げると、さっきまで巨大で恐ろしく見えていたオークの姿が俺の足よりも遥かに小さく見える。
「……ブモ!ブモ!ブモォォ!!」
オークは必死に攻撃を続ける。しかし先程から何も変わる気配はない。
「え〜い!」
「ブモッ!?ブモオォォォォォォォ…………!!」
俺は足を少し上に上げただけ。力も殆ど入れていないのにオークは蹴り飛ばされたサッカーボールのように勢いよく空へと飛んでいき星となった。
「もしかして俺、結構強い?」
「ギャギャ、ギギャーー!!……」
「あ、」
格が違う。そう本能的に感じ取ったのか残されたゴブリンやオーク達は慌てて逃げて行く。
そりゃそうだよ。俺だってそうするさ。たかがモンスターが巨大ロボットに敵うわけが無いもんな。
「あのゴブリン達をこんな簡単に圧倒してしまうだなんて、アレは一体なんなんだ?……」
「ヘぇ〜面白いじゃないの」
「お、お嬢様!?危険です!これ以上近づいては」
「大丈夫。あっちがその気なら私達なんてとっくにやられてるわ」
心配するレイフォードを尻目にセレンティーヌは俺を指差し問いかける。
巨大ロボットを目の前にしても一切たじろぐ様子も無い。
見た目もそうだけどこのマイペースな感じ、ほんとアニメそのまんまだな。
「さっきの質問の続きよ。アナタはいったい何者なのか答えて。人にも見えなければモンスターにも見えないアンタが何なのか」
君の気持ちはごもっとも。
でも、それを一番聞きたいのはこの俺なんだ。
なんでこんな事になったのか俺だって分かってないのに答えられるわけがない。
「……」
「そう。まぁいいわ」
答えようもなく口篭っているとセレンティーヌが続ける。
「じゃあアナタ名前は?名前すら答えられないとは言わせないわよ」
いい大人なんだぞ。自分の名前くらい言えるに決まってる。
「俺は田中、」
いや、日本の名前を言っても逆にかえって混乱させるだけだ。
かといってなんて名乗るべきか…
――WEL BLAZER ――
は、なんだいきなり目の前に文字が現れたぞ。
他にも英語や数字が見えるけど無学の俺にはさっぱり意味が分からない。
だけどこの一番目立ってる文字はなんとなく読める。
もしかしてこれがこの世界での俺の名前なのか?……
まだ分からないことばっかりだけど、ひとまず自己紹介くらいならできそうだ。
「オレは……オレの名前はウェルブレイザー。長いからな、呼ぶ時はウェルでいい」
「ウェルか。いい名前ね。呼びやすくて助かる」
「それはどうも」
「じゃあウェル。これからアナタは私セレンティーヌ・カイゼルの物よ。いいわね?」
「は?……今、お前なんて言った?」
聞き間違いに決まってる。
セレンティーヌがオレにあんなこと言うわけが無い。
「なによ、言葉が通じないの?」
「いや、そうじゃない。意味が分からないんだ」
「なら分かりやすく。私がアナタを部下として特別に雇ってあげる。そう言ってるの」
「部下!?オレが!?お前の!?」
聞き間違いじゃなかった。
そんなウソだろ……。
「ちょっと声が大きい!キーンとしたでしょ。見た目より声の方がデカいってどういうことよ!」
「す、すまない。つい驚いてしまって……」
って謝ってる場合か!よりにもよって俺がセレンティーヌの部下だと。
どうせ部下になるなら推しである聖女の方がいい。
「お、お嬢様!それ本気ですか!?」
「私はいつだって本気よ。レイフォードなら知ってるでしょ」
「それはそうですが…しかし今回はいつものノリで済む問題じゃありません。大体自分の素性も明かせない奴をお嬢様の側に置くなどあり得ません!」
流石はセレンティーヌの懐刀。
しっかりしてるしめちゃくちゃ正論だ。
このまま彼がいてくれればセレンティーヌの無茶振りもどうにかしてくれるだろう。
「そんなことどうでもいい。誰にだって秘密の一つくらいはあるものでしょ。無い奴の方がどうかしてるわ」
執事も執事ならその主人も同じだな。
これまた正論だ。
「しかし…」
「レイフォード。私の決めた事に文句でもあるわけ?」
セレンティーヌの鋭い視線にレイフォードはまるで石化したかのように固まって動けなくなってしまう。
「いえ….」
「じゃあウェルこれからよろしくね」
イヤだ!どうして俺が推しで無いセレンティーヌの部下にならなきゃいけないんだ。
ただでさえ意味が分からないってのにそんなのは懲り懲りだ。
「断る。俺がお前の部下だと?それって下僕の間違いだろ」
「そうとも言うわね」
「ほら見ろ。絶対嫌だね。誰がお前の部下になんてなるものか!」
セレンティーヌの部下にでもなったら、サービス残業は当たり前、有給休暇すら認められず、毎日のように無理難題は押し付けられ馬車馬のようにこき使われるに決まってる。
それじゃあ日本にいた頃と変わらないじゃないか!!
「本当に断っていいの?」
「ああ。お前の部下になるくらいなら死んだ方がマシだね」
「…もう一度チャンスをあげる。私にそんな態度とって、後で後悔したら可哀想だから」
「なんだと…?」
出たよ。セレンティーヌのこの顔だ。
なんとも言えない悪役令嬢らしいいやーな笑顔。聞き分けの悪い彼女にとってピッタリな表情だ。
この顔をする時は大体よからぬことを考えている時か、勝利を確信している時だ。
「アナタが何者なのか、どこから来たのか、そんなのは全く興味無い。だけどアンタ住む家はあるわけ?」
「なに?…」
「見たところ力は人一倍ありそうだけど、空から突然降ってきた奴が金を持ってるようには思えないわ。このままだと暫くは野宿でしょうね。可哀想に。特にこの時期は冷えるわよ〜〜」
ぐっ、この悪役令嬢め…。なんて痛いところを突きやがる。
だけどセレンティーヌの言う通りだ。
生まれ変わったとはいえ、いい歳こいたアラフォーのおっさんが一人寂しく野宿ってのは耐えられそうにない。
「あったかい部屋に美味しい食事。私の部下になるなら何不自由無い生活を約束してあげる。もちろんそれ相応の仕事はしてもらうけどね」
「…まるで脅しだな」
「そうよ。この私がアナタを脅しているの。その意味が分かるでしょ?」
「意味?そんなの性格が悪いだけだろ。ただの嫌がらせだ」
いくら俺が好きだったアニメの世界に転生したからってこれだけは御免だ。
何度も言うけど何でセレンティーヌなんだ!
言ってしまえば推しの敵だ。悪役令嬢なんだぞ。
性格だって正反対で聖女ユナとは何もかもが違う。
俺が好きになるキャラじゃない。
……だからってやっぱり野宿は嫌だ。
「なぁ、一応聞くけど有給はあるのか?…」
「ユウキュウ?何それ?」
「自由に取れる休みの事だ」
日本にいた頃は四十年近く生きてきて一度も自由に取れた事は無いけどな。
「….呆れた。そんな当たり前のことを聞くだなんて、もっと頭のいい奴だと思ったわ。休みがあるかどうか?何言ってんのよ!」
やっぱりそうかい。
そりゃそうだよな。
悪役令の部下に有給どころか休みがあるわけないよ。
条件的に融通を利かせようとした俺がバカだった。
「アナタは私の部下なのよ。部下に休みを与えるのは上司として当たり前でしょう。ふざけるのもいい加減にしてもらえる?つまらないわ」
「え、マジ?」
想定外過ぎる答えに俺の声は裏返っていた。
ロボットになっても直ぐ表情に出るところは全く変わっていないらしい。
「当然よ。基本週休二日。望むならそれ以外に休みも取らしてあげる。成果によっては賞与も出すつもりよそれならどう?」
何それ。めちゃくちゃ高待遇じゃん。
しかもさっきのセリフそのまんま日本の上司に聞かせたいくらいだ。
「……今の言葉、忘れたとか、言ってないは絶対に無しだからな」
「記憶力はいい方だから安心して。それに自分の言った事に責任を持てない奴が私は一番嫌いなの」
ごめんユナ。
やっぱり背に腹は変えられないみたいだ。
でも裏切りじゃない。セレンティーヌの悪役っぷりを忘れたわけでも無い。
推し変だってするもんか。俺の推しは一人だけだ。
「…分かった。その条件でいい」
推しを推し続けるために俺は現在を生きる道を選ぶ。
それが悪役令嬢に手を貸すことになったとしても。
「契約成立。なら改めて。これからよろしくね私のウェルブレイザー」
「ふん。お手柔らかにな…」
文字通り鋼鉄のように硬い手を相手に俺達は固い握手を交わす。
こうして俺は推しの為に最も嫌う悪役令嬢の部下となった。
それはウェルブレイザーとしての新しい物語が始まることを意味していた。
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