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正義の執行者②

 上を見上げれば夜空一面に輝く満面の星空。


 下を見れば庭には何百本もの桜が満開となっていて周囲を鮮やかに染めてくれる。


 夜空に輝く星と満開の桜。


「最高だな」


 その一言に限る。


 原作が日本のアニメの世界なだけあって、桜や星空など日本人が好む文化が当たり前に存在する。


 あそこに見えるのは北斗七星、ちょっと隣はオリオン座。


 星座の事を詳しく知らないオレでも分かる有名な星座ばっかりだ。


 でも確か、昔読んだ教科書にオリオン座は冬の星座で、逆に北斗七星は春によく見られるって書いてたような……まぁ、そこは異世界。


 春のような季節でも無いのに桜が咲いているんだ。そういうものだと思わなきゃな。


「パーティー会場が屋外にするとは王家も中々乙な事をするじゃないか。オレはてっきり城の中でやるもんかとばかり思ってた」


「そう?この国じゃ外でこうやって集まるのも珍しくないと思うけど。今夜は丁度景色も綺麗だもの」


 パーティーには貴族から老若男女の一般市民まで、幅広い人々が建国百周年を祝うべく駆けつけた。


 そんな立食スタイルの会場で優雅にワインを嗜むセレンティーヌ。


 いつも以上に派手な格好なだけあって巨大なオレにも目をくれず、周囲の視線は彼女に釘付けだ。


 丹念に十時間以上かけてドレスを選んだだけあってめちゃくちゃ似合ってる。


 でも赤とか紫のイメージがあるセレンティーヌが黒のドレスを選ぶのは意外だった。


 世界がちょっと違うように性格や好みも変わってるってことかね。


「あっ、ジェイク王子よ!」

「婚約者の聖女様もご一緒ね。美しいわーー!」


 本日の主役の登場と言わんばかりに周囲があっと湧く。


「この時をどれだけ待ったことか……」


 びっくりするほど胸の高鳴りが治らない。


 長年の推しにようやく会えるんだ。


 ユナを推す日本の同志達よ!オレはお前達の分までこの奇跡の瞬間を目に焼き付けると約束する。


 だから許してくれ。この贅沢過ぎる時間を独り占めしてしまうことを!


「げっ……」


「何日かぶりね聖女様」


 一瞬だけ嫌そうな態度を見せた聖女にセレンティーヌはご満悦といった様子で微笑む。


「キターーーー!!」


 憧れの推しを目の前に思わず叫んでしまったオレを隣にいたレイフォードが黙ってオレの脚をこつく。


「なっ、なによ!?どうしたの!?」


「悪い。つい……」


 いけない、オレとしたことが……。


 絶対に声を上げないようにと思っていたのに、って無理だよな。声を出さずにいられるわけがないんだ!


 暑い時や寒い時は勿論。仕事や人付き合いで疲弊していたオレをいつも癒してくれていた彼女の変わらぬ笑顔だった。


 彼女がいたからこれまで生きてこれたといっても過言ではない。


 なのになんだ?目の前にはあのユナ・エルフィスがいるってのにこの妙な違和感は。


 見た目もその笑顔もオレの知ってるユナそのまま。なのに何かが違う。


 そういえばさっきセレンティーヌを見た時、ユナは「げっ…」と口を滑らした。


 オレの知ってるユナならそんな態度を取ることは絶対にあり得ない。


 アイドルはトイレになんて行かない。そんな幻想と同じなのは分かってる。 


 でもそれがどうしてもオレには引っかかる。


「…驚きました。まさかセレンティーヌ様がここにいるだなんて」


「どうしても聖女様に会いたくて来ちゃった」


「え……」


「セレンティーヌ!またユナに嫌がらせでもするつもりならこの私が許さないぞ!」


 怯えるユナを庇うように王子ジェイクが飛び出してくる。


「ご心配なく。嫌がらせならもう終わりましたから。私は満足ですわ」


「何を……!」


 セレンティーヌの怪しげな笑みに対抗心丸出しの側近達も王子に続くように前へ出る。


「落ち着いてください王子。彼女の相手をするだけ無駄です」


「チヨウ」


「それにご安心を。何があろうともお二人は私が必ずお守りしますので」


 聖女の護衛役兼執事のチヨウ。原作では聖女と共に様々な困難に立ち向かった主要キャラの一人だ。


「レイフォード久しぶりだな」


「……」


 挨拶くらいしてやればいいのに。


 チヨウは元々腕利きの冒険者でその実力を買われ聖女の護衛としてスカウトとされた。


 因みにレイフォードとは冒険者時代のライバルかつ幼馴染でもある。実にアニメらしいエモい関係だ。


 まぁ、今に至るまでに色々あったのはオレも何となく知ってる。


 それはさておき〈ファンタジクス〉の主要メンバーここに大集合って感じだな。


 悪役令嬢に聖女。聖女の仲間の王子に騎士に魔法使い。


「ではもしもの時の援護は僕にお任せを。愛するユナ様が悲しむ所は見たくないからね」


 そしてコイツは……誰だ?


 こんな奴オレは知らないぞ。


「あら、見ない顔がいるわね。アナタどなた?」


「これはこれはセレンティーヌ様。ご挨拶が遅れて申し訳ない。僕の名前はロフォン・ラスターデ。聖女様を愛し聖女様に愛された天才魔法使いさ。以後お見知りおきを」


 ……な、なんだコイツぅ〜〜!?気持ち悪いくて思わず耳が腐るかと思ったぜ。


 鼻にツンとくる甘ったるい香水の香り。一々尺に触る喋り方にその時代遅れのホストみたいなキザな態度。


 全部が生理的に受け付けない。こんなキャラ〈ファンタジクス〉には存在しないぞ。


 仮にいたらこんなクセ強キャラをオレが忘れるわけがない。


 そして何故、その立ち位置にコイツがいるんだ。


「随分とまぁ……聖女様がこの方をお選びになられたの?」


「ええ。何か?……」


「聖女様って思ったよりセンスが無いのね」


「なっ……」


 あーあ言っちゃった。やっぱりセレンティーヌもこの手の奴は生理的に受け付けないらしい。


「ロフォンはこんなでも優秀な魔法使いなんです!そんな言い方はやめて下さい!」


「そうだ!彼らは僕直属の部下でもある。セレンティーヌだろうがそんなマネは許さんぞ!」


「私は別に部下の皆さんを貶すつもりなどありませんただ聖女様のセンスが私には分からなかった。それだけですわ」


「貴様ぁ……!」


 怒りの余り掴み掛かろうとする王子を慌てて部下達が静止する。


「行けません王子!ここで手を出しては彼女の思う壺です」

「そうですよ王子。ここは大きく息を吸って落ち着きましょう」


 悔しいけど、オレもセレンティーヌと同じ気持ちだ。


 目の前のユナにはセンスが無いとオレも思う。


 どんな人間にも分け隔てなく優しく向きあうのが彼女の性格。それはオレも分かってる。


 それを踏まえた上でもやっぱりこの人選はちょっとおかしい。


 これが原作通りなら、ロフォンなどというギザな輩ではなく、魔女と呼ばれる魔法使いがそこにいる筈。


 まぁ、この時点でセレンティーヌはその人物が魔女だってことは知らないから厳密にはまだ仲間ではないんだが、彼女がここにいなきゃこの先の話は絶対に進めなくなる。そういう状況が必ず来る。


 もはやそれは必然で運命と言ってもいい。


 それなのに、聖女の隣にいるのは見たことも聞いたこともない、キザで気持ちの悪い自称魔法使い。


「ウェル?…」


「お、お前何するつもりだ!?……」


 さっきから思ってた。この四人の関係性はまるで逆ハーレムの様だって。


 そして目の前のユナはそれを分かった上で楽しんでいるようだ。


 オレの好きだった〈ファンタジクス〉の聖女ユナはこんな色ボケた奴じゃなかった。


 こんなこと信じたくないけど目の前にいるユナは……。


「お前誰だ」


「え、」


 偽物なのかもしれない。


 その大きな手で聖女に掴みかかるウェルブレイザーに一同呆気をとられた。


「ちょ、ちょっと!!離してよ!!…」


「答えろ。お前は誰なんだ!」


 もしコイツがオレの予想通りの人物なら、この世界が原作と違う理由を知っているかもしれない。


「アイツ、急にどうしたんだ?……」


「セレンティーヌこれはどういうつもりなんだ!」


「……(ウェルの奴何か変ね。あの焦り方は尋常じゃない)」


「お前はオレの知ってるユナじゃない。答えろ。本物のユナはどこにいる!」


「へぇー……私のこと知ってるんだ。じゃあアナタは私と同じ……」


「なんだと!」


 先程まで怯えていた人物とは思えないくらい冷静に小さな声で呟いた。


「貴様!聖女様を離せ!!」


 チヨウが武器を構えると周囲の警護に当たっていた兵士達も慌ててウェルブレイザーを包囲する。


「…誰か助けてください!私セレンティーヌ様に殺される!」


 再び態度を一変させ怯える子犬の様に震えた声で助けを乞う聖女。


 しかし、叫ぶ寸前オレには彼女がニヤリと笑ったように見えた。


「お前。やっぱりそうなのか!……」


「ウェル!やり過ぎ」


 セレンティーヌの怒号がオレを一喝する。


 前しか見えていなかったオレの目を覚ますのには打ってつけなスカッと刺激のある一発だった。


「離しなさい。今はその時じゃない」


 そうだ。ここで奴を問い詰めたって白状するわけが無い。


 ここは一度冷静にならないと。


 興奮していたせいか真っ赤に染まっていた視界が徐々にクリアになっていく。


「悪い……」


 我を取り戻したオレは聖女を優しく地面に下ろした。


「ユナ!」


「王子!」


 駆け出した聖女は周囲の目もに気にせず王子に抱きついた。


「怖かった……」


「大丈夫。君には私がいる。……セレンティーヌ。この失態どう責任を取るつもりだ!」


「それは私が。ウェルは私の部下。ならば上司の私が責任取るのは至極当然のことですわ」


「待て。今のはオレが勝手にやったことで、」


「黙りなさい」


 凍てつくような冷たいその一言はオレの背筋を震わせる。


 それから暫くの間、まさに凍ってしまったみたいに言葉がまるで出てこなかった。


「……処罰ならいかようにもどうぞ。受け入れる覚悟なら出来ています」


「その言葉嘘だったとは言わせいぞ!お父様がこの事を知るのは時間の問題。そうなればお前達など、」


「煩いわね」


「は?」


「だから好きになさって。やれるもんならやってみなさいよ!」


「(この感じ……オレは知っている。こんな風に声を荒げる時は決まって厄介な事をする時だ)」


 セレンティーヌは自らを鼓舞するかのように嫌味な程に輝く美しい長髪を靡かせる。


「戦闘態勢を整えるまでにかかった時間は約一分。ウェルがその気になってれば聖女は既にあの手の中で死ぬには十分すぎる時間よ。ここで問題。どうして由緒ある王国の兵士達がそこまで時間が掛かったんでしょうか?」


「何が言いたい?……」


「正解はバルハムートを倒した英雄に勝てる訳が無い。彼らは本能的にそう思っちゃったのよ」


「バカな事を言うな!そんな事で我が国の兵士達が怯む訳が」


 全員、咄嗟に王子と目線を逸らす。


「兵士のみんなを責めないであげて。無理もないわ。誰だって勝ち目の無い勝負なんてしたくないもの」


 完全にセレンティーヌのペースだ。


 あれだけの空気をたった一言でひっくり返しちまった。


「だから王子。一つだけ忠告しておくわ。相応の責任を取れと言うのなら取るけれど、そうやって私を敵に回したら困るのはそっちなんじゃなくって?」


「お前…この私を、この国を脅すのか!?……」


「そうよ脅しているの。その意味が分かるでしょ」


 あの時、オレが初めてセレンティーヌと会った時と同じだ。


 そうだ。セレンティーヌは嫌がらせの天才。受けた傷は必ず痛み分けにして、死んでも道連れにしようとするタチの悪い奴だった。


 でも、味方になったらこんなに頼もしくて頼れる上司だったなんてオレは知らなかった。


「私を敵に回すってことはそういうこと。それが嫌なら今回の事は忘れてちょうだい。全部チャラにして、また仲良くしましょうよ。無駄なケンカ程つまらないものなんてないもの」


「そんな言いわけが通じるとでも思ってるのか……」


「だったらお望み通り戦争でもする?アンタが王子としてこの国の未来を背負った者としての決断なら私も受けてたってあげるけど」


「ぐぬぬぬ……」


 ぐぬぬぬって本当に言うんだな。王子も、隣にいる聖女も全員悔しくてたまらないって顔だ。


「だったらこの程度の事水に流してよ。王子のアンタが元婚約者の私にしたことと比べればこんなの痛くもないでしょ」


 完全勝利だ。


 ぐうの音も出なくなるとはこの事。王子だって馬鹿じゃない。ここまで言われれば大人しく引き下がるしかないからな。


「……もういい!ユナ帰るぞ」


「でも、パーティーは?私達の正式な婚姻をここで発表する筈じゃ…」


「それはまた後にしよう。今はそんな気分じゃない」


「チッ……」


 誰かの舌打ちが蚊のようなか細い音で聞こえる。


 この体になって耳が良くなったのいいけどちょっと考えものだな。聞こえなくてもいいものでまで聞こえてしまう。


 あの子の舌打ちなんか聞きたくはなかった。


 不貞腐れながらもパーティ会場を後にしようとする王子一行。


 その時だった。


「見つけたぞ!!」


「ん?」


 どこからか声が聞こえた。だが周囲に声を発したような人物は見当たらずただの空耳で済ませるつもりだった。


「な、なんだあれは!?」


 突如として星空輝く夜空が異常な程キラキラと輝き出したと思ったら、空にヒビのような亀裂が入る。


「(こんな展開には全てのシーズンを通して原作にはなかったぞ!……)」


 亀裂は次第に広がっていきやがてその空一面を切り裂くように穴を開けた。


「とおっ!!」


 裂け目から意気揚々と飛び出してきたのは、オレと同じ何かのアニメに出てきそうな巨大なロボットだった。

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