出撃ウェルブレイザー!①
「この勝負私の勝ちですわぁ!!」
「そんな……」
あり得ないといった様子を浮かべて泣き崩れた少女を見下ろしながら赤髪の縦巻きツインロールの女が高らかに勝利を宣言する。
「卑怯だぞセレンティーヌ!こんなのイカサマだ!」
「ジェイク様は黙っていてください。これは私と彼女の真剣勝負。だいたい勝負に卑怯もへったくりもありませんでしょ」
「そ、それは……」
この程度で黙ってしまうとは王子ジェイクもだらけたものだわ。
ちょっと前なら直ぐに言い返してきだろうに。
これも全部あの女がやってきてから変わってしまった。
「すみませんジェイク様。私が不甲斐ないばっかりに……」
「いやユナのせいじゃない。俺がセレンティーヌの口車に乗ってしまったばかりにこんな勝負を認めてしまった。全部俺のせいだ」
呆れた。
王子はそこまで腑抜けになっていたのか。
いや、いつの間にかあの女に骨抜きにされてしまっていたのね。
「あの、イチャつくなら後にしてもらいます?見苦しいだけですわ」
「何を…!」
「勝負に勝ったのはこの私。約束通り王子と聖女ユナの婚約は破談。よろしいですわね?」
「何もよろしくない!こんなことあってたまるか!」
「それは正式な決闘を無下にするという意味ですか?……」
「そうだ!この決闘は王子権限で無効だ!」
どこまでも勝手な王子様だこと。
自分の立場すらも分からなくなっているとは。
私の気持ちも知らずに……もういいわ。
「…ならお好きになさって。もう私は関係ありませんから」
「そうだ!さっさっと出て行け!」
「言われなくても」
私がバカだった。
こんな王子の事を少しでも好きになっただなんて。
生涯の恥ですわ。
◇◇◇◇◇◇
「お嬢様。馬車の用意が出来ております」
「ありがとうレイフォード」
私は護衛兼執事のレイフォードと共に馬車へ乗り込む。
「…それにしてもジェイク様は何を考えてらっしゃるのでしょうか?身勝手な理由で決闘を白紙にしてしまうとは前代未聞ですよ」
「何も見えてないのよ。今の彼に見えているのはあの女だけだもの」
「確かに。ユナ様が聖女としてこの国に来てから全てが変わってしまいました」
ユナ・エルフィス。
半年前まではどこにでもいる普通の庶民だった。
しかし、ある時聖女としての才能が覚醒。
仙台の聖女に認められ二十代目の聖女としてこの国にやってきた。
だけどそれからだ。
王子、そしてこの国までもが堕落していったのは。
「本来ならあの勝負に勝ったお嬢様こそが再びジェイク様と婚約なさる筈でしたのに…」
「逆に良かった。お陰でスッキリしたわ」
「え?」
「半年前までの王子とならまだしも、今の王子には何の魅力も価値すら無いもの。あんなのと結婚するくらいなら死んだ方がマシよ」
「そこまで言いますか……」
「言うわよ。だってアナタも嫌でしょ?あんな腑抜けた王子と私が結婚するだなんて」
「イヤですよ!イヤに決まってます!…でも、お嬢様の事を考えればあの方以上に相応しい方がいるとも思えなくて」
「それってアイツがこの国の王子だから?それとも私とアイツが幼馴染だから?」
「どちらもです…」
レイフォードが言う通り私とジェイクは幼馴染であり、産まれた時から決まっていた婚約者同士。
私の親はこの国との取り引きも長い大商会の会長。
つまりこの婚約は互いの関係をより強固なものにするための政略結婚だ。
そんな関係もあってか小さい頃から当たり前に家族の様に接していたことも多かった。
政略結婚の意味も分からない頃から、こんな彼との当たり前な生活が大人になっても永遠に続くのだろうと子供ながら強く思ったのを今も覚えている。
好きとか嫌いとかそんなのはどうでもよかった。
それが少し前にいきなり婚約破棄を言い渡されるんだから無茶苦茶だ。
あの頃の純粋無垢な私に謝れって話よ。
「互いに相応しい相手じゃなかったってこと。遅かれ早かれこうなる運命だったのよ。きっとね…」
「お嬢様……」
そう語るセレンティーヌの顔はどこか寂しそうにも思えた。
「それに私に相応しい相手なんかまた探せばいい。まあ、この私に見合う男がそう簡単に見つかるとは思ってないけど、気長に探すことにするわ。焦る歳じゃないしね」
「流石はお嬢様。その意気でございます。案外お嬢様に相応しい男は近くにいるかもしれませんよ?」
「そうかしら?」
「ええ。例えば、いつも側にいるわた、」
最後まで言いかけたその時だった。
馬車が急ブレーキをかけたことで大きな衝撃が私達を襲ったのだ。
「…無事ですかお嬢様!」
「ええ。なんとかね。でも何の騒ぎかしら?……」
「私が様子を見て参ります。お嬢様はここに」
「いや、私も外に出るわ」
「しかし何が起こったか分からない以上無闇に外に出るのは危険です」
「大丈夫。だって私にはアナタがいるもの。そうでしょ?」
お嬢様ったら……。
「…分かりました。その代わり私の側から離れないと約束してください」
「そのつもり」
「それでは参りましょうか」
レイフォードを先頭に馬車から降りると、既に四方八方モンスターの集団によって馬車は取り囲まれていた。
「なんてことだ。まだ街から数キロも離れてないというのに一体どうして…」
「これも全部新しい聖女のせいだったりして?」
この街における聖女の役目は大きく分けて二つ。
一つは活性化するモンスターの沈静化。
そしてもう一つは街を守護する結界の維持。
結界の範囲はこの国全域。
ただ首都から距離が離れるほど効果は薄くなると言われているが、それが上手く起動していたなら少なくてもモンスターの群れとは出合わないだろう。
「となると、やはり噂は本当だと?…」
「多分ね」
結界が上手く機能していないということは聖女の役目が果たせてないということだ。
彼女が新しい聖女になってから普段穏やかなモンスター達も活発になってるって話も聞くし、結界の範囲が徐々に狭まってるって噂も耳にする。
これが本当なら国家を揺るがす由々しき事態だけど、今の王子に言ったところでね……。
「ギャギャァ!!」
「ブモォ!!」
「モンスター達の殆どはゴブリン。そしてオークが数体。妙ですね」
「あの二体って群れたりするわけ?」
「いえ、オークとゴブリンが群れるなど少なくても私は聞いたことがありません」
これも聖女が起こした異常事態の産物かしらね。
「アナタならこの数やれるわよね?」
「もちろんです。お嬢様には指一本触れさせはしません!」
私の執事になる前、レイフォードは元々この街で冒険者をやっていた。
しかも階級はSランクのトップクラス。
それに対してモンスターの数はざっと数えて三十体と言ったところ。
ゴブリンやオーク相手なら数を考えてもお釣りが出るほどこちらが実力を上回っているのは明白ね。
「命令よレイフォード。私を邪魔するものを蹴散らし、道を切り拓きなさい!」
「仰せのままに」
故に普通なら負けはしない。
でも、なんだかイヤナ胸騒ぎがする。
それになんだかモンスター達の様子がおかしいような……。
「キギャ!」
「ここはお嬢様が通る道だ。退いてもらおうか!」
襲いかかるゴブリン達の集団を赤子の手を捻るように次々と倒していく。
「流石はレイフォード。余裕ね」
思っていたより呆気ないわね。
少し考え過ぎだったのかも。
この調子なら直ぐに馬車も出せそうね。
そう思ったまま、気付いた時には時計の針だけが進んでいた。
「……もう三十分よ。まだ終わらないの?」
「申し訳ございません。しかし、中々数が思っていた以上に減らず、ぐっ…気のせいか増えているようにも思えます」
それは気のせいじゃない。最初と比べて見るからに数が増えている。
倒した側からどんどんと間髪入れずにゴブリン達がやってくる。
きっと近くに群れがいるのね。
にしてもまさかここまでレイフォードが苦戦するだなんてね、誤算だった。
考えたくないけど、このままじゃ数で押しきられるの時間の問題かも。
それに問題はもう一つある。
さっきから一歩も動かないオーク達の様子が気にかかる。
まるで力を溜めながら時期を伺ってるみたい。
「レイフォード。ゴブリンの狙いはアナタを疲労させてオーク達の時間を稼ぐことよ!何かある。気をつけなさ、って、ウソでしょ……」
「なっ、あれは……!!」
気づいた時にはもう遅かった。
「「「ブモォォォォッ!!!」」」
こんなことがあっていいのだろうか。
いいや、あっていい筈が無い。
これも全部あの新しい聖女のせいだなんて言うなら、次あったら一発くらい殴らせて欲しいもの。
オークが融合して大きくなるだなんて私は聞いてないんだから!!
「合体した!?……オークにそんな能力があるだなんて、まさか特殊個体?いや、見た目が変わっているようにも見えないし……」
「しっかりなさいレイフォード!!」
「お嬢様」
「今大事なのはどうしてかを考えることじゃない。この状況をどうするかよ!!」
セレンティーヌの声が動揺するレイフォードを我に返させる。
だけどどうしたものかしら。
ただでさえ人の倍はあるオークが更にデカくなるだなんて。
こんなに巨大になられちゃ、いくらレイフォードが強くても攻撃のしようがないじゃない。
「ブモォォ!!」
「やらせはしない。お前の相手はこの私だ!」
セレンティーヌには近づけまいとゴブリン達を掻き分け果敢に突っ込むレイフォード。
「お嬢様だけは必ず守ってみせる。この体が朽ち果てようとも!」
だが無慈悲にもやはりレイフォードの攻撃が通用することはなく逆に吹き飛ばされてしまう。
「ぐあぁっ!」
「レイフォード!」
モンスター達はとうとうセレンティーヌに狙いを定める。
「絶体絶命ね……」
何も出来ない私を嘲笑うようにモンスター達はじりじりと距離を詰めてくる。
「お嬢様!!……」
必死に助けに向かうとするレイフォードだがゴブリン達の抜群の連携で思うように動く事ができない。
「退け!邪魔だ!!」
「(このままではお嬢様が!ダメだ間に合わない…!)」
「ブッモォォ!!」
「ッ!……」
迫るオークの攻撃に思わずセレンティーヌが目を背けた瞬間だった。
大きな音と共に空から巨大な何かが地面に追突した。
「ブモォ!?」
「ギギャ!?」
モンスター達にとっても想定外の出来事だったようで完全に動きが止まっている。
「一体何が?……」
舞い上がった土煙が徐々に晴れていき全貌が見えてくる。
「なんだアレ……」
金属の塊の様に見えるけど明らかに物では無い。
かといって人間でも無ければモンスターでも無いのも確か。
確実なのはこの世界には存在しない、また別の何かだということだけ。
その何かは、あれだけデカいと思っていた合体オークが霞むほど巨大で凛々しくとてもカッコよかった。
「…アナタ何者?」
「え、ここどこ!?何これ!?」
そして、その何かは私を不思議そうに上から見下ろしながらオドオドと戸惑っている。
これが私とアイツとの一番最初の出会いだ。
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