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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

犯人はこの中にいる!!

作者: 陸路りん

「もうお家に帰らないと」

「わかってるよ、うるさいなぁ」

 かしこぶってそう諭す妹に、一樹かずきはうんざりと言葉を返すと立ち上がった。

 時刻はもう夕暮れで、空が赤く染まっている。

 夏だから日は長くてまだ明るいが、公園内に一樹と妹の蜜柑を除いて、もう子どもは居なかった。

 確かに、そろそろ帰らなくてはならないな、と一樹は悟る。

 しかし妹の言うことに大人しく従うのもなんだか癪で、一樹はわざとのろのろと持ってきたおもちゃをバケツに片付け始めた。

 蜜柑はいつもそうだ。大人ぶった態度と言葉で兄である一樹のことを口やかましく責め立てる。

 周りの大人達はそんな蜜柑を何故か微笑ましいとでも言いたげに見ているが、一樹に取ってはうっとうしいだけだ。

 しかし、妹が可愛くないわけではないので今日も「おままごとがしたい」という妹のせがみを聞いて、小学校の友達の誘いを蹴ってこんな小さな公園にまできたのだ。

(こんなとこ、拓也に見られたら笑われるからなぁ)

 いつもならば、おままごとなどせずに虫取りに精を出してるはずなのに。

(今ならカブトムシが捕れるはず……)

 今年の夏の始めに捕まえた奴はなかなかに大物だった。今も家で一樹達の帰りを待ちわびていることだろう。

 やれやれと嘆息しながら他に忘れ物がないかを確認し、仕上げにはぐれないように妹の手をしっかりと握れば、帰り支度はおしまいだ。

 一樹の家は両親の帰りがいつも遅い。その上住んでいるアパートには一樹や蜜柑と同年代の子どもはいなかった。

 まだ幼稚園の年中である蜜柑は、友達の家に遊びに行ったら誰かが迎えに行ってあげなくてはならない。母の帰りまで他所のお宅に居座るのは良いことではないし、まだ小学1年になったばかりの一樹には、少し離れた位置にある蜜柑が仲の良い友達の家まで迎えに行くことはなかなかの大仕事だった。

 どのくらい遠いかというと、そのお友達は毎日バスで迎えにきてもらうくらいの距離だ。

 両親に相談すれば、何かしらの解決策はあるのかも知れなかったが、蜜柑は親の手を患わせることを嫌がった。

 だから、これでも蜜柑は我慢をしているのだと、それらの事情をすべて知っている一樹としてはこの程度の我が儘には付き合ってやっていた。

 別に毎日ではないのだ。近くの公園や幼稚園で遊んでくれる友達の居る日ならば、一樹でも迎えに行けるから問題なく別々に友達と遊べるのだから。

 

 のんびりと夕焼けの道を歩いていると、すぐにアパートが見えてきた。

 足音を立ててぼろい階段を上ると、一番手前が一樹達の家だ。そこには『吉岡克枝、柚』の表札が掛けられていた。克枝は父で、柚は母だ。吉岡家の名前は、男には植物、女には果物の文字を入れるという法則があった。

一樹は慣れた手つきで首から掛けていた鍵を取り出してドアを開けた。

「ただいまー」

「ただいま」

 家の中から返事がないのはわかっていたが、挨拶だけは欠かさなかった。

 一樹が先に立って居間に行こうとすると「手を洗わなきゃだめよ」と蜜柑からの注意が飛んでくる。

 それに「わかってるよ」とうんざり返事を返しつつ、ふと、父親の部屋のドアが開いていることに気付いた。

(いつもは部屋が汚れるのを嫌がって、しっかり閉めているのに)

 一樹や蜜柑のいたずらもそうだが、我が家には猫がいるので、その毛が飛び散ったり、壁をがりがり引っかかれることを几帳面な父は嫌っているのだ。

 それを珍しいと思いつつ「早く、お兄ちゃん」と急かす妹の声に、そのまま中を確認せずに手洗い場へと急いだ。

 手洗い場に付くと蜜柑はもう手を洗い終わっていて「ほんとにもう、遅いんだから」と文句を良いながら一足先に居間へと向かう。

 何を言い返しても負けるのは一樹のため、それ以上は何も言わずに大人しく手を洗うことに終始した。

 しかしそれは遮られる。

 他でもない、手を洗うように、と注意をした妹によってだ。

 甲高い絹を裂くような悲鳴が居間の方から聞こえてきたのだ。

「蜜柑?」

 いつもつんとすましている妹のいつにない声に、不安に思いながらも居間へと向かう。

 蜜柑は床にへたり込み、何かを見ていた。

 一樹も、恐る恐るそこを覗きこむ。

「ふたば……?」

 『それ』が、なんなのか、最初はわからなかった。

 なぜなら『それ』は、ばらばらに分解されていたからだ。

「見るな!」

 とっさに近くにあったテーブルクロスを引き、『それ』を隠す。

 もう見てしまった後だが、見続けるよりはマシだろう。

 それは、確かに双葉だった。

 一樹と蜜柑の……弟に当たる存在だ。

 その双葉の惨殺死体がそこにはあったのだ。

 手足はちぎり取られ、四方八方へと散らばり、胴体もおかしな格好へとひねられている。

 よくよく数えた訳ではなかったが、身体の一部は持ち去られてしまったのか、手足のいずれかが足りないようにも思えた。

 とっさの判断だったが、テーブルクロスで隠したのは正解だ。

 とても、見ていられるような姿ではなかった。

 近くにある籠を念のため確認する。

 双葉が危ない所に勝手に行って怪我をしないようにといつもはその籠に入っているはずにも関わらず、籠の中は案の定、空っぽだった。

 妹はショックで泣きじゃくっている。

 蜜柑も双葉のことをことの他可愛がっていて、大好きなゼリーを手ずからあげたり、籠の中を綺麗に整えてあげたりと何かと甲斐甲斐しかった。

「ふたばー、ふたばぁ……っ」

 名前を呼びながら泣く姿は痛々しい。

 一樹は蜜柑を抱きしめてあげながら、どうしたら良いかわからず、周囲をきょろきょろと見渡した。

 開いたままのカーテンにしっかりと鍵のしまった窓、きちんと閉じられた棚にその上にテレビの配置通りに並べられたレンジャー達のフィギュア、今は誰も座っていないソファには黒い毛と爪研ぎの痕。

 いつもと変わらない。

 泥棒や強盗、ともすればお化けの類も存在したとは思えないほどに、いつもと変わらない家の中だった。

 机には、後で食べようと残してあったおやつがラップを掛けられて置かれたままだ。

 なんとなく、一樹はそうしなければいけないような気がして、部屋の窓の戸締まりを確認した。

 人が入れるような大きな窓は居間にしか存在しないため、確認はすぐに終わった。

 他の窓には格子がはまっているか、子どもも通れないような換気窓だから確認するまでもない。

 しかし、開いていない。

 大きな窓はしっかりと施錠されていた。

(誰も、入ってきていない……?)

 そんな馬鹿なことがあるものか、と一樹は思う。

 誰も入ってきていないならば、一体誰が双葉をこんな姿にしたというのか。

 その時、呆然と立ちすくむ一樹にようやく泣き止んだ蜜柑が「お兄ちゃん」と弱々しい声で呼びかけた。

「こういうとき、ケーサツに連絡するんでしょ、110番しないと」

ませた妹が大人びたことを言う。

しかし一樹にはその判断が正しいのかどうかがわからなかった。

「ま、待てよ、まずはパパとママに……」

そこまで言って、はた、と一樹の目には無人のソファが再び飛び込んできた。

「檸檬は?」

「えっ?」

一樹の問いかけに妹も気がついたのか「檸檬がいない!」と叫んだ。

檸檬は一樹達の姉的な存在で、美しい金色の瞳と長く整えられた爪が自慢だ。

この時間、何も用事がなければソファでだらしなく昼寝をしているはずだった。

ふと、一樹は家に帰ってきた時に珍しく父親の部屋のドアが開いていたことを思い出す。

すぐにきびすを返すと、足早に父親の部屋へと向かった。

「おにぃちゃん?」

蜜柑もいぶかしげな声を上げながらも、その後についてくる。

一樹は無言で父親の部屋のドアを開いた。

果たしてそこには……

父のベッドを我が物顔で占領している檸檬と、その脇には双葉のちぎれた足が転がっていた。

その瞬間、一樹は怒号を発した。


仕事を終えると、柚は足早に家へと向かった。

早くしないとお腹をすかせた子ども達がどんな悪さをするかわからない。

少し大人びてはいるものの、まだまだ幼い兄弟達を、いつまでも留守番させておくわけにはいかなかった。

「ただいまー」

ドアを開けて入る。

すると中は阿鼻叫喚だった。

「ままぁー」

しっかり者の蜜柑までもが泣いている。

「ちょっと、どうしたのよ」

そう問いかけて部屋を覗き込むと、不自然な位置にテーブルクロスが散らばっていた。

それをめくって見て、柚は状況を了解した。

「ママ! 檸檬が、檸檬が双葉を……っ」

「あらまぁ、大変だったわね。でも、ママはあれほど危ないから双葉の籠を開けっ放しにしちゃだめって言ったでしょ」

「開けっ放しにしてない!」

「嘘言いなさい! 一樹が開けっ放しにしてないなら誰が開けたっていうの。ママは触ってないし、檸檬には開けられないわよ」

「だって、だって……」

「可哀想に、びっくりしたわね。皆でお墓を作ってあげましょう。でもあんまり檸檬を叱っちゃだめよ、檸檬はお仕事をしただけなんだから」

 そう言って、柚は子ども達を庭へとせき立てた。

 傍らにある棚の上では檸檬が黒い毛並みを毛繕いしながら、金の瞳を大きく見開いて抗議するように「にゃぁ」と告げる。

テーブルクロスの下には、猫の檸檬に仕留められてしまった哀れなカブトムシの死体が隠されていた。

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よければわたしの他の拙作も読んでみてください。

よろしくお願いします。

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