第9話
ガーネット対レオンの戦いは、レオンの勝利で決着がついた。
ヤマトノ国までシロとクロを送る依頼は、レオンが受ける。ガーネットは冒険者ギルド職員達の反対もあり泣く泣くあきらめたようだが、お婆ちゃんもヤマトノ国にいくからね! とシロとクロの肩を掴み力強く言った。ガーネットはシロとクロを気に入ったようだ。だが二人共なぜ気に入られたのか理解できていないため気圧されていたが、とりあえず頷いた。
シロとクロの冒険者ギルドへの登録はガーネットに代筆を頼んだ。本来登録時に犯罪歴を「証明の水晶」という魔法道具で調査することになっているが、迷い人と確定された二人には特に説明はなく実施もされなかった。もしかするとシロとクロが幕末時代に行った人斬りの履歴が現れたかもしれないが、斬られた側の感情はさておき犯罪といった言葉で解決できる問題ではない。履歴には犯罪歴として残ってはいないだろう。
出来立てほやほやの冒険者ギルドカードをガーネットから受け取ったシロとクロは、名刺サイズの金属板を眺める。鈍色のカードは新緑色の枠線で縁取られていた。枠線内に書かれた文字をシロとクロは読むことが出来なかったが、自分たちの名前と年齢が書いてあるようだ。シロとクロは運転免許証の期限が書かれた帯の色を思い出した。現代日本で取得できる初回運転者の帯色よりも濃い緑色。
レオンが自分のカードを胸元から取り出す。紐を括りつけられたレオンのカードの枠は金色だ。
「カードに自分の血を一滴落して登録を完了させなさい。失くしたら金貨一枚で再発行だからな、穴があるからそこに紐を通し俺の様に首にかけておけばいい」
これが見本だとレオンは膝をつき、シロとクロに自分のカードを見せた後ナイフと革紐を手渡した。シロとクロが見よう見まねでカードに血を落とし紐を結ぶ様子をレオンは手伝わずにみつめている。助けを求められたら手伝うつもりで、基本はシロとクロに任せようとレオンは考えていた。ガーネットも手伝いたい気持ちはあったが、シロとクロが自主的に動く子だと短い間に感じていたため見ているだけに留まる。
シロの首にはすでにがま口財布を下げていたが、この場で財布を出したくはなかったのでギルドカードも首から下げた。クロはジャージを壊さずにすみそうだなとご機嫌で、同じくギルドカードを首にぶら下げる。
個人を識別する役割がギルドカードにはあるため、無くしてしまったり悪用されないようにとレオンはシロとクロに言い含める。
話に頷いたシロとクロの頭を撫でたレオンは、ナイフを回収し「出掛けるぞ」と言って立ち上がる。ガーネットに「出掛けてきます」と声をかけたレオンに、ガーネットは頷く。
「王城の兵士や使用人は買収済みだけど、王の耳に入るかもしれないからね。目立たないように」
「承知しました」
レオンはシロとクロを抱きかかえる。手を振るガーネットに見送られ、三人は冒険者ギルドの裏口から外へ出た。
シロとクロはなんで抱えられているんだろう、という疑問の顔を浮かべていたがレオンは無表情かつこうして当たり前と言う顔つきで子ども二人を抱えているので聞くことができなかった。
「旅に必要なものは俺が大体そろえておくが、服や防具、武器などは自分に合ったものを買いなさい。金はギルドからの支給だから気にしないように」
ギルドの大盤振る舞いに、クロは少し心配になる。金を出してくれることはありがたいが、代わりに無理な要求を求められることは多々ある事。幕末時代も金と権力と意図した悪意に振り回された記憶もある。金はたくさんあってなんぼだが、揉め事も着いて回るもの。
クロはレオンに聞いた。
「ギルドにあとで金返せーとか言われませんか?」
「その心配はない。冒険者ギルドは迷い人と子どもには金を惜しまない。迷い人はこの世界にはない知識で繁栄をもたらす者が多いからな。それにおまえたちはまだ子どもだ、ディクタチュール国はさておきヤマトノ国では国家保護対象なんだぞ。金のことなんか気にせず甘えておけばいい。王妃殿下が予算の上に自分の稼ぎも積んでいるからな、毎年使い切れず増える一方だ」
ヤマトノ国にいったら、甘やかされることを覚悟しとけ。変な脅しを真顔でかけてくるレオンにシロとクロは顔を見合わせた。王妃が慈善事業に熱心なことは良いが、自分の稼ぎを積むとは一体……?
「陛下も子どもや同郷者には寛大だ。その内お会いするかもしれないからそっちの覚悟もしておけよ、おまえたちは迷い人だから話を聞きにふらりと現れるかもしれないぞ」
子ども二人を抱え歩きながら語るレオンは遠くを見つめていた。ヤマトノ国の王に振り回されている人の顔だ。
ヤマトノ国の王は迷い人、どうやって王になったのかはわからないがあまり関わりたくないとシロとクロは思った。権力者からの振り回しには慣れてはいるが、好きなわけではない。気を張り詰めすぎて胃が痛くなった記憶もあるので二人はレオンに同情した。
ディクタチュール国城下の街は、石畳の道に沿って白い壁とオレンジ色の屋根の建物が並ぶ。
夜明け前、シロが眺めていた景色も奇麗ではあったが太陽に照らされた街並みも美しく、歴史のある街を体現していた。
シロもクロも海外旅行は未経験。修学旅行は安定の京都だったので現代のヨーロッパのような景色に心が躍っていた。
現代社会から突然追い出されることに二人は慣れていた。積み重ね得た現代社会の基盤を捨てるのは勿体ない気もしていたが、幕末時代の記憶が邪魔をして息苦しくもあった。
冒険者ギルドを信用してもよいのか、シロとクロはいまだに判断ができずにいた。だが逃げようと思えば逃げられる自信があったため、いったん流されようと思ったのだ。
レオンはあまり笑わないが、シロとクロをよく見ているし話を聞いてくれる。子どもの目線を合わせる為、膝をつくことのできる大人は幕末どころか現代日本でも多くはない。ガーネットも勢いがあり気圧されるが、子どもの話を聞く姿勢を取ってくれるし回答もしてくれる。信用しても問題はないだろうとシロは判断していたし、クロはシロが何も言わないので大丈夫だろうなぁと考えていた。
「今日買ったものは俺のマジックバッグに一度いれるからな。マジックバッグは容量制限に注意すれば便利なかばんだ。身軽になるからな、だが高い。一軒家が買えるくらいだからな、甘えろといったがマジックバッグは諦めてくれ」
俺もAランクに昇給してからやっと購入できた。レオンが語りながら見せてくれたマジックバッグは革でできたポーチで、腰ベルトに通しつけられている。マントを被れば隠れるので高級品を使っていてもバレにくく盗まれにくいそうだ。
旅には何が必要か、露店などを巡りながらレオンはシロとクロに説明する。
食料と水は絶対に持つこと。傷薬や毒消しも必要だが薬草の知識があれば現地調達が出来ること。大きな布が一枚あれば雨除け風よけ、なんにでも使えること。
通貨は国ごとに変わりもするが、基本は共通の貨幣が使われていること。銭貨が十枚になると銅貨一枚。銅貨が十枚になると銀貨一枚。銀貨が十枚になると金貨一枚。
説明をしながら二人分の旅支度を購入していくレオンだが、シロとクロの反応はちゃんとみていたし満足していた。
十歳の子どもにしては飽きずにレオンの話を聞き、返事をする。見知らぬ世界で泣き叫ぶこともせず、見知らぬ人から素直に学ぼうとする姿がレオンには眩しかった。
理解できていなくても良い、二人はまだ子どもなのだからレオンが守ればいい。
知り合ったばかりの子どもに何を考えているのかと思うが、魔法陣から現れた二人を見た時からこの二人を救わねばという気持ちがあった。召喚者五人対しそんな事は一切思わなかったので不思議であったが、召喚者と子どもたちの年齢が違いすぎたせいだろうとレオンは考えていた。




