第5話
シロとクロはガーネットから服を貰い着がえた。
ガーネットもレオンも二人の背丈に合わない大きな服を着ていたというのに気にしていないようだ。異世界人の子どもは大きな服を着ていると勘違いしているのかもしれないが、実際ガーネットとレオンがなにを考えているのかはシロとクロにはわからなかったし、ガーネットとレオンも迷い人は異質な存在で何があったかを聞くのは早計だと考えていた。
シロとクロが着替えている間にテーブルの上に置かれたのは謎の野菜が入ったミルクのような白濁としたスープと鶏肉のような肉の香草焼き、あと少し固い黒いパン。クッションを2つ重ねた椅子の上に座らされたシロとクロは、同じく席に着いたレオンを見た。
シロとクロ、どちらも無言でレオンをみる。二人とも食べ物に毒などの余計なものが入っていないかと怪しんでいるわけではなく、この世界での食事マナーについて確認したかっただけだ。レオンは二人の視線を気にせず黙々と食べすすめる。スープにちぎった黒いパンを浸して食べる。香草焼きは二本の棒、箸のようなもので食べる。ガーネットが「コッコのお肉は私が切り分けてあげようねぇ」と言って一口大に切り分けてくれた。特に問題なく食べられそうだ。シロとクロはレオンの真似をして食べ始めた。
箸を問題なく使って食事をはじめるシロとクロの様子を、食べながら見ていたレオンは少し頬を緩ませる。
泣き叫んで助けを呼ばない。少し抜けているところもあるが、現状を確認し理解した上で自分たちが不利にならぬように動いている。シロとクロは子どもにしては異様な姿だった。
召喚者は異界への召喚時身体的能力の向上を得るかわりに、精神的な弱体化がみられる。当たり前だが、自身の本来存在し得る世界から拉致してくるのだ。見知らぬ物や人たちに囲まれたら大変な恐怖を感じるであろう。
だが、その恐れ方の異常な召喚者達がいた。その召喚者達は身体能力が極端に向上してしまったものほど、精神をすぐに病み自決してしまう傾向にあった。死なれると困るので自決出来ぬよう召喚されてすぐに魔法の首輪を着けさせ兵器として、物として管理されていた事例もある。元の場所へ帰ることも出来ない、何もない召喚者に生死の権利もなかったのだ。
現在は迷い人達のおかげで異界から人を召喚する魔法は、再現不可能となっていた筈だった。ディクタチュール国は小国ではあるが、歴史は長い。先代までは外交の上手な王が代々国を治めていたため、他国との軋轢もなかった。しかし、自国にあった遺物を発見してしまった今代の王が欲をかいた。 勇者と呼ばれた一之宮達も過去の召喚者達と同じ兵器としての道をたどる可能性もある。
だがしかし、ディクタチュール国を調査していたレオンと城に残ったクリスが冒険者ギルドに報告書を上げればディクタチュール国は長い歴史のカーテンを降ろすことになるだろう。調査の依頼人が【迷宮国家ヤマトノ国】【魔法王国ユナイ王国】【獣人の国メリカ王国】の三か国の合同だからだ。この三か国は大国と呼ばれるほど国力に秀でている。ディクタチュール国のような小国が、強力な召喚者がいるとしてもこの三か国に対抗することは不可能だ。
それに召喚者達への制限をしていないとレオンはみていた。ディクタチュール王は召喚者の扱い方をしらないのだ。また、召喚者達は精神的に落ち着いているように見えた、能力の向上は軽微なのかもしれない。
急いで保護するよりも機会を狙った方がいい。監視の任務についている冒険者は複数いるので問題はない。
シロとクロは子どもすぎることも含め、身体能力が向上した代わりに精神へ何らかの欠落が起き泣いたり喚いたりといったことが出来なくなったのではないかとレオンは考えていた。食べ物の味がわからなくなってしまった召喚者もいたらしいが、シロとクロどちらも美味しそうに食事をとっているので問題はなさそうだ。召喚者らしく箸も器用に使っている。現状は問題なさそうだが、観察し対応していくのが大人としての役割だろうとレオンは考えていた。
食事を終え、ガーネットの仮眠部屋に案内されたシロとクロはベットに飛び込んだ。
ガーネットが「何かあったら遠慮なく言うんだよ!」と何度も二人に言い含め、レオンは「水と菓子を置いて行くからな、腹が減ったら食え」と陶器で出来た水差しと木のコップ紙に包まれたお菓子を置いて扉が閉まる。シロとクロは、自分たちがいくつに見えているのかわからないが、自分達が想像している以上に、幼子にみえているのではと考えていた。
シロはベットの上で仰向けになり、クロは窓から外を見つめる。
「クロー私何歳に見える?」
「あー、十とか十二くらいか?」
「小学生かぁ、若いなぁ。てかここ異世界なんだよね?」
「完全にそうだろうなー。ここから見える店の看板の字が全く読めないし、魔法はあるし」
「……魔法か、ステータス! とか言ったらポップアップ出ないかな……あ゛」
「異世界でも色々種類あるからなー、レベル制の異世界ならみれるんじゃねぇか?」
「そんな都合のいいシステムなんてないだろ」ケラケラ笑うクロ。ステータスが確認できれば自分の評価が目にみえてわかるのだ。動く指標にもなるので良いことばかり。数値がすべてではないとは思うので、良し悪しだけどなぁとクロは考えていた。
シロは黙り込み、ジッと天井ではない何かを見つめている。クロの実家で飼っていた猫は、どことも言えぬ場所をジッと見つめている時があった。そのときと同じ状況にクロは「やだ、どこみてんの? なんかいる!?」と叫んだあと、「す、ステータス」と呟いた。
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『シロ』(深山真白)
10歳
Lv:99
HP:9998
MP:9998
◆スキル
剣術:神級 銃術:神級 格闘術:神級 暗殺術:神級
馬術:上級 詐術:上級 鑑定:下級 創造:下級
◆魔法
火魔法:下級 水魔法:下級 土魔法:下級
風魔法:下級 光魔法:下級 闇魔法:下級
空間魔法:下級
◆称号
「刀神」「侍大将」「維新の英雄」「紅き修羅」「異世界召喚者」「神のいとし子」
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『クロ』(黒田海斗)
10歳
Lv:98
HP:9988
MP:9988
◆スキル
剣術:神級 銃術:神級 格闘術:神級 暗殺術:神級
馬術:上級 詐術:中級 鑑定:下級 創造:下級
◆魔法
火魔法:下級 水魔法:下級 土魔法:下級 風魔法:下級
光魔法:下級 闇魔法:下級 空間魔法:下級
◆称号
「刀神」「侍副大将」「蒼き刃」「維新の英雄」「異世界召喚者」「神のいとし子」
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シロは両手で顔を覆い、クロは窓枠に額を勢いよく打ち付けた。ガンッ! といい音がしてガーネットとレオンが「曲者か!?」と慌てて部屋に入ってきたのは置いておこう。シロとクロはガーネットとレオンにベッドから落ちたと説明し、納得した二人は部屋からでていった。
そのあと、シロとクロは何度も「ステータス」と呟いては消し、呟いては消しを繰り返す。三十回ほど試してやっと諦めが着いたのかシロは疲れた顔で、クロは茫然としながら自分たちのステータスを見せ合うことにした。どうやって見せればいいのかと思い、適当に「クロに開示」と言ったら、クロもシロのステータスを確認できるようになったので、シロはまた両手で顔を覆言いながら言った。
「わたし、ジッサイ」
「今度は十歳からかぁ、前は五歳くらいだったけ?」
「ややこしい! てか何レベルとスキルってなに? あのド定番のスキル? 刀は使ってたし、銃や体術は納得できるけど、異世界反映されるの……? 経験値は上乗せ? しかも魔法がない世界から来たのに魔法が既に使える設定ってなんだよチートかっ、チートってやつなのか!?」
「囀るでない、異世界チートは物語でド定番なのである。あとハーレム」
「知ってるよ! でもこの身に降りかかるとか思わないでしょ、前はドキドキチート無しサバイバルだったし。これでハーレムがきたら設定盛りすぎ。あ、一之宮君がハーレム要員かな?」
「シロの場合逆ハー乙女ゲームだろ。イケメンばっかりの世界に来ちゃったテヘペロー全員攻略待ったなしですわ!」
「私乙女ゲームやったことないけど!?」
「大丈夫、お前ならできる。あと声の音量がデカい」
「騒ぎたい気分なんだよ」と疲れたようにシロが言う。
「わからんでもない」とクロも頷き、溜息を吐いた。
二人ともストレス過多である。子どもの姿になってしまった事はいいとしよう。まさかステータスが初期値ではないとは、江戸時代末期のような場所で刀を振り回していた経験値が反映されている。普通の現代人ならこんなステータスにはならない。そして称号とはなんだろうか。神のいとし子という称号が一際怪しい。シロもクロも神になんて一度も会ったことはない。
「情報を整理しよう。えー私とクロの年齢は十歳。レベルは多分これカンスト間際?」
「いや、わかんねぇぞ。上限が無い可能性もある」
「私よりクロの方が長生きでしょ? 私よりレベルが低いのは何で?」
「俺の晩年は肺炎だからかなぁ」
「おっと、初耳情報。畳の上で死んでも苦しいのはなぁ」
「知らない場所で勝手に撃たれて死ぬ奴よりはマシだからな」
「えっとぉ、そのぉ、その節は大変申し訳なくぅ……あ! 普通さ、異世界召喚時ってさっ! 勇者でもちょっと高めの初期値くらいだよね!?」
「普通はな、異世界に召喚なんてされないし、まず江戸時代末期に連れて行かれたりしないし、大人から子どもの姿になるとかねーからな」
「そうですね!」
クロは現代から江戸末期を生きた時、養父母や義妹、仲間たちに見送られ布団の上で死ぬことが出来た。混乱の時代で侍の真似事をしていた割には長生きし、良い人生を歩んだ方だろう。
対してシロは自身の組織が解散した後、ふらりとどこかへ旅にでたかと思えばクロの元に刀だけ帰ってきた。シロは流れ弾から子どもを守って死んだ。シロ本人も死ぬつもりはなかったが死んでしまった記憶と、クロと仲間たちに対しての申し訳ないと思っている為頭を下げるしかなかった。
ごめんとベッド上で土下座するシロに、クロは溜息を吐く。
過去のことはもういい。それより今どうするかを考えなくては、とクロは考えた。
「シロ、これからどうする? チートを活かして名声と大金を得るか、隠してスローライフファンタジーにするか」
「クロはどうしたい?」
「質問を質問で返すなよ。それにシロならわかるだろ、俺がどうしたいか」
「な。侍大将」と笑いながらクロが言うと、シロは顔を顰め「間違ってたら教えろよ侍副大将」と言う。
シロとクロが率いていた組織でシロが隊長、クロが副隊長だったからこそついた称号だろう。だが、シロにとって立場の上下は無かったので違和感があるようだ。クロは一歩引いている方が性に合っていたので納得している。
「私は目立たず騒がず、流行りののんびりファンタジーがいい。流石に疲れたわ。早期退職する」
「ほら俺と同じじゃん。俺もスローライフファンタジーがいいです」
「しかし本音はハーレムでしょう!」
「俺の愛は分割不可ですぅ」
「ロマンは?」
「要らん。俺ハーレムもの苦手だし、共有財産にされんのが気持ち悪い」
「バッサリだなぁ……」
「シロはハーレムが欲しいと?」
「必要性を感じないね」
「まぁ頑張れや」
「頑張らないぞ。で、今後の方針についてだけど」
シロとクロは話しながらレオンが置いて行った菓子の包紙を開ける。子どもの身体は燃費が悪く、お腹がすいたのだ。
包紙の中にはパウンドケーキのようなお菓子が入っていた。木の実のような粒とドライフルーツのようなものも入っている。食べ応えがありそうなお菓子だ。シロが一口食べるとベッドの上にお菓子のかけらがポロポロ落ちた。味は甘さ控えめで美味しい。シロは食べながら話を続ける。
「まず金の問題は成人までと十年間保障有り。成人は十五かなぁ、二十五歳まではニート出来るね。稼いどいて損はないから、稼げるうちに稼ぎたいけど」
「稼げるうちに稼ぐのは賛成。だけど現代みたいにブラックは却下な」
「ははっブラック就業なんて滅亡すればいい。ベターに行くと冒険者になって低ランクでコツコツ稼ぐのが一番か。二十五まで安定してるし、結構貯金出来ると思う。手に職を探すでもいいね」
「了解。一之宮たちはどうする? 俺らは本来生徒達を守る立場だし」
「うーん、子どもの姿で先生が助けに来たよ! っていうのも無理がある。あと一之宮君はなぜあんな素直に勇者やります! といったのかが疑問。黒田先生、一之宮君って結構慎重派ですよね?」
「そうですね深山先生、一之宮君は成績優秀ですが、努力で成績を維持しておりました。周りの話を聞き自分の中で考え答えを出してから行動する子です。今回一之宮君達の友人も召喚されていましたが、友人の意見も聞かず即答するのは珍しいですね」
「ありがとうございます黒田先生。うーん、今の私たちにできるのはガーネットさんとレオンさんに召喚者達を助けてくださいって言うだけかなぁ」
「一之宮もオタクでテンション上がって勇者やる! ってなったとかかもな。俺たちは何もできないし、様子見してようぜ」
「そうだねぇ。にしても、聖光魔法と光魔法ってなにが違うのか」
「ホーリーかホーリーじゃないかの違いじゃないか?」
「テキトーか」
「しっかしベタに巻き込まれ召喚されたけど。あ、一之宮君はハーレムがすでに築かれていたね」と思い出し笑いするシロ。担任だったクロは一之宮の様子を思い出し苦笑する。
一之宮は顔の整った男子生徒だ。モデルやアイドルにならないかとスカウトされたが断ったという噂もあり、担任のクロは事実確認をしたこともある。本人は真面目なのでスカウトをすべて断っていたようだが、周りの女子生徒たちは一之宮をアイドルのように扱い楽しそうにしていた。一之宮は女子生徒を止めるようなことはしていなかったので、女好きか面倒で放っておいたのか。一之宮本人のみぞ知る。なんにしても、召喚者達の中には一之宮の周りを主に固めていた女子生徒、火伏千尋、畑中梓、滝下美樹もいた。シロとクロが落ち着いてきた頃には勇者たちの状況もわかってくるだろう。
「別口だと空井が主人公の可能性もあるぞ」
「あー巻き込まれたので別ルートで無双します系か、それも見て見たいよね」
「俺達が主人公の場合もあるけど」
「ははっ疲れる、勘弁してほしい」
「激しく同意」
明日の事は明日の自分にまかせて、今日はもう寝よう。シロとクロは食べ終わったお菓子の包紙を畳んだ後、ベッドを整えてから一緒に毛布を被った。