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訳アリ教師ふたりが異世界召喚に巻き込まれたようです  作者: 藤白春
前日譚、幕末篇

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鮭、飴。

幕末篇完です~タイトル回収①~



 日が上り始めたばかりで空気は少し冷たかったが、濡れた土と花草の匂いが風と共に漂っていた。

 空には霞がかかり春を思わせるが、これが大陸からの黄砂と花粉と埃等など……だと知っている(きのと)は鼻がムズムズしはじめた。


 くしゃみをすると同時に、乙は手に持っていたムシロを落としそうになり慌ててつかみ直す。

 

 「ふー」と安心したように息を吐き出した後、見知った気配に気づいて姿勢を整えた。



「乙様。アレ、置いてきた」


 絶妙に危ないところに置いた。と話しながら、(みずのと)は音も無く現れた。

 乙は「ありがとう」と礼をする。


 今起きている戦の前線へ、簡単に言えば海沿いの方へ気を失った(ひのと)を置いて来てもらったのだ。

 本来は乙がやろうとしていた事だったが、(みずのと)が「私がやる」と言って聞かず。乙は不思議に思いながらも癸に後処理を任せて、自分は買い物に向かったのだった。


「殺さなくていいの?」

「うん、甲先生と黒に怒られたくないし。死にたいほどの地獄の方が苦しいでしょ」


 両手両足が無く喉を潰されている人間が、生きることが出来るのか。


 見ものだねぇと言う乙の顔は、憑き物が落ちた顔をしていた。

 癸は甲先生に似た優しげな乙の表情をみて安堵する。


 甲が死んだと知った時から、乙は仇討ちを終えた後に死ぬのではと癸は考えていた。

 特に乙は甲に懐いていたし、甲も乙のことを大切にし自分が拾ったのだから乙は自分の子だと言うほどだった。

 乙の感情は読み取ることが難しく、癸や周りから見ればいつも通りだった。


 ただ時折耐えるように話す時があり、乙は静かに心火を燃やしているのだろうと癸は思っていた。


 乙は仇である丁を殺さなかった。


 死ぬより酷い目にあえという意味だろうが、自らの手で引導を渡すことはしなかった。

 ここで殺したら丁と同じ化け物になると思ったのか、尾張に戻ったあと殿である茂栄(しげはる)の影武者をしている黒田(くろだ)に怒られると思ったのか。


 実際の理由は癸には分からないし、乙は教えてくれないだろうと思っていた。


 なんにしても沢山の血を流し、話すことも動くことも出来ない状態で戦場に放置されたのだ。


 丁が死ぬのも時間の問題だろう。


「何買った?」

「黒に頼まれてた荒巻鮭、すんごい高かった」

「いま買うと殿に食べられる」

「そんな食い意地を……いやありえるな。しょうがない、追加で買ってくる。癸は先に戻って殿に報告して欲しいな。鮭食べててもいいよ、私の分はとっておいてね」

「ん、わかった」


 ムシロに覆われた荒巻鮭を癸に渡し、乙は買った店に向かって歩き出す。

 戦の最中で物資が滞っている筈なのだが、その店だけは物があり金額も高かった。

 あこぎな商売だと乙は思ったが、金で解決出来るものは金で殴った方が早いのだ。

 

 それに乙は明日か今日中にはここから去る予定だ。お土産を買うチャンスは今しかない。



 早朝の空気は澄んでいて心地がよく、乙は鼻歌混じりで箱館の町を歩く。


 乙以外にも人は歩いていたが、みな一様に疲れた顔をしていた。

 戦が何時起きるか不安だからだろう。かと言って逃げることも出来ない人々は不安になりながら毎日を過ごすしかない。


「あれ、お兄ちゃん?」


 乙が気を抜いて歩いていると、子どもの声で話しかけられた。


 声の方をみると、江戸の火事場で出会った少女が大きな荷物を抱えたまま、驚いた顔で乙を見つめている。


「あぁ、あの時の」

「お兄ちゃん顔変わったね?」

「そう?」

「うん、なんか綺麗になった! あ、男の人に綺麗とかだめか、えっと、格好よくなった?」

「綺麗でも嬉しいよ、ありがとう。君はお遣いかな?」

「そうだよ! 私と同じくらいのお嬢様が、とうちゃんの飴を気に入ってくれたの!」

「そっか、それは嬉しいね」


 「うん!」と少女が頷くと、遠くで爆ぜる音がした。

 

 慌てて少女を抱き寄せた乙は、一瞬思考を巡らせたのち少女を抱え走り出した。

 少女は走る乙に驚きながらも、聞こえてきた男達の叫ぶ声と砲弾の音に驚き身体を震わせる。


「とうちゃんは何処にいる?」


 乙が少女に問いかけると「今日は偉い人のところにいくっていってた」と小さく答えた。


「わかった、落ち着いたらとうちゃんを探そう」


 「今は逃げるよ」と少女に伝え、乙は走る。

 目的地は中心地から離れた屋敷、乙達が潜伏している旅籠屋だ。

 叫び声や砲弾の音がだんだんと市中に拡がり、火の手も上がり始めた。


 怖いのだろう、泣き出した少女を抱え直した時、近くに銃弾が跳び建物に当たったのか木片が散る。

 乙の身体に痛みが走ったが、気にしてはいられなかった。

 

 逃げる人々で溢れ返る道から抜け出した乙は、少女を落とさぬよう気を配りながら、一歩、一歩と歩き出す。


 乙の後ろには、点々と赤が落ちていた。



 一刻程かけて、乙と少女は旅籠屋の近くまで辿り着く。

 

 海から離れ奉行所からも離れたお陰か、春告鳥のさえずりがきこえた。

 踏み荒らさていない道は青々とした草と黄色い花が点々と咲いている。


 ここならば問題ないだろう。


 少女を地面にそっとおろした乙は息を長く吐き出し、腰に差していた赤い鞘の刀を外して、少女の前に跪く。

 「お兄ちゃん?」と何故下ろされたのか分からない少女の顔は、涙と鼻水が流れて乾いた痕が残っていた。

 乙は手ぬぐいを取り出し少女の目の周りを拭いたあと「鼻もかんで」と手ぬぐいを渡して伝えれば、少女は素直に鼻水を出しふきとった。


「手ぬぐいとこの刀を交換しよう」


 乙に言われるがまま、少女は使った後の手ぬぐいを乙に渡す。

 刀を受け取った少女は状況が分からず戸惑った。

 乙は少女が不思議そうにしている事には気づかない振りをして、少し先に見える建物を指さした。


「あそこに、大きな桜が咲いてるお屋敷あるんだけど、みえる?」

「うん、みえるよ」


 濃いめの紅色を帯びた花と葉が目立つ桜の木。

 その木の下には塀で囲まれた大きな屋敷があった。

 屋敷を眺めた少女は頷き乙の顔をみた。


 乙は微笑んで優しい顔をしていたが、額に汗が滲んでいた。


「よかった、あそこまでひとりでいける? 私さ鮭を買いに行ったのにすっかり忘れてて。買いにいってこなきゃ、怒られちゃう」

「いま? あとでもいいんじゃ……」

「何で買ってこないんだーって怒る食い意地が凄いおじさんがいてね、お兄ちゃんは買い物に戻ったと伝えて欲しいな」

「で、でも、」

「その刀があればお屋敷の中に入れてもらえるから、大丈夫。とうちゃんも、おじさんに言えば探して貰えるから伝えてね。伝言のお駄賃はこれね」


 乙は少女に蝶が描かれた巾着を渡す。少女は巾着に見覚えがあった。

 少女が転んだ時、助けてくれた男が持っていた巾着。

 

 少女は何かを言おうとして、グッと言葉を飲み込んだ。

 乙は刀や飴の入った風呂敷など、大荷物を抱えている少女の身体を「回れー右!」と号令を掛けて、くるりと回す。


 少女の背中を軽く押した。


「伝言、お願いね」


 少女はちらりと後ろを、乙の方を見たあと「わかった!」と叫び駆け出した。


 小さな身体で一生懸命走る姿を、乙は見送った。


 少女の姿が米粒程になった頃、乙は近くの木までヨタヨタと歩き、根元に座り込む。


 身体が燃えるように熱かった時は既に去り。

 血が脇腹から流れ脚を伝い、小袖と袴、足袋と草鞋を汚していた。

 汚れた所は冷たくて気持ちが悪いし、突き刺すような痛みと鈍痛。


 手足は冷たく、動かすのも億劫で。全身の酷い倦怠感。


「どこの三文小説だよ、くそが」


 悪態をついた乙は、空をみた。

 薄衣がかかる空は過去も未来も変わらず、青い。


 仇討ちを成したあとは、主人公側も死ぬのが物語上必須なのかもしれない。

 剣と銃なら、どっちの方が痛いのか? と、黒田が聞いてきた覚えがある。

 乙は「銃はまだ未経験だからわかんない」と答えたが、今なら「どっちもしんどい、やめておけ」と答えるだろう。



 これは私じゃなきゃ我慢出来ないね。

 黒には無理だね。

 ……ごめん、先にいくわ。



「やっと、おわった」


 乙は遠くなっていく意識に身を委ね、目を閉じた。

 





 ふわりと、柔らかい何かに触れた。


 朦朧としていた意識が浮上し、頭の上で何かがチカチカと光っていて、乙は瞼を上げた。


 柔らかい何かは毛布とマットレスだった。

 ネットで流行っていたからと買った灰色の毛布に乙は見覚えがあったし、マットレスはお値段以上の店で半額になっていたものを勢いで買ったものだ。


 枕元に置いてあったスマートフォンの画面は、うるさい音楽に合わせてついたり消えたり、チカチカと鬱陶しい。


「……は?」


 最期に見たはずの雲の薄衣がかかった青空は、白い壁紙が貼られた見覚えのある天井へとかわっていた。

 


 

次回からなーろっぱへ戻ります~!

幕末から異世界へ、いざいざいざ!

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