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第4話


 ディクタチュール国の食堂ではもきゅもきゅと小動物の様にお菓子を食べる子ども二人がいた。

 その様子をみて物珍しさを覚えた使用人たちが「このお菓子も食べな」と食べ物を置いて行く。子ども二人、深山と黒田達が召喚された時その場にいたらしいローブ姿の人が「ごめんね」「これ、少ないが……」と小銭も置いていった。

 ディクタチュール国王とは違い、働いている人たちは優しい人が多いようだ。深山と黒田は頭を下げるとみなが「か、かわいい」と呟き去っていた。

 深山と黒田二人のポケットの中にクッキーなどのお菓子と銅貨五十枚、銀貨二十枚ほどが集まってきた頃「逃げるなよ」と食堂に二人を置いて行った騎士が戻ってきた。黒いマントの中は甲冑ではなく皮でできた胸当てや白いシャツに変わっている。今から旅にでますといった服装だ。


「レオンやっときたか」

「悪いなクリス、こいつら逃げたりしなかったか?」

「いや、二人ともいい子にしてたぞ。勇者様たちはどうなった」

「イチノミヤという少年が勇者に選ばれたらしい。ソライという少年は王の言葉に戸惑っていたから消される可能性が高い。様子をみて助けてやってくれ、方法は任せる。少女たちは、今は大丈夫だろう」

「わかった。じゃあな二人とも、レオンについて行けば安全だからな。いい子にしてたらまた蜜菓子やるぞ、次会う時まで楽しみにしてろよ!」


 クリスと呼ばれた熊のような料理番男は「死ぬなよ」と二人の頭をぐしゃぐしゃ撫で、厨房へと消えていった。

 クリスの言葉の意味がよくわからないままの深山と黒田。撫でられた髪を直していると、レオンと呼ばれた男が突然二人に大きな布を被せた。そのまま二人を抱き上げ歩き出す。レオンの右腕に深山、左腕に黒田が抱えられた。


「ギルドに行く、静かにしてろよ」


 二人を抱えたまま歩き出したレオンに、「逃げるの忘れてた!!」と馬鹿な叫びをあげている深山と黒田。だがクリスとレオンの言葉と行動に引っ掛かりを覚えていた。お菓子や飲み物を分け与え、勇者たちの動向をうかがっている。クリスやレオンは悪い人間ではなく、子どもである深山と黒田を保護しようと動いているようにもみえるのだ。その為深山と黒田は「もうなるようになれ」と連れて行かれるがまま、されるがままになっていた。

 ディクタチュール城を出て門が見えなくなった頃、レオンは二人に被せていた布を外す。そして「今からギルドに行くからな、一応安全な場所だ」と言って深山と黒田を抱え直すと再び歩き出した。

 深山と黒田は空をみる。空は青く、太陽はひとつ。異世界なので太陽の位置から時間を確認したとしても、実際は異なるかもしれない。だが念のためと二人は空をみて、夕方前くらいかと考えられる。今逃げ出すとすぐ夜になる。レオンが言うギルドがよくあるファンタジー小説通りならば、逃げなくても問題はないはず。深山と黒田が奴隷にされるといった事は起きないだろう。だが小説通りとは限らない、あれは結局のところ誰かが考えた小説なのだから現実との乖離は当たり前にある。深山はレオンに聞いた。


「ギルドってなんですか?」

「魔物を倒したり注文を受けた薬草を採取したり、何でも屋だな。冒険者と呼ばれる奴らがいる、その冒険者が所属している場所を冒険者ギルドという。大体の国には冒険者ギルドがある、だが冒険者ギルドと国は別物だ。国は冒険者ギルドに手出しできない、安心していい。あぁ、説明が難しいか。何といえばいいだろうか」

「おじさんは悪い人じゃないの?」

「おじ……お、俺を疑うのはわかるが、今は信じてくれとしか言えないな」


 「おじさん……」とおじさん呼びにショックを受けているレオン。黒田も「お前この微妙な年齢の男におじさんはやめろ」と批判の声を小さく上げている。深山は面倒くさそうな顔をした。レオンも背は高いが、熊のようだったクリスと違い細身だ。長い赤い髪に黒い瞳を持つ男性で二十代後半に見えたため深山はおじさんと呼んだのだが、不評だったらしい。

 そうこうしている間にレオンはある建物の中へ裏口を使い入る。室内は酒と血と汗臭い匂いで一杯で子ども二人は顔を顰めた。深山と黒田にとって慣れた匂いではあったが、子どもの嗅覚は敏感で、子どもの顔は思っていることが出やすい。レオンは二人の表情に気づいておらず、慣れたように隠し扉を開けて階段を上り、とある部屋の中へ入った。

 部屋の中にはレオンに似ている長い赤髪を三つ編みに結んでいる老婆がひとり、書き物机の前に座っていた。姿勢がよく所作の美しい老婆は、書きつけていた紙から視線を上げた。


「あぁ、レオン。任務完了かい?」

「はい。予想通りディクタチュール国は勇者召喚を行ないました。報告書は明日提出します」

「わかった。この国もそろそろ終わりかねぇ」

「近い内に多くの魔法使いはこの国を去ると思われます。クリスは勇者達をもう暫く観察したのちに帰還予定です」

「ところでその子たちはどうしたんだい」

「勇者召喚時に巻き込まれたと思われる子ども二名です。ディクタチュール王に捨ててこいと命じられたので連れてきました」

「この国の王族、暗殺しようかね?」

「後始末が面倒なのでもう少し後にしてください」


 溜息を吐いた老婆は立ち上がりベルをチリンと鳴らす。ベルの音を聞いて現れたメイド服の女性に老婆は子どもの服と夕飯を買ってくるよう言いつけた。レオンは二人を降ろし、ソファに座らせる。

 老婆はお茶を四人分淹れ、マドレーヌのようなものを棚の奥から出してきた。マドレーヌに目が釘付けになっている深山の背中を黒田は叩き「あの!」と老婆に問いかける。深山は叩かれた頭を抱え悶絶している。地味に痛かったらしい。


「あの! 俺達をどうするんですか?」

「どうしようかねぇ、二人はどうしたい?」

「「帰りたいです!!」」


 二人が帰りたいに決まってると叫ぶ。しかし「申し訳ないが、それが出来ないんだよ」と申し訳なさそうに眉を下げる老婆とレオン。

 帰る手段はないのではと考えていた深山と黒田は「やっぱり」と呟いた。やはりディクタチュール国は怪しい。国王が「兵器にならん」と深山と黒田を捨てたこともあり、異世界から召喚者した者を道具として酷使するのではないかと想像できる。魔の者を倒せば、元の世界に帰れると言って勇者と呼ばれる一之宮達を戦争に使うのだろう。教師であり一之宮達を守らなければならない深山と黒田だが、今の状況的に難しい。今すぐ死ぬわけではないだろうから、頑張ってもらうしかないなと深山と黒田は考えていた。


「レオン、二人に説明は?」

「逃げられると思いしていません」

「馬鹿かいお前は! 脅したりしてないだろうね!?」

「多分しました」

「しました。じゃないよ馬鹿者が!」


 老婆からゲンコツを喰らったレオンは頭の上をさする。「すまないね二人とも、こわかったろう」と老婆は深山と黒田をいっぺんに抱きしめた。

 

「私はガーネット。ディクタチュール国冒険者ギルドの一番偉い人だよ。二人をここまで連れて来たこの馬鹿はレオンというんだ。馬鹿だが悪い奴じゃない、安心して欲しい」


 「二人の今を説明するよ、大丈夫かい?」とガーネットは心配そうな顔で二人の様子を伺ってくる。深山と黒田が何歳に見えているのかわからないが、使えるもんは使おうと二人は頷き合う。深山が「教えてください」と言と、ガーネットは頷く。


「いい子達だね。ここはディクタチュール国という国で、王様が勇者召喚という魔法を使って二人をこの国に連れて来たんだ」

「私達は帰れないんですか?」

「すまないね、帰す方法がないんだよ。本来勇者召喚という魔法は禁術なんだ。勝手に知らない所へ攫ってくる魔法だからね……この国はそれを無視して二人を攫ってきた、本当に申し訳ない。この世界の人間を代表して謝罪する」


 「申し訳ない」とガーネットが頭を下げ、レオンも頭を下げた。二人はギョッと驚き「どうする?」と囁き合う。まさか自分のやったことではない出来事に頭を下げるとは思ってもいなかった。深山と黒田も大人として世の中に揉まれていたので、自分のミスではない事で頭をさげたことはある。だが規模が違いすぎる。ディクタチュール国がやったのは誘拐だ。なのに誘拐とは関係がない、同じ世界に生きているだけのガーネットとレオンに頭を下げられるとは全く考えていなかった。


「く、クロさんや、どうする?」

「と、とりあえずシロに任せる」

「バッカいつも私に押しつけんなよ!」

「お前の方が口達者だもん!」

「口達者ってなんだよ!」


 こほん。と深山は咳をひとつする。

 「子どもを意識、私は子ども」と念じながら深山は「悪いのはこの国の王様なので、頭を上げてください」と言う。頭を上げたガーネットとレオンは「わかった」といいながらソファにそっと座り、ガーネットがゆっくりと口を開いた。


「帰せないかわりにではないんだが今後二人がこの世界で生活に困らないよう、冒険者ギルドが責任を持って支援していくから安心して欲しい」

「それはいつまでですか?」

「あぁ、成人までだよ。ただ二人は召喚者だ。召喚者ということを加味しつつ『迷い人』として二人を受け入れようと思う。迷い人はこの世界に来てから十年間ギルド本部から生活費がでるんだよ。戸籍もギルド本部があるヤマトノ国限定だが取得することが出来るし、困ることはないはずだ。二人まだ子どもだからね今日から成人するまでと、その後十年後までの生活費は保障しよう」

「えっと、迷い人ってなんですか?」

「迷い人は別の世界から迷ってきてしまった人というのかね、二人と違うのは死んだ経験があるか無いかくらいだよ」


 「二人は違うだろう?」というガーネットに「一度死んではいるなぁ」と二人共心の中で呟いた。死んだときの記憶はちゃんとある。痛くて苦しい、アレはもう二度と嫌なので次は苦しまず死んでいきたい。今考えることではないと深山は頭を振り、話を続ける。


「私達の生活の保障ですが、ガーネットさんが嘘をついているということはありませんか?」

「それは俺が保障しよう。それに魔法を使って誓約を結ぶこともできる。この誓約では嘘をついたらガーネット様や俺が罰を受ける」

「んと、私達は魔法が無いところから来ました。魔法って本当にあるんですか?」

「見せてやろう。俺やガーネット様は火の魔法が得意なんだ」


 レオンが〈火よ〉と詠唱すると、手のひらから火の玉が。そのまま火の玉をいくつか出し、お手玉を始めるレオンに二人とも「わぁ、ファンタジー……」と呟く。詠唱の言葉の意味は分かるが、ただ言葉を発しているだけではないような気配がした。それに手品にもみえない。これはもう認めざるおえないだろう。

 本物の魔法、ここは知らない世界、教師という社会的な立ち位置と職を失った。自分たちは力の無い子どもだと。

 二人は息を大きく吐いて、息を大きく吸って、また吐き出す。

 大丈夫、何とかなる。何とかして生きてきた、死線を越えてきた人生なのだから、これくらいどうってことない。

 深山と黒田、この世界で生きていく覚悟を決めた。

 深山は黒田を見た。黒田は頷く、深山も頷き返しガーネットの方を見た。

 

「わかりました。ただ不安なので誓約という魔法を使ってください。私達が成人して十年たった後も生活できるように、この世界のことを教えてください」

「このディクタチュール国冒険者ギルドマスターガーネットが、責任を持って承ろう。ちょうど二人の服と夕飯が来たようだし、話は一旦終わりにしようかね。そういえば二人は何て言う名前なんだい?」

「そういえば聞くのを忘れていたな」

「レオン、お前の報酬から色々引かせてもらうからね」

「すみません」


 「で、お前たちの名前は?」と聞いてくるレオンに、深山と黒田は顔を見合わせ頷く。

 二人とも本名は明かさない方がいいと蜜菓子を食べていた時に話し合っていた。


「私はシロです」

「俺はクロです」


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