餅、干し柿。
火鉢を拝借してきた糸目の男、彦助は慣れた手つきで火をおこす。
部屋中には糸目の男とは別に男が四人いて、女もひとりいる。
各々綿入りの半纏を着こみ、火鉢の前に座っていた。
韓紅の半纏を着た男、茂栄は台所からくすねてきた串付きの餅を手に構える。
茂栄は「どの辺に刺せばよい?」と黒い半纏を着ている男、黒田に聞く。
「火に近ければ焼けますからどこでも」
「茂栄様、餅は火を囲むようにさしてください」
雑な回答をする黒田に慌てた彦助は、茂栄へ「この辺にお願いします」と指示を出す。
「彦助、兄上はやりたいだけだから好きにさせてやれ。あとで俺が直すから」
「それだと焼けるまで時間が」
「もち、早く食べたい」
山吹色の半纏を着た女、発が言い「ぐー」と腹の音を鳴らす。
皆の動きを眺めていた鼠色半纏を着る、深山は「干し柿たべる?」といって発に干し柿を渡した。
「私にも私にも!」と干し柿を強請る茂栄に、深山はしょうがないなという顔で干し柿を渡す。
「えーでは野衾の会合をはじめる。はい、清太君」
深山のやる気のない号令の後、茶色の半纏を着る清太が手を上げた。
「深山大将、何故殿様がここにいらっしゃるのでしょうか……?」
「お、私か。私は、今日から黒田海斗になるからだ!」
自慢げに、胸を張って言う茂栄。
清太は「わかりました?」と言いながらも、理解はしていないし納得もしていない表情だ。
この集まりは、野衾に所属する者達の場だった。
野衾自体は茂栄の兄が大元の運営者である。茂栄も野衾へ資金提供を行っている為、無関係ではない。
だが今まで野衾の方針に口を出したことはなかった。
実務的に野衾を仕切っているのは大将深山と、副大将黒田であるので清太としては「突然なんすか、乗っ取りですか?」と少し怪しんでいるようだった。
説明するべく深山が話し出す。
「殿様の仕事が嫌になったから、弟に影武者をまたお願いしたいんだと。なので、清太と彦助は偽茂栄様の護衛とお世話係をお願いしたい。私とお発ちゃんは偽黒田海斗の護衛とお世話係。他の野衾達は鳥羽伏見で起こっている戦を見届けた後、自由とする」
個人にあてた文は送ったからそろそろつく頃だと思う。と深山は語る。
野衾は大所帯ではない。仲間達の次の職も準備も終えているし、頃合いだと深山は言う。
「この場で野衾は解散ということですか?」
「そうなる。あぁ、清太は一橋じゃなくて尾張がいい?」
「いえ、僕は深山大将の方へついて行きたいです」
「とのことですが、偽黒田海斗殿」
深山に話を振られた偽黒田こと茂栄は頭を横に振る。
「だめだ、人数が増えると忍べない」
「諦めろ清太、俺は諦めた」
遠くを眺める本物の黒田海斗は「どうして俺が……」と疲れた顔をした。
いつも、この兄と一番上の兄に振り回されている。
俺は、平和に幕末を乗り越えたいだけなのに。
しかも今、江戸城は大騒ぎどころか日ノ本の大混乱時代なのに?!
俺が殿様?!
いやすぎるが?!
突然頭を掻きむしり「嫌だァァ!」と叫ぶ本物の黒田の様子を、深山は「おもろ」と言って眺めていた。
彦助も情緒不安定な黒田の様子にはなれていたので気にせず、偽黒田である茂栄に質問をする。
「偽黒田様はどこまで行かれる予定ですか?」
「会津までは行くつもりだ。会津は鯉が美味い」
「会津でしたらニシンの山椒漬けも美味しいですよ」
「山椒なら春だな、今から行けば間に合うか?」
「では夏にはお戻りになりますか?」
深山さんの新しい着物を仕立てたいのですが、夏用が良いですかね? お部屋も準備しないと……悩む彦助に、茂栄は「あー」と悩み話し出す。
「すぐに戻るつもりは無い。深山が鮭を食いたいと言ってうるさいからな、余裕があればもう少し北上したい」
「え、茂栄様だって鮭食べたいとか言っていたのに、私のせいにするのですか?」
「ずるい俺も鮭食いたい!」
食い意地を張っているのは私ではない! と深山は茂栄を見つめる。
黒田も「おれもたべたい」と恨むような顔をしているが、茂栄は無視した。
「海斗、お前は藩主として美味いものが食えるのだから我慢しろ」
「ぐっ……白、お土産は鮭とチタタプな?!」
「何のチタタプをもとめてんの? まぁいいや。鮭ね了解」
チタタプが何か分からない茂栄、清太、彦助、発は「なんだそれ」という顔をした。
黒田に白と呼ばれた深山は、チタタプがアイヌの言葉で「我々が沢山たたいたもの」すごく簡単に言うと、アイヌ版なめろうの事だと知っているので頷いた。
チタタプってなんだ? と深山に聞こうとした茂栄だったが、何かを思い出してハッとした顔をする。
「そうだ海斗、お前明日の朝一で兄上と江戸城行きだからな。準備しておけよ」
茂栄からもたらされた江戸城への参勤情報。
黒田は手にしていた餅をボトリと落とした。
彦助が「若! 着物が汚れてしまいます!」と慌てて餅を回収しようとするが、それどころでは無い黒田は悲鳴を上げ、頭を抱えた。
「明日!? 準備!?」
「今からすれば間に合う。お政とお幸に色々頼んでいるから聞いてこい」
「もっと早く言ってくれません!?」
ドタドタと大きな足音をたてて、黒田は部屋を出ていく。
廊下の途中で転ぶ音が聞こえた清太は「手伝いますか」と立ち上がり、部屋を出ていく。
彦助も「若様、餅がついたままで行かないでください!」と急ぎ部屋を出て行った。
騒ぐ声が遠ざかり、部屋の中は静寂に包まれる。
餅がチリチリと焼ける様子を茂栄、深山、発でしばらく眺めたあと、茂栄が口を開いた。
「深山、いや乙よ。こんな感じでよかったか?」
「はい、ありがとうございます。これで皆私についてこられないでしょう」
「海斗には伝えた方がよかったのではないか?」
「いえ、隣にいられると鈍るので」
「人斬りが仇討ちで心と剣が乱れると?」
「必要悪と復讐は別物ですよ」
「あー海斗ならば忠臣蔵は許さん、とかは言うだろうな。言っておくが全て終わらせたあと切腹するのは兄上も私も許さん。子を作り後継を育ててから喚け」
「努力はします」
難しいことを仰る。と深山は困ったような顔をするが、茂栄としては深山が居なくなったあとの方が面倒だった。
深山は野衾として動いている清太や彦助、それに黒田の精神的支えとなっている。
尾張の隠密集団、蝶にも深山を慕う者は多くいる。
蝶の長である甲が死んでも混乱しなかったのは、深山が冷静に動き次の長になった丙を支えていたからだ。
深山が死ぬ場合、損失はいかほどか。
恐ろしくて考えたくもない茂栄は、別の話を深山にふった。
「ところで甲の仇は見つかったか?」
「定敬様の部下らしいですが、姿は未確認です」
「そうか。定敬の奴、髪を切り洋服を着て馬に乗って暴れ回ってるらしいな。ずるいなぁ私も暴れ狂いたいなぁ」
「やめてください」
「もち、もう食べ頃」
焼き餅を黙って眺めていたお発が声を出す。
餅には濃い茶色の焦げ目がついていて、深山は自分の前にあった餅を少しつついた。
固くもなさそうだ、頃合だろう。
「お発は醤油と味噌、なにかける?」
「醤油」
深山から醤油の入った椀を受け取ったお発は、串に刺さった餅を持ち、醤油をつけて口に入れる。
もきゅもきゅと餅を食べる発の姿は、可愛らしいオコジョのようだ。
「私の餅は」
「茂栄様の餅は目の前にあります。好きなようにお食べ下さい私は手伝いませんよ」
深山は自分の餅に味噌を塗り火鉢に戻す。焦げた味噌が美味いからだ。
味噌が焼けるまでの間、深山は別の餅に醤油をつけて食らいつく。
モグモグと食べる深山を観察した茂栄は、自分の前にある餅を手に取り醤油をつけてから火に当て始めた。
「焦がし醤油も美味い、と思うか?」
「美味しいと思いますよ、個人的には納豆餅がすきです」
「納豆か、言われると食いたくなるな。明日の飯用ものが無いか探ってみよう。お発、火鉢をみていてくれ。深山はついてこい」
「えぇ、ひとりで行ってくださいよ」
「いやだね!」
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