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訳アリ教師ふたりが異世界召喚に巻き込まれたようです  作者: 藤白春
前日譚、幕末篇

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32/43

うどん、蕎麦。


 チリン、チリンと涼し気な音が暗闇の奥で鳴る。


「おっちゃん、花巻うどんひとつ。」

「僕は蕎麦で。あ、かまぼこのせてほしいな」

「はいよ」

 

 饂飩蕎麦と書かれた担い屋台の灯りと風鈴の音色に釣られた男二人。

 各々食べたいものを慣れたように注文すると店主の男は頷く。

 茹で置きしていたうどんとそばを椀に盛り、うどんには火にかけ温めていた出汁と海苔をのせ、そばにも温めた出汁をかけた後かまぼこをのせた。


 うどんを頼んだのは二十代程の若い男で、そばを頼んだのは四十代程の男だった。

 二人にうどんとそばの入った椀を渡した店主は「おまけだ」と言って若い男の前に納豆の入った椀をみせた。


「前に納豆をかけるとうめぇって言ってたろ。俺も食ってみたが美味かったからな。いまかけるか?」

「やった、ありがとう! あ、(かつ)先生も食べますか?」

「僕はそのまま食べたい派だから大丈夫かなぁ」

「んじゃ私のうどんにだけ、納豆をかけてください」

「はいよ」


 若い男は「いただきます」と手を合わせてから海苔納豆うどんをすすった。勝先生と呼ばれた男も一人も蕎麦をすする。

 男二人が麺をすする姿を満足そうに眺めた店主は、新たに現れた客の対応を始めた。


「で、深山(みやま)君の話って何かな?」


 もちゃもちゃとかまぼこを咀嚼する勝は若い男、深山の様子を伺う。


 深山は背も高く五尺程、土佐の坂本龍馬(さかもとりょうま)や勝の義理兄弟であった佐久間象山(さくましょうざん)と同じような背丈で、色白の優男といった出で立ち。華奢にも見える。


 美男子と噂をしている花街の女達も居たほどだ。つまらなさそうな表情をしている深山は「物憂げな顔が魅力」らしい。


 顔がいくら良くても、生きる活力の無い人間を警戒するほど勝も暇ではなかった。


「んでしたね、えっと、勝先生って(きのえ)という男を知ってますよね? 背が高くて女受けが良さげな綺麗めの顔だけど、顔に幾つか傷がある尾張藩の密偵なんですけど」

「うどんと蕎麦を食べながら話す内容じゃないと思うんだけど?!」

「世の中堂々としてりゃ大抵は誤魔化せるんですよ、先生もそんな感じで生きてますよね?」

「そんな感じで生きてはないかな?! えーもーうーん、知ってるって事は分かっているみたいだし、知ってると言うけどさぁ」

「最後に会ったのは初夏頃らしいですね? その後どこへ行くか聞いてませんか?」

「み、深山君って尾張の人だったのぉ? おじさん会津あたりかと思ってたよ……」

「何を話していましたか?」

「話はしたけどさぁ、娘が可愛いとか鰻を食べに行くなら江戸の何処がいいかとか、世間話しかしてないよ」

「誰かに会うとかは?」

「そうだな……僕さ、そろそろ江戸に戻るつもりなんだけど、護衛してくれる人が居なくて。深山君どお?」

「三食おやつ付き、宿代もお願い出来るならいいですよ」

「ちょっと割に合わない気がしてきたな」


 宿代もかぁ。

 自身の懐具合を思い出し、勝は頭の中で算盤を弾く。


 京から江戸までの道中、安全第一を考えるならば護衛を頼むのが一番。

 深山の名は知れ渡っていないが【野衾(のぶすま)】という名は有名だ。


 野衾に目をつけられたら最後、首から血を啜られる。

 野衾は織田信長の亡霊で、徳川を呪おうとしている。

 野衾を見たら最後逃げることは出来ない。


 などと言った噂がある。

 実際は一撃で首を斬り落とされ死ぬ為、実情を話せないだけだが。

 姿を見た者が居ないのに、噂は世の中に出回る。

 ならば妖怪なのでは? と囁かれ、野衾という名がついたらしい。


 全てが面倒臭そうな顔の深山は、畏怖されている野衾の大将であり、一撃で首をはねることが出来る剣士。


 偶然団子屋で相席になって少し話しただけの、生きる気力に乏しい若者が、こんな恐ろしい噂の出処だと誰が思うか。


 幕府や要人達にツテのある勝でも、野衾は奇妙な程情報が無く噂止まりの話ばかりだった。


 だが深山の話を聞いて、勝は納得した。

 尾張藩の隠密ならば情報操作等も容易であろう。


 野衾という妖怪は、京という碁盤の上に棋譜ならべをしていたようだ。

 

 なんにしても、野衾の大将に江戸まで護衛をお願い出来るのであれば身の安全は保証される。

 おやつを大盤振る舞いしても釣りがくるだろう。


 椀を両手で持ち上げた深山はうどんの汁を全て飲み干し「ごちそうさん」と店主の前に椀と箸、そして銭を置いた。


「んでは、勝先生明日の昼にでもお迎えに上がります」


 ひらりと手を振った深山は音を立てず、暗闇の中へと消えていった。


 勝はズゾッと蕎麦をすすりながら、深山とは種類の異なる優男を思い出す。

 笑うと目尻に皺が寄る、騙されやすそうな顔の男。


「甲君ねぇ、」


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