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訳アリ教師ふたりが異世界召喚に巻き込まれたようです  作者: 藤白春
前日譚、幕末篇

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31/43

ぶどう、餡子。

異世界は一旦休憩。

前日譚、幕末編開始です。食べ物は確定で出てきます、お楽しみに。


 パチン、パチンという音が屋敷の中庭に響く。


 暗い紺の着物に黒い袴をはく男、黒田(くろだ)は縁側に座り鋏のようなもので足の爪を切っていた。

 切れた爪は自然に返すという魂胆だ。


 そこへキョロキョロと誰かを探している様子の眼鏡をかけた男が縁側の奥から現れる。


「黒田副長、深山(みやま)大将をしりませんか?」

「白なら団子を買いに行ったぞー。一日二十本限定こし餡たっぷり山盛り団子だと」

「団子ですか、となるとすぐには帰ってはこないですね……弱ったなぁ深山大将にお客様が来ているんですよ」

「白に客? あー、お相手に時間があるなら通していいぞ。んで清太は白を呼びに行ってきてくれ、大通りの団子屋わかるだろ? 並んでるだろうから交代してやれ。それなら白も納得するだろ」

「承知しました。ではお客様をお通しするのでお茶はだして下さいね。お客様はおひとりですからね!」


 眼鏡をかけた男清太(せいた)は、黒田に「お茶をだすように、絶対」と釘を刺してから客人の元へ戻った。


 黒田は「しゃーねーなー、よっこらしょーいち」と立ち上がり爪切り鋏を懐にしまって足袋をはく。


 台所に向かった黒田は湯を沸かすための鉄瓶を拝借するべく炊事担当の男、彦助(ひこすけ)に声をかける。


 「茶ですか? 私が持っていきますよ」


 彦助は慣れたようにお湯を沸かし急須を準備し始めた。


 「彦助様ありがとうございます。御恩忘れず奉公します、お客さんはひとりです」

 「ではお二人分の茶をお持ちしますね」


 茶の手筈は整った。黒田は客間へと向かう。


 「失礼します」と中へ入ると、見知った顔の男が居て「あぁ」と納得した。

 勝手に偉い人が来ているのだと黒田は思っていたのだ。

 

 例えば山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)勝海舟(かつかいしゅう)坂本龍馬(さかもとりょうま)等。

 歴史の偉人に会うのではと黒田は少し緊張していたし、気味の悪い腹の探り合いも苦手だった。

 

 今回の相手も偉い人に変わりないが、黒田の方が一応立場は上なので気が楽になる。


「久しぶりだな、(ひのえ)殿」

「はっ、若様もご健勝のことと」

「そういう挨拶は要らん。白、いや(きのと)は出かけている。待てるか?」

「はい、問題ございません」


 涼やかな顔立ちの(ひのえ)という男は、黒田の養子先である尾張藩の密偵だ。

 (ひのえ)という名は組織内の階級的な名前でしかなく、(ひのえ)の本名を黒田は知らないし、知らない方が良いだろうと考えていた。


 挨拶をしているうちに彦助が約束通りにお茶を出しに来てくれた。

 お茶と共に茶菓子がのった小皿も出され、黒田は小皿の中身を覗き込む。


「お、はじきぶどう?」

「お客様からぶどうを頂きましたので、深山大将の分は別に取ってありますから安心してお食べください」


 失礼します。と彦助は客間から出ていく。


 黒田はお茶を一口飲んだ後、箸を持って大根おろしと黄色い菊まみれのぶどうを食べた。

 ぶどうは黒田の好物、黒田は自然と笑顔になる。


「んまー! 高いものをありがとうな。あ、賄賂?」

「いえ、大殿が持っていけと。ご心配されているのでしょう」

「そーか? ちなみにきのとへの用事ってなに?」

「お話出来かねます」

「んもー俺たちの仲じゃないの、ちょろっとね、口が滑ったってね、問題ないのよ?」

「申し訳ございません」

「しょーがないわね、ぶどうに免じて諦めてやる」

「恐れ入ります」


 黒田と(ひのえ)がはじきぶどうを食べ終えた頃、障子の向こう側から「入るよー」と声がかけられた。

 「どぞー」と黒田が返事をすると、綺麗めで女性受けが良さそうな顔立ちの男、深山がガタガタと音を立てて障子を開ける。


「わ、本当に(ひのえ)さんだ。お久しぶりです、お待たせしてしまいすみません」


 (ひのえ)に頭を下げ黒田の隣に座った深山は「団子食べます?」と手に持っていた包みを開き黒田と(ひのえ)に中身を見せる。


 包みにはこし餡がこれでもかとのった団子串が五本入っていた。


「いや、大丈夫だ」

「そうですか、黒は食べる?」

「三本くれ。俺と清太と彦助の分」

「はいよ」


 懐紙に団子二本を取り分けた深山は残りを黒田に渡し「では(ひのえ)殿、失礼する」と挨拶した後、黒田は客間を出ていった。


 黒田と入れ違うように彦助が現れ、お茶を深山の前に置き(ひのえ)の前のお茶も新しいものに手早く変えて去っていく。


(きのと)、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「毎月ご報告はしておりましたが、不手際でも?」

「……」

「……少々お待ちください」


 深山は立ち上がり、障子を開ける。

 「やっべ」と声を上げて黒田、清太、彦助が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 男達の間抜けな後ろ姿を見送った後、深山は障子を閉めた。


「失礼しました、お話を」

「……先生が行方不明になった」

(きのえ)先生がですか? 遊びに行ったとかではなく?」

 

 (きのえ)は深山や(ひのえ)の師であり、尾張藩が持つ隠密集団【ちょう】の長だ。

 齢五十を過ぎているはずだが密偵としての腕は衰えることなく、若い隠密達に微笑みを向けながら容赦のない訓練を課すような恐ろしい男。


 だが訓練や仕事以外では優しく、少し抜けているおっとりとした性格をしていた。

 それにたまにふらりと出かけ、お土産と言って江戸土産を買って来るような人でもある。


 遊びにいったのでは? と深山は師の行動を予想したが、(ひのえ)は深山の言葉に頭を横に振った。


(きのえ)先生は定期連絡をする人だ。しかし、今回は1ヶ月程前にでかけると言ったあと連絡がない。(きのえ)先生の知り合いも当たってみたが会った様子もない。(きのと)のもとへ来ているかと思ったが、違うようだな」

「私が蝶の里を出た後、先生にお会いしたのは去年が最後です。京の中は探しましたか?」

「まだだ、頼めるか?」

「野衾は動かせませんので、蝶からお借りしても?」

(みずのえ)(みずのと)を連れてきている」

「ありがとうございます。黒、若様には悟られぬよう動いて欲しいとお伝えください」

「承知した、頼む」

「はっ!」


 (ひのえ)は立ち上がる。

 深山も立ち上がり(ひのえ)を玄関まで案内し見送った。


 蝶の副長である(ひのえ)が、尾張から京までわざわざ足を運んだ上、名付きの隠密達を深山に貸す。

 余程(きのえ)に関しての情報が掴めないのだろう。



 情報戦に長けている蝶が、長の行方もわからないなんて……。



 深山はどこを探すかと京の地図を頭に思い浮かべ、空を見上げる。

 高い空に散らばるうろこ雲。暑くもなく寒くもない、旅がしやすい季節。



 (きのえ)先生は遊ぶのが楽しすぎて連絡を忘れている、きっとそうに違いない。

 でも、まぁ、何かあったらいやだし。(きのえ)先生の知り合いに聞いてみよう。



 今後の予定を頭の中で組み立て、深山が屋敷内に戻ろうとすると、団子を頬張りもぐもぐと口を動かす黒田が後ろに立っていた。


 黒田は「なんだったんだ?」と深山に尋ねる。


「里に送る方の報告書が間違ってたらしくて、静かにどやされた」

「やだ、一番怖いやつ。あ、ぶどう貰ったから食おうぜ。大根おろしと菊の花入り」

「あぁ、はじきぶどうだっけ? 江戸時代ってぶどうを食べてたんだなって感動したな」

「シャインマスカットが食いてぇな……」

「シャインさんが食べられるのは百五十年くらいあとだよ」

「え、なんか流行ってる美味いやつとは思ってたけど、二十一世紀入ってからなのかよ……」


 「シャインさんロス……」と黒田はひとり項垂れる。

 深山は「はいはい」と言って黒田の背を押し、屋敷内へと戻った。

 

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