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訳アリ教師ふたりが異世界召喚に巻き込まれたようです  作者: 藤白春


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第21話



 熊の形相で子熊食堂の店主スーは「今日は休みにしろ」と言った。


 朝飯のにんじんのような野菜キャロの細切りとコカトリスの肉を茹でで割いた挟んだサンドウィッチと、コカトリスの卵スープを啜っていたシロとクロ、そしてレオンはスーの言葉にキョトンとしたのち、言われた言葉の意味を考えた。


 シロとクロがヤマトノ国に来てそろそろ一カ月がたつ。

 二人は毎日冒険者ギルドで仕事を探し、仕事がない日は下宿先の食堂の手伝い。

 時間を見つけてはレオン先生とお勉強。

 子どもらしからぬ日々の過ごし方に、スーとククリは「休ませなければならない」と思い立った。

 それにレオンも毎日のように小熊食堂に現れている。有名人であるA級冒険者レオンを一目見ようとする客が増えたことは店の経営的に嬉しいスーとククリだったが、レオンもいつ休んでいるのか不思議なほどシロとクロの側についていた。

 若いうちに遊ばないとは何事だ。と遊び歩いていた記憶のあるスーとククリは朝食を食べ終わった後の三人を店から追い出した。


「お小遣いを渡すから遊んでこい。レオンもだ、今日はシロとクロから離れて過ごせ」


 追い出されたレオンは溜息を吐いたのち、受け取った小遣いをシロとクロに渡す。


「俺の小遣いも使ってくれ」

「いいんすか?」

「いいぞ。俺もそれなりに稼ぐ冒険者で、小遣いをもらうような歳でもないからな」


 俺はいつまで子どもなんだ? 小遣いを渡してきたスーに対し疑問を覚えたレオンは首をかしげつつ、調べ物でもするかと行き先を決めた。


「シロ、クロ、俺は図書館へ行く。何かあった時は図書館へ来い。貴族街の奥、王城の中にあるからな」


 シロとクロに手を振ってから歩き出すレオンに、シロクロは手を振って見送った。王城の中にある図書館なんて、身分のないシロクロが入れるのだろうかという疑問は、二人とも口の中にしまっておいた。


 小銭を手で遊ばせるシロと、振った手をおろしレオンからもらったら小遣いを財布にしまったクロは困ったように顔を見合わせた。


 二人とも休日に何をすればいいのか全くわからなかった。


 もともと社畜かたぎなのか職業柄なのかは謎だが、休日も職場で仕事をしていたシロとクロ。幕末時代は休みという明確な概念はなく休みたい時に休むが「御用改めである!」と敵側の武士達が乗り込んできたら休みはなかったことになる。など、趣味に興じる暇などなかった人生だった。

 子どもの頃だって、友人たちと遊びはするが毎日ではない。二人とも暇なら勉強をするような人間だった。


「クロ、子どもの遊びとは?」

「さぁ……?」


 何をすればいいのか全くわからない二人は、とりあえず店の前から離れようと歩き出す。

 歩いている途中見つけた出店で串に肉が刺さったものを買った。何の肉かは不明だが、食べ歩きという言葉があるのだからこれも遊びの範囲内になるだろう。と二人は考えていた。


 塩と胡椒味の柔らかい豚のような謎肉を頬張りながら、シロとクロはキョロキョロと城下町を歩く。

 

 二人が歩いている場所は冒険者や平民が多く住む地区だ。せっかくだからと行ったことのない貴族が住む地区へ進んでみることに。

 貴族地区に近づくと日本風な木造の建物、所謂武家屋敷がチラホラあった。繁華街といわれる冒険者達が集まる場所は銀山温泉のような大正浪漫風の3階から5階建ての建造物が目立っていたが、武家屋敷も異世界には異様な景色だが、シロクロは異世界人だからおかしく感じるのかもしれない。周りをみるが呆気に取られているふたり以外普通に道を歩いている。

 お上りさんバレになりそうなので、シロクロはそそくさと移動した。


 その後、シロクロは貴族地区にあった本屋に入ってみたが、値段をみてそっと棚に戻した。

 金貨十枚の本。金貨一枚あればヤマトノ国の平民は一年間は暮らせるとレオンから習ったシロクロ。本は好きなので買えたら買いたいと思っていた二人だったが、予算オーバーにも程があった。

 レオンが普通に本を読んでいたり、教科書をシロクロに見せてくるので手に入りやすいのかと思っていた。革でできた表紙に質の良さげな紙、本は貴重で金持ちが持てるステータスなのだろうとシロクロは納得した。


 本屋の店主も子どもが何しにきたと睨みつけてきたので、二人はすごすごと店を出た。



 その後もあてもなく町を歩く二人。

 いつの間にか買い食いが楽しみになっていたシロクロ。芋の揚げ物を発見した瞬間に「キャァ!」と叫んで、二人は揚げ物屋の露天に走り出していた。芋の揚げ物は正義であると二人は知っている。


 広場にある噴水の縁石に座り、大量に購入した揚げたジャガイモに似た芋を口の中に詰め込めるだけ詰め込んでリスの様に頬を膨らませ食べていると、二人の上に影が差し込んだ。


 何事だと二人同時に顔を上げれば、男が一人。


 男は自身の顎に手をやって無精髭を撫でながら、シロとクロを不思議そうに眺めたあとほほ笑んだ。

 微笑を向けられた二人は驚き固まっていた。


 誰こいつ、なんかどこかで見たことがある気がするなぁ、何でこいつ黒髪なんだ、迷い人か?


 怪しむ二人の反応を楽しんでいる男は暗い深緑色の着物に黄色の帯、黒の長羽織を着て左に刀を二振りはいている。長い黒髪を肩付近で一纏めしている男は二人に話しかけた。


「お主ら、随分と美しい黒髪だな。迷い人……にしてはステータスが低い。先祖に迷い人でもいるのか?」


 「どうだ?」と聞く男に二人はとりあえず頷いた。自分たちが迷い人だと話す必要はない。

 シロは「ステータスを見られた、鑑定持ちか!」と心の中で男を敵認定していた。

 クロは「ヤッタ初鑑定持ちのやつだ!」とライトノベルのような展開に心を躍らせている。


 シロは鑑定をして返してやろうかと思ったが、迷い人だとバレてしまい攫われる可能性もあると判断。

 クロの手を掴んで駆け出した。


「知らない人とは話しません!!」


 子どもが不審者に会った時一番の対応は、叫んで逃げ出すこと。

 逃げ出そうともくろんだシロクロだったが、クロが我慢出来ず、男に鑑定を使ってしまった。

 クロの鑑定に気づいた男が「ほぅ?」と感心し、二人の前に回り込む。動きが早くシロは目で追うだけで精一杯だった。


 こんな人が多い場所で誘拐はないよな!? 

 シロはクロの手をぎゅっと握りしめる。対してクロは鑑定内容に驚いて言葉が出なかった。


「坊主、今ワシに鑑定を使ったな? 何と見えた?」

「あ、いや、その……」

「別に何もせん。ほれ言ってみろ、ワシの名前は?」

「おだかずさのすけ、さぶろう、たいらのあそん、の、のぶなが……」

「レベルは何じゃった?」

「ひゃ、ひゃくじゅうはち……」

「ほう、そこまで見えるのか。隠蔽魔法をかけているワシの本名と、レベルが見えるお主の鑑定レベルは上級とみた」


 「面白い奴等を見つけたなぁ」と笑う男は、クロが鑑定した通りの名の男ならば、なんとも滅茶苦茶な巡り合わせである。


 戦国時代、第六天魔王を名乗りうつけものと称されながらも、その手腕で天下統一の道筋をつくり出した日本における歴史的偉人。日本人ならば歴史の教科書で名前をみて、オタクならばゲームなどで何度も見るであろう有名人である。


 なぜ、本能寺の変で死んだ筈の男がここに居るのか。

 なぜ、現代から召喚されたシロとクロと同じ今を生きているのか。

 なぜ、四十九歳で死んだであろう男が若々しい姿でいるのか。


 クロが言った名前を聞いたシロは「ん?!」と声を上げた後、口を手で覆った。反応してはまずいと思ったからの行動だったが、目敏い男はシロの反応に気づいてしまっていた。


「その反応からして、お主もワシのことを知っているか。ワシも随分有名になったなぁ」


 顎を撫でながらニヤリと笑う織田信長だったが、シロが「なんで、こんな所に……」と小さく呟いた声を聞き逃さなかった。


「……ワシが思ってた反応とは少し違うな。ワシの正体ではなく名前に驚くか……もしやお主ら迷い人の血族ではなく、本物の迷い人か?」


 「ほう、面白い!」と勢いよく二人の腕を掴んだ男、織田信長は「ついてまいれ!」と二人をどこかへ引きずっていく。


 途中、われに返ったシロが「すみません離してください!」と叫ぶが、「はっはっは!」という笑いしか返ってこなかった。

 クロは戦闘不能とばかりに力なく引きずられていった。



 

 シロクロが連れて行かれたのは、平民が多く住む地区にある酒場。

 まだ日があるためか閉店の看板が立っていたのだが、そんなものは関係ないと織田信長は店の扉を開けて入っていく。


「おや、サブロウ様。今日は可愛らしいお連れ様とご一緒のようですね」

「あぁ、こいつらに何か見繕ってくれ」

「かしこまりました」


 お通しと緑色の飲み物を織田信長の前に置いた白いシャツに黒いベストとスラックス姿の店主は、放心状態の二人の前にもお通しと子どもが飲みやすいであろう果実ジュースを置いた。

 ジュースへ香りからして柑橘類だろう。匂いでやっと現実に戻ってきた二人は、混ぜ物はないか怪しみつつもクロは一口飲んだ。毒が入っているかいないか確認するのはクロの癖だ。シロはクロの様子をみて大丈夫と判断しひと口飲む。


 二人はほっと息を吐き出した。

 そして、どうやって織田信長らしき人物から逃げ出そうかという算段を立てはじめるが、作戦が全く思い浮かばない。シロとクロは目を合わせ、溜息を吐いた。


 この織田信長という人物が飽きるまで、我慢しようと頷き合う。

 ちなみに鑑定内容は予想を遥かに超えていた。クロに「マジモンの織田信長様だよォ」と言われたシロも男の鑑定をした後、一瞬思考が停止した。


────────────────

『サブロウ』(織田上総介三郎平朝臣信長)

35歳(349歳)

Lv:118

HP:10967

MP:5923

◆スキル

剣術:神級 銃術:神級 統治:神級 馬術:上級 鑑定:上級

◆魔法

火魔法:神級 闇魔法:上級

◆称号

「うつけもの」「第六天魔王」「異世界からの迷い人」「迷宮ダンジョン突破者」「Sランクランカー」

────────────────


 シロとクロが目を回すのも道理である。途方もないステータスがそこに存在していた。二人とも自分のステータスは棚に上げている状態だが。


「迷い人は齢二十を超えた者だけだと思っていたが、こんな子どもがいるとはな。お主たち、大人顔向けの地獄をみたな」


 シロクロの前に座り「どうであった、死というものは」と笑いながら聞いてくる織田信長に二人は言葉を失う。

 子どもに聞くような話ではないだろ。


 二人の反応を見た織田信長は笑った後、しゃくしゃくと咀嚼音を立てながらお通しを食べ始めた。

 よくよくみれば黄色い大根の様な植物の漬け物にもみえた。シロは恐る恐る口に運び食べた後「うわ、たくあんだ」と感動で声を上げる。


 異世界に来てから日本風の建物や物はみていたが、食べ物に日本を感じるものはなかったのだ。

 美味しい物は多く米やしょうゆなどありそうだったが、スーの食堂で米もしょうゆもなかった。

 シロの声に釣られてクロもひと口食べ、残りを一気に口の中に詰めた。


「やはりお主らは迷い人だな。これをたくあんだと当てられたものは、迷い人以外居ない。それに、この世界の住人はたくあんをうまそうに食わんからな。なぁ店主よ」

「そうですね。私はあまり得意ではありませんが、葉物の漬物は好きですよ?」

「キャベの漬物か。あれもうまいな、ワシが生きた時代にはまだなかったものだが」


 「お主たちの時代にはあったか?」と聞かれ、たくあんを口に入れたまま体を震わせるシロクロの二人。

 答えないと殺されるのでは? と織田信長の強烈な偉業が脳裏に浮かんでは消えていく……髑髏にされて酒を注がれるのは勘弁してほしい。致し方あるまい、とシロが口を開いた。


「はい、私たちは迷い人です」

「やはり。何時からこの世界にいる?」

「一カ月ほど前からです」

「報告に上がっていないな。まぁいい、よくひと月の間子ども二人だけで生きてきた。子どもは国の宝、これも何かの縁だ。ワシが後見人となろう」

「サブロウ様、それはこの子達にとって少々重いご判断では?」


 店主が織田信長の言葉を遮る。店主の命は大丈夫か?! と不安になったシロクロだったが、織田信長は気にして居ないのか店主がいるバーカウンターの様な場所へ振り返った。


「だがこの二人は鑑定スキル持ちの迷い人だ、放っておくわけにはおくまい」

「ご安心ください、この子たちは既にギルドの保護下にあるようです。先日ギルドの前を通った際に冒険者様方と仲良くお話なさっていましたし、レオン様が面倒をみている子達のようですよ」

「あのレオンが子の面倒を? 子は苦手だと思っていたが……そういえば、やつはまだAランクなのか?」

「そのようですね」


 「そうか、Sランクへの壁は高いらしいな」と飲み物を啜る織田信長。この店主かなりできる人物のようだ。シロとクロは後見人は既にいるので結構ですと、店長の話に何度も頷く。

突然後見人とかの話になるのかわからないが、レオンとスーとククリだけで大人の手は足りている。


「後見人の話は後ほどレオンに問うとしよう。さて、お主の話を聞かせてもらおうか。ちょうどワシが後世でどのように語られているのかも気になっていた所だ。ぜひ教えて欲しい」


 「話してくれ」という織田信長に対し、二人はテーブルの下で足によるけんかを始めていた。どちらが話すかで揉めているのだ。責任の押し付け合いである。

 結局クロが話すよりもましだろうと判断したシロが、意を決して話し始めた。


「ど、どのようなお話をご所望でしょうか?」

「うーむ、お主たちの時代でワシは有名なのか? 以前大正生まれだという女がワシは有名だと語っていたのだが」

「えっと、私たちはその女性よりも後に産まれましたが、あなた様はどの世代でも有名であります。また、日本人ならば、その名を知らない人はおりません」

「ワシはどこで死んだか知っておるか?」

「はっ? あ、えーっと」


 織田信長が死んだ場所を聞かれ言葉に詰まったシロは、クロに助けを求める。

 クロは無表情で虚空を見つめていた。おまえも道ずれにしてやる! とシロがクロを睨みつけていると、織田信長は「楽にせよ、子どもらしくない者たちだな」と笑った。


「お主らを責めたりはせぬ。ワシの死はどのように伝わっておるのか、それが知りたいだけだ。以前会った者はわからないと逃げたがの」

「えっと、教師達には本能寺で、お、お亡くなりになったと教えられました」

「ふむ、そうか……では『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如く也』という言葉の意味は?」

「人間五十年のなど神からみれば一昼夜にすぎない、でしょうか?」

「ほうほうほうほう、これはワシの言葉か?」

「ち、違います。敦盛の一節です」

「うむ! お主、学があるな。これを答えられる迷い人は久々だ。店主! やはりこの者達を連れて帰ろうと思う!」

「駄目ですよ。冒険者ギルドの人材には手を出さないとおっしゃっていたではありませんか」

「そうだったか?」

「それにこの子たちは冒険者ギルドの期待の新人様です、ギルド長に叱られますよ」


 「ですよね」という店主に、頭を縦に振りまくるシロの姿はヘドバンしているかのよう。

 対してクロは「人間の一生は五十年って意味じゃないの」と顔を真っ青にしながらシロを突いていた。クロの方が間違いであったらしい。


 シロはホッと息を吐いた。

 こいつ《クロ》に任せていたら斬られて死んでいたかもしれない。


「ところでサブロウ様。そろそろお帰りにならないと、お迎えがきてしまいますよ?」

「もうそんな時間か。しかし、この者達に何かしてやりたいのだが……」

「この子達はまだ成人前のようです。成人の儀式の際に良い物をお与えになればよろしいかと」

「あいわかった、お主たちの成人まで褒美を用意しておこう」


 手にしていた飲み物を飲み干した織田信長は「さらばだ」と言って、勢いよく店から出て行った。何とも勢いと迫力のある人であった。

 シロとクロは織田信長の姿が見えなくなると同時に姿勢を崩した、かなり疲れたらしい。


「ふふふっ、ご苦労さまでした。サブロウ様は良い方ですから、成人の儀式を楽しみになさっていてくださいね」

「は、はぁ……」

「シロ、俺もうむり……今度会ったら叫ぶと思う」

「クロよりも私のメンタルのほうがボロボロだっつーの……」


 「あんなに緊張したの何時ぶりだろう」と体を擦るシロ。

 クロは「俺が答えてたら、死んでたな」とぶるり体を震わせた。


 店主に飲み物代として金を渡すが、「サブロウ様からもらっておりますから」と言って二人からは受け取けとらず、戦々恐々しながらと帰宅。

 疲れた二人の様子を不思議そうに眺めていたスーとククリであったが、二人とも「なんでもないです……」と無表情で言うため、早々にベッドに送り出した。


 その日二人の夢の中で織田信長が業火の中を敦盛を舞っていた。力強く、そしてはかなげな表情を浮かべ舞う織田信長を夢心地で眺めていたシロとクロ。

 突然織田信長と視線があったかと思えば、織田信長はニタリと笑い言った。


「さァ、次はお前たちが舞うのだ。準備せい!」


 鬼のような形相で叫ぶ織田信長に、シロとクロは自室のベッドの上で飛び起きた。

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