第19話
冒険者ギルドではGランクの依頼がない日も多い。また、身寄りのない子ども達がお小遣い稼ぎをしていることもあってよい依頼は争奪戦になっていた。シロとクロも金は欲しいが、生活費はヤマトノ国から貰っている切羽詰まっているわけでもない。なので依頼が無い日は下宿先の食堂をお手伝いしていた。下宿賃が二人合わせて一ヶ月銅貨一枚と破格で、申し訳なさもあったからだが。
シロとクロが下宿している食堂は『子熊食堂』という可愛らしい名前をしている。お昼と夜の時間帯しか店を開けていないが、料理の味とボリュームに人気がありお客には困っていないようだ。
依頼を受けることが出来なかったシロとクロは、今日も食堂の手伝いをしている。
「シロ! これを三番テーブル! クロはこれをカウンターの男二人組にもってけ!」
「「はい!」」
店主のスーに指示を受け、料理を運ぶ。注文はククリが受けてくれているのでシロとクロは運ぶだけなのだが、これが難しい。
客はコロコロ変わるし、皿も大きい。身体が小さい子どもには難敵である。料理屋の店員がよくやっている腕に皿を乗せて運ぶ技は素人には無理だ。何度か配膳を間違えてしまったシロとクロだったが、子ども姿のせいかお客である冒険者達は笑って「がんばれよ」と声をかけてくれたのでめげることはなく給仕を終えることが出来た。
お昼の忙しい時間帯を乗り越えスーは店を一度閉めた。ククリは店の中を軽く掃除して子ども達に一口大に切ったサンドウィッチを渡す。
シロとクロが店内の端で賄いのコカトリスの玉子サンドウィッチを頬張っているとレオンが現れる。今日の朝シロとクロと一緒に冒険者ギルドへ顔を出したレオンは依頼がないなら用事を済ませてくる。といってシロクロを小熊食堂に送った後、出掛けていたのだが帰ってきたようだ。
「シロ、クロ、ただいま。サンドウィッチ俺にも一口くれ、腹が減った」
「おかえりレオンさん、はいどうぞ」
「おかふぇりなふぁい」
シロがレオンの口元にサンドウィッチをもってくると、レオンはそのままパクリと食べる。「今日は玉子か」と咀嚼するレオン。シロは座っていた椅子から降りて「ククリさん、レオンさんの分のお水ください」と水を取りに行った。レオンは近くの席から椅子を持ってきて座ると、シロの皿からサンドウィッチをひとつ手に取り食べる。
口の中にサンドウィッチが入ったままだったクロは飲み込んだ。
「レオンさんどこいってたんですか?」
「あぁ、実家に呼び出されてな。ついでに俺が子どものときに使っていた魔法の教科書を取ってきた。これで勉強しよう」
「レオンさんお水です。あ、私のサンドウィッチ全部食べたんですか!?」
水がのったお盆を持ってきたシロは、いつのまにか消えているサンドウィッチをみて悲鳴をあげる。まだ一個しか食べてなかったのに! と言うシロの口に、クロは自分のサンドウィッチを突っ込んだ。口の中に突然現れたサンドウィッチをもぐもぐ頑張って食べるシロの姿は可愛らしい栗鼠のようだが、レオンを睨みつける視線は肉食動物のようでレオンは視線を泳がせた。腹が減っていたせいか、無意識に食べていたらしい。
「シロ、俺のやるから落ち着け」
「そしたらクロのが減るじゃん、もー。スーさんに違うのお願いしてくる!」
ぷりぷり怒りながらスーの元へ駆け出していくシロの後ろ姿をクロとレオンは見送った。
少し離れていた場所で様子をみていたククリは、やってしまったと項垂れるレオンの姿をみて静かに笑う。
何事にも興味の薄いレオン君が、シロちゃんとクロくんの前では兄のように振る舞い感情を揺さぶられ戸惑っている。
シロちゃんやクロくんも、ここに来た時よりも感情を表へ出すようになってきた。
レオンが子ども達の面倒をみると言った時は心配してしまって、下宿先をうちにしたけれど。心配しすぎだったかしら?
クロに「レオンさん、食べつくし系はダメ男なんすよ」と注意を受けているレオンがしょんぼりとした顔で反省している様子をみて、ククリはまた笑ったのち、自分の夫の元へと向かった。
シロは新しいサンドウィッチを貰い、レオンも足りなかったのでブルーブルの薄切り肉が入ったサンドウィッチを貰った。レオンは自分のサンドウィッチの半分をシロにわたそうとしたが、シロは断って「今度でいいので氷菓子おごってください」と言う。頷いたレオンの姿をみたクロは幕末時代に似たような光景をみた記憶があり、シロって人たらしなのでは? と思っていた。
ちなみにそいつは後にシロとクロの仲間となり、シロの死後一番大泣きしていた。
お昼を食べ終わったのちシロとクロの魔法練習の為、後片付けをしているスー以外はみな店の裏手にある庭へと向かう。
冒険者学校入れば必要最低限は習うらしいが、先に勉強していてもよいだろうというレオンの判断だ。
レオンは実家から持ってきたという教科書を片手に説明を始める。
「魔法は主に火、水、風、土、光、闇、無の七属性だ。スーおじさんの得意な身体強化等は無属性に分類される。学び方次第ではどの属性も使えるようになるが、得意属性の魔法は習得が容易といわれている。シロは水、クロは火だな」
「レオンさん質問です! 船で会ったお爺さんは空中から銃を出してきましたけど、あれも魔法ですよね?」
レオンに質問を投げかけたシロ。あの時みた魔法陣は空中に浮かんでいたので、マジックバッグではないのは確かだ。となると異世界ファンタジーでよくみる便利な魔法としか考えられない。
「実際に見たわけではないから憶測だが、無属性である空間魔法の一種だろう。空間魔法を使いこなすのは至難の業らしいからな、その爺さんは腕の立つ魔法使いだな」
レオンの回答に、なんでそんな凄そうな魔法使いが魔法銃をくれたのかという謎は深まるばかりだ。とシロとクロは空を見上げた。貰えるものは貰うたちの二人だが、譲られる理由はあった方が精神的によい。
大まかな説明を終えたレオンに魔力操作をしてみろと言われたシロとクロは魔力操作をはじめる。
そういえば、最近ツーベアーという熊のような魔物と出会ったが魔物は魔法を使えるのだろうか。気になったクロはレオンに聞いた。
「レオンさん、魔物って魔法を使えるんですか?」
「使えるぞ。船で見たオオカモメは風の魔法で空を飛んでいるし。何日か前に小門の前にいたらしいツーベアーという魔物は土魔法を使ってくる。魔物は魔石が体内にあり、その魔石に魔力を溜め使っているからな。魔力操作で魔石の場所さえ見つけてしまえば簡単だ。魔石を壊せば魔物は死ぬ」
「人族と亜人族に魔石はないわよ、身体の中にある魔力嚢と呼ばれる場所が魔石かわりになっているの。例え魔力嚢が使えなくなったとしても死んだりはしないわ。そうね、今度ツーベアーとスーを見比べてみるといいわ。見た目はどっちも熊さんだけど纏う魔力が違うこともわかると思うの」
「ククリおばさんそれ、スーおじさんには言わないでくださいよ」
「言わないわよ。あのひと、人化が不得意なのを気にしているんだもの。そんなところも可愛いのだけれど」
自分の夫は可愛いと微笑むククリにレオンは溜息を吐く。仲がいいことは何よりだが、惚気は子ども達に聞かせるのはまだ早いとレオンは思っていた。シロとクロの精神は大人なので気にすることはなく、仲のいい夫婦ですことくらいにしか思っていなかったが。
それよりもツーベアーという魔物に二人は今更ながらゾッとしていた。熊は足が速いと知識として知っていたが、異世界にいる熊の足は速いどころか土魔法を使えるとは。先日逃げることが出来たのは運がよかったのだろう。
次、門の外に出るときはもっと気を付けようとシロとクロは心に決めた。
「まずは火魔法から教えるか」とレオンは〈火よ〉と詠唱した。レオンの手のひらの上にはこぶし大の炎が現れる。
「このように魔法は魔力操作と詠唱によって発動する。いま俺が出した炎は手のひらに魔力を集中させ、詠唱で炎を想像し具現化したものだ。だから詠唱破棄をしようと思えばできるのだが、」
「レオンくん、冒険者学校ではそんな高度なことは習わないわよ」
ククリがレオンの説明を遮り、手に持つ教科書をのぞき込む。
「魔法学園の教科書は上級者向けね。うーんクリスが冒険者学校へ通っていた時の教科書が残っていればよかったのだけれど、あの子無くしたって騒いでいたのよね」
「あー……そうですね」
思い当たる記憶があるのかレオンはククリから視線をそらす。レオンの記憶の中に薪がないからと燃やしたとかなんとか、レオンでは理解が出来ない事を言っていた男がいたのだ。
「とりあえず、魔法は魔力操作と詠唱よ! 高度な魔法を使用する際には魔法陣が必要だけれど、冒険者学校で習うわ!」
いま教えると危ないから簡単なものだけにしましょう。というククリにレオンとシロクロは頷いた。
「シロとクロに魔力操作の要点は教えたから、次は詠唱か」
レオンは教科書をめくり自分が習った時のことを思い出しているのだろう。少し考えた後、教科書を閉じた。
「この教科書は後日だな。詠唱だが、人によって想像するものが変わるように詠唱する文言も人によって異なる。基本は〈火よ〉〈水よ〉〈土よ〉などだ。自分たちが言いやすくイメージの容易な言葉で問題ない」
「水魔法は私がみせるわよー!」
そう言って〈水よ、我が元に集まれ〉と詠唱したククリの周りに水が集まった。自身の身体の周りを巻くように水流を操るククリ。
レオンは「シロには薬屋で教えたはずだ、真似をしてやってみろ」とシロに言う。シロは「わかりました」と返事をして、魔力を自分の手のひらに集めるそして日本語ではなくこの異世界の言葉で詠唱した。
〈水よ、我が元に集まれ〉
詠唱通り現れた水の塊がシロの手のひらの上に現れる。クロには炎を出すようにレオンが言うが、クロも難なく炎を手のひらに浮かべていたので、シロはそっと炎に水を押し付けた。ジュッと水が蒸発する音と蒸気がのぼり、水と炎が消えた。
「シロさん? なにやってんの?」
「いや、魔力の炎って水で消えるのかなって」
「魔法で作った炎は普通の水では消えないぞ。クロの炎を消すことができたのはシロの魔力で作った水だからだ。お前たちは迷い人だから、魔力に余力があれば自国の言葉で詠唱してみろ。理由は知らんが威力が増すらしい」
「えっシロちゃんとクロくんって迷い人なの?」
シロの水魔法とクロの火魔法の解説していたレオンにククリは「聞いてないわよ。迷い人は大人だけじゃないの?」と声を少し荒げるが「今まで確認できなかっただけかと思います。冒険者ギルドと国には情報共有したので捜索依頼が冒険者にでると思いますよ」とレオンは落ち着いて返事をする。
今までの迷い人はみな大人だけだった。そのためヤマトノ国や冒険者ギルドが出す定期的な捜索依頼では大人のみを対象としていた。しかし、シロとクロのような子どもの迷い人がいるとわかれば捜索対象年齢を広げなければならないし、今まで見過ごしてしまっていた迷い人がいたかもしれない為、ヤマトノ国や冒険者ギルドでは大事になっていた。
上位の冒険者には各地の子ども達を確認する緊急依頼が発動されていたが、レオンはその依頼を断っている。目の前の子ども二人の方が優先だったからだ。
シロとクロの精神年齢は大人なので、迷い人に子どもはいないという常識からは外れないと思われる。かといって自分たちの年齢を正直に話したところで信じてもらえるはずもないし、後々面倒なのでシロとクロは黙っていようとお互いに頷き合った。
レオンとククリが話している間に、シロは日本語で詠唱をしてみる。
≪水よ、我が元に集まれ≫
ギュンと勢いよく水が手元に集まった。先ほどよりも水の圧縮度が高い。自分の中で使われた魔力もあまり減っていないため、シロは「はっはーん?」と声をあげる。
日本語で詠唱すると何故威力が増すのかは謎だが、完全偽装を作った際に詠唱を全部日本語にしたシロのスキルレベルは神級に、最後だけ日本語詠唱にしたクロは上級になっていた理由はわかった。
単に言語の問題だったわけだが、異世界の言語と日本語の発音の違いや文法などを比べ研究するつもりはシロにはない。元国語教師ではあるため気にはなるが、今やることではないし生涯学習にでもすればいいだろうと一旦置いておくことにした。
それよりも詠唱を日本語で行った場合威力が増すということは、コントロールが難しいということだ。追い打ちと言わんばかりに高い能力値も後押ししてくるだろう。本当に危ない時以外はこの世界の言語で詠唱したほうが良いとシロは判断し、クロにも伝えるためクロの方をみた。
クロは右手を抑え「なるほど、これが俺の力……」と何やら不穏な言葉をつぶやいていた。
十四、十五歳頃にかかりやすい病に罹患しそうになっていたクロにシロは水球を投げつけたが、最近水を被りまくっていたクロは「その手はくらわん!」と水を避ける。
相対するふたり。シロは手に水球を持ち、クロは避けるためシロをジッと見つめる。隙を狙うため、シロとクロによるにらみ合いが続いた。
そんなシロクロの仁義なき戦いをただのじゃれ合いにしか見えていないレオンとククリは、シロとクロが問題なく魔法を使えている姿をみて安心していた。冒険者になるには魔法を使えた方が有利になるからだ。それに迷い人だと知られれば周りから期待されることが今後増えるだろうし、面倒ごとにも巻き込まれる。
それだけ迷い人というのは冒険者ギルドや国だけでなく、金儲けや権力を得たいと考えている人々からみると都合のよい人材だった。
「シロちゃんもクロくんも迷い人なんて……うちの養子にと考えていたけれど、やめた方がいいわね。貴族相手だと守り切れないわ。レオンくんのところはどうなの?」
「今日の呼び出しで検討すると返事はありましたが、期待は出来ませんね。俺の妹弟として引き取れなかったときは、養子として迎えます」
「あら、随分思い切るわね」
「相手探しも面倒なのでちょうどいいかと」
「ガーネット様に怒られても知らないわよ」
孫であるレオンの嫁探しをしているガーネットの姿を思い出したククリは右頬に手をあて息を小さく吐き出す。
レオンはククリの言葉に対し聞いていない振りをしたいのか、聞き耳をたてつつも水浸しになって遊んでいたシロとクロの方へ向き「俺も混ぜてくれ」と両手に水球を用意し二人に向かって軽く投げつけた。




