第15話
レオンに手を引かれ、シロとクロは『エド』の街を歩く。
白い塗壁が特徴的な日本風家屋の立ち並ぶ地域から離れ、異世界ではよくみる西洋風の街並みが目立つ地域へ来た。レオンは「ここだ」といって店の中へ入る。中は椅子と丸いテーブルが複数おかれ、揚げ物の美味しそうな匂いがした。
シロとクロのおなかが「くぅ」と鳴る。レオンはその音を聞いてほほ笑み、店内の一番奥の席にシロとクロを座らせた。
他の客と話していた店員であろうかっぷくのいい中年の女性が気づき、メニュー表のような物を持ってくる。
「レオン君お帰りなさい。この子たちは、うわさのレオン君の隠し子?」
「どんなうわさですか、クリスから手紙は届いてませんか?」
「届いたわよ。レオン君の隠し子がいくからねって書いていたわ」
「はぁ、アイツ戻ってきたら殴る。……シロ、クロ、好きなものを頼んでいいぞ。金は俺が出す、おすすめはバジリスクの唐揚げだ」
テーブルに肘をつき額に手をあてるレオン。
バジリスクとはなんだろうか、レオンのおすすめに「え、あの鳥とへびの?」と首をかしげているクロ。レオンは頷き「バジリスクは元の世界にもいるのか?」と聞かれ、クロは「いないいない」と全力で首を横に振る。あんなのがいたら大騒ぎだ。
「今日はクラーケンの唐揚げもおすすめよ。昨日の夜中に仕留めたものが市場で出回ってね、とても生きがいいの」
「あぁ、もうそんな季節ですか」
「今年は例年通りらしいわよ。レオン君はいかないの?」
「クラーケン狩りなんてクリスに付き合わされない限り行きませんよ。俺は火魔法メインの剣士ですよ?」
「それもそうね?」
店員の女性がすすめるクラーケンという言葉にシロも首をかしげた。もしかして異世界物でよく見るめちゃくちゃデカいイカだろうか。
気になったのでシロはクラーケンの唐揚げ、クロはバジリスクの唐揚げを頼むことにした。
メニュー表にはオークの衣揚げ、マンドラゴラの素揚げなど揚げ物のメニューが多く並んでいる。メニュー表には絵が多く文字も読み取りやすい形をしていたため、勉強途中のシロとクロも何とか読むことができた。
店員の女性はメニュー表を二人から預かり「ちょっと待ってね」といって店の奥へと下がっていく。なぜかレオンもその後ろについていき、両手に木のコップを持って戻ってきた。シロとクロの水らしい。
レオンからコップを受け取ったシロとクロは水を飲んで息を吐く。大人ならば問題ない行程だが、子どもの体には少し堪えたらしく二人とも疲れていた。
「少し疲れたか。飯を食った後、俺の家に行くまで頑張ってくれ」
「レオンさんのおうちですか?」
「あぁ、俺のパーティーが持っている家だ。部屋は余っているから子どもが二人くらい居ても問題はない」
ヤマトノ国まで連れてきてもらう約束ではあったが、まさか住む場所まで提供してもらえるとは思っていなかったためシロは困惑した。
レオンにとってシロとクロは突然降って現れた面倒な子どもであるはず。正直シロとクロをヤマトノ国まで連れてきたら、ギルドでさよならを告げられると思っていたくらいだ。それに何かをしてもらった場合、それ相応の対価を求められることもある。
好意には好意を返さなければならないが、今のシロとクロにとって返す当てはなかった。そのためレオンにはこれ以上お願いごとはしたくなかった。
「うんと、レオンさんの提案は嬉しいんですけど。申し訳ないので、宿屋とかに泊まろうかなって」
「宿屋か、その歳で泊まれる場所はないな。おまえたちの歳だとまだ親元か孤児院で遊んでいる頃だ」
「孤児院、ですか」
シロはもともと児童養護施設出身。また似たような場所にはいるのはちょっと勘弁してほしいなぁと顔を顰めた。クロは「シロに任せる」と言って店内をキョロキョロと見渡していた。クロはシロがいればどこでも同じで、それより店の中に飾られていたデカい鹿の角のような飾りの方が気になっていた。
シロが悩んでいると、注文していた料理が届き「食べてから考えなさい」とレオンが言う。シロはうなずいて目の前に置かれた揚げ物を見た。
「お待たせしました。レオン君はいつものステーキセット、二人はバジリスクとクラーケンね。うちの旦那の料理はとても美味しいわよ!」
テーブルの上に置かれたバジリスクとクラーケンの唐揚げ、そしてレオンが頼んだ謎のステーキ。
セットでついてきたらしい丸いパンとサラダは大人の顔より大きい皿に山盛りだ。シロもクロも小食ではないが、限度はあるので食べきる自信が全くない。食べきれなかったら包んでもらおうと決めて、二人はフォークを手に取った。
バジリスクは鳥の唐揚げ、クラーケンは円の中央に空洞がある所謂イカリングと同じ見た目だ。
バジリスクの肉はとても柔らかく噛むと肉汁が出てきた。衣も味が濃くて少しスパイスが入っているのか少しだけつらい。
クラーケンの身も弾力はあるが噛み千切るのは容易で食べやすく、スパイス入りの衣と合って美味しい。
シロは丸パンをちぎらない様に半分にさいて、さけ目にサラダとクラーケンリングを詰めた。即席クラーケンサンドウィッチだ。
美味しそうに頬張るシロ、クロもまねをしてバジリスクサンドウィッチにして食べる。うまいけどマヨネーズが欲しいとか思いながらもぐもぐしていた。
レオンも無言でステーキを食べている。顔も奇麗だが所作も奇麗なレオンは多分いい所のお坊ちゃんではないかとクロは思っていた。そんな人のパーティーの家にお邪魔するのはいいが、早々に出ることにはなるだろうなとも考えていた。
「シロ、俺たちどこに住む?」
「どうひようね? クロ唐揚げちょうだい」
「クラーケンくれるなら」
「ん、あげる」
「二人ともブルーブルのステーキもうまいぞ」
レオンからブルーブルのステーキを一切れもらい、バジリスクとクラーケンの唐揚げを交換した。レオンにもバジリスクとクラーケンの唐揚げを一切れ渡すとレオンは嬉しそうに「ありがとう」とお礼を言ってほほ笑む。イケメンの笑顔に浄化される、とシロとクロは眩しいものを見るように目を細めた。
バジリスクも美味しいし、クラーケンも美味しい。ブルーブルの肉は柔らかくでも食べ応えは抜群、バターで焼かれているのか味が濃くて美味しかった。美味しいは正義。
これが何の生き物なのか、考えてはいけない。毒がある食べ物も毒を抜く手間をとってでも食べてやる! という謎の民族意識を目覚めさせればよいのだ。なんでも食べる日本人、海藻も消化できる日本人、日本人はおかしいのでは?
ブルーブルは牛肉のような味だったので、多分牛の魔物かなにかだろうとシロとクロは頷いた。美味しいからよし。
「あら、二人とも家を探してるの? ならうちに住みなさいな」
「「え?」」
「あなたー! 二階の部屋を貸してもいいかしらー?」
「ねー?」と奥へ消えて行った女性店員。レオンは「その手があったか」と何か気づいた顔でステーキを食べている。
許可をもらったのか笑顔で戻ってきた女性店員に、シロは困った顔で声をかける。
「あのすみません、嬉しいお話なんですが私たちは見知らぬ子どもで、不用心かなって」
「大丈夫よ。レオン君がうちの食堂に連れてくる子たちだもの! 悪い子なんて有り得ないわ!」
「いや、その……」
「大丈夫だシロ。この店はな、クリス。ディクタチュール国の城の食堂で働いていた男を覚えているか? そいつの実家なんだ。俺も居候してたことがあるから安心しろ」
「そういう意味じゃ……クロぉ」
「クリスってお菓子のおっさんだろ? お菓子は俺たちを裏切らない」
「あぁそう……クロがいいなら、他にいい案もないし」
戸惑うシロに対しクロは別にいいんじゃね? と言う。レオンの家か孤児院かで悩んでいた筈が、第三の提案を出され悩む暇もなく決まってしまった事にシロは目を回していた。シロに決定権を渡しているくせに、まれにクロが勝手に決めてくることもある。自分の事では悩みやすいシロにとっていいことなのか、悪いのか。
「えっと、よろしくお願いします」と二人で頭を下げると、「はい! よろしくします!」と女性は満面の笑みを浮かべる。
レオンとシロとクロが食事を終え客が引けたころに女性店員の夫、この食堂の店主を紹介された。
スーという名前の店主は、とてもガタイのいい熊の獣人で見た目はヒグマそっくりだ。女性店員で店主の妻はククリ、茶色の髪に茶色の目、見た目は普通の人間だ。ディクタチュール国で出会ったクリスはクマではなく人にみえたので、ククリに似たのだろう。
シロとクロは自分たちの紹介ついでに下宿についてルールを聞くが、特にないと言われてまた困惑した。
「うちは食堂だからな朝昼晩食わせてやる。いらない時は早めに言ってくれ。あとはそうだな……暇な時に家の手伝いをしてくれればいい」
「下宿の料金はいくらですか?」
「子どもから金はとらん」
「お金を取ってくれると住みやすくて助かるのですが」
困った顔で言うシロにクロもうなずく。無料も度が過ぎると気を使ってしまうのだ。
「スーおじさん、一応二人とも冒険者。多少金を取っても大丈夫です」
「レオンよ、こんな小さな子どもに冒険者をやらせてんのか? そんな男に育てた覚えはねぇぞ」
「お怒りはごもっともですが、シロとクロは自分たちで冒険者になると決めた俺に止める資格はありません」
「……わかった、金額は母ちゃんと決めるからちょっと待ってくれ。レオン、おまえたちが使ってた部屋を二人に案内してろ」
俺は母ちゃんのところへ行く。といってスーは店の奥へ姿を消した。案内しろと言われたレオンはシロとクロの手を引き「二階へいくぞ」といって二人を二階へ連れてい行く。慣れたように廊下を歩き、二階の奥の二部屋の扉を開けた。
どちらの部屋にもベッドと机、本が何冊か入った棚がある。使っていないようだが掃除はされているようだ。
「ここが俺とクリスが使っていた部屋だ。シロはまだ戸惑っているようだが安心してくれ。スーおじさんは元Aランク冒険者でククリおばさんは元ギルド職員だ。何かわからないことがあれば相談するといい」
「安心できるのはいいのですが、なぜ見知らぬ私たちにそこまでしてもらえるんでしょうか?」
シロの疑問に「それは本人たちに聞けばいい」とレオンは言うが、まだ悩んでいるシロは「んぅ!」と頭を抱えていた。
シロは「人は疑え」と師に習い生きてきたため、簡単に信じることは出来ない。今までレオンについてきたのも「気合を入れれば逃げられる」と考えていたからだ。魔法での誓約もしてもらっていたので、まだ信じられるかなー? くらいには考えていたが。
それにこの世界に来てすぐ「いらない」と言われている、この異世界の住民を信じるのにもう少し時間が欲しかった。
レオンはシロとクロを部屋に案内した後「明日また顔を出す、それまでギルドにはいくなよ」と言って去って行った。自分の家に案内するつもりだった割にはさっぱりとしているレオン。考えが読めずシロはますます頭を抱えた。対してクロは「別にいいじゃん。なんかあったら孤児院にでも行こうぜ」と軽く言う。長生きする人間は切り替えがうまいのかもしれない。
部屋の中に入らず「どうしようか」「どうするか」と悩んでいたらスーとククリが二階に現れた。
シロが「私たち怪しくないんですか? 本当にいいんですか?」と聞けば、夫婦はそろって笑う。
「怪しい人はそんなこと言わないわよ」
「あぁ、しいて言えば獣人の勘だな」
「大丈夫、二人の家はここだよ」と言う夫婦にシロは小さく頷き、クロは「はい!」と返事をした。




