第13話
次の日、寝ぼけながら朝食を食べたシロとクロは宿屋を出発。二十分程歩いた先から波の音が聞こえた。
ウミネコに似た白い鳥が空を優雅に飛んでいる。
海辺の町特有の生臭い磯の匂いが風にのる。
人は死ぬ時海の匂いがすると聞いたこともあったが、シロもクロも血の匂いの記憶しかない。死に方の問題なのか、ただの噂話なのか。
何にしても、科学的なことは元国語教師と体育教師の範囲外。
シロは太陽の神に照らされ輝く海面をみて喜んだ。
「海だ!」
シロとクロはレオンに連れられディクタチュール国サンプアの港に来た。ここから船に乗るとレオンから説明を受けた二人だったが、そんな事よりも大きな船や異世界情緒溢れる雰囲気にテンションが上がり、シロは落ち着かないままキョロキョロと当たりを見渡していた。クロはそんなシロを見て「テンション高ぇ」と一歩引いてみていたが、視線は色々な方へと向いていた。そんな二人が迷子にならないようレオンは手を繋いでいた。
「クロ! これ木造船! デカい!」
「帆船かー! 風だけで動いてんのかな」
「ファンタジーだぞ絶対魔法で動いてる! ですよねレオンさん!」
「あぁ、船は風の魔法と水の魔法で動いてるぞ。これが二人のチケットだ。俺は船長に挨拶してくるから先に乗っててくれ」
「「りょうかいです!!」」
レオンがシロとクロの手を離してチケットを渡すと、二人は駆け出した。
一度転んで痛い目を見たシロは加減を間違えてシャチホコになったりはしない。クロは慣れてないので恐る恐る走って、たまに歩いてを繰り返しながらシロの後ろをついて行った。
大きな船の前には乗りやすいよう臨時の階段が付けられていた。階段の前に居る船員の人にチケットをみせ、シロとクロは階段を登る。それを見ていた他の船員達は「元気でいいな!」と笑って荷物を運び込んでいた。
シロは船員達の仕事を邪魔しないように船首の方へ行き、船に乗る前に見えた船首像を覗き込む。女性のような像は祈るように手を組み目を閉じている。海の神を模しているのか、それとも別の神なのか。勉強途中のシロには分からないが船の守り神だろうなと考えていた。
クロはシロの近くまでついていき、船べりの上に座った。元気が有り余る小学生のようなシロの姿をクロはあまり見たことがなかった。いつでも飄々としているか、面白くなさそうな顔をしているシロ。異様に明るい姿は美味い飯屋を見つけた時と、シロの師匠が死んだ時に見かけたくらい。
少し不安になったクロはシロに声をかける。
「シロ、今日テンション高くないか?」
「そう? あ、八時間睡眠が可能になったから?」
「何だよそのブラックな社会人のような台詞は……」
「講師やる前はブラック企業戦士だったからねぇ。パワハラが凄くて幕末に落ちる前のシロさんは毎日泣いていたのさ。無意識に、気がついたら涙がダパーって!」
「あー知りたくないあー!」
「それより船首の方についてる像、めっちゃ美人だよ」
「マジでみる」
「ほう、わしも見たいのう」
「どれどれ?」とシロとクロの背後から船首像を覗き込む長い杖を持った白髪白髭の年配の男性。いつの間に……とシロとクロは動きを止めた。いくら子どもの姿でも培った戦の経験は残っていた。気配に気づけなかったことに二人は驚き警戒を強めたが、年配の男性は「おぉ、本当に美人じゃのう。胸の形も素晴らしい」と子どもに聞かせるべきではない台詞で像を讃えた。そしてシロとクロの方を改めて見る。
「お前さんたち、家族に迷い人はいるかの?」
「何でです?」
「随分と綺麗な黒髪じゃと思ってな。それだけの色が出るのは迷い人の血筋でも珍しいがのう」
クロの前に立ったシロは年配男性の質問に答えず警戒すると、「先祖返りか?」とシロとクロの髪の毛をジロジロ見比べ始めた。
「ふむ、ステータスは強くないのう。だが伸び代がある、よし。二人に良い物をやろう!」
ステータスを見られた! とさらに警戒するシロとクロ。レオンはステータス確認に紙を使っていたが、この男性は使っていない。他人のステータスを確認できるだけのスキルを持っているだろう。隠蔽していて正解だったと、シロとクロは思った。
そんな二人の反応に気づいていない年配男性は空中に杖を翳し〈収納〉と呟く。すると空中に青い魔法陣のようなものが描き現れた。もしやこれは異世界物語によくあるインベントリではないかとシロとクロは気づいて魔法陣を見つめる。今覚えてしまえば今後荷物運びは楽になるし、仕事としての活用もできる。覚えて損はないと思ったからだ。
しかし二人が覚える暇は無く、年配男性が魔法陣から手を引き抜いたと同時に魔法陣は消えた。
「これは魔法銃というものじゃ。魔法王国の蚤の市で見つけたんじゃが使い方がようわからんでの、勿体ないからお前さんたちにやろう。お前さんたちの爺様や婆様なら使い方がわかるじゃろ、多分」
ほれ。と男性がシロとクロに渡したものはライフル、長銃である。江戸時代末期に多く流通し、一々紙に包まれた弾と火薬を突っ込むタイプの銃ではない。半自動小銃のようだ。現代物のアニメやゲームでよく見るタイプではなく銃床は木製、第二次世界大戦頃のものに似てるようだが実際よく見ないと分からない。シロは渡された長銃をみる。
木製部分にヒビもないし、手入れもされている。刀一本で生きてきたため詳しくはないが、クロは詳しい筈。クロに渡せばいいや。じゃない!
見知らぬジジイから武器なんて受けとってどうする! と気づいたシロは慌てて銃を年配男性に返した。
「い、いりません!!」
「ほっほっほ。わし魔法は得意なんでの、魔法銃だからと買ってみたが全く使えなくてのう。埃を被るよりは使えそうな若者に渡した方がソレも報われるじゃろうて」
「ではのー」と軽い足取りで去って行った年配男性を、シロは呆然と見送った。なぜか追いかける気力もわかず、ぐったりと銃をもった手を下ろす。
シロの後ろで様子を見ていたクロはシロの顔を覗き込んだ。
「なぁそれ弾はいってる?」
「え、あー、入ってない」
「使えねぇじゃん、あのじいちゃん弾も買わなかったのかなぁ」
シロは野球のバットを振るようにクロの横腹を銃で殴った。「痛い! 八つ当たりすんなよ!」とクロは涙目で叫ぶ。
「私はいらん!!」とシロは銃をクロに押しつけるが、クロも「俺もいらん!!」と返してきたので押し問答。
挨拶を終えたレオンが「お前ら何をやっている?」と話しかけられるまでシロとクロは喧嘩していた。シロが持つ銃に気づいたレオンはシロから銃を受け取り確認する。
「銃か、珍しいな。どこで手に入れた?」
「知らないおじいさんが迷い人の家族なら使えるだろーってくれました」
「お礼は言ったのか?」
「お礼、は言い損ねましたごめんなさい。おじいさんを探して返したいんですけど」
「もう出航するから難しいな、この船に乗っていれば別だが。今日の客は俺達と若い商人三人だけらしい。」
「がってむ!」
「どこから現れた!!」と叫ぶシロに、クロは耳を塞いで「うるせー」と呟いた。
レオンに至っては「貰えるものは貰っておけ。あぁ、一応鑑定して呪いがないか調べておくか」と自分のマジックバックから紙を一枚取り出し銃にかざす。問題はなかったのか頷いて紙をマジックバックに戻した。
「呪いはない。銃にベルトも着いているから背負っておけばいい」
「レオンさん、これ弾はいってないらしいですよ」
「これは魔法銃だ、魔力を装填すればそれが弾になる。と言ってもお前たちの魔力では一発が限度だろう。だがうまく使えば長距離から敵を狙えるぞ、持っていて損はない」
「ですってよシロさん」
「おじいさん使い方わかったよお!」
喚くシロを気にしていないレオンは銃を構え「あぁ、これは俺には難しいな」とシロに銃を返した。
銃を受け取りたくなかったシロだったが「どうしよう、世界観盛りすぎ異世界、やだー!」と言いながら渋々銃を受け取る。
「シロ、構えて銃に魔力を篭めろ」
「魔力の篭め方なんて知りませんが……」
「今教える。自分の心臓の鼓動を聞け、血の流れを感じろ。血とは別の流れがある。それが魔力だ。魔力を銃弾だと思って銃に装填すればいい」
「そんな感覚派的なこと言われても……」
「いいからやってみろ」
レオンに言われるがまま、シロは目を閉じた。
心臓の鼓動。頭に腕に脚に、全身を循環する血液。
血とは別の暖かい光。身体の中に光が流れているとは不思議な感覚だ、シロが目を開くと身体の周りにも光が踊っている。
身体から溢れ出る光を銃に注ぎ込む、銃に弾を篭める感覚は身体が知っていた。
≪魔力装填≫
無意識に呟いた日本語と共に魔力が銃に篭められた。瞬間、目の前に白い光で描かれた文字が現れる。
銃の先にある物までの距離表示だろうか。それは漢数字で表記されており数字に慣れた現代人には少しだけわかりにくいが、幕末時代を生きたシロは慣れた表記だったため問題はない。
「見えたか。それはお前たちの故郷の文字だろう? 俺も知らないわけではないが、使い慣れていないからな。この世界の者なら尚更わからないだろう」
「迷い人しか使えないってそういう……」
「遺物武器と呼ばれるものだ。迷い人が作って遺しているが、珍しいものだぞ。本来使いこなせないと見知らぬ子どもに渡すものではないのだが。まぁいい、次はクロだ。お前も魔力を篭めてみろ。魔力操作の練習だ」
「えぇ、やんなきゃ駄目ですか……?」
「冒険者になるんだろう? 死にたくなかったらやれ」
「はい……」
シロは構えを解き目を閉じながら「やだー」と言うクロに銃を渡した。
目を閉じている理由はシロからみたレオンは無駄に光り輝いていたから。クロも異様に発光しているように見えていて、姿形を認識できない。チカチカするどころか太陽を直接見てしまった後のように目が痛い。シロは目の奥の痛みに耐えながら〈光を遮断〉と念じてみると、光は収束する。
シロさ恐る恐る目を開いてみると、いつものクロとレオンの姿が見えた。
「レオンさん、銃に魔力を篭めた後色々光っていたんですが、魔力とかって見えるものなんですか?」
「いや、見えるのは魔法陣くらいだな。魔力は人によって色が違うため魔法陣も人によって色が変わる。だから誰が発動させたかわかりやすいのだが、シロが見たのはちがうのか? 漂っている魔力が見えるのは精霊か、エルフ族も見えると聞いたことがあるが……国に着いたら曽祖父に聞いてみる」
今答えが無くてすまんな。と謝るレオンにシロは頭を横に振った。魔力や魔法陣の色が人によって違うことが知れただけ進展があったため、気にしないでほしいとシロは頭を振っていた。
クロも魔力操作を覚えたのか「おぉ、ファンタジー」と喜ぶ声が聞こえた。素直に喜べるクロにシロはちょっと羨ましいなと思いつつ。
そうこうしている間に船の準備が整ったようで、船長の「出航!!」という声が、青い空と海に響き渡った。




