第12話
シロとクロを乗せた荷馬車はディクタチュール国王都を出発し、草原を抜け森の中へと入り進んでいた。
子ども達に気を配るレオンに恐怖を覚えていた冒険者兼行商人のジョンは子ども達にいい人だと思ってもらえればレオンに恩を売れるかもしれないと思った。なので妻のベルに「レオンさんに休憩しないかと声をかけてくれ」とお願いする。
太陽の神が空の真上に辿り着いた頃、シロとクロを乗せた荷馬車は森の開けた場所で止まる。旅人たちがよく休憩場所にするため、いつの間にか広場となっていた場所だ。
ジョンは子ども達に声をかけようとしたが、レオンがそれを遮り「休憩しよう」とシロとクロに声をかけ、二人を荷馬車から降ろした。
レオンから冷ややかな視線を送られたジョンは諦めた。
レオン先輩に恩を売るなんて、生意気言ってすんませんでした!
対してレオンはジョンのことなど何とも思っていない。
俺が子ども達を荷馬車から降ろすから、自分の妻に手を貸してやれ。とジョンを見ていた。
ジョンとレオンの噛み合わない思考はどうでもいいシロとクロ。二人は荷馬車から降りた後ベルと一緒にお昼の準備を始める。
準備と言っても、ベルの言う通りに荷物から敷布を出して、その上に座って待っているだけ。ベルはシロとクロの前に木のコップを置き水を入れる。続けてレオンが準備してくれたお昼のサンドウィッチのようなものを出して「先に食べててね」と言って馬の世話をしている夫の元へ向かった。
食べていいといわれたシロとクロは「いただきます」と両手を合わせてからサンドウィッチにかぶりつく。
サンドウィッチの中身はレタスとトマトのような野菜、卵焼きに焼いた鶏肉が挟んであった。味付けは粒マスタードに蜂蜜としょうゆが入った、食べ慣れたハニーマスタード味。
この世界の食べ物は美味しくて良かったとシロとクロは感じていた。中世西洋風の世界ならばとっぴなメニューかパンだけとかも有り得た。肉や魚は高級品、生野菜なども新鮮を保てる金持ちくらいしか食べることが出来ないなんてこともある。幕末時代も生野菜を食べたら腹を壊すと言われ、大根おろしや薬味などでしか生野菜は食べなかった。
肉や魚、新鮮な生野菜を食べることができるということは公衆衛生や流通が整っているということだろう。
この異世界は幕末よりも生活しやすいかもしれない。
シロとクロの目の前に座りサンドウィッチを食べ始めたレオンは、思い出したように言う。
「シロとクロのステータスを確認していなかったな、鑑定していいか?」
「俺はいいですよ」
「私もいいですよ」
レオンはマジックバッグから紙を取り出しシロクロに渡した後〈鑑定〉と呟くと、紙が一瞬光って『完全偽装』で作った偽のステータスが浮かび上がった。
レオンはシロとクロから紙を回収し、内容を確認する。そして眉間にシワを寄せた。
「迷い人の割にはステータスが低い、魔力を増やさないと魔法は勉強出来んな」
サンドウィッチを早々に食べ終わったレオンは、サンドウィッチの半分も食べきれていないシロとクロに言った。
「昼飯を食べ終わったら走ってみてくれ」
レオンの言葉に頷いたシロとクロは腹が落ち着いた頃を見計らって立ち上がる。
なぜ走ろと言われたのかのかよく分からなかったが、過去理不尽な修行をした事のある二人なので言われるがまま一歩地面を蹴った。
すると駆け出すどころかシロの体は前に飛んでいく。数メートル前方の地面に顔面から突っ込んでしまったシロはシャチホコのように足先を天に向けて止まった。
クロは狡いので駆け出す振りをしていたためその場で留まっている。
「ぶはっ! くそ痛い!!」と言って勢いよく起き上ったシロにクロは「活きのいいシャチホコだなぁ」と呟いた。
後ろの方でレオンの「大丈夫か?」と安否確認する声が聞こえるが、驚くシロクロに対して冷静で、納得した表情を浮かべていた。
「ステータスは低いが、おまえたちはやはり迷い人なんだな」
「どういう意味ですか?」
レオンはシロの頭についた土を払いながら言った。
「迷い人は自分の力に振り回されやすい。特に初めは大変だと曽祖父が言っていたんだ」
「俺の曽祖父は迷い人でな」と語るレオンは少し遠くを見た。
「曽祖父の初期ステータスレベル五十だったらしい。おまえたちと一緒に召喚された勇者もすでにレベル十七だったぞ」
「へぇ、勇者が召喚されるってことは魔王もいるんですか?」
「魔王という二つ名の人間はいるが、ディクタチュール国王がいう魔の者ではない。元Sランクの冒険者だ」
「いろいろ伝説のある人でな。親しみを込めて魔王と呼ばれている」と説明するレオンはさらに遠くを見つめた。身内に特殊な人がいるということは、良く巻き込まれて困っていたのだろう。シロもクロも似たような経験があるのでわかる。シロは自分の師を思い出し、クロは目の前のシロを「あー」と見つめた。
レオンに言われるがまま、シロとクロは体を動かして馴らしたり、再び馬車に揺られたりすること数時間。
夕日が沈むちょっと前に、港町サンプアに到着した。ヤマトノ国直通の船が出るそうだ。
レオン曰く、ディクタチュール国は勇者召喚を行ったのでヤマトノ国との貿易は封鎖される。ディクタチュール国は小国なので貿易封鎖されたらすぐに景気が悪くなるだろうなとも話していたが、召喚した勇者を使えば大国に勝てると思っているのだろうか。
「はい、レオンさん質問です」
「なんだシロ」
「貿易に影響がでてまで勇者を召喚したのはなぜでしょうか?」
「あぁ、それはディクタチュール国はな、ヤマトノ国が欲しいんだ。金になる『迷宮』があるからな」
「ヤマトノ国へ着いたら言葉以外も教えてやる」と言って、宿屋に俺たちを置いたレオンはギルドと船チケットを手配をするために出かけて行った。
ちなみに宿屋は冒険者兼商人ジョンとベルのオススメ。
一日かけて連れてきてくれたお礼に、シロとクロが心を籠めて子どもらしく「ばいばい!」と商人夫婦に手を振って別れを言えば、ベルの方が「あんな子達が欲しいね」とジョンを突っついていた。ジョンは顔を真っ青にさせて頷いていた。視線はなぜかレオンをに向いていたが。
宿屋の案内された部屋でクロは「どっこいしょー」と椅子の上に座る。シロもベッドの上に座って文字の練習をしていたが、飽きたのか黒板から手を離し寝転がる。
「シロ、勉強は?」
「今日はいいや。大体覚えたし、それよりも勇者だよ。完全に国家間の戦争用に召喚されてるじゃん。教師的にはよろしくない」
「個人的には?」
「勝手にやってろ。といいたいけどヤマトノ国に行く身としては、なんとも言い難し」
「かといって国同士の話だからなー、今の俺たちには何もできないだろ」
「そーなんだけどー。ところで私たちのチートですが、隠さなくてもいいのでは? と一瞬思いました。そこんところ意見ありませんかクロ殿」
「そうですね、勇者一之宮のレベルが十七という低さと中途半端な数字には驚きました。レオンさんの曽祖父こそ勇者では?」
「あれじゃね、年齢がレベルに反映されてるんじゃないかな?」
「俺たちは九十年も生きてないだろ」
「それもそうか、まーいっか。知らなーい寝る!」
「スヤスヤする!」とサンダルを脱ぎ飛ばして毛布を被るシロ。
「サンダルはそろえろ! はくとき面倒だろ!」とクロは文句を言いながら揃え直す。そしてシロの隣に寝転がって毛布を被った。
途中レオンが戻ってきた音に気づいたが眠いしレオンならまぁ良いか、とシロとクロは夕飯も食べずに寝ていた。
朝起きて、気づいたレオンにおはようございますと二人があいさつすると同時に「グゥー」と腹の虫が鳴いた。
レオンは鳴き声を聞いて「朝飯を食べに行くか」と笑った。




