第11話
「レオン! 二人にけがさせたら承知しないからね!!」
旅支度の買い物を終えた次の日。レオンに釘を刺すガーネットの大きな声に見送られ、シロとクロはディクタチュール国王都を出発した。
シロもクロも歩く事を覚悟していたが、ガーネットの知り合いだと言う行商人のジョンとベルの夫婦が持つ馬車に乗せてもらい旅路は快適だった。
揺れを緩和させる装置がついているわけでもないので揺れはひどく、召喚勇者五人がこの馬車に乗っていたら酔っていただろう。
だがシロとクロは鞍をつけずに馬に乗っていたこともあるので全く気にしていなかったし、歩かないで済むので行商人夫妻を拝んでいた程だ。特に京から未開拓の蝦夷地まで船と馬以外の乗り物を使わずに向かった現代人のシロとしては、馬車はありがたい。
馬車に乗ってから一時間程はのんびり進んでいた。レオンとシロはずっと景色を眺めていたし、クロは行商人の妻であるベルに話しかけられ相手をしていた。
ベル曰く、ディクタチュール国周辺の魔物は強くない。トゥスラビットという歯が長い魔物よりもホーンラビットの角の方が危険だが、油断しなければ問題ないなど。話題がつきないベルにクロはさすが商人の嫁だと感心していた。
ジョンもベルも子どもになる前のシロとクロよりも若いが、夫婦だけで旅が出来るほど強いのだろう。それに相手を見て話題を提供し情報を得るスキルは、シロもクロもレオンも持っていない特殊技能だ。これもスキルに反映されるのかなぁとクロは考えていた。
景色を眺める事に飽きたシロはレオンに声をかける。
「レオンさん私たち文字が読めないので勉強したいと思うんですけど、どうしたらいいですか?」
「あぁ、お前たちは迷い人だから分からなくて当たり前だ。迷い人用の教材はヤマトノ国でしか手に入らないから絵本で勉強しよう」
「迷い人だからってことは、召喚者は読み書きできるんですか?」
「意思疎通ができないと困るからな、召喚魔法陣に言語習得が組み込まれているんだ」
「へー便利ですねぇ」
勉強しないで済むのはいいなーと言うシロにレオンは困った表情を浮かべた。
得をするのは召喚者ではなく、召喚した側。すぐにでも道具として使えないと困る為、他を削ってでも組み込んだらしいとレオンは聞いたことがあった。召喚者は意図的に多くの能力を付与されているからこそ、精神的狂気に陥るのでは? と召喚者を研究をしている者達は報告している。そんな事をシロやクロに言うつもりはない。知らなくていいとレオンは思っていた。
迷い人、死の淵を歩きこの世界へと迷い来た人。痛み、苦しみ、絶望を知った人を指す。
まだ幼い子らが歩く道ではない。元の世界で何があったかは分からない。せめて、この世界では良い人生を送ってほしい。
レオンはマジックバッグから本を取り出す。この世界の成り立ち、神話を元にした幼児用の絵本だ。
この世界で生きるならば必要だとレオンとガーネットが選んだもので、人族で読んだことがない者は居ない程長年発行され続けているベストセラー本。神殿が発行している本で、神殿については後で教えるとレオンは前置きし絵本をシロに読み聞かせ始める。クロと話していたベルも気づいたようで「クロくんお勉強の時間みたいよ」とクロをレオンの隣に座らせた。
淡々と抑揚なく絵本を読むレオンに元教師のシロとクロはちょっと気になったが、読んでくれるだけありがたいので黙ってレオンの声に耳を傾けた。
ただ馬車の御者をしていた冒険者兼行商人のジョンは、レオンが子ども達に読み聞かせをしている声を聞いて驚き、顔から血の気がひいていた。
ジョンにとってレオンは同郷の先輩。歳も近いのでレオンのことはよく見かけるし性格も知っていた。
レオンは他人に興味がなく迷宮内でレオンに助けを求めた新人冒険者に対し「なぜ? 俺には関係ないだろう」と言い助けなかったという有名な話がある。火魔法が得意な者は情熱的とよく聞くのだが、レオンに当てはまる言葉ではない。レオンは火ではなく氷魔法の方が得意なのではとうわさが立つほどだった。
そんな人が、子ども達に絵本の読み聞かせをしている。
ジョンは見なかったことにしようと心に決め、手綱をギュッと握りしめた。
ジョンの様子よりも、シロとクロの反応の方が重要なレオンは絵本を読み聞かせ続ける。
神話はこの世界を知るために必要不可欠。絵本には淡い色合いの挿絵が描かれているので文字が読めなくても絵で状況を知ることができるため、勉強にはちょうどいい。レオンはシロとクロに文字と絵を指し示しながら二回程読み聞かせた。
――――
原初の神は空と海の神を御造りになった。
空の神は太陽と月の神をお産みになった。
海の神は大地の神をお産みになった。
太陽と月の神は時の神をお産みになった。
大地の神は花の神をお産みになった。
時の神は太陽と月の神の争いを鎮め、出会わぬよう時を分けた。
花の神は大地の神の怒りを静め、土に種を蒔いた。
原初の神は人を創り、他の神達もまねをした。
全ての命は神達が産みし尊きものである。
――――
神話の内容は子ども向けと言うだけあって、神が何を産んだか簡単に書かれているだけだった。日本神話にも似た神話は、寺に行き神社に行きクリスマスケーキを食べるシロとクロにとって覚えやすい。マジックバッグからレオンの手のひらより少し大きめの黒い板と白い石のような物でできた小指程の棒をシロとクロに手渡した。
「文字の練習はこの黒板と白墨でやってくれ、布で擦ると文字は消える。二人の名前は一番上に書いたから消すなよ」
自分たちの名前を書いた後、絵本の文字を書き写そう。とレオンは言うので、シロとクロは自分たちの名前らしき文字を真似て書く。
元教師たるもの、黒板のようなものにチョークのようなもので書くなんて簡単だ。と言いたいところだったが、現代日本で使用されている使いやすいように改良された黒板とチョークではないため、滑らかに書けるはずもなく。苦戦を強いられながらも二人は文字の練習をはじめた。
教員免許を持つシロとクロなので、勉強することは苦にならない訳ではないが、覚えないとやばい! と二人とも感じていたので必死に単語を書いていた。
シロとクロが必死で読み書きの練習をしている最中、魔物が視界に入った瞬間レオンは馬車から飛び降りて炎をまとった剣で斬り燃やしてはすぐに戻ってくるを繰り返していた。シロとクロはレオンさんは強いんだなーくらいにしか思っていなかったが、ジョンとベルはレオンの強さに恐れと呆れを覚えていた。
通常馬車の向かう先に魔物が出た場合、馬車を止めて戦闘準備を始める。弱い魔物でも倒したら討伐部位を切り取って冒険者ギルドに提出すれば小銭はもらえるためだ。
なのにレオンは馬車を止めることはせず、魔物は斬ってすぐ燃やしていた。もったいないがAランク冒険者のレオンにとって小銭よりもシロとクロがディクタチュール国から出る事の方が最優先だったし、馬車の揺れを気にもせず集中し勉強している二人の邪魔をしたくはなかった。
ベルは御者席に座る夫のジョンの隣へ移動し、笑いながら言った。
「レオンさんて子煩悩な方なのね」
ジョンは妻の言葉に頭を全力で横に何度も振った。




