第10話
「次は服を買う」
食料や水などの必需品を購入したレオンとシロとクロ。
レオンは購入したものをマジックバッグに入れて、服を買いに行くぞと二人をまた抱き上げた。
シロとクロはもうあきらめていたが、道を歩いている冒険者達はレオンの様子を驚いてみていた。
ただの子ども連れならば子煩悩な親御さんねで済むところなのだが、レオンは冒険者達の間では有名人。紅蓮の騎士という二つ名をもつAランクの冒険者だ。いつも淡々しており、自分の力と立場に驕ることなく困難な依頼を達成する高位冒険者。憧れる冒険者は多くいる。
そんな人が子ども二人を抱えて歩いているのだから冒険者たちは気になってしかたがなかった。
視線を浴びながら着いた場所は、古着屋が多く並ぶ通り。その中の一軒に悩むことなくレオンは入っていく。
店内はハンガーにかけられた古着がたくさん並んでいる。大人用ばかりだが、子どもサイズの服も置いてあるようだ。
「グース、いるか?」
レオンが店の奥に声をかけると、古着の山から顔を出したのは艶やかなピンクブロンドの髪を持つ、しっかりめの化粧を施した骨格の大きな人。目の周りに施された紫色のキラキラ輝くアイシャドー、真っ赤な口紅は艶があり色気を感じる。武骨な四肢を隠すことなく、赤く派手なドレスの裾からあえて見せるその姿は堂々としていた。
「あら、レオン。隠し子?」
「違う。冒険者ギルドの保護対象だ。この二人とヤマトノ国まで行くから旅用の服を選んでくれ。三日分でいい」
「あんた面倒みられるの?」
変わろうか? 心配するグースにレオンは首を横に振る。
「俺の依頼だから問題ない、それにこいつらは手がかからん」
「ふうん、レオンが珍しいわね。まぁいいわ。三日分の子ども服ね」
ふたりともおいでなさい。とグースに呼ばれたシロとクロはチラリとレオンをみる。レオンは「あいつの見た目は派手だが目利きは鋭い。いいものを選んでもらえ」と二人の背中を押した。
シロとクロはグースの見た目のインパクトに驚いてしまったが、現代日本も似た趣味の人は多くいた。自分たちが気にすることではないと思いグースの近くまで駆け寄る。
グースは見た目に驚かれることは慣れているため二人の反応を気にはしていなかったが、すぐ気にしなくなった子ども達には驚いていた。普通はもう少しジロジロと観察されるものだ。
「私はグース、冒険者兼古着屋を経営しているわ」
「私はシロです」
「俺はクロです。グースさんはなんで冒険者と古着屋もやっているんですか?」
「それはね、私の着たい服がなかなか売ってないからよ」
だから集めることにしたの、うふ。と笑うグースの堂々した立ち振る舞いと女性的な動きは、クロの身近な女性だった妹やシロにはないものだ。クロはそっとシロを見ると、シロは視線に気づき「んだごら」と喧嘩腰にクロを睨みつける。そんな二人のやり取りに気づいていないグースは子ども服を置いている場所を漁りだす。
「二人ともどんな服がいいかしら。旅に出るなら動きやすく破れにくいものよね。私も見繕うけど二人も見て回っていいわよ」
グースの言われるがままに店内をうろうろし始めるシロとクロ。レオンは店の端に椅子を持ってきて本を読み始めた。シロとクロには本のタイトルが読めなかったが、グースはチラリとみて吹き出してしまう。
『人族における養育論(精神的ダメージを負った子たちの支援について)』と書かれたタイトルの本をレオンは読んでいた。レオンと付き合いの長いグースは、先ほど冗談で隠し子かと聞いたのだがある意味では間違いなかったのかもしれない。女性と遊ぶこともなく、男友達とも誘われないと遊ばない。無表情、冒険者業以外は興味無しの男が子育てには興味があるなんて面白すぎる。グースは仲間の魔法使いへお土産話が増えたとよろこんだ。
グースが爆笑している間シロとクロは自分の服を探していたが、シロは現代日本ではマネキンが着ている一式をそのまま買って着ればよいと思っていたし、幕末時代は仲間やクロが準備していたものを着ていたので困っていた。クロは幕末時代に妹がいたので服選びには慣れていた。クロは困った顔のシロに服を当てて悩んでいる。
「うーん、この青磁色の服がいいな襟も詰まって首も寒くなりにくいし。あとは適当にズボンをあわせて……シロ、サンダルかブーツどっちがいい?」
「え、あー、サンダル?」
「んじゃシロはサンダルで俺はブーツにしよう。今の身長だとサイズは同じだろうし、シロが嫌になったら交換しような」
「クロ君、このベルトもいいわよ。ランブルっていう牛の魔物の革を使っているんだけど、洗えるから手入れも楽なのよ」
クロとグースから着せ替え人形にされているシロは天井を見上げた。
なんでもいいからはよして……。
シロとクロの服は決まった。襟が詰まった青磁色の上着に灰色のズボン。革の腰ベルトはシロの分だけ太めの物を選んだ、着物の帯のような役割と武器や他の道具を隠せるようにクロが選んだ。
仲の良い双子のようにシロとクロの服装をワザと似せたのは、どちらかに何かあった際探しやすくなり、他の人間に助けを求める際見た目の説明がしやすいから。
同じような服と下着類を三日分を選び満足したクロと、疲れた顔のシロにグースは「ちょっとだけ色を足しましょうね」と言って、茜色のスカーフをシロのひとつ結びの髪に結び付ける。クロには腰につけると良いわと言って同じ色のスカーフを腰に結んでくれた。
最高に可愛いわね、レオンが面倒をみたくなるのも納得だわ。グースは双子のお揃いの服に満足し頷いた。
店の奥で本を読んでいたレオンは、終わった頃を見計らいシロとクロに声をかけた。
「決まったか? ならこのマントを着て早く行くぞ。まだ買うものはあるからな」
シロとクロにマントを渡したレオンはグースに金を払い一人で外に出てしまった。マントを渡された二人はいつの間にマントなんて用意したのだろうかと首を少し傾けながらマントを羽織る。
「それ、レオンが使っているマントの丈を直したものなの。昨日突然直せって言うから何かと思ってたけど! レオンが使っているのはアッシュウルフの毛で作った高級品よ、大切に使ってね」
ばっちん! とウインクを決めたグースはシロとクロの背中を押して「いってらっしゃい、また会いましょう」と店から二人とレオンを見送った。
高級品と聞いてマントの居心地の悪さを感じた貧乏性のシロだったが、クロは高いものは基本良いものだとわかっているので気にしていなかった。
その後、レオンに防具屋と武器屋に連れて行かれた。どちらもレオンの知り合いの店ではあるようだが、グースほど気安い関係ではないようだ。
シロとクロ、どちらも人斬りにはなれているが対魔物の戦闘は分からない。レオンに何を選べばいいかわからないとシロが言うと「俺を参考にしろ」と言って灰色のマントに隠れた装備を二人にみせてくれた。
謎の金属で出来た胸当てに、膝から足までを守るように出来ている謎金属で出来た具足のようなもの。ファンタジー漫画やゲームでよく見る剣士の服装といった出で立ちのレオンは、正直シロとクロに真似はできない。
幕末時代クロは鎖帷子と小手くらいはつけていたが、シロに至っては動くのに邪魔だと防具は身につけていなかった。
流石にそんな真似は魔物にできなさそうなので、レオンが勧める革の胸当てと小手のようなものをシロとクロは買ってもらう。
武器は護身用の短剣を二本購入したレオンが一本ずつシロとクロに渡した。ディクタチュール国では防具も武器も良いものは少ない、最低限旅ができる装備を整えようとレオンは考えていたのだ。
そんなレオンの考えなど知らない二人は観光気分で買い物をしていた。どうせ刀は無いし、振り回すつもりもない。レオンという先輩の言うことを聞くことが今の現状の最適解だと思っていた。
買い物を終えた三人は冒険者ギルドの裏口まで戻ってくる。レオンは二人をギルドの中に入れ「ガーネット様によろしく」と伝えた。一緒に来ないのかと不思議そうにレオンを見つめた二人。レオンは少し頬を緩める。
「クリス、王城で会った菓子をくれた男は覚えているか? そいつから王城内で動きがあったと連絡が入った。シロとクロが生きているとバレると面倒だからな、明日の朝にはヤマトノ国へ出発しようと思う。その準備に俺は出掛けて来るが、お前たちはガーネット様と待っていられるな?」
「うん、私は大丈夫です。クロは?」
「俺も平気~」
「よし、今日は腹いっぱい飯食って早く寝ろ。明日から旅をしながら冒険者とは何かを嫌ってほど教えてやる」
「じゃあな」と言って去って行ったレオンにシロは「ばいばーい」と手を振る。レオンも手を振りながら去っていく。
クロは子どものような行動をするシロに驚いていたが、シロも自分の行動にハッと気づいたようだ。
「やばい、体と心のバランスが可笑しい。え、私だけ? クロは?」
「俺はわかんねーけど、まぁいいんじゃないか? 3回目の子ども時代を楽しもうぜ」
シロはまともに子どもの時間を楽しんだことはないだろうし。とクロは思っていた。
この相棒は現代日本も幕末時代も、親がいない為ハードモードな人生を送って来ていたのだ。今回くらい人生一周目向けのイージーモードで進めても問題ないだろう。
シロは恥ずかしー! と両頬に手を置いて落ち着かない気持ちを収めようとしていた。人生経験は他人よりも豊富とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。精神が大人だと知っているクロに見られたことも恥ずかしかった。
「あ、レオンさんに文字習いたいっていうの忘れてた」
「大丈夫だろ、あの人俺たちの事ちゃんと見てくれてるし」
「そうなの?」
そうなの。頷くクロにシロもよくわかっていないまま頷き返した。




