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第1話 生きにくくて死ににくい現代社会よ、ただいま。


 新学期。

 生徒にとって新しい生活と出会いのはじまりの季節。それは生徒を指導する教師達も同じ。

 職員室では新規採用された職員達を校長が紹介していた。


「えー続きまして産休に入った佐々木先生のかわりに、新学期より講師として働いていただく深山みやま先生だ」


 校長の紹介の言葉に続くように「深山です。よろしくお願いします」と紹介された女性、深山は頭を下げた。

 長く黒い髪をひとつに結い上げている髪型、白いシャツのボタンは一番上まできっちと閉められていて、灰色のカーディガンを羽織っている。膝下までのタイトスカート、中には黒いタイツ。無難な格好の、大人しそうな女性講師だ。

 未婚の男性教師達は若い女性講師に少し鼻息を荒くさせている。他にも働いている女性講師はいるのだが、みな既婚。

 若い教師達は出会いに飢えていた。

 そんな中、ある若い男性教師はただ驚き固まっていた。


「机は黒田くろだ先生の隣を。黒田先生は深山先生に校内の案内してください」


 校長に案内を頼まれた黒田は驚くのを辞め、諦めたように「はい」と了承する。

 その後も続く校長の話に職員達はみな疲れ果てていた。校長は上司として悪くはないが、話が長い。

 疲れた顔の職員達は視線を校長の後ろにある電波時計へ向いていた。だが、黒田だけはチラチラと深山の方をみては視線が合ってそらしてを繰り返していた。深山は鬱陶しいなと思いつつ我慢していた。

 

 校長は一時間ほど話して満足した。ぞろぞろと己の仕事をするべく職員室を出ていく教師達。黒田も職員室を出ようと立ち上がる。


 「深山先生、今から案内しますのでついてきてくれませんか?」


 黒田に頷いた深山は立ち上がり、黒田と共に職員室から出た。

 新学期と言っても授業はまだ始まっていないため、校内はとても静かだ。部活のため登校してきている生徒たちもいるが、今廊下には誰もいない。

 二人の足音だけが廊下に響く。無言で廊下を歩く二人。案内をするといった割に、教室の説明をしない黒田に深山は溜息を吐いた。


「いつまで黙ってるんですか黒田先生。ちゃんと案内してください」

「の、脳内情報処理にですね、時間がかかってるんですよ深山先生」

「そうですか」

「……よし。なんでお前がここにいる?」

「いや、こっちの台詞」


 「あ?」と睨み合う二人。どこからどうみても子どもたちを導く教師がする顔ではない。子どもたちが関わってはいけないタイプの顔だ。


 深山真白、二十八歳。

 黒田海斗、二十八歳。


 二人は所謂知り合いというものだが、幼馴染とかご近所さんとか元同級生とか。そんな簡単に説明できる間柄ではない。

 共に死線を潜り抜けた。共に同じ釜の飯を食った。共に仲間たちの死を悼んだ。

 どこぞ小説や漫画のような出来事を、深山と黒田は経験してきた。


「ところでクロ、黒田先生は体育教師だっけ?」

「おう。シロは国語教師だよな?」

「うん、でも講師だからほどほどに仕事する。余計な仕事はいらない、逃げる。」

「いいなぁ、俺去年から担任持ってるからさー。逃げられない逃げたい」

「頑張れブラック戦士」


 「あと人前でシロって呼ぶな」と深山が釘を刺すと、黒田は「わーってるよ」と返事をした。


 改めて学校案内を始めた黒田の後を深山が追う。典型的な高等学校の校舎は、教室を覚えやすい。深山もこれで迷子にはならないだろうと納得し、案内は終了した。

 二人が職員室へ戻ると深山は国語教師から年間計画表やら既にいない前任者佐々木先生作の教案を貰い、新学期に向けての準備を進めていく。

 黒田も慣れたように教案やらクラス名簿の難読な名前を確認をし、読み仮名を振る。隙を見つけては深山にちょっかいを出していた黒田だが、他の教師陣にバレていないらしい。

 黒田のイタズラに苛立った深山は手持ちの付箋に「十九時、裏門にて待つ」と書き黒田に渡す。黒田は「そこは体育館裏だろー」と悪態をつきつつ笑いを堪えていた。




 十九時半、裏門。


 まだ肌寒いが春の匂いと、夕飯の匂い。あの家はカレーだ。

 鼻水をすすりながら黒いコートを着た深山は黒田を待っていた。教頭に捕まっていたからまだ来ないだろうなと深山は思っていると、灰色のダッフルコートを着た黒田が姿を見せる。


「遅い。このオレ様を待たせるとは何事だ」

「ジャイアニズムゥ。教頭先生に捕まったんだよぉ許せ」

「いいよ。呑みにいくかラーメン食べるか、どっちがいい?」

「呑んでからラーメンに決まってんだろ」

「承知」


 「私この辺知らないから適当に連れてけ」という深山の不遜な態度に、黒田は慣れたように「りょーかい」と頷く。

 黒田の案内で学校から少し離れたチェーン店の呑み屋に向かう。近くだと生徒の保護者エンカウント、出会ってしまう確率があがるのだ。出会った次の日には「先生あのお店にいたでしょ!」と噂になり、面倒な事しか起きない。果ては教頭先生にネチネチと小言を喰らうのだ。


 二人は焼き鳥男爵と書かれた店に入る。黒田は席へ着く前にビール2つを注文し、席についた。深山も席につきメニュー表をジッと見つめる。ふたりともビールが届くまで無言で、異様な雰囲気が漂っているようにも見えた。

 店員が「ビール2つおまちどうさまでぇす!」と二人の前に、金色に輝く液体と純白の泡がのったグラスを置いて去っていこうとるのを深山が止めた。焼き鳥セット2つ、おでん、卵焼きの出汁びたしを注文した深山。黒田が横からコーンマヨ焼きと刺身の盛り合わせ! と注文し、店員確認したあと「おまちくだーい」と言って去っていた。

 深山と黒田はグラスを持った。「乾杯」とふたつのグラスを合わせ、一気に飲み干す。動く二人の喉、二人同時に息を吐き出した。


『うまい』


「真似すんじゃねーよ」

「お前こそ真似すんじゃねーよ」


 「あぁん?」と睨み合っていた二人。何かが決壊したように「ふふはは!」 「あはははっ!」と突然笑い出す。

 先に出来上がったおでんとコーンマヨ焼きを置きに来たらしい店員がドン引きしている。引いている店員に二人とも気づいているが、気にする二人ではない。


「まさか『こっち』でクロに会うとは思わなかった」

「そら俺の台詞だ。つかシロお前『俺が死ぬわけないだろ?』とかほざいてた癖に死んでんじゃねーよ! 後始末大変だったんだぞ」

「後始末? 持ってたヤバそうなものは全部片付けて燃やしたし、根回しもしてたんだけどなぁ」

「違ぇ、仲間のことだよ。特に柏がヤバかった。後追いするところだったんだぞ」

「ありゃ、ごめん」


 「それは予想外」と苦笑する深山に「いや、俺は予想内だった」とコーンマヨ焼きをスプーンですくって頬張る黒田。


 この二人が何を話しているのか、普通の人間ならば全くの意味不明だ。聞き耳を立てていた隣の女性も、死んだとか後始末とか不穏な単語が聞こえたので聞くのをやめた程。

 

 この二人は『普通』ではない。

 深山はある時、突然闇に飲まれ森の中に放り出された。何故か子どもの姿になっていた。

 黒田もある時、突然闇に飲まれ知らない屋敷の庭にいた。何故か子どもの姿になっていた。

 深山はそのまま森の中を一週間ほどさ迷い、ある人間に拾われ、男として育てられた。

 黒田はとある屋敷の人間に拾われ、養子として迎え入れられた。


 ふたりは十六になった頃『京』と呼ばれる場所にいた。刀を持ち、背中を預け、動乱と呼ばれた時代を駆け抜けた。

 そして、深山は内乱中に命を落とし、黒田は深山の死から数年後、病で命を落とした。


 もう充分生きた。死の間際で深山は、黒田は思っていた。

 深山は銃で撃たれ、激痛と流れる血の量に薄ら笑い「やっと、終わった」と目を閉じた。

 次の瞬間には何故か見覚えのあるアパートのベットの上にいた。

 黒田も病に侵され、寝たきりになり呼吸も苦しくなり「やっと終わった」と目を閉じた。

 次の瞬間には見覚えのある一軒家の玄関に立っていた。


 ふたりとも元の場所に戻ってきた。死に際の痛みも、苦しみもなくなっていた。

 

 そして、今に至る。

 他の誰かに話したならばどこのラノベだとか、頭は大丈夫か? と心配されるだろう。精神的に疲れているのだろうとカウンセリングや通院を勧められるかもしれない程だ。

 

 深山と黒田は確かに『過去』へ行き、『過去』を生きた。二人ともその感覚はあったが、たまに夢だったのか? とも考えた。

 それでも手に残る感覚、血に染まった刀、目の前で死んでいった仲間の姿を鮮明に覚えている。

 深山はその記憶のせいで不眠症になっていた。黒田も不眠気味で「病院とか行ったほうがいいのか?」と悩んでいたところだった。


 この話ができる唯一の人間と再び出会えたのは二人にとって幸運であり、ある意味不幸でもあった。

 あの楽しくて、面白くて、苦しくて痛みを感じる記憶は『夢じゃない、実際に起こったことだった』と証明されたのだ。

 

 深山はだし汁に浸かった卵焼きを2つに割り、片方を食べる。「うまー」と咀嚼しながら、残った片方を黒田の取り皿に乗せた。

 黒田が深山の皿に刺身を数切れ移動させていると、深山が「なんかさー」と話し出す。


「この時代って、生きにくくて死ににくいよね」

「あ? 何だよ哲学か? 俺単位取ってないぞ」

「私も取ってない。いやね、刀振り回してた時は『絶対死んでやるもんか!』とか思ってたし、生き甲斐もあったんだけど、現代では無いっていうか。ただ使われて終わり、って感じがして」

「まぁ色んな意味で消費社会だし、特に教師はブラックなお仕事だからな。でも生徒達は面白いし」

「コンビニの前でたむろってなきゃな」

「なんでコンビニ」

「コンビニの前でたむろってる学生ほど怖いものはない、おでんの玉子も買えぬ」

「敵味方に『紅き修羅』とか言われてた奴の台詞かよ」

「やめろ黒歴史」

「シロはなんで紅くなったんだろうな?」

「そしたらクロもでしょ。『蒼き刃』だっけ? 蒼とか刃はどこからきた」

「知らん」

「歴史書でも調べたら出てくんじゃね?」

「いや歴史は変えないっていって、俺たちの名前があるもの全部燃やしたのお前だろ」


 飯を食い、ビールをぐびぐび呑みながら話していく二人の会話は取り留めもなく、話す内容がポンポンと変わっていく。

 店員に「ラスト三十分ですが」と言われた時には二十一時を過ぎていて、「明日も仕事だし、ラーメンは今度にして帰るか」と追加注文はせず、残っていたビールを飲み干した。

 上着をまとった二人は、会計をきっちり割り勘で支払いそろって駅に向かう。


「私こっちだから」

「俺こっちだわ、あんまん買って帰ろー」


 別れを惜しむようなことはない。

 深山と黒田は、ひらりと手を振りあって改札口の向こう側で別れた。

 



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いい発想だね! 面白いと思います。 この調子で続きどんどん出してくださいね。 楽しみに待ってます!!
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