86.
ゼロさんは街に来ていいという許可がもらえることがよほど嬉しいらしく、嘘だったら許さないとか破ったら屋敷壊すからな、と公爵を脅してる。効果はそこまでなさそうだけど。
「ご自分で移動されますか?」
「あぁ、道は覚えてるからな」
「え、歩いていくの?」
どこに行くかは分からないけど、大変なんじゃない? あんまりこういう人混みを歩き回るのは慣れてなさそうだし、疲れるよ?
「人混みはある程度慣れてる。それに、最悪転移魔法を使うから問題はない」
そう言って歩いていってしまうけれど、ニーチェル公爵はいいのかな。ゼロさんを探しに来たのに離れてるけど。
「ゼロさんは魔術師候補なんですよね。魔塔じゃなくていいんですか?」
「あぁ、ここが産まれた国ってのもあるが、魔塔に幽閉状態ってのもあれだからな。ここは魔塔と縁があるし、俺が魔術師と親しいからって任されてるんだ。シエルとメルトの首輪係も俺だからな」
あぁ、納得……。
ニーチェル公爵もゼロさんがやる儀式とやらを手伝うらしく、あまり遅くまで出歩かないようにと注意をしてゼロさんと同じ方向へ歩いていく。
……そういえば、ニーチェル公爵はリリアナがいないのを聞いてこなかったけれど、何か知ってるのかな。
* * * *
「あの子は?」
「到着しております」
急いで追いかけて儀式のための建造物の中に入り様子を見に行くと、そこには血を連想させるほどの紅い髪を持つ青年と先ほどまで街で探し回ったあの子がいた。
「それで街に逃げてたのかよ…」
「逃げてはない。遊んでただけだ」
「逃げてたろ。嘘つくな」
どちらも顔を雑面で隠しているため表情は分からないが、笑ってないのは確かだな。
面倒だが、我が家は国ができたときからあるが、そのときからハゼルトの儀式などを手伝うことになっている。魔塔とも懇意にしているため、こう言った儀式も手伝わされるし、今代の魔塔当主である第一魔術師とも顔見知りなのもあり、面倒なことを度々押し付けられる。
「今代はお転婆だな」
「自分を選んだのはお前だろう」
「あんまり喧嘩はしないでくれよ。荒れるのは勘弁だ」
本来ならこうして俺が口を出すことすら重罪となるが、それを許容してしまうのがこの二人だ。昔から変わらず、こうして気を許した相手には甘い。
かつて、生命と呼ばれる者が存在しなかった時代。世界が造り出した三つの意思と、それに従う意思たち。やがて意思たちは自分たちの言語を作り、知恵を持ち、種を造り管理する存在を創造した。
古い古い、遠い昔。ほとんどの生きる者たちが知らない、彼らの話。関心を持たぬ意思と倫理観を持たぬ意思、感情を持たぬ意思の、悲劇とも言えるお伽噺。彼らの物語は続いており、死んでもなお、廻り廻って甦り、苦しみ続けている意思がいる。
その苦しみから解放できるのは、同じ存在である意思ではなく、心から彼女を心配し救おうとする子なのだろう。
「……何笑ってる?」
「いや、昔も見たことある光景だからついな」
「お前も大概変だな。昔と言うが、そこまで長くは生きていないだろう」
意思はいつからか【概念】と呼ばれ、信仰されてきた。目の前にいるこの小さな子どもは、ある意味その信仰対象と言ってもいいだろう。
「……いや、お前も天啓の持ち主だったか」
「俺のはそこまでのモノでもないさ」
感情を持たぬ意思と、感情に疎いこの子。どこか似ており、放っておけない。昔のシエルとメルトに似ているのもあるんだろう。
「……認めたくねぇけど、お人好しって言われるのも当たり前か」
こうした平和な時間が続けばいいと思ってる辺り、ちと平和ボケしてる感じもするな。




