113.
どうやら渡されていた腕飾りはハゼルト侯爵家……もっと言えばリリアナ嬢の客という証らしく、どこの国でもハゼルト侯爵家やリリアナ嬢に喧嘩を売ろうという人間はいないらしい。
「やっぱりすごいですね」
「リリアナ嬢はどこか、我々とは違うからね」
代々ハゼルト侯爵家との仲を取り持ち、交流を深めていた我が家だが、ハゼルト侯爵家について教えられるのは家督を継ぐ者だけ。俺は家督を継がないと昔から言っていたのもあり、ハゼルト侯爵家のことは何も知らない。
「……アイリス嬢は、リリアナ嬢と過ごして、違和感とかは感じないのかい?」
「違和感ですか?」
純粋な疑問。リリアナ嬢のことを知ったのは、ティアナが殿下の婚約者の令嬢に迷惑をかけ、父に叱られ泣いているときだった。父は呆れていたが、どこか切羽詰まった様子だったのを覚えている。
その意味を知るのは案外速く、リリアナ嬢と初めて会ったときに、理解した。
この子はヒトではない。
人と人の間に産まれた正しく人の子。それでも、彼女の魔力はとてもティアナと同年の子とは思えないくらいで、何か、理解のできない存在なのだと思った。父がティアナをあれだけ叱っていたのは、ティアナが迷惑をかけたことに対してではなく、彼女の怒りに触れる可能性があったからだ。
幸いにも、リリアナ嬢はティアナに何かするワケでもなく、友人になってくれた。
「んー、特には……。あ、でも」
「でも?」
「気のせいかもなんですけど、寂しそうに見えるんです」
寂しそう。リリアナ嬢が寂しそうか。
「アイリス嬢には、そう見えるのか」
リリアナ嬢が寂しそうなんて、とてもじゃないが出てくる感想ではないだろう。
やはり、違うのだろうな。初めて会ったときに、彼女をヒトではないと思ってしまった俺と、初めて会ったときから、友として接してきたアイリス嬢とでは。
「サジュエルさん?」
「……いや、なんでもないよ」
俺の勘違い、とは思えない。時おり見せるリリアナ嬢の冷たい視線は、何かに気づいたから向けられているものだと思っている。それでも、アイリス嬢やティアナたちにソレが向くことがないのなら、俺のすることはないだろう。
「サジュエルさんから見たリリアナって、どんな感じなんです?」
「俺から見たリリアナ嬢?」
「気になるじゃないですか。友だちのことをどう見てるのか」
最初は恐怖があったが、今はティアナの友人だし、仲もいいと思っているが、そういうことを聞きたいんじゃないだろうな。
「俺から見たリリアナ嬢は、危うい令嬢、かな」
「危うい?」
「彼女はどこか、命を軽視しているように見えてしまうんだ」
初めて会ったときに感じた恐怖とも言えるソレとは別なのかもしれないが。
「自分が傷つくことに躊躇いがない、とでも言えばいいのかな。自分の命を利益に天秤にかけ、それが利益に傾けば簡単に自分の命を捨てる。そんな風に見える」
愛国心とはまた別なのだろう。父が言うには、ハゼルトに愛国心は存在しないとのことだ。もちろん、例外はあるだろうが、リリアナ嬢にあるのは義務だけだと言っていた。
「……利益。そっか、そういう……」
アイリス嬢は「だからあのとき」「先生も」と何か呟いている。それがなんなのかは分からないが、何か助けになったのなら嬉しいな。