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その五

* 今回、現代においてはよろしくない表現が出てきますが(これまでにもあったかもしれませんが)、当お話の舞台である江戸時代では気にせず使っていたと思われる表現ですので、ご容赦をm(_ _)m

 

 四半刻(約30分)後、新十郎は顔から首に白粉を塗ったくられていた。

 まんは嘘を言っていなかった。優男に化粧するのは、まんとせんが好きなだけでなく、頭の好きなことでもあったのだ。

 新十郎が間抜けな声を出した直後に頭はこう続けていた。

「こいつは綺麗に化けるんじゃねえか。ぜひ見てみてぇ。おまん、おせん、頼んだぜ」

 呆気に取られ、新十郎はすぐには言い返す言葉が浮かばなかった。妙な間合いの後に言った。

「お、おい、俺は女形やるためにこんな山ん中へ来たんじゃない。仲間に入れてもらおうと思ったんだ」

「それならお頭の言うことを聞きな。減るもんじゃなし」

 三番手の浪人風体の、顎のはった顔立ちの男がニヤニヤしながら言ってきた。

 ――出たな、陳腐な言い種。この場合は、別の問題が……

「本気で仲間に入ろうってんなら、どうってことないでやしょう。綺麗どころになって、ちょいと宴を盛り上げてもらおうってだけだ。余興ですよ、余興」

 櫛間村の名主一族である二番手が笑みを浮かべて言ってきた。間近で見ると、そのデカさに男としては小柄な方の新十郎は後ずさりたくなったが、なるほど、新兵衛と目鼻立ちに似ているところがある。

 その隣に立っている頭の目は、面白がっている目で、新兵衛のような欲望丸出しの目ではなかった。前に襲撃された時には、落ち着いて人相を確認できなかった新十郎は、改めて見た頭の風貌になんとも言えない違和感を感じた。髭を生やしているが、鋭さを消した目にはどこか落ち着いた雰囲気がある。山賊にしては荒くれ者の雰囲気が少ないと新十郎は思った。知恵者という気がした。だからこそ、頭になっているということか。

 黙って新十郎は頭を冷ややかに見つめた。頭に新十郎の冷ややかな視線を気にした風は全くなかった。


 化粧されながら、新十郎がまんとせんから聞いた話では、頭が三年前に初めて江戸へ行き、初めて本場の歌舞伎芝居を見た時に、赤姫役の若女形に見惚れたのが、化粧であんなに変わるのかという好奇心を掻き立てられ、化粧で化けそうな男に女装させて宴に侍らせる趣味の始まるきっかけだったらしい。女装のデキが良い場合はもちろん鼻の下を長くして楽しむが、悪い場合もそれなりに楽しんでいるという。山嵐にかつて色子をしていたような男はおらず、化粧姿は純粋に芝居を観るように観て楽しんでいるだけのようだが、聞いていて新十郎は頭がくらくらした。

 ――化粧落とす必要なかったな……


 この廃寺については、山嵐の拠点の一つで、まんとせんは一座と別れてからは、この庫裡の一室に寝泊まりし、近郊の村や町に稼ぎに出掛けているらしい。

 複数の隠れ家を持つ山嵐だが、ここ数日は毎晩この廃寺で休んでいるという。

 新十郎は思わず白粉や紅を片付けているまんとせんを交互に見つめた。

 そんな新十郎の視線に考えを察したらしいまんが答えた。

「山嵐は山賊だけど、極悪人じゃありませんよ。何より仲間を大切にしてくれる」


 幸い、まんの化粧は妻と少し違っていた。新十郎はそんな風にするとこうなるのか、覚えておこうと嫌がっている風を装いながら、しっかり観察した。

 頭は垂髪のまま、纏めている紐を明るい色に変えて肩から前に垂らすようにし、着物は帯を橙色系の太い女物に変えただけで済んだ。

 実は新十郎の下帯はこの時も畚褌で、褌一丁になると、ひょっとして女装馴れしているのではないかと追及されかねないところだったから、着物を変えることがなくて、心底ホッとした。

 そして、新十郎は化粧の間、まん、せんと話しつつも、五感を働かせて近くに七之助の気配がないか探っていた。

 山嵐に捕まったのでないならば、弥右衛門一家を襲った賊ということになる。そっちは見たことがない連中なのだから、見つけるのも大変だ。

 ――七之助、これ以上の面倒はごめんだ。こいつらに捕まっててくれよ……


 まんの化粧は、新十郎が本気で女に化ける気のないこともあり、いつもより男くさい化粧顔になった。それでも山嵐の頭は、満足して喜んでいた。

「この前、とびっきり綺麗なのがいたのに、見失っちまって惜しいことしたと思ってたんだ。そいつよりはちょいと落ちるが、久しぶりの大当たりだ」

 頭は新十郎の顔をニヤニヤ笑ったまま見つめている。

 新十郎は男振りで酌をしていたのが、思わず動きが止まった。

 ――まさか、あの時、突然襲ってきたのは、芸妓姿の俺に酌をさせようと思って?それならそうと言ってくれれば、あんな大騒ぎすることなかったのに……

 もしもそうなら、足を挫いたことがあまりに虚しい。どんどんあの目安箱の訴状も怪しく思えてくる。

「それで代わりになりそうな、化粧ばえしそうな若い男を捕まえたりしたんじゃなかろうね?」

 新十郎はなるべくさりげなく、軽い調子で尋ねた。もちろん七之助を念頭に尋ねたことだ。

 途端に頭の目が鋭くなった。警戒する目だと新十郎は思った。

「確かに若い男は捕まえたが、面白味のない奴なんで、あるところに閉じ込めてある」

 面白味のない奴。まず七之助に違いない。新十郎は心の動きを隠してさらに軽い調子で尋ねた。

「何のために?」

「ちょいと気になるからさ。何かに使えるかもしれねぇ」

「……手下にできるかも、と?」

 頭はニヤリと笑った。

「そういうこともあるかもしれねぇ」

 不気味な笑みだった。やはり只者ではないと新十郎は思った。化粧ばえする男の女装を楽しんでいるのは確かだが、常に冷静な部分がある印象なのだ。


 その若い男をどこに閉じ込めているんだと訊きたかったが、そんなことを聞けば間違いなく警戒される。新十郎は探り出す別の方法を考えながら、頭の盃に酒を何度も注いだ。

 新十郎に酌をさせるだけでなく、頭の方も新十郎の盃に次から次へと酒を注いでくる。

 まんとせんも酌をしたり、返されたりと、よく飲んでいる。

 ――酔わせて好きにしようってんじゃないよな?

 そんな疑惑が頭に浮かんだが、宴の雰囲気はいたって()()()としたどんちゃん騒ぎだった。

 新十郎は弥右衛門一家を襲った賊のことも頭に尋ねたかったが、弥右衛門一家が押込みにあったことを麓の町の人々は知らなかった。まともに聞いては「何で知ってるんだ?」となる。

 酒を飲んだり飲ませたりしながら、なんとか思いついたのは、「この辺りを根城にしているのは、あんた達だけみたいだが、他から乗り込んでくる奴はいなかったのかい?」という問いだった。頭の盃に酒を注ぎながら言った。

 頭は新十郎の顔をじっと冷静な目で見つめてきた。かなりの酒を飲んだはずだが、酔った目ではない。

「おめぇさんが、その他から来た奴かもしれねぇな」

 そう言ってから、くいと盃の酒を一息に呑んだ。

「疑り深いな。確かにここへ他所からやって来たが、あんた達と喧嘩しに来たんじゃない。俺は一人なんだぜ」

「別にここいらを俺のシマだと言い張るつもりはねぇが、勝手な真似はさせねぇ。相手がどんな奴でもな」

 頭は新十郎の盃に酒を注ぎながら、そう言った。

 ――弥右衛門一家を襲った連中を放ってはおかないということか。山で騒ぎがあったとは聞こえていないし、昨日、今日に通った辺りに騒ぎの痕跡はなかったが、もう落とし前をつけさせたのだろうか?

 疑惑を抱かせずにそれ以上訊くのは難しいと新十郎は判断した。それからは開き直って、女振りにならないことを心がけながら、どんちゃん騒ぎを楽しむことにした。酔っぱらって踊り出した二人の男を囃して、さらに悪のりさせた。それが頭を警戒させない一番の方法だと考えて。この宴の資金を不本意に提供することになった、襲われた旅人には心中で手を合わせながら。


 疲れ知らずの山嵐達だったが、明け方近くには皆寝入っていた。

 新十郎は帯を元の紺地にしめかえ、有明行灯から手燭に火を移して、そっと庫裡を抜け出した。

 頭の言う、面白味のない若い男が閉じ込められているのが庫裡だとは思えなかった。宴が始まる直前に庫裡に現れた男が一人いたのだが、その男は七之助の見張りをしていたと新十郎は思うのだ。

 本堂の地下に通路のある寺がたまにある。この廃寺もそうではないかと新十郎は考えた。

 忍び足で本堂へ向かう。


 新十郎は人の気配を窺いながら、傾いた本堂にそっと足を踏み入れた。人を閉じ込めているのだから、誰か見張りをしているかと思いきや、それらしい人影も気配も全くなかった。真夜中にこんな山中の荒寺へ来る奴は自分達しかいないと思ってのことかもしれない。

 新十郎は抜き足差し足で本堂の中を見て回った。本堂の端に通路があった。そこを手燭で照らすと、床に階段が見えた。これだけ無防備だと却って疑いを持たないような気はした。

 新十郎はそろりそろりと階段を降りていった。どんなに静かに足をおろしても、古くなった木の階段はミシリ、ミシリと軋む音を立てる。

 一番下に降りた時、微かに寝息が聞こえた。気配も馴染みのある感じだ。くるりと向きを変え、階段の後ろを覗き見た。

 そこは三畳ほどの座敷牢になっていて、中に両手は後ろに、両足は膝と足首を縛られた男が膝を曲げて寝転がっていた。間違いなく七之助だ。

 その姿勢に何故か猫を連想した新十郎である。同時にそんな格好でよく眠れると感心した。

 座敷牢に近づくと、牢の造りと扉につけられている南京錠を暫く調べた。牢は最近作られたものだ。作ってからせいぜい五、六年といったところだろうと新十郎は思った。

 南京錠は大振りで、解錠は簡単ではなさそうだった。無理かと諦めかけた時、新十郎は座敷牢の向かいに棚があることに気がついた。手燭で照らすと、どう見ても南京錠の鍵としか思えないものが棚板の上に転がっている。

 ――嘘だろ……

 あまりの無防備さに、罠ではないかと、新十郎は警戒した。

 手を伸ばす前に、じっくり鍵とその周囲を目で調べた。何も無さげだ。

 人が良いのか鈍いのかよくわからない連中は、櫛間村の人々だけではないらしい。山嵐も櫛間村に関係してはいるが、全員が櫛間村出身というわけではないのだから。

 新十郎は素早く鍵を手に取り、牢の扉を開けた。鍵を開けただけでなく、南京錠そのものを外して牢に入ったのは、身についた用心だ。

 新十郎は小声で名を呼びながら、七之助を揺すり起こした。

 うーんと一つ唸って七之助は目を開けた。それからぼうっとした顔つきで新十郎の顔を見上げた。直後に「うわっ!化け物!」と声を上げた。

 新十郎は間髪いれず、七之助の頭を叩いた。

「いってぇ……」

「艱難辛苦を乗り越え、助けに来てくれた大恩人の大先輩に化け物だと?」

 新十郎は七之助の襟をつかんで己の顔に引き寄せた。ちなみに、七之助の方が二寸ほど背が高いので、座っている時にしか脅す効果はない。

「もう一度言ってみな。誰が化け物だって?」

 手燭の弱い灯りに見えた七之助の顔は強ばっていた。

「い、いや、その……天方さん、いつもの化粧と違うから、そ……その白さは……蝋燭一本の灯りで見たら……」

 冷静に状況を思い浮かべると、驚くのも無理ないと思った新十郎だったが、そんな素振りは微塵も見せず、さらに七之助を追い込んだ。

「おまんが施した化粧だからな。おまえがもう少し面白味のある男だったら、こんな化粧されることはなかったんだ。どうしてくれる?そもそもおまえが山嵐に捕まらなければ、起きなかったことだ。何で捕まった?」

「それは、その……誠に面目ありませぬ。ところで、早く縄を解いてください」

「あ、そうだな」

 新十郎は手燭を床に起き、七之助の腕を縛っている縄をほどいた。足は自分でほどけと手燭を再び手に取った。

 座敷牢の中と外を見回しながら、七之助に催促した。

「それで、何があったんだ?」

「先にここを出ませんか?」

 膝に続いて足首を縛っていた縄も素早くほどいた七之助が痛そうに立ち上がりながら言った。


 新十郎と七之助は足音を忍ばせて廃寺の境内を走り、井戸端に繋いであった馬を引いて傾いた門を出た。

 朝焼けが始まりつつある山道を進みながら、新十郎が七之助に捕まった経緯を話せと三度めの催促をしようとしたら、七之助が先に口を開いた。

「飯屋で山賊のことを聞き込んだら、ちょっと面白いことがわかりましたよ」

 新十郎は黙って先を促した。

「最近は確かにあまり現れていないけれど、六年くらい前までは櫛間村から南でもかなり派手に追い剥ぎや押込みが起こっていたそうです。山嵐という名で呼ばれてはいなかったようですが。そいつらがある時からほとんど現れなくなった。代官所が捕まえたという話も聞こえてこなかった。そんなことがあったらしいんです。北側では相変わらずそこそこ起きているので、単に場所がえしただけかもしれませんが……」

「ふむ。六年ほど前に何かがあったってことか。もう少し正確な時期が知りたいな……で、何で山嵐に捕まったんだ?」

 天方の三度目の催促に、七之助はしぶしぶ語り始めた。

「櫛間村へ戻ろうと山道を急いでいたら、女が道の端に屈んでいて……連れも女で……」


 屈んでいる女が苦しそうだったため、困っているのかと近づいて「大丈夫ですか」と声をかけたら、女達はまんとせんだった。あっという間に七之助は山嵐の面々に囲まれた。

 七之助の顔を見た山嵐の頭は言った。

「おまえはこの前の奴じゃないか。相方の()()はどうした?」

「あんた達との戦いではぐれた。だから、こうしてこの辺りを彷徨いてるんだ」

「そうかい。それなら、おまえを捕まえておけば、あの女男が現れるかもしれねぇな」

 先の戦いで山嵐の力をよく知る七之助は無駄な抵抗をせず、おとなしく相手の言うことに従った。


「なんともありふれた古典的な手に引っ掛かったものだ」

 呆れた口調の天方を、七之助は薄暗い中でもわかるほど顔を紅潮させて睨み付けた。

「天方さんのせいじゃないですか!山嵐の頭の狙いは天方さんだったんですよ!」

「囲まれたのは俺のせいではない。それに俺が狙いにしちゃ、連中、見破れなかったぞ」

「天方さんのあの厚化粧は、大抵の人が素顔の見当が全くつきません」

 と、勢いよく言ってしまってから、七之助ははっとした顔つきになって付け加えた。

「稀に見る美人に化けるんですから……」

「とりあえず、褒め言葉と取っておこう。連中、俺の行方はわからずじまいなのかな。櫛間村の中で結構噂になってるみたいなんだが……」

「櫛間村に稀に見る美女が現れたという話は彼らの耳に入っていました。ですが、何故か『稀に見る美女』ですよ、『美女』。『女男』ではないらしいと……近々様子を見に行こうとはしてました」

 そこまで言って、七之助は首を傾げた。

「櫛間村の人達、どうなってるんですかね?普通、わかりますよ。すぐにはわからなくても、少し経てば……山嵐の連中は一目で見抜いたわけで……」



 朝日が注ぐ中、友吉親子に見つかった地点よりもう少し上流の川縁で、七之助を見張りに立て、新十郎は化粧しなおした。櫛間村へ、友吉の家へ戻るためだ。

 妻直伝の方法に自身の工夫を加えた化粧法で顔を整えると、くるりと新十郎は七之助に向いた。

「どうだい、いつもの顔だろ」

 七之助は恐る恐るという雰囲気で振り向いた。

「はい、芸妓としてのいつもの顔です」

 そう言ってから、かぶりを振って呟いた。

「これだけ変わると、化粧してる人が皆信じられなくなる……怖くなる……」

 小声でも、しっかり新十郎には聞こえていた。


 新十郎は化粧をやり直した後には元の小紋に着替え、その直後に七之助とは別れた。代官所を調べに行かせたのだ。

 新十郎自身はというと、酒の臭いを抜くことと探索を目的に、手拭いで頬かむりした上に笠を被り、まずは山の上からじっくりと櫛間村を眺め、それから村の周囲を見て回った。

 村に入る四半里(約1km)近く前から横座りに変えてしおらしく馬に乗り、村の周囲を見て回った後には、南の友吉の家近くからではなく、わざわざ北から入って村の中を縦断した。

 村の外でも内でも、怪しげな動きをしている者は見当たらなかった。

 土地に絡めば証しを掴みやすいのに、残念ながら、櫛間村の秘密、あるいは不正は、証しを掴むのが厄介な人の問題だ。

 人の問題といっても、あの己の欲望を満たすことしか頭になさそうな新兵衛に裏があるとは、新十郎に思えなかった。

 ――何らかの不正に繋がっているとしたら、弥右衛門か、二番手の実家の主、丹兵衛だろうな……

 弥右衛門は見舞いを口実に家に行ける。弥右衛門を見舞いに行けば、丹兵衛は弥右衛門と仲が良いらしいので、弥右衛門の家で会うことができそうだと新十郎は思った。

 村に入ってからは、田畑で働いている人々がチラチラと自分を見ている。馬に乗っているだけで目立つだろうに、その人物は小紋を着て頬かむりに笠を被り、ちらりと見える顔は白塗りだ。あやしくないわけがない。

 こちらを窺う人達に笑顔で手を振ってやろうかと思った新十郎だったが、今は余計なことをしてはいけない、挨拶は途中で見かけるはずの友吉親子にだけしようと考え直し、黙りでろくの家に向けて馬を進め続けた。






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