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その十一

 

「頼みを引き受けるかどうかはわからぬが、聞くだけは聞こう」

「だから!女振りで頼むと言ってるだろう……」

 ろくのような女振りにしようかと一瞬思った新十郎だったが、うだうだとしたやり取りで時間をかけるわけにいかないし、実方の様子は本当に頭痛で苦しんでいるようだったから、芸妓の外向きの女振りで言った。

「頼みとは何ですか?言ってみてくださいまし」

 実方は軽く頷き、新十郎の目をまっすぐに見つめて言った。

「お主を男と見込んで、お主の侍としての腕を見込んでの頼みだ」


 今度は新十郎が仰け反りかけた。

「言ってることが矛盾してないか?なら、男振りで良いではないか」

「男振りするなら、化粧を落としてくれと言ってるだろう。それだけの事だ」

 新十郎は納得できないものの、これ以上押し問答するのは時間の無駄だと頭を切り替え、「……で、何をすればいいんだね?」と、ろくの雰囲気と口調を真似て言った。

「本当にひねくれものの厄介な野郎だ」

 小声でぶつくさ言う声もしっかり新十郎に聞こえていたが、よく言われることなので、聞き流した。


「弥右衛門一家を襲った賊を捕まえて欲しい。わしらが掴んだことを教えるから、なんとしても一網打尽にしてもらいたい」

「手下を守るためか?」

「弥右衛門と櫛間村を守るためだ」

「やはり、弥右衛門とお主らは繋がっていたのだな」

「女振りにしてくれ……頼む……」

 東蔵は首筋を押さえながら言った。

「面倒くさい奴だなぁ。弥右衛門さんはあなたが山嵐のお頭と知っているのですか?」

「繋がっていたというほどではない。弥右衛門が時々手下の面倒をみてくれていたのだ。頭としてのわしの顔をはっきりとは知らないはずだ」

「丹兵衛さんもあなた達の面倒をみてきた?」

「ああ、実際に櫛間村を仕切っているのは弥右衛門と丹兵衛だからな」

 新兵衛は名主としての仕事をせず、女の尻を追いかけてるだけなのかと、新十郎は呆れた。


「賊が弥右衛門一家を襲ったのは、あなた達とのつながりから、ですか?」

「新兵衛ではなく弥右衛門の家を襲ったのは、そうとしか考えられない。昔、この辺りを縄張りにしていた賊とやり合い、追い払ったことがある。その連中だ。弥右衛門から賊の背格好と声を聞いてわかった」

「名の知れた盗賊ですか?」

「この辺りでは名の通った盗賊だが、江戸の方まで聞こえていたかは知らぬ。『山伏の増蔵』と呼ばれている。呼び名のとおり、山伏の格好でこの辺りに現れた。本当に山伏かどうかは知らない」

「代官所に捕まえさせれば良いではありませんか」

「今のあの代官所に奴らを捕まえることはできない。だから、奴らは今も北の方で暴れているんだ」


 情けない話である。そもそも東蔵があっさり実方に成り済ましていたことが、全てを表しているかもしれない。新十郎は上に代官所のてこ入れを進言しないわけにいかないと思った。


「もしもここへ友吉さんが来ても、何もしませんね?新兵衛さんを通して呼びつけてましたけど」

 偽実方の東蔵がじっと新十郎の顔を見つめてきた。

「ああ、何もしない。元々あんたのことを尋ねようと思って呼びつけたんだ。場合によっては人質にすることも考えていた。あれほど必死に助けに来るんだから、あんたとデキてるんじゃないかと思ってな」

 新十郎は一瞬呆気にとられ、次には吹き出した。

「デキてやしませんよ。友吉さんは人が善すぎるだけです」

 そこで新十郎はいちのことを思い出した。


「六年ほど前に櫛間村へやって来た時に、いちという女の人を見ませんでしたか?おいちさんは、あなた様の饗応を手伝うといって家を出たきり、行方しれずになっているのです。その人こそが友吉さんの……」

 そこで、何故か新十郎は言葉に詰まった。急にむなしいような寂しいような感情が湧き起こったのだ。軽く頭を振って、言葉を続けた。


「おいちさんは友吉さんのお嫁さんです。辰吉という一人息子を置いていなくなったのです」

「おいち……とは名乗らなかったが、六年前に、女が一人で櫛間村近くの山道を歩いているのを保護したことはある。あんたは、その女に会ってるぞ。勘右衛門の一座に加わっていたろうが」

「え?勘右衛門の一座にいた?勘右衛門もあなたの知り合いでしたね……」

 新十郎は驚き、一座の連中の顔を順に思い浮かべた。年齢から該当するのは……

「まさか、おまんさん?」

 東蔵はニヤリと笑った。

「おいちがおまんに名を変えてたら面白いところだったが、違う。勘右衛門の内儀だよ」

「ええっ!あのおときさん?」


 ()()はよく笑うふくよかな女だった。友吉の話から想像していたおいちとは全く印象が違う。別人かもしれないと思った。だが続けて東蔵が教えた山道で見かけた時の様子に、間違いないと思った。

「初めて見たときはほっそりしていて顔色もよくなかったんだが、勘右衛門と旅するのが性にあっているのか、どんどん顔色がよくなり、肉もついてきたらしい」

「あなたが勘右衛門さんにおいちさんを紹介したのですか?」

「ここから離れたいと言ったんでね。ちょうど勘右衛門一座が隣村に来ていたから、会わせた。次に一座がこの辺りへやってきたときには勘右衛門の女房になっていたよ」


 当初考えた状況ではなかったが、いちはやはり手附と一緒に櫛間村を離れたのだ。ともかくも今は幸せに暮らしている。その事実は友吉の心を軽くするだろう。後添いをもらう気になるかもしれない。

 そう思った時、またふっとむなしいような、寂しいような感情が新十郎に湧いた。


「友吉さんに何もしないことと、おとなしく捕まることを約束するなら、山伏の増蔵退治を引き受けますよ」

 新十郎は言い終えると男振りになり、脇差で金打を打った。



 山伏の増蔵一味が潜んでいるのは、櫛間村の北側の山を越えた麓にある町の絵草紙屋だった。

 七之助は南の町から戻るや否や、新十郎と一緒に北へ旅立つ羽目になった。途中で山嵐の熊太郎、三番手の浪人、草刈吾五郎(くさかりあごろう)という、どう考えても偽名の男と寅次というまだ二十歳の若者とが合流し、北側の町につくと、一行は熊太郎の案内で、増蔵一味のねぐらの向かいにある、客を泊める部屋は三つしかない旅籠兼一膳飯屋の二階に陣取った。そこから一味の動きを夜まで見張るのだ。山嵐の三人は、新十郎によると、偽実方が名前を上げた三人だという。丹兵衛が頭の指示を山嵐に繋いでいた。


 久しぶりに素顔の新十郎を見た七之助は、再会直後に「お久しぶ……」と言いかけ、自分で自分の口を塞いだ。

 江戸を出てからは、化粧した顔しか見ていなかったから、つい変な感慨を感じたのだ。

 新十郎は廃寺で再会した時のうなじでまとめただけの垂髪で、薄紫に見える小紋に麻縄を帯代わりにして腰に長脇差を差し、手には廃寺でも荷物にあった丁字の形をした木の棒を持って現れた。

 久しぶりに見た素顔は、男には興味のない七之助から見ても、相変わらず感心するほど整った顔立ちをしている。

 笠を脱いだ新十郎を見た十五、六の小女(こおんな)はしばらく見惚れていた。そして、その後はやたらと茶の給仕に現れている。

 小女の目当てが新十郎なのは明々白々だったが、当の新十郎の態度はよくあることで、実にそっけない。近づくなというように冷たい目を向けるか、無視している。もう少し年上の、新十郎に近い年齢の女なら、少しは絡んだりからかったりするのだが、相手が若過ぎると大抵この作戦に出る。

 小女がいない時も、新十郎はほとんど喋らず、窓から増蔵達のねぐらを見続けていた。どうやら何か考え事をしているらしい。

 新十郎が口を開いたのは、増蔵達を捕える段取りだけだ。それも増蔵の一味は七人だから、新十郎と七之助が二人ずつ片付け、残りの三人を山嵐の三人が片付けるという、しごく簡単な段取りである。

 一番腕の立つ一味の二番手、「殿様」と呼ばれている男は自分が相手する、見つけたら、自分に知らせろ。そして、

「生け捕るんだ。いいな。軽い怪我は構わないが、深手を負わせるなよ」

 新十郎は山嵐の三人の顔を見回しながら、最後にそう指図した。


 また階下から小女が茶を持って上がってきた。

 すると、窓際の隅に座って外をぼんやり眺めていたように見せていた新十郎が七之助を呼んだ。

 七之助がそばへ行くと、そこへ座れと手で示した。七之助を盾にして小女が近づけないようにしたのだ。

「こうまでしなくても……」

「ガキは厄介なんだよ。あの手の娘は厚かましいしな」

 七之助はそんなことを言いきっていいのかと、周りを窺った。七之助も同感のところがないではないが、小女を泣かせても後味が悪いし、どこにああいう小女が好みの男がいるかわからない。七之助としては、大事なことの前に仲間割れはしたくない。

 幸い、山嵐の三人は新十郎の言葉が聞こえたのか聞こえてないのか、若い虎治が小女から無理やり盆を受け取り、他の二人は花札で遊び続けていた。

「それに俺は色々と考えないといけない」

 七之助はそう続けた新十郎に疲れが見えるのに気づいた。珍しいことだった。

「何を考えないといけないんです?」

 偽実方とのやり取りのおおよそは道中に聞いていた。七之助には今さら何をそんなに考えることがあるのか、わからない。

「偽実方の件は単に処罰して終わりにできないものを孕んでいる。よく考える必要がある」

 低い声で呟くように新十郎は言った。七之助は驚いてその横顔を見つめた。

「まさか……見逃すつもりですか?」

 小声で尋ねた。

 新十郎は答えなかった。


 亥の刻(午後10時頃)近くに一行は動き出した。静かに旅籠兼一膳飯屋を裏から抜け出し、増蔵達のねぐらへ向かった。

 新十郎はろくから借りた赤地の着物を衣被(きぬかづき)にし、身体つきも華奢に見えるように工夫して、僅かに目の辺りだけを出した状態で引戸を叩いた。

「あの、恐れ入りますが、こちらに増蔵という御方はおいででしょうか?」

 出した声は、女に聞こえる作り声である。

 覗き窓が開いて、その向こうに目が見えた。

 化粧はしていないが、新十郎はうつむき加減でしおらしく立っている。

 身体つきが男に見えないことに、七之助はいつも感心する。女と言われればそうだと思ってしまう肩の雰囲気だ。

 見事に騙され、増蔵の手下は引戸を開けた。目の辺りしか見せていないが、薄暗い中で見えた雰囲気から、かなりの美人だと思ったのだろう。


 引戸が開いた瞬間、新十郎は手下に脇差を突きつけ、囁いた。声を出すなと脅したのだ。そのまま男を盾にして中へ入り、仲間のいるところへ案内させる。

 七之助が新十郎のすぐ後に続き、その後ろにさらに山嵐の三人が続く。

 他の六人は部屋の奥で酒を呑んでいたらしいが、新十郎達に連中が見えた時には、盃を置いて匕首や脇差を抜こうとしていた。

 殿様と渾名される浪人の動きは早かった。

 それを見てとった新十郎は、盾にしていた男を突き飛ばした。

 殿様は自分に倒れてきた男を、これまた横へ突き飛ばし、迷わず新十郎に脇差を突き出してきた。

 偽実方も同じ戦法を取ったが、屋内では突きの方が同士討ちを避ける点でも有効だ。

 新十郎はきっちり見切って突きを避けながら、相手の脇差を自身が左で持つ脇差の鎬で弾くと、同時に右に持っていた棒を相手の鳩尾の辺りに突き入れた。

 その間に七之助は頭の増蔵と刃を交えていた。


 増蔵は、山伏と呼ばれるだけあって、大柄で幅も厚みもあり、弁慶の扮装が似合いそうな男だった。得物は匕首だ。錫杖(しゃくじょう)でも薙刀(なぎなた)でもない。山伏というのは嘘だと、扮装していただけだと、七之助は思った。

 七之助は脇差で難なく増蔵の匕首を弾き、右肩を浅く斬った。得物を持てなくするために。

 しかし、そこから増蔵は山賊の本領を発揮してきた。手負いの獣の恐ろしさを七之助は感じた。

 後ろからは新十郎が二人を相手にしているやり取りが聞こえてきた。

「おめぇみてぇな男は見てるだけで腹が立つ!」

「もてねぇ男の僻みだな。見苦しい」

 七之助はどうしてそんな会話になってるんだと思いつつ、増蔵の捨て身の攻撃をなんとか交わして首筋に脇差の峯を落とした。

 振り向くと、新十郎は脇差の相手の攻撃は脇差で受け止め、匕首の攻撃は棒で相手の腹をついて防いでいた。

 腹に棒を受けた男が吐きながら倒れていく間に、新十郎は受け止めた脇差を跳ね返し、次の瞬間、棒で相手の胸を突いていた。

 久しぶりに見た新十郎の武術は、相変わらずの無駄の無さと鋭さである。

 残る三人は山嵐の三人が指図通り、軽傷を与えただけで押さえこんでいた。

 七之助達は手分けして意識のある者はもちろん、気を失っている者も素早く縄で手足を縛り、新十郎は山嵐の三人に命じた。

「この封書を持って、お前達で七人を代官所へ連れていけ」

 山嵐の三人は半信半疑の様子で新十郎の指示に頷いていた。


 増蔵達のねぐらを出た時、七之助は新十郎が左手から血を流しているのに気がついた。

「大したことはない。ちょっと油断した」

「旅籠で焼酎をもらいましょう。それこそ、油断は禁物です」

 旅籠へ戻るまでも、戻ってからも、新十郎はそれきり口をきかなかった。

 さらには、新十郎の手の怪我に小女が顔色を変えて焼酎と晒を持って部屋に現れた時も、入り口で七之助に受けとれと指図し、小女を部屋の中に入れることさえしなかった。

 七之助としては小女に怪我の手当てを任せたかったから、がっかりしながら、仕方なく焼酎で新十郎の傷を消毒し、手持ちの膏薬を塗った。手首近くを浅く斬られていただけで、確かに大したことはなさそうだった。

「どう決着させるつもりですか?」

 晒を巻きながら新十郎に尋ねた。

 壁を見つめていた新十郎が、ふいと七之助に向いて言った。

「もちろん、偽実方には死んでもらう。見逃すわけにいかない」







* 次回で完結の予定です。

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