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その十

 

 新十郎は、友吉が新兵衛の家へ向かうのをろくに止めてくれるよう頼み、自身は町へ向かうと(うそぶ)いて新兵衛を家から追い出した半刻後、新兵衛の家へ向かった。笠を被り、両手で布にくるんだ長脇差を抱えていた。

 新兵衛の家に着くと、新十郎は長脇差を袋から出して片手で持ち、静かに敷地に入り込んだ。実方がどの部屋を使っているかは新兵衛から聞き出していた。

 実方のいる座敷の前で濡れ縁にあがり、障子を開けてから、おとないを告げた。

「ごめん。それがしは小人目付の天方新十郎と申す。貴殿に質したいことがある。これは小人目付としての訪問だ」


 部屋で横になっていた実方は目を丸くして新十郎を見上げた。

 それはそうだろう。島田髷に白粉で厚化粧した芸妓姿の「おしん」が、男の声と立ち居振舞いで実方を見下ろしたのだから。

「小人目付……」

 実方は新十郎を見つめたまま、上半身を起こした。その顔色は青白い。

 新十郎は、昔、剣術の道場であった悲劇を思い出した。立ち会い稽古で転倒し、頭をひどく打った先輩が、直後は元気そうだったのに、翌日亡くなったのだ。師匠は、その悲劇を門下生に伝える時に、暗い面持ちで「頭の怪我は怖い。直後には動けても油断せず、養生するように」と付け加えた。

 実方も今日か明日にコロリと亡くなるかもしれない。そんな考えが浮かんだが、そうなると、友吉は手附殺しになる。最悪だ。江戸からの返事で今の実方が偽者とわかっても、何の罰も受けずにすむとは思えない。下手したら、江戸からの返事が届く前に処罰されるかもしれない。


「身体を起こす必要はない。安静にしているように。頭を強打した場合、直後は平気に思えても、後から重い症状が出てくることがある」

 新十郎の言葉に布団から出ようとしていた実方は動きをとめた。どこか動きが緩慢だ。昨夜見せた機敏さはない。その顔が歪んだ。

「やはり公儀の隠密だったわけだ。それにしても御小人目付とは……」

 新十郎は素の男の振る舞いで布団の脇に座った。長脇差を左側に置く。


「お主が山嵐の首領なのは、それがしがこの目で確かめたこと。それがしを殺そうとしたのもそれを裏付けている。本物の実方勝五郎はどうした?正直に答えてもらおう。今日は昨夜のようにはいかぬぞ」

 新十郎は左手で脇差を掴んだ。

 実方は唸りながら手で顔を撫でた。

「その格好で男の振る舞いはやめてくれ。とびっきりの美形が台無しじゃねぇか」

「そんなこと、それがしは気にせぬ。申し開きがあるなら、今のうちだ」

「どうせなら、昨夜のように女振りで質してくれ」

「嫌だね」

 一瞬、新十郎は態度を崩したが、すぐに役人たる偉そうな態度に戻した。

「お主の望みなど聞かぬ」

 そう新十郎が答えると、実方はじっと新十郎を見据えてきた。

「わしが実方勝五郎だ。本物だ」

 新十郎はニッコリ笑ってみせた。実方の顔が釣られたようにふっと緩んだ。


「それはあり得ない。お主は三年前に初めて江戸へ行ったのであろう?」

 うう……と、 また実方は唸った。

「そんな綺麗な顔して、その声か。せめて声ぐらいは女とも思えるような声にしてくれ」

「嫌だね」

 新十郎はわざと鼻をほじった。

 実方は頭を抱えた。

「お主が本当のことを話せば、少しは女振りをやってもいい」

 ふんと、新十郎は肘を張った形で手を膝に置いた。

 実方が顔を上げた。

「どうしてここへ御小人目付がやって来たのだ?」

「良い問いだ。その問いには答えてやろう。目安箱に訴状が入ったのだ」

 新十郎は目安箱に入っていた訴状を正確な文面で実方に教えた。

 実方は考え込んだ。

「誰が訴状を入れたか、見当がつくのではないか?」

 実方は頭を横に振ろうとして、やめた。軽く頭を手で押さえた。やはり友吉の一撃がかなりこたえている。

「俺はあいつを庇ったのに……」

「金で口を封じていたのだろう?明確に書かなかったのは、誰が書いたかばれないようにと考えてのことだろうが、無駄だな。事情がわかれば、すぐにわかる」

「そんな奴だ。度胸も意気地もない小心者だった」

「そいつが余計なことを言い出す前に、それがしに真実を話しておくのが良いのではないか?」

 実方がこちらを向いたところで、今度は耳の穴を新十郎はほじった。

 実方は、また唸り声を出した。


「あんたは、タチの悪い野郎だ。これまでその化粧顔で何人もの男を……いや、男だけでなく女も、手玉にとってきたんだろうな」

「お主こそタチが悪いだろう。山賊なのだから。これまでにどれだけの旅人を襲ってきたのだ?本物の実方を含めて、だ」

 新十郎は偽実方の表情や仕草に注意しながら、話していた。わずかの表情や仕草で真意を読めることがある。

 実方の表情にも手にも動きはなかった。

「本物の実方はどうした?殺したのか?」

 実方は前を向いたまま、答えなかった。新十郎はしばらくそんな実方を観察した。

 更に自分が本物の実方だと言い張れば、通った道場のことや江戸のことを色々尋ねて粗を見つける気でいた。小者の平八から実方勝五郎のことや江戸の暮らしを色々聞き出しているだろうが、実際に江戸に生まれ育った、本物の実方と同じ御家人である新十郎だからこそ、見抜ける穴や粗があるはずなのだ。


 実方が新十郎に顔を向けた。

 新十郎は、袖に手を入れ、ポリポリと脇腹を掻く振りをした。

 実方の顔が歪んだ。

「なんで役者にならなかったんだ?」

 話をすり替えようという腹らしい。そうは行くかと、新十郎は同じ問いを口にした。

「本物の実方勝五郎はどうした?殺したのか?」

「うう……ちょっとは、女らしい振りをしてくれ。そうしたら、答える」

「なんだ、その取引は。ま、いいだろう。『減るもんじゃない』からな」

 新十郎は体つきを変えた。貝殻骨(肩甲骨)を寄せて肩を落とすのだ。そうすることで肩幅を狭く、華奢に見せることができる。心配そうな顔つきにして芸妓としての作り声で言った。

「本物の実方殿はどうなったのです?あなたがお斬りになったのですか?」

 実方は満足そうな顔になった。

「いいねぇ。その格好ではそうでないと。殺してはいない。勝手に崖から落ちて死んだ」


「お主らが襲ったからだろう!」

 新十郎はさっと男振りに戻して突っ込んだから、実方は仰け反った。次には首の後ろを抑えて唸った。頭だけでなく首も痛めているのだ。

「痛た……短すぎるだろう!命を取る気はなかった。そもそもわしは、人を殺したことはない。詳しいことは女振りで聞いてきたら、教える」

「今言ったことを含め、本当のことを言ったかどうか確めないといけない」

「わしは女御(おなご)に乱暴なことはもちろん、嘘もつかない。男には、殺しはしないものの、容赦しないがな」

「昨夜、それがしを殺そうとしたではないか!」

「殺そうとは思っていなかった。少なくとも始めは。何者か、口を割らせようと思っていたんだ。だがあんたは予想以上に強かった。脇差を抜いても怯まなかった。引っ込みがつかなくてどんどん激しくなっていったのさ。本気で殺すつもりだったなら、途中で脇差を放り出したりはしない」

「しかし、そうすると、それがしは男だから、このやり取りには嘘がある?」

「男振りを続けるなら、そうなるかもな。見た目だけでも女のように振る舞ってくれれば、気持ちが変わる」

「評判の良い手附の本性が、ただの女好きの山賊とはな」

 自分で言っておきながら、新十郎は内心で首を傾げた。「ただの」で括るには振り幅が大きすぎる。


「あの新兵衛とは違うぞ。どうせ白状しないといけないなら、髭面の男よりは綺麗どころに白状したいと思うのが人情だろう」

「よかったな。綺麗どころに白状できて」

「だから!その姿で現れるなら、昨夜の宴の時のように振りも女にしてくれ!」

「見た目だけで十分だろ?」

 中身は悪戯小僧のままの新十郎だから、この状況は楽しくて仕方がない。

「人を困らせるのが好きらしいな」

 実方は見抜いている。

 その時、濡れ縁を人が歩いてくる気配がした。

 新十郎は、「今、ここにいることは言うなよ」と偽実方に囁き、素早く枕元に立ててあった屏風の影に潜んだ。

 人影は町人髷の男だった。濡れ縁で跪き、声をかけてきた。

「旦那様、甘酒をお持ちしました」

「平八か。入れ」


 部屋へ心配そうな顔で入ってきたのは、五十過ぎに見える、新十郎よりもさらに小柄な男だった。小柄でも体つきはがっちりしている。

 屏風に隠れているため、平八が枕元に置いた盆の端だけが新十郎に見える。ひたすら二人の会話に耳を傾けた。

 実方の具合を心配する平八の声音は本物だと新十郎は思った。実方も穏やかに平八の問いかけに返している。その様子は声だけでも信頼し合う主従だと感じられた。


「ありがとうよ。色々気を遣わせてるな」

 甘酒を啜る音がした。

「何を仰いますやら。旦那様に感謝してる者は多うこざいます。早く元気になっていただないと……今年もあまりデキは良くありませんですから。それにしても、その芸妓の格好をした男は何者ですかね……」

 ふっと実方の笑う声がした。

「御公儀の隠密だ」

「ま、まさか!だ、旦那様をお調べに来たのですか?」

「そうらしい。なんでも目安箱に訴状が入っていたそうだ」

「一体、誰がそんなことを……村人ではありませんね?」

「あの武田保二郎(たけだやすじろう)だよ。おそらく」

 一瞬間を置いて、平八の呆れ怒る声が聞こえた。

「なんという恩知らずな!旦那様にあれだけ世話になっておきながら!」

「まぁ、仕方がない。公儀からしたら、わしは悪いことをしている」

「そんな……旦那様こそ、御手附様にふさわしい御方です。その隠密をなんとかしなければ……」

「おまえには無理だよ。あれはかなりの遣い手だ。わしもこの身体では勝てぬ」

「そんな……む、村人に嘆願書を書いてもらいましょう!きっとみんなが書いてくれます!」


 平八の必死さと偽実方の諦めた様子に、新十郎は悩み始めた。迷い始めた。友吉も感謝していたように、偽実方は村人のために役立ってきた。その代わり名主達から賂が実方の懐に入ったのは間違いないが、友吉達、中堅から下の村人が大いに助かったのは事実なのだ。そうした村人から好かれ、尊敬もされている手附を偽者とばっさり罷免するだけでよいのか。

 ことをややこしくしているのは、偽実方が山賊の頭だということである。これは見過ごすわけにいかない。


 平八が去るのを見届け、新十郎は屏風の後ろから出た。

「ずいぶんお主のことを主人として信頼しているな」

 新十郎が元の位置に戻りながら言うと、実方は苦笑いを浮かべた。

「ひとの悪口は言いたくないが、本物の実方勝五郎はあまり良い主人じゃなかったらしい」

「ほう。どんな風に?」

 実方はまた頭を抱えた。

「減るもんじゃないんだから、女振りで頼む。それか、化粧を落としてくれ。ただでさえ頭が痛いのに、そいつが酷くなる」

 頭痛がするというのは、本当なのだろうか。本当だとしたら、危ないのではないか。新十郎は友吉のために実方の体調が気になった。その気がかりから、新十郎は女振りで尋ねた。


「それで、本物の実方殿はどうなったのです?」

 そう言いながら、ほんの少し小首を傾げて実方を見つめた。

 実方は満足したようだ。新兵衛のような顔つきではないが、喜んではいる。

 ――単純な野郎だ。

 そう思うと同時に、自身を戒めた。自分の化粧顔に自信のある新十郎だから、少々きれいなくらいでは、女にかしずかれても鼻の下は伸びないが、相手の口車には注意しないといけない。自信を持ちすぎて揚げ足をとられることがあってはいけない。


「本物の実方勝五郎は崖から落ちて死んだ。わしらの姿に怯えて後ずさったからだ。平八は怯えはしたが、周りが見えていたから、助かった」

「何故、実方殿を襲ったのです?」

「年貢を下げてもらおうと思ったのだ」


 偽実方は、本当の名を東蔵といい、櫛間村より二山北にある、某大名の御領分にある村の生まれだった。代々村役人を勤めてきた、東蔵が幼い頃には村で三番目に大きな家の四男だという。

 江戸時代の中盤以降は冷夏や天候不順が多く、大飢饉が何度か起こっているが、東蔵が生まれてからは、不作続きなのに年貢は減るどころか増え、家は没落していく一方だった。

 そんな状況の中、口減らしを兼ねて東蔵は満十歳で麓の町の質屋に丁稚奉公に出された。しかしその後も家は没落する一方で、東蔵が十五才の時に心身の疲労からか、長兄が病死し、次男が嫡男となった。三男が夭逝していたため、東蔵は次の嫡男候補となり、実家に呼び戻された。

 村に戻ったら、村全体が疲弊していた。

 没落の一途はさらに続き、東蔵が十八の年には、ついに二つ下の妹を女衒に売らないと年貢を納められないという事態が訪れてしまう。東蔵は妹一人に家の不幸を負わせるのが耐えられなかった。そのうえ、隣村の名主がかなり蓄財していることに気がついていた。

 そこで、東蔵は同じような境遇に追い込まれた家の次男以下の四人と徒党を組み、その名主の蔵を襲った。その米を売り払って換金し、妹は身売りせずにすみ、米を盗まれた名主は蓄財を知った隣村の人々に襲撃され、東蔵達のやったことは同村だけでなく、近隣の村でも歓迎された。何もかもうまく運んだようで、現実はそう甘くはなかった。不正を許すわけにいかないと、藩の目付による名主の蔵へ最初に押し入った賊の詮議が執拗に続き、東蔵達五人は家族に迷惑をかけないために、村を出るしかなくなったのだ。いずれは家を出るつもりだった東蔵達である。構いはしないと、勘当されて村を出た。そのため、今も無宿人だ。


 最初は良心が痛んだ盗みも、一度悪事に手を染めてしまうと、二度目には平気になり、金持ちから奪っているのだという言い訳をしながら、次第に東蔵達は山賊と化していった。

 山に隠れ棲むような暮らしをしていたうえに山賊同士の争いもあり、最初に徒党を組んだ四人は一人、また一人と病や怪我で倒れていった。しかし、東蔵の目の前に困窮から家を出た、東蔵と同じような境遇の次男以下の若者が次々と現れ、気がついたら、 十人もの手下を従える山賊の頭になっていた。


 実方を襲うきっかけは、熊太郎の仲間入りだった。

 意気がって悪ぶっていた熊太郎に、年季の入った山賊になっていた東蔵は、本物の悪党とはどういうものか知らしめた。名主の分家の長男である熊太郎を家に戻すためだった。

 ところが、東蔵のしたことは裏目に出た。熊太郎は東蔵を兄貴と崇め、山賊に入ってしまった。

 その熊太郎が、その年の不作と近々新しい手附がやって来ることを東蔵達に教えたのである。

 東蔵もその年のこの辺りの作物が不作だと感じていた。実際に田畑を見て周り、外から感じていた以上に不作だと知った東蔵は、新しい手附に年貢減免を頼もうと思った。山賊らしいやり方で。

 ところが、山賊を見た途端に実方は狼狽え、東蔵達は五間も離れた位置から動かなかったにも関わらず、勝手に退いて崖から足を滑らせ、落ちてしまった。

 後ろは崖だから、危ないと東蔵は言ったのに、その言葉にもおののいて後ろへ下がったという。新十郎からしたら、あまりに無様で間抜けな最後である。


 東蔵達は平八を連れて崖下に降り、実方が死んでいるのを確認した。遺髪を少し平八が懐にした後に、亡骸をあの廃寺の一角に丁重に埋めた。

 東蔵は素直に平八に詫び、目的は強盗ではなく、あくまでもこの辺りの村の年貢減免を(脅して)聞いてもらいたかったのだと話した。

 半信半疑の平八に理由や生い立ちを尋ねられ、東蔵は素直に自分のこれまでを語った。

 成り済ましを提案してきたのは、平八だった。

「あっしのみるところ、東蔵さんの方が実方の旦那より侍らしいし、御手附にも向いてると思いやす。実方の旦那の顔を知ってるお人は今の代官所におそらくいませんから、この機会に御手附様になってしまいやしょう。あっしが助けやす」


 東蔵は駄目元の気持ちで平八の提案にのった。

 平八から実方の性格や経歴、家の事情を聞き、東蔵は実方勝五郎の振りをして代官所へ行った。

 平八の予想通り、代官所の誰も偽物だと気づかず、東蔵はあっけなく新任の手附、実方勝五郎として暮らせることになってしまった。だが、やはり障害はあった。実方が着任した時にはちょうど村回りに出掛けていた武田保二郎という手附が若い頃の実方を知っていたのだ。

 実方の顔をまじまじと見つめた武田は言った。

「お主は実方勝五郎ではないだろう。あれから二十年近く経つが、こんなに顔が変わるわけがない」

 実方は仕方なく、武田を自宅へ招き、事情を話した。その時、実方は逃げる準備もしていた。黙っていてくれと頼んでも、武田は密告すると思っていたからだ。

 しかし武田は状況を面白がり、秘密を告発するよりも東蔵から金を取る手段にした。しかも、東蔵の本気の力を恐れ、大きな脅しはしなかった。東蔵は、要領の良いやつだと思い、毎月、口封じ代として、二分(3万円程度)渡すことになった。武田が少額で手を打ったのには、東蔵がすぐに馬脚を現すと思っていたから、らしい。大金を要求してとばっちりを受けたくなかったのだ。


 ところが、偽実方は優秀だった。日々の地味な書役の仕事も検見も難なくこなすうえに、年貢減免を上役に長期的な展望から説き、体格のよさも手伝って、その言葉と迫力で上役を頷かせてしまったのだ。元からの頭の良さに、質屋での丁稚奉公で覚えた算術と交渉術に加え、山賊として培ってしまった脅しと懐柔の技が代官所の実務に多いに役立ったのだ。

 名主をはじめとする村人は東蔵の対応に大喜びし、村へ行く度に東蔵の袂は重くなった。

 その金を東蔵は手下を養うことと、武田への口封じに費やし、自身は安い実方の御家人としての扶持から回ってくる金と僅かな手附としての手間代で暮らしてきた。そう、この六年間、この辺りに強盗がほとんどなかったのは、少なくとも山嵐に関しては、頭が手下を養っていたからなのだ。

 武田が罷免になった主な理由は、村へ行く度に賂を強要していたからだった。村から苦情が上がったのだ。上役も、仕事を真っ当にこなしているとは思わず、二月前にとうとうクビになった。

 実方は武田にも良いところがあると弁護したが、筆頭手附は実方に小遣いをせびっていることも知っていた。罷免直前には一月に一両も渡していたのだが、古い知り合いであることを笠に着て実方にたかっていると解釈していた。かばおうとすればするほど、実方の株が上がり、武田の株は下がった。

 実方は別れ際にそのときの手持ちの金、三両を武田に渡した。武田は不遜な態度で受け取り、別れの挨拶すらしなかった。


「すべて本当のことだ。平八に尋ねるといい」

 新十郎は腕組みして考えた。どう対処するのが良いのか。見過ごせない罪と見過ごしたい罪がある。

 そんな新十郎の様子に何を思ったか、偽実方が思わぬことを言った。

「あることをわしの代わりにやってくれたら、喜んで獄門にでも磔にでもなる。頼みを聞いてくれ。お主なら、できる」 







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