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エピローグ②

けぶるような薄い青の空に、ピィー、と澄んだ鳥の声が響きわたる。

 黒い瓦屋根と黒の門。厳格な仙泉宮の館にも、春は来ていた。

 門の前にたたずむのは、忙しい日々を送っているはずの新皇帝とその侍従 ――


「ほら、苳貴妃さまはまだ、お茶会っすよ。1度戻りましょう」


「いや…… もう少し。もう少しで、会える予感がするんだ」


 浩仁は実はまだ、雪麗から皇后になる旨、了承されていないのだ。

 なのでこうして、業務の間を縫っては仙泉宮に日参し、口説いているのだが ――

 新総監となった九狼は、大いに呆れ顔である。


「そんなことしなくても、さっさと寝所に召せばいいでしょうが」


「いや…… 推しに、いや、人として、そんなことはできない」


「あんた皇帝なんですぜ」


「嫌われたらどうするんだ、そんなことして……!」


 推しに嫌われるのが怖くて、なかなか1歩踏み込めない。皇帝になっても相変わらず、ヘタレなのだ。


 やれやれ、と九狼が天をあおいだとき。


「雪麗さま! しっかりしてください!」


「雪麗さまぁ…… 飲みすぎですよぅ」


「楸淑妃…… あの女狐めっ」


「いや、楸淑妃に悪気はなかったはずですよ、香寧ねえさん」


 仙泉宮のふたりの侍女、香寧と明明がフラフラヨロヨロする人影を抱えるようにして、近づいてきた。


「苳貴妃!? どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたも! 楸淑妃なんて、司薬に置いて本当にいいんですか、皇帝陛下!?」


「いや…… 司薬には、彼女以外にも優秀な薬師がたくさんいるんで…… なんとかなると思いますよ」


「ふんっ! どうですかね」


 ぷい、と横を向く香寧に代わり、明明が、雪麗をよいっしょっ、と抱えなおした。


「ええとですね、皇帝陛下。雪麗さまは、楸淑妃の出したお茶で酔ってしまわれて。フラフラのトロトロでいらっしゃいます」


「トロトロ……」


 思わずゴクリと唾を飲んでしまう浩仁。

 雪麗の表情は確かに、少し紅潮してとろんと蕩け、まるで桃の花のような風情である。


 不意に、その口が動いた。


「さあ、皇帝さん! 今が口説きどきだっぺ! サクサクと了承とっちまうだ!」


「美雀さん!?」


「んだ! お久しぶり、だっぺ、皇帝さん!」


 幽霊女官の美雀は、1年近く前に皇帝の即位を見届けて、泰山府(あの世)に帰っていったはずだった。


「どうしたんですか、急に?」


「どーしたもこーしたもねえだ! そろそろ子のひとりもできてるか、と思っだら、まだ手も握ってねえっぺ。

 そらないっぺよ」


「握ったことはあるんです!」


「ふーん…… どうせ1年前だっぺ」


 図星である。

 美雀は、むう、と額にしわを寄せた。


「せっがぐ、泰山府君がらのお祝いを持っできだのに…… これじゃあ、どうにもならねえっぺ」


「お祝いとは、いったい……?」


「いいがら、とにがぐ口説くっぺ! あだすが抜けだら、すぐにだ、わがっだな!? ほい、1、2、3……!」


「あら…… 浩仁さま……? どうして、こんなにお顔が近いのでしょうか?」


「す、すみません……!」


 あわてて後ろにさがろうとする浩仁を、雪麗の右腕がとらえた。


「―― もう、どこにも行かないでくださいね?」


「………………!」


「それから、処刑されそうになったら、なにがなんでも逃げてくださいね? わたしのことはいいので」


「………… くぅっ………… 」


 推しに物凄いこと言われている ―― 感動のあまり、涙ぐむ浩仁の額に、雪麗の額がこつん、と当たった。


「お返事は? 浩仁さま?」


「―― あなたを置いて、逃げるだなんてあり得ません」


「ですが……」


「もう誰にも、あなたを処刑などさせないし、私も処刑にはなりませんよ、雪麗さん。あなたは、9度も頑張って、私を守ろうとしてくれた……」


 しっかりと抱きしめても、まだどこかに行ってしまいそうな気がする。

 そんな不安に襲われて、浩仁は雪麗の顔をのぞきこんだ。


「今度は、私にあなたを守らせてください」


「はい……」


 しばらくなにか考え込んでいた雪麗だが、やがて、ゆっくりとうなずいた。


「よろしく、お願いします」


「ありがとうございます……!」


 感動のあまり、何かしなくては、と考えてしまった浩仁。

 つい、目の前のわずかに開かれた唇に、自身の唇を重ねてしまった。やわらかい。温かい。頭をしびれさせるような、花と草の香り…… 幸福だった。


 ―― あとで 「酔った隙に付け入るようなマネを……!」 と、この新皇帝は悶絶することになるのだが、それはそれ。


【おめでとうだっぺ……!】


 美雀は叫び、宙から筆を2本取り出すと、両手に構えた。


 穂全体を、雪麗と浩仁、ふたりの頬に、ぐっ、と押し付け、すくいとるように動かして、さっと離す。

 一見荒々しいが、どこか優しさを感じさせる、太い《《はらい》》だ。

 また筆をどん、と置き、次第に持ち上げながら横にひく。そして今度は、穂先からはじめて次第に太く、気儘に縦画を引いていく ――

 美雀の真骨頂、ただただ楽しく遊んでいるかのような、ひたすらに無邪気な狂草である。


 ―― ふたりの頬にしっかりと残された墨の跡は


『 千秋万歳

  泰山府君 贈 』


 となっていた。


 やっと浩仁と離れた雪麗が、頬に手をあてた。


「美雀さん? これは……」


【にしししし…… ほかの人には見えねえだっぺよ? 泰山府君が、結婚のお祝いに、ふたりで好きなだげ長生きしでぐれって】


「けど、泰山府君は、たしか、浩仁さまを……」


 次の泰山府君に据えようと画策していたのではなかったか。


【それがな、新しい便所の(コエ)汲み係が意外と優秀なこどがわがっでな、当分そいづを代理で働かせりゃいいっか、てことになったっぺ!】


「その人とは、もしかして」


【そうだっぺ! あのピュッの顔だけは()え、クソ宦官だっぺ! 仕事サボっだら、あだすが踏んでも良えこどになっでるっぺ……!】


 にししししし、と美雀は悪い顔で、こうしめたのだった。


【これにて、一件落着! みんな幸せ!  だっぺ!】



※※※※



 大陸の桃源郷といわれる黄鳳国 ―― この国の伝説に、いつまでも若々しい皇帝・皇后の話がある。


 ふたりは比翼の鳥のごとくに仲睦まじく、よく国を治め、位を退いたあとは各地を旅してまわりながら、困っている人々を助け、国を守っているという。


 そして、ふたりのかたわらにはしばしば、元気いっぱいの女官の幽霊の姿が見られるのだそうだ。


 ―― 今も、ずっと。



(了)

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