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12-6. 帰 還

「総監の文机の上には 『七生報恩』 との書が遺されており、宮正は殉死と判断しましたが…… どう思います、雪麗さん」


 『七生報恩』 とは、7回生まれ変わっても恩に報いるといった意味合いの言葉である。変わらぬ忠誠心を表しているのだ。

 それをもって、暁龍の自害は殉死ということにされてしまったのだが、皇太后にはどうも納得いかないらしい。


 だが雪麗は、ソツなく無難に首をかしげてみせた。


「さあ…… わかりかねますが」


【あの野郎がそっだなわげねえだ!】


 雪麗の横でわめくのは、女官姿の幽霊である。

 総監、暁龍の自害により、扁額裏の贋書の件がうやむやになってしまったのが、気にくわないのだ。

 

【絶対、裏があるっぺ!】


(美雀…… 結局はあれで総監を、追い詰めたのではありませんか? まだ足りないのですか?)


【足りるわげねえっぺ? 百回生き返らせで、千万回殴っでやるぅ!】


(わざわざ生き返らせなくても…… 確か総監は、泰山府(あの世)では(コエ)汲み係なのでは)


【だって、あだすは雪麗さんと皇太弟さんが幸せになるまでは取り憑ぐ、っで決めてっがら、まだまだ泰山府(あの世)には帰れねえし。

 それに、(コエ)汲み係は大事(でえじ)な役だもんで、いじめにぐいっぺ】


(では、わざわざいじめなくても良いのでは……)


【だって、まだまだムカついてるっぺ!】


 回帰(ループ)体質も大変だったが、幽霊もなかなか大変そうである。

 だが、雪麗の答えはもう決まっていた。


「亡くなったかたを、おとしめる必要はございませんでしょう、皇太后さま」


「―― 雪麗さんらしいこと。けれど、どうするのです?」


「とおっしゃられますと」


「李才人の子のことです。扁額裏の件で、わかったのではありませんか?」


 春霞の生んだ子のことを、皇太后は暗に 『放っておくと不穏分子になる』 と言っているのだ。


「中途半端に憐れみをかければ、国を乱すもとにもなりかねませんよ」


「わかっております」


 雪麗は、深くうなずいた。


「あの子 ―― 泰煜(タイユウ)は、わたしの養子にすることで、庇護を与えたいと考えております。春霞さえ良ければ、ですけれども」


「それも一案ではありますね。しかし、あの子はもしかすると…… 」


 皇太后が、口ごもった。

 疑念は消えないが、宦官の子など有り得ない、という考えが、口を重くさせているのだ。


【もしがしなぐでも、そうだっぺな? なにしろ、ぴゅっ、だったもん。あだすは見たんだっぺ】


(これ美雀、下世話ですよ)


 実のところ、その点については、雪麗もほぼ同意ではあるが。


 ―― 暁龍が危険をおかしてまで春霞の子をしつこく帝位につけようとした理由も、それが失敗したと見るや、あっさり自害してみせた理由も、その 『ぴゅっ』 が実弾入りであったとすれば、納得いくのである。


 その場合、暁龍が生きていては、やがて成長した子と容姿の類似点が目立ってしまう ―― もし赤子のうちに帝位につけることができなかった場合はこの世から退場しようと、彼は決めていたのではないだろうか。


 だとすれば暁龍は、もっとも効果的なタイミングを見計らい、殉死に見せかけて自害することで、おかした罪を全て不問にしてしまったことになる。

 その手腕と思い切りの良さは、さすがとすら言えよう。


 ―― だが雪麗は、そうまでした暁龍の思いを汲んだ上で養子の件を考えているわけではない。


 8回分の回帰(ループ)も含め、これまでに彼が春霞と組んでしてきたことを考えれば、雪麗だって、まだ割りきることはできないのだ。それこそ100回死んで良しと(のろ)いたくなる程度には。 

 信頼すれば裏切られる。油断すれば陥れられる。足元には、常に罠が口をあけて待っている ―― そんな後宮で、嫉妬や怨恨、復讐心が育つのは、むしろ当然だ。


 ―― でも、そんな場所でも、たまにはあるのだ。

 信頼して良かったと思えるときが。

 人と心を通わせられるときが。

 見返りを求めず与え、与えられる喜びを知るときだって ――


 そうした幸せなときを増やしたほうが、人生全体としてはトクなのではないかと、雪麗は考えただけである。

 なにしろ、泰山府君(あの世の王)のおかげでラスト1回しかない人生だ。

 できるならば、これ以上、誰も殺さないほうがいいし、誰からも、殺したくなるほど憎まれないほうがいい。

 ―― どんなに頑張ったって、不確定要素でしかなくはあるけれど。

 それでも、そうなるように自ら動くことは、できるはずだ。


 そしてたまには、多少の意地悪をされたり仕返したりしながら、みんなで楽しく暮らすのだ ――


 雪麗は皇太后に向かって、きっぱりと言い切った。


「親が誰であろうと、あの子にも、わたしにも関係のないことです」


「―― そうすると…… 」


 不意に戸口から、涼やかな声がかけられた。

 旅の汚れを急いで落としてきたのだろう。濡れた黒髪を簡単に結わえて流し、白い喪の衣裳をまとった浩仁である。


「皇太弟…… いいえ、皇帝陛下」


「浩仁でけっこうですよ。…… 苳貴妃」


 軍はどうしたのです、と尋ねる皇太后に、蕣徳妃のはからいで早めに帰ってきた、と答え、浩仁はあらためて雪麗の正面に立った。

 切れ長の黒い瞳が、懐かしそうな色をたたえて雪麗に微笑みかける。


「私は、即位と同時に一児の父、ということになりそうですね」


「えっ…… さあ……? それは、どうでしょうか?」


「ええっ…… せ、せ…… 苳貴妃は、私の皇后に、なってくださらないんですか? …… いえ、すみません」


 浩仁の耳が一気に赤く染まった。


 ―― この機会に雪麗を名で呼んで、ついでにプロポーズして…… と、いろいろな計画を立てていた新皇帝ではあるが、久々に生身の推しを前にすると、すっかりヘタレが顔を出してしまったのだ。


 ―― 推しはやはり、その幸せをひたすら願う対象であって、強引に自分のものにすることなど断じてできない。



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