表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/63

11-5. 泰山府③

「苳貴妃……!?」


 振り返った浩仁は、雪麗をみとめると、慌てたように咳払いをした。もし 『推し命』 が聞かれていたとすれば、いたたまれない。


「どうしてここに?」


鳳浩仁(ほう こうじん)さまのお迎えに上がりました」


【おやぁ…… 来ちゃったねえ? 意外と早くて残念だぁ】


「泰山府君、ご恩情に感謝します。皇太弟殿下はまだ、黄鳳国に必要なおかたですので ―― 参りましょう、殿下」


【とか、言うと思った?】


 色白の柔らかそうな手がひとふりされた ―― とたんに、雪麗と浩仁の足元に太極の印があらわれる。


 嫌な予感に、雪麗は浩仁の手を引いて、逃げようとし ―― 見えない壁に、弾かれた。結界だ。


 美雀が叫んだ。


【約束が違うっぺよ!】


【ボクちんは、チャンスを与えるとは言ったけどぉ、邪魔しないとは、ひとことも言ってないもんねえ?】


【100枚も書をあげだのに、仕打ちがこれかぁ!?】


【もう1000枚くらいくれたら、泰山府(ここ)楊美雀(よう みじゃく)記念館を作ってあげるよ?】


【乗った……! じゃ、ねえっぺ! 人として最低だっぺ!】


【人じゃないもん。泰山府君だもぉん】


【…… わがっだ。泰山府君がそんなだったら、あだすは、もう2度と筆はとらねえっぺよ…… あだすのぶんの仕事は、あんだが自分でやっで、できた筆ダコ茹でて食うんだな!】


【うっ…… いやぁ、ボクちん、鑑賞専門でね? 美雀っちの変幻自在の奇跡の腕が超必要なんだけどお……?】


【あだすには、あんだなんがの誉め言葉は全然っ、必要ないっぺ! 趣味やる暇がねえのはあんだが無能だからだっぺ!】


【違うっ。ボクちんは、ちゃんと、ひとりひとりに面談して最適な配置を決めて、仕事に納得してない人にもきちんと…… あああもうっ! もともと人と話すの得意じゃないのに、ボクちんが、どんだけ頑張ってると思ってるのぉ!?】


【あだすの知っだことじゃないっぺ。じゃあな、だっぺ】


【ああああああ…… 待ってぉ! 美雀ちゃん!】


【そういう呼び方すんなっぺ。気色悪いがら】


【ぐふぅ……!】


 ―― 泰山府君、撃沈。


 それでもまだ、【タダでは帰せない】 とゴネたため、話し合いの末、泰山府君から出される3つの課題をクリアしたら、ということになった。

 ちなみに、これで約束を破ると来世は北の海で克利奥内(クリオネ)なる生物になる、という誓いを立ててくれている。


【けっ…… 見でろよこの(ぼんぼん)め】


 美雀は納得行っていないようだが、このままゴネられて1日過ぎてしまうより、よほどマシである。


【ではぁ、1つめの課題だぉ!】


泰山府君が片手をあげると、どこからか、てってけてー、という音が鳴り響いた。


【課題そのイチぃ! ボクちんの本名を当ててみてね!】


 ふふん、とふんぞり返る泰山府君。絶対にわからぬと思っているようである。


【その辺のひとに聞いてもムダだよ? なにしろ、ボクちんが死んだのはもう200年前 「申重陽(しん ちょうよう)、ですね」


 泰山府君の上半身が、ガックリとこけた。


【どうしてそれを……っ!】


【雪麗さん、すごいっぺ!】


「―― 老翁奇談集。今から150年ほど前、黄鳳国初の古典民話集です。その第 7話 『画中神女』 が、生前のあなたの話ですよ、泰山府君」


 掛け軸の中の美しい月の女神に夢中になってほかを省みなくなり、家門を傾けた男の逸話である。最後は画から抜け出た嫦娥と月世界でいつまでも仲良く暮らした、とのオチがついていた―― が。

 おそらくは、男の行状にたまりかねた家人により謀殺されたのではないか…… などと想像を巡らせた覚えがあり、幼い頃の雪麗にとっては印象深い物語であったのだ。


【くぅっ……! では、課題その2ぃ……!】


 てってけてー。音が鳴り響いた。


【踏んでくらはい……!】


「…………!?」


【いやあ、ほんとは、別の課題と思ってたんだけどぉ、雪麗たんの今の目が、良かったから……!】


「ええ……? 目、ですか?」


【そう! 憐れむような蔑むような…… ああんゾクゾクきちゃう!】


 変態であった。

 雪麗も、悪い意味でゾクゾクきている。だが、難易度としてはかなりやさしめな、温情課題であることは間違いない。


「そのようなことで、よろしいのでしたら」


「苳貴妃……! あなたがそんなことをしなくてもいいっ!」


 血を吐くような叫びで、止めようとする浩仁に、雪麗は 「いいえ、やります」 と首を振ってみせた。


「踏むくらいで済むのでしたら、むしろ、すべきです」


【そうだよねっ! よくわかってるぉ! さすがボクちんの雪麗たんっ】


 浩仁が悔しさに唇をふるわせ、拳を握りしめる。


【じゃ、結界を解除してあげるよ! 妙なマネしたらすぐに、おぐぁっ!】


 雪麗たちの足元から太極の印が消えた次の瞬間。


 泰山府君が、玉座からふっとんだ。


 犯人は浩仁である。結界が消えたと同時に、床を蹴って高く跳躍し玉座へ到達。かたい拳を力いっぱい、お見舞いしたのだ。霊体、軽いせいかよく飛ぶ。


 天井に頭をしたたかにぶつけ、そのまままっすぐ墜落した泰山府君の上に、美雀が飛びのった。

 色白でふにふにな頬に、(カカト)をめりこませてウリウリとやりながら、にしししし、と笑う。なかなか良い表情である。


【あだすでガマンすっぺ、泰山府君!

 雪麗さんの足は皇太弟さんのもんだがらなぁ】


「そんな、私のものだなんて……! おこがましいにも程がある……!」


【ええ? そっだなこど言っでで()えのがなぁ?】


 泰山府君の頬を(カカト)でなぶりながら美雀が首をかしげると、浩仁は、耳まで赤くなってしまった。


 ―― そして、ついに最終課題。


 泰山府君は、美雀のウリウリでけっこう満足したらしい。無理難題に走るというわけでもなく、実に趣味人(オタク)らしいリクエストを出してきたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『九生皇妃のやりなおし~復讐や寵愛は求めません~』 のタイトルでコミカライズ配信中! 原作にはないシーン多数です。違いをお楽しみください!
下記リンクからどうぞ!

Booklive!さま

ネクストf Lianさま

2024年9月1日より各電子書店さまにて発売

Amazonさま

コミックシーモアさま

ピッコマさま piccoma.com/web/product/167387
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ