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11-4. 泰山府②

 蕣于(しゅんう)の砦は、急な事態のためか、凍りついたような静けさに覆われていた。


 ―― 浩仁に撃ち込まれていた銃弾は、2つ。

 上衣の下に鎖を編んだ胴着をつけていたため、比較的浅い位置で止まっていたのは、好運といえよう。


「―― あとは、殿下の体力次第です」


 銃弾を摘出した侍医は額ににじむ汗をぬぐいながら説明した。

 太い血管は避けられたとはいえ、傷口に詰めた薬を浮かすように血は絶え間なくにじみ、その息は苦しそうだ。

 また、熱も上がっているが、それはむしろ朗報だという。熱を出す体力がある、ということなのだから。


 蕣徳妃 ―― 紅蓮は、ぎり、と奥歯を噛みしめた。

 皇太弟は、恋愛的には全くもって紅蓮の範疇外だが (紅蓮の好みは可愛くハキハキと元気な弟タイプである。どっちかといえば、すなわち九狼) 、大切な盟友だと思ってきた。

 その感覚は、このたびの土真国との戦で、ますます強まっている。

 掛け替えのない仲間であるし、ヘタレで横恋慕だが苳貴妃に一途なところなどはなかなか微笑ましくもあり応援したく思っていた ―― そんな浩仁が、味方の銃弾に倒れたのである。


(油断していた……)


 出立間際になって援軍に火器隊が加わったと聞いたときに、もっと疑うべきだった。

 ―― 皇太弟は皇帝とは仲が良いが、宦官を重用することには反対していたのだ。

 それを、宦官が快く思わないのは当然である。皇太弟が中央から離れるこの機会に始末してしまおうという、過激派がいたとしても不思議はない。

 そしてその際、彼らが何を使うかといえば当然、同じタマなしどうし(みうち)であろう。

 ―― このあたりが、急な火器隊派遣の真の理由だったとしたら……


「蕣徳妃さま。下手人を連れて参りました」


「違うんだ! 鳥を撃とうとしただけなんだ! 間違えて当たってしまっただけで…… 「うるさい」


 白刃を鼻先に突きつけられて、耳障りなキイキイ声が、沈黙した。細身の剣を手にしたまま、紅蓮が迫る。


「―― 誰からの命令だ?」


「申し訳ございません。間違えただけな ……っ!」


 刃が一閃し、捕えられていた宦官の片眉が消えた。


「私は真実しか聞かぬぞ?」


「真実、たまたま外してしまっただけで…… ひっ…… 」


 もう片方の眉も消えた。


「《《2度も間違えた》》のか? それとも《《2人いた》》のか?」


「わっ、わかりません……! 私は1発しか…… あっ」


「………………」


 恐怖のあまり濡らしてしまった股を、もじもじと閉じようとする仕草が、妙にもの悲しい。


 紅蓮は、剣をおさめ、命令した。


「連れて行って、着替えを与えてやれ。それから逃げたもうひとりを必ず捕らえ、両名ともに、吐くまで殴れ」


「はっ」


 シンプルだが本気であるらしい口調―― 宦官は、キイキイとなにかを叫びながら、衛兵に引きずられていった。




※※※※




「泰山府君よ。あなたが職務に飽き飽きする気持ちは理解せぬでもない。

 だがしかし、私は ―― 」


 冥府の長官の偉そうな衣装が全く似合わない泰山府君に、浩仁は涼やかな目をきっ、と向け、非常に真面目に宣言した。


「推しが幸せにならぬうちは、死んでも死にきれぬのです ―― !」


【…… まあね。恋人との死に別れは、確かにつらいよ? だけど、みんな経験 「恋人ではない」


【んん!? なにが違うの?】


「恋人などとおこがましいことを言うのは、あのかたに失礼だ」


【恋人じゃないなら、よけいに諦めやすいでしょ?】


「わかっていない」


【なにが】


「この世に、推しを諦められる者などいるとお思いですか? ―― いや、断じて! むしろ、推しこそ我が命 ――!」


【あああ…… わかるよ。推しこそ至高だよね。ボクちんも生前、月の女神(嫦娥)図に身も心も捧げていたっけなあ……】


 泰山府君は、懐かしそうに目を細めた。


【特別に建てた堂に彼女と引きこもって毎日、霊酒と果物と香を捧げ、ひとたび現れて踏んでください、と伏して乞い願い続けた日々…… ああボクちんの素晴らしい青春】


 まことに、人の価値観はさまざまなものである ―― が、それはともかく。


 雪麗は首をかしげて美雀を見た。


(この状況はつまり、浩仁さまが次の泰山府君候補…… なのですね?)


【んだっぺ】


(どうして、浩仁さまがこのようなことに……)


【まあ、いろいろあるっぺよ…… 雪麗さんは皇太弟さん死んだらイヤだっぺ?】


(イヤです)


【だから、あだすが泰山府君に交渉したんだっぺ! そんで、皇太弟さんは、泰山府がら1日以内に連れ帰れれば、生き返れるごどになったっぺ!】


 どやあ、と胸を張る美雀。

 雪麗は、言葉に詰まった ―― そのために、美雀は泰山府君に100枚の書を捧げ、後宮に戻ってきてくれたのだ。

 お礼を言うのもほめるのも簡単にできるけれど、今のこの、美雀を抱きしめて泣きたくなるような気持ちを、1割も伝えられない、と思う。


(美雀…… ほんとうに、ありがとうございます)


【いいっぺ。好ぎなこどが雪麗さんの役に立ったんだもの。嬉しいことだっぺな!】


(美雀が作ってくれたチャンス…… 絶対に、無駄にしませから!)


【その意気だぁ、雪麗さん! 頑張っぺ!】


(はい!)


 雪麗は、1歩踏み出した。


【―― そんなある日、ほんとうに嫦娥さまが()から抜け出してきたんだぉ…… ボクちんは、嫦娥さまに踏まれて幸せのあまりに気を失い、気がついたら泰山府(ここ)の長官になっちゃってたワケさぁ…… 】


「長々とお話し中、失礼いたします」


 雪麗は、ついに声を張り上げた。


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