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11-3. 泰山府①

 空を飛んでいる。城の大小重なった壮麗な屋根も、広大な御苑も、眼下に小さく、あっという間にすぎていく。


「―― これは、どうなっているのですか!?」


泰山府(あの世)直通の霊道だっぺ! ちな、生身の人間は雪麗さんが、初代の泰山府君以来だっぺ】


「えええ!? ということは、わたし、まだ生きてるのでしょうか!?」


【当然だっぺ! いきなり死ぬわげあるわげねえだが?】


「いやもうてっきり、今回はそういう終結(エンド)なんでしょうと……」


【《《今回》》ってなんだっぺ……!】


「実はわたし ―― 今回、9回目の人生なんですよね」


 春霞の罠にかかって処刑されては選妃試験の前に戻る、それを8回繰り返してきたことを雪麗が説明すると、美雀はしばし言葉を失った。

 幽霊になる以外にも、いろんな死後があるものである。


【―― なんつうか、アレだな。いろいろと気の毒ではあっけど、あのバカ女の罠に8回も掛かるなんでなぁ…… 雪麗さん相当、お人好(ひとよ)しだっぺな】


「そうですねえ。なんといいますか、これまでは、できるだけ良い人でいたかったのですよね…… 復讐に生きてみたときは、本当に楽しくなかったですし」


【今回は?】


「いろいろと、ふっきれまして ―― 前回の人生で春霞が皇子を殺した、と聞いたときに」


 有り体にいえば、プッツンきてしまったのだ。

 雪麗自身も、復讐に染まった4回目の回帰では実際に皇子を手にかけてしまった経験がある ―― それゆえによけい、子どもが殺されるなどあってはならない、と思っていた。

 そこには苦しみと後悔しかない。


「とくに前回の人生では、わたしは、春霞にも香寧にも、とても良くしてあげていたのですよ。そうしたら、比較的かなりラクな毒杯終結(エンド)になったわけですが……

 それでも香寧は結局、口封じで殺されました。そのうえ春霞は、皇子までその手で殺していたのです」


【それ、雪麗さんのせいじゃねえっぺ?】


「それはそうです。ですがつまり、己のためだけに良い人を演じても、結果は大して良くないことがわかりました」


 それが、雪麗の8回目の人生の後悔だ。


「―― 己だけが良ければいいのなら、わざわざ良い人のふりなんてしなくていいのです…… 

 だって、回帰(ループ)した翌日に登楼から飛び降りれば、それが一番ラクなんですから」


【んー…… それは、ラクがも知れねえが、楽しぐもないっぺなあ? 回帰(ループ)が永遠に続いだら、苦行でしがねえっぺ?】


「そう、そうなのですよ! もうあれ自体がもはや、異能というよりはむしろ(ノロ)い……!」


【んだなあ……】


「あっ、でも、今回はなかなか楽しかったですよ? 司膳の食堂で温麺や油ベタベタ熱々の炸鶏(カラアゲ)や饅頭も堪能しましたし、美雀さんにも会えましたし、浩仁さまは処刑されませんでしたし……

 もう、思い残すことはありません」


【勝手に総括に入らなぐでも、まだ生ぎでっがら雪麗さん! …… それとな……、その…… 】


 美雀が言いにくそうに目をウロウロとさせている間に、ふたりは高い山の斜面に到着した。

 ぽっかりと空いた洞穴から、もくもくと雲が吐き出され、山全体を覆っている。


【ついたっぺ! この洞穴から中に入ると、泰山府(あの世)だっぺ】


「こんなところに、あったのですね…… ところで先ほどは、なにを言いかけたのですか?」


【うーん…… 泰山府君のとこさついだら、わがるっぺ…… 】


 洞穴の中に一歩入り、雪麗は驚いた。全く別の街が、広がっている。

 大きな道の両脇にはやはり大きな屋敷が立ち並び、門の前では薄物を身にまとった美女たちが人待ち顔に(たたず)んでいる。


「あのかたたちは、仙女でしょうか……?」


【場合によるだな。()え男には神女にも仙女にもなるが、つまらん男には妖女だっぺ】


 つまり洞穴の入口付近は、薬草取りなどしていてウッカリ山奥深く入ってしまった生身の男性向けの、フェイク仙境であるらしい。

 女たちの好みに合う男なら、夢のような歓待を受けて生きて帰してもらえるが、そうでなければ干からびるまで精を吸われてポイ。後者の場合、男は遠からず再び、魂だけの姿で泰山府を訪れることとなる ――


「な、なんだか入口から大人(オトナ)向けなのですね…… 」


【んだっぺなぁ。どっちにしても高確率でするこどはしでるもんなぁ……】


「彼女たちの正体とは、いったい…… 」


【んー。古狐、本物(モノホン)の仙女、死んだ娼妓が鬼女になった…… まあともかく、いろいろ言われでるっぺ】



 大人(オトナ)な一角を通りすぎれば、茶店やら紙屋やらの並ぶ大通りである。どうやら、泰山府(あの世)も現世とあまり変わらないようだ。

 人が行き来し、物売りの声がひびいている。


 最後に現れたのは、黄鳳国の宮廷をほうふつとさせる、巨大な建物だった。


【ここだっぺ! さ、どうぞ雪麗さん】


 最初に足を踏み入れたのは、高いアーチ型の天井が美しい広間だった。


「あら…… 内部も、宮廷によく似てますね」


【まあ、役所みだいなもんだがら】


 役所、というのも納得で、せわしなく往き来している人々は皆、宮廷の役人や宦官と似たような雰囲気である。死後の世界だからといって、特別なところは、あまりない。


 そんな人々のうちのひとりが、いそぎ足で近づいてきた。

 小柄な男だ。大きな目と素直に笑うと人懐こくなる感じが美雀と似ている。


【よぐ(けえ)っできだな、美雀】


【父ちゃん、ただいま!】


 美雀が小さな子どものようにとびつくと、男の目尻のしわがきゅっと深くなった。


「美雀の、お父さまですか?」


【んだ! 今はここで、案内係をやっでるっぺ!】


 ちなみにあだすは書記官、と胸を張る美雀の横で、男は拱手してひざまずき、楊伯と名乗った。

 宮廷に持ち込んだ書を本物と認められなかったために処刑された男の名を耳にし、改めて胸を痛める雪麗。

 だが、楊伯は 【ここの暮らしも悪くはねえです】 と静かである。


【さて、雪麗さん。おおがたの事情は伺っておりますだ。さっそぐ、ご案内しましょう】


「………… ありがとうございます」


 そういえば雪麗はまだ、美雀から当の事情とやらを聞いていない。


「あの、それで詳しくはどのようなことなのでしょうか……?」


【え? 聞いてませんか? 美雀おめえ、説明しながっだっぺかぁ?】


【うー…… だってさぁ父ちゃん、言いにぐがっだんだもの!】


【……っだぐもお! 言いにぐぐでもちゃんど言わねえと、雪麗さんがお困りだろうが……!】


 まあこちらにどうぞ、と、楊伯が案内しがてら話してくれたことによれば、どうやらことは、泰山府君の代替わりに関わるらしい。


【―― 今の泰山府君は、生前は良家の(ぼんぼん)で、書画の蒐集が好きな趣味人(オタク)でして。

 泰山府君の仕事は、あまり好ぎではないんだっぺな】


【忙しすぎるだよ、父ちゃん。いっづも、趣味やる暇がねえがら早ぐ引退してえ、ってグチってるだ】


【そういうことでね、雪麗さん。今の泰山府府君にも悪気はねえんだが…… その、ちょおっと前から、適任らしい者が今度来るかも、っで話が出てまして…… それがその】


 楊伯が言いにくそうに口ごもったところで、目的の部屋に着いたようだ。


【…… ともかくも、無理がとおれば道理引っ込む、とも申しますだ、雪麗さん。堂々と渡りあえば、きっど大丈夫ですっぺ】


 ここで失礼します、と楊伯は持ち場に戻り、あとには雪麗と美雀が残された。

 部屋の中からは、何か議論しているらしい声が漏れてきている。


【とにかぐ雪麗さん、あだすは絶対に雪麗さんの味方だがら! 】


「…… はい。よくわかりませんが、その気持ちは嬉しいです」


【うん! がんばっぺ、雪麗さん!】



 いまいちわけがわからぬまま、美雀とともに部屋に足を踏み入れた雪麗は、思わず息をのんだ。


「―― ですから、何度も言うように、まだ無理です」


【だけどね? 今ここでチミに帰られたら、ボクちん、あとウン十年ここに座ってしたくもない仕事するわけよ。ね? 助けると思って、もう死ぬって言ってくんないかなあ?】


「いやですよ、やり残したことがあるので」


 ふにふにと柔らかそうな色白の肌と柔和な顔立ちに似合わない、豪奢な刺繍のほどこされた上衣。結わないままのやはり柔らかそうな猫毛の髪に乗せられた、ものものしい冠 ―― どこをとっても柔弱なイメージしかない泰山府君と、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしていたのは ――


 すらりと背が高く、清々しい立ち姿の青年。

 ―― 遠く蕣于の地で戦っているはずの皇太弟、浩仁であった。

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