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1-4. 9度目の出会い

 甘からい味付けのひき肉と、それを包む、しっとりフワフワの面包(パン) ―― 温かい饅頭でお腹がいっぱいになった雪麗は、明明とおしゃべりを続けながら、浮き立つような心持ちで後宮の最奥へと戻っていた。

 仙泉宮があるのは、食堂の反対側。後宮の北辺なのだ。


 対して、食堂のある司膳部は、後宮の入口付近にある。

 南庭と呼ばれるこの辺りには、後宮の切り盛りをしたり、宮廷の住人に必要なものを作成・管理する部署がまとめて置かれている。まるで1つの街のようだ。

 道には下働きの女官や宦官がせわしげに行き来している。

 そのひとりひとりを物珍しく眺める雪麗のそでを、明明が引っ張った。


「はぐれないでくださいね」


「大丈夫ですよ。明明は、ずいぶん慣れているのですね」


苳巽(とうそん)の街はもっと賑やかでしたから」


「行ったことがあるのですか?」


「実家にいた頃ですよ。家を抜け出して、しょっちゅう」


 明明はニコリとし、兎婆(とばあ)の店の饅頭は最高でしたよ、などと懐かしそうに話しはじめた。


 それを聞き、行き交う女官や宦官の、喜怒哀楽さまざまな表情を面白く観察しているうちに…… 

 はぐれてしまったらしい。


 いつの間にか明明の姿が見えなくなっていることに気づいたとき、雪麗は自分が南庭のどこにいるのか、さっぱりわからなかった。


(とりあえず、北を目指せば妃の住まいのはずですね)


 とは考えたものの、周辺は似たような建物ばかりで、北がどちらかさえ特定できない。


(ええと、こういうときには太陽の位置を確認して……)


 雪麗は天を見上げ、書物で得た知識をたどる…… というようなことをしていたがために、対応が遅れた。


「無礼者! 道を空けないか」


 いきなり偉そうに肩を小突いてきたのは、まだ大人になりきっていない少年。

 活発そうな物腰と、生き生きとした強い目には、見覚えがものすごくあった。


 皇太弟づきの宦官、九狼である。

 花街の生まれで、女衒(ぜげん)になる将来を嫌がって自ら(パオ)を断ち、後宮に志願した猛者だ。


(上昇志向バリバリは、宦官には意外と多いのですけれど…… この子はまた別格といいますか)


 雪麗は、九狼からかなり嫌われていた。

 なぜなら彼の主は、皇太弟でありながら近衛隊長も兼任し、女性には見向きもしない硬派であるのに、なぜか雪麗には好意的だからだ。

 しかし、いくら名ばかりとはいえ雪麗は皇帝の妃。間違いがあっては、お互いにとって非常にマズい相手なのである。

 九狼が警戒するのも、もっともといえよう。


 しかし、目の前にいる下級女官が雪麗だとは、さすがの九狼も気づいていないようだった。


「なにを呆けている! 浩仁殿下がお通りだぞ。さっさと退け!」


 再び強く小突かれ、雪麗の視界がぐらりと傾いた。


(この程度でよろけるとは、情けないです……!)


 こんな有りさまでは、たとえば自殺しよう(ラクに死のう)としても、周囲に止められてしまうかもしれないではないか。

 今後は体力強化も頑張ろう、と心に決めつつ倒れる雪麗であった…… が。


 地面にしりもちをつく前に、広い腕に身体を受け止められた。ほのかな丁子(ちょうじ)の香に、包み込まれるようだ。


「女官にきつく当たるな、九狼」


 よく通る低い声に、雪麗の胸の奥がかすかな痛みをともなって、震えた。


 ―― 1度目の人生では、心底から愛し、愛される喜びに夢中になった。

 どうせ名ばかりの妃だという油断もあり、注意を怠った。

 そして、あっさりと関係がばれ、ふたり一緒に処刑されたのだ。


 2度目は十分に注意したはずなのに、やはりばれた。


 3度目は恋を捨てたが、春霞の罠にかかって、皇太弟と一緒にいるところを不義だと騒ぎたてられた。


 4度目からはなんとか切り抜け方を覚えたが…… もしなにか落ち度があれば、春霞にここぞとばかりに大袈裟な事件にされることは、間違いない。


 つまりは雪麗にとっても皇太弟にとっても、恋は地獄への招待状なのだ。

 で、あるからして。


 ―― 今のこの、皇太弟の、すらりとした清々しい立ち姿の割に、かなりたくましい腕の中にがっちり閉じ込められてしまっている状況も、もし女官ではなくて雪麗本人だとバレると大変なことになってしまうだろう。


(きっと、春霞がここぞとばかりに張り切ることでしょうね……)


 そして、回帰(ループ)後おそらく10日以内には終結(ジ・エンド) ―― これは、さすがに避けたい。いくら最終目標が、史上最高にラクな死に方であっても。


(だって、10日で食堂メニューの全制覇は無理ですもの!)


 絶対に、下級女官になりきろう。


 雪麗は、いかにも慌てたように、丁子の香から身を離した。


「たっ、大変、失礼いたしました……! 少し道に迷っておりまして、つい……!」


 地面に身を投げ出すようにして、盛大に額をぶつける。参考は、以前に観た演劇。役どころは悪の帝王に虐げられる一般庶民である。


「なにとぞ……! なにとぞ、お見逃しくださいませ……! 実家には病気の老母と3人の幼子が……!」


 ぐふっ、と皇太弟の喉から変な音が漏れた。

 切れ長の涼やかな目が、まじまじと雪麗を見ている。


(バレてるのでしょうか!?)


 焦る雪麗は、再び身を低くして、地面に額をぶつけた。


「なにとぞ、なにとぞ……!」


「………… よい。立ちなさい」


「い、いえ、滅相もございませんっ……!」


「抱き上げてやらなければ、立てぬのか?」


「いえっ!」


 どこか笑みを含んだ声に近づかれて、雪麗は反射的に立ち上がった。

 目線はおどおどと下。完璧なはずだ。


「…… そなた、名をなんという?」


楊美雀(よう みじゃく)


 とっさに出てきたのは、先ほど食堂で耳にした名だった。堀に浮いていた死体である。

 女官の不祥事は後宮をふくむ宮廷全体の警察である宮正院の仕事なので、近衛隊長の浩仁は知らないはずだが……


(もしバレたら、どうしましょう)


 雪麗は息を詰めるようにして、浩仁の返事を待った。


「…… 美雀か。良い名だ」


 いきなり名前をほめられた。九狼のガルガルかみつくような視線が、痛い。


「? …… ありがとう、ございます?」


「心配せずとも、この程度のことで罰しはせぬ。安心するがよい」


「は、はい…… ありがとうございます」


「今後、気をつけなさい。怖がらなくていい。また会ったら、饅頭でも御馳走しましょう」


「はい……! ありがたき思し召しに存じます」


「そうそう、北はあちらだ」


「どうもありがとうございます。困っていたので、助かりました」


 どうやら、下級女官になりおおせられたらしい。

 雪麗はほっとして頭を下げ、皇太弟を見送った。


 九狼の先に立ち、足早に去っていく浩仁の口元には意味ありげな笑みが浮かんでいたが…… もちろん、雪麗はそれを知らない。


 そして、浩仁の姿がすっかり見えなくなった、そのとき。


【ちょっと、あんたぁ!】


 どこからともなく、若い娘の声が響いてきた。


他人様(ひとさま)の名を(かた)るだ、いい度胸だっぺ!】


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