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11-2. 女官の復讐

 暦の上では春だが、宮廷を包む空気は物理的にも心情的にも冷たい ――

 そんな季節を、李春霞(り しゅんか)は迎えていた。


「にしししし! さあ、ぜぇんぶ拾うっぺ!」


 ざらりと床にぶちまけられた豆の横に、腕組みして立っているのは、実の姉の雪麗 ―― の、本人いわく、幽霊憑依バージョン。

 普段の姉なら絶対に見せない、下卑た笑顔で意地悪く、とんとん、と爪先で床を叩いている。


「こういう運動も、安産のためだっぺ? さあさあ、ざぐざぐやるっぺ」


「とか言ってるけど、絶対に嫌がらせよね!?」


「当っだり前だっぺえ」


 ニマニマと嬉しそうなこと、この上ない。


「あだすは、あんだど宦官に殺されだ上に、ド下手な遺書を贋造までされたんだっぺ? 復讐だっぺな!」


「宮正は証拠不十分、って言ったじゃない!」


「だぁがらぁ、皇太后さんと雪麗さんが、自分で復讐しでも()え、って許しでぐれたんだっぺ」


 もと李賢妃 ―― 春霞は、昨年の晩秋、宦官を寝所に引き入れて楽しんでいたことが発覚して以降、清林宮の一室に軟禁されている。

 その前には、尚寝女官・楊美雀の殺害の疑いもかけられていたが、こちらは証拠不十分で無罪放免された。宮正の長官は暁龍の子飼いだというから、何らかの根回しや忖度があったのかもしれない。

 もっとも、真相は知る由もないが。暁龍自身も、皇帝の寝所である瑞黄殿の座敷牢に軟禁され続けているからだ。


「ほれさっさど拾え。サボるど、皇太后さんに言いづけるど!」


 再び床をトントンされ、春霞は目に悔し涙をにじませながら、しゃがみこんだ。


「違うっぺ!」


「いたっ! なによ!」


 尻を軽く蹴られて悲鳴をあげると、大げさだっぺな、と呆れた目をされた。


「ほれ、安産に効ぐのは、こう。お馬さんのポーズだっぺ。これでこう、動きながら拾うんだ」


「まさかほんとに……? ううん、そんなわけないじゃない!」


 姉なら絶対にしそうにないポーズでの実演を見るにつけ、春霞は不安になっていた。

 幽霊は、姉がとんでもないことをするときのための言い訳だと考えている春霞だが…… もしそうでなくて、殺した女官が本当に取り憑いているのだとすれば、怖すぎる。


「ほれ、グダグダ言わずにさっさど拾う! 拾い終わったら、休憩入れでがら、床拭きだっぺ。清林宮ぜんぶ頼むっぺ!」


「なんでこのわたくしが、尚寝女官の真似事をしなきゃならないのよ!?」


「えーだって、春霞さん今、才人だっぺ? それにこう言っちゃなんだげど、頭良ぐねえっぺな……?」


「くっ……」


 これ以上格下げされたら、あとは掃除係しかないじゃん、と暗に言われ、春霞は唇をかみしめた。

 言われたとおり 『お馬さんのポーズ』 で豆を拾うが、その胸中は屈辱に満ちている。


「―― ほら、全部拾ったわよ! これで文句ないでしょ!?」


「おお、昨日より、タイム上がったっぺねえ…… じゃあ、水と普通の饅頭食ってもええだ。雪麗さんは、上級茶と高級糖蜜菓子だげどなぁ!」


「きぃぃぃぃっ! そのうち、見てなさいよ!」


「はっはームダムダぁ、だっぺ…… ん!?」


 楽しそうに春霞を叫ばせていた美雀が、急にピタリと止まった。


「―― きた」


「なにがよ!?」


「雪麗さん、あだす、ちょっど出掛けでぐるっぺ! あとのイジメは任せだっぺ!」


 姉の動きが一瞬止まり、それから 「ふう……」 と、小さなタメイキがその口から漏れた。


「相変わらず、元気いっぱいですね、美雀は…… それにしても、どうしたのでしょう。お菓子も食べずに……」


 普段の雪麗に、戻ったのだ。


「わたしに憑依したときしか食べられないから、と、いつも楽しみにしているはずですのに…… 春霞、あなた何か知っていますか?」


 上品に頬に手をあてて首をかしげられても、と春霞は思った。

 知るわけがない。


「それよりお姉様! あんな変な幽霊のフリなんて、もういい加減にしてちょうだい!?」


「それは無理ですよ。文句なら、女官殺害の証拠を捏造(ねつぞう)でもなんでもいいから上げなかった、宮正にでも言ってくださいな」


「そんな捏造されなくて良かったわよ! わたくしが処罰されちゃうじゃない!?」


「処罰されるに相応(ふさわ)しいことを、春霞がしたからでしょう?」


「くっ…… だって、たかが奴婢(ぬひ)のひとり……」


「…… そういえば、妊婦というものは、お饅頭の食べ過ぎも良くないと聞いたことがありますよ」


「ごめんなさい、お姉様! ウソウソ、ウソなの!」


 不穏な気配を察知して春霞が叫んだときには、雪麗は冷たく命じてしまっていた。


「明明、そのお饅頭はさげていいですよ。もう1つ出して、香寧とおあがりなさい」


「香寧ねえさんなら、『仕事中!』 って言いそうですけど? 」


「なら、明明が2つ食べてもいいですよ」


「やったあ! じゃ、失礼します!」


 明明がさがるのを見届けて、雪麗はお茶を淹れた。糖蜜菓子をひとつつけ、春霞の前に置く。


「どうぞ?」


「―― 毒入り?」


「さあ。どうでしょう?」


 疑惑を否定するのは簡単だが、それをしないのは、やはりまだ雪麗自身、春霞へは含むところがかなり残っているからだ。

 親切にしてあげる理由はない。

 ―― だが、放っておいては、春霞はこれから、生まれたばかりの皇子を殺したうえ、その罪を雪麗になすりつけようとするはずである。


 何も知らない幼子の生命と、自らのために。雪麗は、話し相手として春霞に貼りつくことに決めたのだった。

 ―― ついでに美雀が 『復讐』 することを容認したのは、まあ ―― 意地悪もある程度までなら別に良いんじゃ (むしろ生ぬるい) としか、思えなかったからだ。

 安産云々も嘘ではないし。ちゃんと宮医に聞いた。


「少し休憩したら、次は清林宮全体の拭き掃除でしょう?」 


「わたくしに本気で掃除なんてさせる気なの、お姉様」


「…… そのお腹で床を這いずりまわるのは大変ですよね? ですから、甘いものの1つくらいは召し上がれ」


「鬼……!」


「あら、春霞。あなたほどではないでしょうよ」


 にっこりして、糖蜜菓子をぱくりと口に含んだ、そのとき。


【雪麗さん! 泰山府君(あの世の王)に話はつげできたっぺ!】


 美雀が帰ってきた ―― が。

 言っていることが、よくわからない。


【急いで行がなきゃ! 今日中だっぺな!】


(なんのことですか、美雀?)


【とにがぐ、行ぐっぺ……!】


 美雀が雪麗の両手に、手を触れさせるようにする。

 また取り憑くのかと思ったのだが ――


 【泰山府へ!!】


 美雀が叫ぶと同時に、雪麗の身体はふわりと浮き上がり、次の瞬間には ――

 春霞の目の前から、かきけすように消えていたのだった。


 かしゃん。


 春霞の手の中から、茶碗が床に滑り落ちる。

 それさえ気づかない様子で、春霞は声にならない悲鳴を上げていた。


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