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10-5. 天誅④

 皇太后は、(ベッド)の上をちらりと見やった。春霞の乱れた(スカート)の前には、暁龍が堂々と座っている。


「こちらの状況は…… どう見ても、李賢妃が婦徳に反する行いをしているようにしか、見受けられませんが?」


「いえ、ですから義母上(ははうえ)…… 」


「宦官を寝所に入れている状況で、どう言い訳をしようと、耳を貸すわけにはいかぬのではありませんか、光?」


「ですが、李賢妃は気鬱で…… 「先ほど、楽しそうな笑い声が聞こえたのはこちらですね? 春霞、いるのでしょう?」


 なぜか、春霞をかばうことになってしまった皇帝。もごもごと言い訳を試みていた、そのとき。

 絶妙なタイミングでそれを遮ったのは、春霞を探しているらしい落ち着いた声 ―― 苳貴妃こと、雪麗であった。


ひょっこりと寝所の窓の外から顔をのぞかせた雪麗は、マントをはおり、両腕には華桜宮の飼い猫を抱えていた。


「いつぞや仙泉宮(うち)に紛れ込んでいました子ですので、こうして返しにきたのですよ」


「なんで今!?」


「もちろん、春霞が心配しているでしょうと気になっていましたから……」


 いつぞや、とは、正確には前8回の人生において、浩仁が訪ねてきた夜のことである。

 その都度、春霞は猫を口実に仙泉宮に乱入しては、浩仁と雪麗の不義を声高に言い立てたのだ。


(同じ手を使われても、文句はいえませんよね?)


 雪麗はわざとらしく首をかしげて、ニッコリしてみせた。


「けれど、先ほどはずいぶん楽しそうに笑っていましたね、春霞。ええと……」


 先ほど雪麗を呼びにきた美雀が、興奮気味に聞かせてくれたことをそのまま口にする。


「たしか 『総監は、天子の玉佩のヒモまでしっかりつかんでいる』 などと…… えええ? これは、もしかして……」


【雪麗さん! そこで、別の世界に旅立ってはなんねえだ!】


「あっ、そうでした…… そう、気鬱の人がここまで大きな声で笑えるものかと、感心しておりました。これも全て、総監のおかげなのでしょう? ね?」


 誰にともなく同意を求めてみた雪麗であるが、寝室の誰もそれどころではなかった。

 皇帝が、総監につかみかからんばかりに詰めよっていたからだ。


「暁龍! 賢妃の前で余を侮辱していたのか!?」


「申し訳ございません。賢妃の気を晴らすための、ほんの冗談のつもりでございました」


 暁龍は落ち着いたものだが、皇帝にしてみれば、唯一、身も心も許していたはずの侍従であり、友でもある男の裏切りである。

 怒り心頭に発してしかるべき ―― だが。


 雪麗には、単なる三角関係のもつれにしか、見えなかった。


(きゃあ! これが痴話喧嘩というものなのですね! うふふふ…… この怒りよう、皇帝が受で間違いないものとみました…… うふふふふ)


【なんでそっちに行ぐっぺかな、雪麗さんは……】


「陛下ったら、私たちが見てることはどうでもいいんですかね?」


(うふふふ。翌日、見られたことに気づいて恥ずかしくなったあげくに、わたしたち全員、ありもしない罪状で打ち首のようなことに、ならなければいいですね?)


【笑いごとじゃないっぺ!】


(そうですか? ……まあ、ともかくも、そろそろですよね……)


 窓の外から寝室を眺め、目配せしあう雪麗と美雀、それに杏花。


「たいへんですっ」


 杏花が、叫びながら華桜宮の外へと、駆け出していった。


「たいへんです! 助けてください! 李賢妃の寝所に、宦官が忍び込み、皇帝陛下と争っています! 助けてくださいぃぃぃ!」


 叫び声を聞きつけ、夜番の衛兵が次々と集まってきた。


 ―― これだけの騒ぎになれば、もう誰も、春霞や暁龍をかばいきることはできない。


 皇太后と雪麗がこの茶番を仕組んだのは、そのままでは春霞はともかく、暁龍がボロを出さぬであろうことが予想できたからだ。


 彼女らの立てた作戦は、こうである。


 ―― まず最初に、付け入る隙のなさそうなベテランの女官を影として暁龍を見張らせ、自由に身動きできないようにして焦りをつのらせる。

 その後、年若い女官に見張りを替えれば、さしもの腹黒い宦官といえども、食いつくのではないか ――


 5分5分の賭けではあったが、このたび勝ったのは皇太后と雪麗のほうだった。


 見張りの女官は、多少以上に暁龍の色香に惑わされながらも、彼が動き出したことをしっかりと上に報告した。皇太后怖さが色気に勝った、ともいえよう。皇太后はいつもにこやかだが、そのぶん底が知れないのだ。


 そして皇太后から連絡を受けた雪麗が、皇帝を春霞の寝所に踏み込ませるべく算段をした。

 春霞の不良侍女、杏花に頼み、春霞の手蹟()を真似た文を皇帝に直接渡してもらったのである。

 ―― ちなみにこの、春霞が皇帝の来訪を願うふうを装った文は、雪麗の回帰(ループ)のたびに準備しておくものだったが、今回は美雀の助力があり、常よりもいっそう良いできばえになっている。


 それはさておき。

 その後はタイミングを見て、皇太后・雪麗が順次、寝所に踏み込み、衛兵を呼んで逃げ場をなくすとともに目撃者を増やし、断罪 ――


 いまここ、といったところだ。


「いいかげんになさい?」


 皇太后が、ものやわらかに、だが無視できない声で一喝した。


「このような修羅場を大勢の前で繰り広げるとは ―― 天子として、恥ずかしくないのですか?」


「……………… すみません」


 暁龍の胸ぐらをつかんでいた己の手をしげしげと見つめたあと、すん、と離す皇帝。


「李春霞。いかに理由があろうと、妃たる者が不義を働くのは重罪です」


「でっ、でもぉ、皇太后さま! 四人もいる妻を放っておく男も悪いじゃないですかぁ!?」


「………………。それは、開きなおりというものです」


 無自覚に皇帝を侮辱した春霞だが、その点については雪麗も皇太后もツッコミを入れなかった。実は内心同意、なのである。

 女性には婦道などというものを押しつけ、貞節や従順さを求めながら、男はしたい放題。その実態を、良家に生まれて教養という名目のもと規範を押しつけられながら育った娘ほど、よく知っている。そしてそのぶん、鬱憤がたまっているのだ。


「不義密通は本来なら死罪ですが、李春霞は妊娠中であることを考慮し、妃位を剥奪して才人とするにとどめます」


「そんな……っ!」


 才人は、側室の中で最も低い位である。


「わたくしは、李家の姫ですのよ!?」


「名家の姫であればこそ、不徳の罪は重いのですよ。

 華桜宮は閉鎖。李才人は、身柄を拘束し、清林宮に移動の上、軟禁処分。正式な発表は、追っていたします ―― 衛兵」


「はっ」 「失礼します、才人さま」


 衛兵たちに両腕をつかまれ、春霞はもがいた。


「ひどい! お父様に言いつけてやるから!」


「連れて行って、見張りなさい ―― それから、皇帝陛下。わかっておいでですね?」


「…… はい」


 皇帝は、うなだれた。

 妃や女官の処罰が皇太后の管轄ならば、宦官の処罰は皇帝の管轄である。


 さきほどから暁龍は、この修羅場にも慌てず騒がず泰然自若としていて、一見、全く関係ないかのようにさえ思えてしまうほどであるが ―― 間違いなく、彼は不義の現場の犯人であり、その目撃者がここまで増えた以上、隠蔽は不可能だった。

 皇帝の権限で宦官をかばってもかまわないが、それは必ず噂となり、宮廷の乱れを世間に印象づけてしまう。

 それがわからぬほど、鳳光は暗愚な皇帝ではなかった。

 ―― だが、情にはもろい。


 先ほどは暁龍の振る舞いに怒っていたものの、いざ処罰をくださねばならぬとなると、迷いが生じてしまうのだ。

 公私ともに皇帝を支えつづけ、信頼しきっていた侍従をどう処分するか ――


 皇太后が瞬時に春霞にくだしたような判断は、光にはできなかった。


「……………… 総監・康暁龍は当面、謹慎処分。瑞黄殿にて軟禁のうえ、正式な処分は追って決めるものとする…… 」


 長い沈黙のあと、覇気のない声で衛兵に命じる。


「総監を、連れていけ」


「はっ……」


 失礼します、と、つかもうとしてきた手を、暁龍はわずかな動作で避けた。


「無理やり引き立てられるのは遠慮しますよ。瑞黄殿の償正堂ですね。こちらから参ります」


「付き添わせていただきます」


「どうぞ、ご勝手に」


 銀の長い髪を整え、衛兵を従えて戸口へ向かう姿は、王侯然として優雅でさえあった。


「暁龍」


 その背に、光は呆然と声を掛けた。


「なんでしょう、ご主人さま」


「李賢妃、いや ―― 李才人の腹の子は、そなたの子か?」


「なにをおっしゃいます」


 亡国の王子は、ちらりと微笑んだようだった。


「―― 私は、宦官ですよ」


【嘘こけ、ピュッて出したくせに!】


 美雀はわめいたが、もちろん雪麗の耳にしかそれは届かず ――


 居合わせた者たちの胸には、暁龍の言葉が、しかと刻み込まれたのであった。


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